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「自己の本質の可変性の問題とは、」彼はおずおずと話を切り出した、「長いこと大論争の主題であった。
例えば、偉大なるルクレティウスは、『物の本性について』の中で次のように語った。
『何であれ、自らの変化によって、その境界を超え出ていくものは、』つまり、己の殻を破っていくものはーあるいはむしろその限界を打破するものはーいわば、自分自身の規則を無視するものは、むろんそれは私見によればあまりにも自由なものであるが・・・・『そのものこそ』、ともかくもルクレティウスは主張する、『そうすることによって過去の自分自身に直ちに死をもたらすものなのである。』しかしながら、」と言い続けるかつての学校教師の指は上に向かった、「詩人のオイディウスはその『変身譚』において、真っ向から対立する見解を探った。彼の証言はこうである。『恰も姿形を変えるロウが』ー熟せられた時、例えば君も知っての通り、文書か何かを封印する時ー『新しいデザインを刻印され、姿を変えて以前とは異なって見えこそすれ、同じものとして実際留まるように、我々の魂も同様なことに、』ーおわかりかな、貴方様?我々の魂!我々の不死の本質!ー『依然として永遠に同じものとして留まるが、その遍歴の過程において変わり続ける形をとる。』」


けれどもお前こそ畜生め、私の引き出しのガラクタめ、私のバカげた詩を笑わば笑え。真に言語上の問題とは、いかにしてそれを曲折し、形造り、それを我々の自由とし、その毒された井戸を再び修復するか、いかにして血塗られた時代の言葉の河を習得するか、すべて人々がまだ鍵を見出していないことどもについてなのである。

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by akikomichi | 2018-04-27 23:10 | 詩小説 | Comments(0)

「山菜と遊仙菴」

山菜を採りにやってきた那珂川の現場の優しい監督さんご夫婦と犬のももちゃん。
先日は那珂川の現場となった遊仙菴のご主人にみなさんでお招きいただき、温かいおもてなしをしていただいた。
親方の81歳の誕生日も祝っていただき、ありがたいことであった。
仙厓さんがお好きだという遊仙菴のご主人の茅葺のお茶室には、仙厓さんが書いたのであろう○△□の書?があった。
海賊?と呼ばれた男、出光さんの子分だとおっしゃったそのご主人もまたネパールの子供さんたちのために学校を作ったりされて、ネパール親善大使のようなことをされているという。
心意気を感じさせていただいたのはもちろんであるが、親しみのある、にっこりされた笑顔にほっとさせていただき、ありがたい体験であった。
茅葺を通じて、心ある方々に出会えて本当に幸せである。
心の入ったものを作っていけたらと心底思う。

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by akikomichi | 2018-04-23 22:49 | 詩小説 | Comments(0)

打ち上げ

那珂川の茅葺お屋根の完成を祝い、バーベキューでの打ち上げ。

みなさんと打ち解けて、家族ぐるみの関係が心地よく、和んで、ゆっくりくつろげました。

このまま、ずっと、こういう和やかな場を持ち続けたいと心から願ってます。

恵まれているなあと心から思い、心地よく、ほろ酔いしておりました。

先輩の意志を継いで、皆一生懸命、力を出し切っておりました。

天国で見守ってくれることを願います。

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by akikomichi | 2018-04-08 22:09 | 詩小説 | Comments(0)

「もももすももも」

もももすももももものうちというが
ももにすももをつぎきして育てると
美味しいすももになるとお聞きした
そのももの木はもももなって
すもももなるのだろうか





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by akikomichi | 2018-04-02 22:42 | 詩小説 | Comments(0)

「積荷」

エルフに
茅を積み
杉皮を積み
竹を積み
足場板を積み
トン袋を積み
ロープでかたく縛る

体調があまり良くない時に
力仕事が正直辛い時に
みなさんに
何かと助けてもらえることに
いつも感謝しています
温かい仕事場にいられてありがたいことです




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by akikomichi | 2018-03-29 21:04 | 詩小説 | Comments(0)

「羽虫」

今日。

あの背中の赤い、黒い虫が、羽虫を片手に木の穴に向かって行進しているのを見た。

子供の頃に見た、確か、藤子不二雄の漫画で「コロリころげた木の根っこ」という話の入っていたものだったと思うが、その中の小さな虫を思い出した。

一生懸命進化しているように見えて、爆弾を作って何もかも吹き飛ばしても、自分だけは逃げていくような虫の話。

爆弾ばかり作って国民を飢えさせている国にもごまんといるであろう虫の話を思い出したのだ。

本当にやりきれないのは、捕食された、飢えを満たすためにさしだされた太陽政策という名の生贄の偽善のような、近くを何も知らずに飛んでいた羽虫であろうが。

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by akikomichi | 2018-03-28 22:55 | 詩小説 | Comments(0)

「兄の手術」

兄の手術の日だった。

一度、キャンセルして、再度受けることにしたという。

大事には至らないとは思うが、兄の人生を思うと、なんだかやりきれない気持ちになる。

自分は、やりたいことをできていることに感謝しているが、どうしてもやりきれない思いもあり、それが重なって、なんだか余計気が滅入ってしまうようなのだ。

それはどこか、体に詰まった石を砕くような、石女の月のもののような、鈍いようで、重苦しい痛みのようなのだ。

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by akikomichi | 2018-03-28 19:55 | 詩小説 | Comments(0)

「土筆」

皆の車を見送った後。

石の向こうの土の上に。

一本の土筆が突っ立っていた。

その土筆と目があったような気がした。

昨日まで気づかなかった。

いつの間にか大きくなって。

土筆が突っ立っていた。

ここにいるよと。

無言のまま。

土筆は突っ立っていたようなのだ。

見えない春が土をこじ開けて出てきたような。

見えない土手の向こうをふく風と。

小躍りしながら出てきたようなのだ。


土筆を連れて帰っては。

春と一緒になるように。

土筆の春を食べるのだ。







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by akikomichi | 2018-03-27 21:06 | 詩小説 | Comments(0)

「沈丁花」

沈丁花がもうすぐ咲くでしょう。

といわれた。

屋根に登って茅をふいていたら、ふく風が甘いことに気づいた。

いつの間にか沈丁花が咲いていた。

この時期に咲くのですね。

あの地が揺れた時期に。

そうして、時が過ぎていくにつれ、そろそろと散ってしまうのですね。

風が記憶の土筆を掘り起こすような匂いを孕んできたのです。

そろそろと、生まれ変わる季節のようです。



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by akikomichi | 2018-03-26 22:38 | 詩小説 | Comments(0)

「杉皮の神様のような」

先日、先輩と樹齢70年程の杉皮を受け取りに行った。

杉皮を丁寧に手仕事で剥いでいく。

たろうらさんは、杉の命の表皮を剥がしていくように、杉皮を丁寧に手仕事で剥いでいく。

ご夫婦で携わっておられて、奥方からお聞きしたのだが。

杉は立っている時はまっすぐに見えるが、たおしてみると、ところどころ曲がっていることがあるという。

その曲がっているところを見定めて、一番杉皮を生かして使わしてもらうように、例えば2メートル30センチ、90センチの長さで皮を剥いだりする。

製材所などから出る杉皮と一線を画するのは、杉皮に対する思いのようなもののように思えた。

一枚一枚が大きく、「ほて」や「棟」などの雨風に一番さらされると言ってもいい強度が必要になってくる重要な場所や人の目によく触れるので美しさをも求められる場所に使われることとなる。

製材所にとっては、いるものは裸の杉の木であって、剥がされた表皮としての杉皮は、いらないもの、言ってみれば廃材としてのものであり、一山であっても、バラバラの、いろいろな形をした不揃いなものが多く、そこから、60センチの長さの短冊状になたで切って束にしていく。
それはそれで、杉皮葺きのときに必要な大きさなので、我々にとっては、必要で、大切なものであるが。

たろうらさんの杉皮は、ひとつひとつを倒し、皮を剥ぐという、今の時代に逆行しているような、杉との付き合いのしかたが密であるように思えた。

時間をかけるということと、杉の命を見届けるということと、機械ではなしえない手間暇がいるということ。

息づいている場であるということ。

山のなかで生きている杉の生き場所をしっているからこそ、疎かにできないような、手間暇をかけるということが出来るような気がした。

時間という速さではない、時が流れている場所にいられることに、杉皮の神様のようなものにふれたような、心から感謝したくなる出会いであった。

息子さんが引き継ぐということで、頼もしい限りである。









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by akikomichi | 2018-03-14 20:49 | 詩小説 | Comments(0)