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釈迦岳に登った。

初めて登った。

もうすぐと思ったら、また下り、また登りしながら、釈迦岳の頂上にたどり着いた。
頂上には、お釈迦さまの像が蓮の花を持って、待っていた。
子供のこと、これからのことを考えながら、ゆっくりと、小鳥の声を聞きながら登った。
最初は、かなり急激な岩場もあり、チェーンがついてあるところを、手繰りながら登った。
ここいらの山の中では一番高いという釈迦岳であったので、すべてを見わたせる風景を一望し、心ゆくまで味わった。

最近は、心の余裕がなくて、車でも体でも心でもいつも走り続けていたようなところがあり、ゆっくり重力を感じながら、登る山道は、きついながらも、自分の重さがどんどん頂上に近づくごとに軽くなっていくようで(多分、確実に、汗の分だけ軽くなっている)、風が吹く頂上はことのほか心地よく、身体中を経巡り、気持ちも風を含んで、軽やかにしてくれたようであった。

その後、上村先輩が京都の美山の中野親方とお会いするということで、ハンドルキーパーとしてお伴し、貴重な、京都のお話をお聞きできた。

桂離宮の松琴亭も手掛けておられる美山の中野親方のお話の中で、特に、棟のやり方を今後の参考にさせていただけるよう、心してお話をお聞きしていた。

棟の収め方の精細で考えぬかれたやり方をお聞きしながら、実際にされている場面を想像しながらも、やはり、想像では埋まらないものが多々あり、実際の現場で、生で拝見したいと思うようになった。

ありがたいことに、その過程は画像にはないけれど、図面には残っているので、それを教えていただけるということで、誠にありがたく、少しでも茅葺に携わるものを育てようとしてくださる志と、懐の大きさに、こころから感謝せずにはいられなかった。

湯田さんも5年の経験を経て、身の振りようを考えておられるらしく、まだお若いこともあるが、のびのびと美山で育てていただいているようで、これからも、いい職人さんになっていくことを願ってやまない。

あっこは、一人で任された時、どう屋根を葺くかを考えながら、やっていったら、動きが変わると思うで。

と中野親方がおっしゃった。

自分も、まだ二年しか経っていないので、一人でできることはまだまだであるどころか、全体を見通すこともまだまだの段階ではあるのでまだまだ、先輩方に甘えている自分の有り様を言い当てられたようで、その言葉を、肝に銘じて、見通す力をつけていきたいと心から思った。

そのような自分でも、中野親方は、百も承知で、未熟なものを育てようとしてくださり、研修においでよと誘っていただき、ありがたすぎる言葉であった。

もしかして、参加させていただけるかもしれないことを、またの励みにして、よりいっそう、しっかりと茅葺を愛しながら、息の長い、丁寧な仕事ができるように、焦らず、じっくりと身につけていけたらと思わずにはおれなかった。

親方は、出会った方々に、

おおきに〜。

と言って、にこやかに帰って行かれた。

こちらこそ、おおきに〜。

であり、いい言葉やなあ。
としみじみ噛み締めて、とても濃い、いい1日を過ごさせた頂いたことに、感謝せずにはおれなかった。

このような環境に居れるのも、親方や先輩、仲間のおかげであることにも、感謝しても仕切れない。

自分の出来うる限りのことを、しっかりやっていくことが、何よりの恩返しと思い、心と体に筋肉もつけつつ?、精進していきたい。



by akikomichi | 2019-04-22 20:12 | 詩小説 | Comments(0)

「小国の杉皮葺の民家」

小国の民家も最終段階を迎え、裏面をほめながら(手入れをしながら)徐々に降りていった。
杉皮の補修は何度かさせていただいたが、日田の咸宜園なども、部分補修が主なものだったので、じっくりと、軒からなおしていくのは、勉強になった。

目串を立てて、ほこ竹に白紐を通し、その目串を目安にして、短冊状にした、60センチ前後の杉皮を少しづつずらしながら置いていく。

杉皮を重ねる場合、なるべく谷を作らないようにする。
水の流れがそこに集中しすぎるとそこだけ痛みが早まるからである。

最初は、柔らかい薄い杉皮を置き、その上に一寸ほど上にずらして少し短めの杉皮を置いていき、それから、ある杉皮をいかに長持ちするように丈夫になるように置いていくかが大切で、一番上になるものは分厚い杉皮でその杉皮の上から、ほこ竹で押さえる。
ここで、最初のほこ竹に通していた白紐の出番である。その白紐のよりよりを少し解き、そのよりの隙間にアバカ紐を通し、よりよりを元に戻して抜けにくくして、それから白紐を引っ張り、アバカ紐も一緒にほこ竹の下を通って、新しい抑えのほこ竹と上から下からサンドイッチにして杉皮をおさえるのである。


親方や先輩、仲間と横一列に並んで並べていく時、どのように並べておられるのか、よく拝見しながら、自分の手で並べていく喜びは格別である。

強い屋根になりますように、自分の出来うる限り、丁寧に屋根を吹かせていただく、ありがたさをかみしめながら。


by akikomichi | 2019-04-17 19:04 | 詩小説 | Comments(0)

「犬に噛まれる」

飼われている犬に噛まれた
自分の犬ではない
よその犬
右手を噛まれた
尻尾を振っていたので
顔を寄せてクンクンして
チュウをしようとしたら
急に牙を剥かれた
犬は
私に食べられると思ったのか
必死の抵抗をするように
食らいついてきた
皮が歯型状にめくれて血が沸いてきた
痛みも沸いてきた
歯形をした凹み
えぐれてしまった肉の痛み





by akikomichi | 2019-04-17 18:52 | 詩小説 | Comments(0)

茅葺と詩小説と

今の現場は、小国の坂本善三さんの絵のモチーフにもなったらしい茅葺のお屋根であり、そこを一生懸命、葺かせていただいているのだが、
千圓札になるという北里柴三郎の記念館の近くのお宅でもある。
新しい時代と新しいお札。
お金は相変わらず擦られ続け、今度は電子マネーに取って代わられそうな高速の金の流れと時代は過ぎていくばかりであるが、そこは通り過ぎようが、生きているこの時は本当の自分だけのものであることには間違いはなく、遠い世界の金の流れのことよりも、目の前のつくし、ゼンマイ、たけのこがある。
お金で買わなくていいものがここにはいろいろある。
恵みをいただく毎日が過ごせることは、ありがたいことである。
あとは、茅葺の家でゆうるりと時を過ごせたら、さらに充実した生活が送れそうである。

茅葺と詩小説と子供を愛してやまない自分にとっても、新しい時代が始まりつつある。
末っ子が一緒に住めるようになるのである。
さらには、親方のおかげで、一緒に、茅葺の仕事もできそうなので、ありがたいことなのである。
今まで、なんとか、先輩にお世話になって頑張ってこれたが、これからは子供もいてくれるので、茅葺を楽しんで
、そのできる過程を一緒に体験できることが、何より嬉しい。
言葉だけではなく、体で一緒に覚えていけるのである。
一筋の希望が出来たのは、親方と先輩、仲間の皆さんのおかげでもある。
どんなことが起きようとも、生まれてきてよかったと一瞬でも思えるような時を一緒に過ごしていきたいものである。



by akikomichi | 2019-04-13 23:07 | 詩小説 | Comments(0)

太宰府天満宮の茅葺と庭

先日、太宰府天満宮の宮司さんの御宅の茅葺の屋根の補修をさせていただいた。

先輩の上村さんの手を見ながら、すみの茅の手入れのやり方を拝見しながら、茅や足場を運んだり、道具を用意したりとめまぐるしく動いていると、庭を手入れされている方がおられ、お話をさせていただいた。

美しい庭と美しい茅葺の屋根。

そこにおられる方々の内面がじわりとゆるりとにじみ出ているようで、隅々まで行き届いたものの美しさは一日一日の積み重ねだと改めて思い至った次第であった。

禰宜の方に、二年前、ちょうど、茅葺の仕事に携わるようになる直前に、菅原道眞公の住んでいたとされる家の跡が見つかったという話をお聞きしていたが、まだ、その場所に行き着いていないことをお話しすると、丁寧に教えていただいた。

何かのご縁で偶然、住んでいた家のことを知ったからには、今度、そこに伺い、かつては茅葺だったかもしれないと言われていた建物を拝見させていただき、道眞公の思いのような存在のようなものを、時代を超えて感じてみたいと思われた。





by akikomichi | 2019-03-11 22:53 | 詩小説 | Comments(0)

八年前の今日
父がいた家でうたた寝をしていた
子供の用事で立ち寄って疲れて眠ってしまったのだ

あの日も父の介護と子供の世話で寝不足だった
どうしても外に出たいと父が言うので
退屈していた父を外に連れ出したのだった
八百屋でイチゴを孫に買うんだという父の願いを
ありがたいと思いつつ
疲れて眠い目をこすりながら赤いイチゴを見ていた
ヘルメットをかぶった男が八百屋に入ってきて
東日本で大きな地震があったらしい
と店の人に話していた
イチゴのつぶつぶが妙にくっきりと見えて一気に目が覚めた気がした
イチゴはなの母の笑い顔が浮かんだ
母に電話をしたが
つながらなかった
東京も危ない
母や親戚の者たちが無事かを確かめずにはいられなかったのだ

うたた寝から目が覚めて
どこからか沈丁花の花の匂いがしてきたような
幻の匂い 匂いの幻のような歌が聴こえるような気がしていた

息子よ
ここは荒れ果てた砂漠だよ
咲くはずだった沈丁花の代わりにお前は生まれたよ
お前に見せるはずだった思い出全部割れちゃった
どこまで行こうかどこまでも続くレンゲの海
息子よお前が生まれる少し前
希望の全てが朽ち果ててみんな泣いていたんだよ
ごめんね息子よ
新しい鉢を買ってきたよ
お前に見せるはずだった
小さな小さな沈丁花
どこまで行こうか どこまでも続く水平線

夜明け前の夜の淵にあっても心にろうそくを灯す歌と一緒に
手をつなぐように歌ってほしいのだった
どこかで救われている人がいますように
ここで救われているものがいるように
心を満たすように
手をつなぐように歌ってほしいのだった








by akikomichi | 2019-03-11 20:39 | 詩小説 | Comments(0)

安国寺集落遺跡公園弥生のムラの葺き替えが終わった。

さか葺きは、初めてだったので、勉強になった。

通常は、もとが屋根の表面を覆うのだが、さか葺きの場合、葉の多い穂先で覆う。

昔の人が着ていた、みのがさのような風情である。

風になびく穂先が揺れて、弥生時代には、こうやって、近くにあった茅で、壁や屋根を葺いていたと想像できるが、遺跡から発掘されたものに、木の幹や枝があり、土台は結構、しっかりしていたのではないかと思われた。

茅をどう葺いていたかは、想像の範疇に入るが、それほど、違わないのではないかと思うが、風になびく、茅の屋根の下で寝転ぶと心地よく、少し肌寒いながらも、つくしがニョキニョキと生えてくる大地と近い暮らしも、いいものだと思われた。

湿地であるため、豊かな土壌が作られていたのではないだろうか。



by akikomichi | 2019-03-05 21:06 | 詩小説 | Comments(0)

「福厳寺と檀一雄」

 最近、先輩のみなさんといく夜の散歩の途中で福厳寺の鐘をつかせていただいたり、お話を聞く機会があった。

 ご住職は、最初に檀一雄のお墓に参った時には、お話にならなかったのだが、夜の鐘を何度か鳴らさせていただくうちに、思い出したようにボツボツと檀一雄に関するお話をしてくださるようになった。

 檀一雄の小説にも描かれているリツ子さんのお墓を掘り、檀一雄のお墓に一緒に埋めたという。

 檀一雄の家族が一緒にお墓に入っているのを見ると、人が亡くなるということを改めて考えてしまった。

 生前の河合隼雄氏がいい歌であると紹介していたという、お墓の前で泣かないでくださいというような歌詞の曲もあったが、そこに魂のようなものはないのかもしれないが、石碑として、そこに残しているようにも思えた。

 檀一雄のお墓に書かれた詩のようなものは、ご子息の太郎さんの連れ合いの方が書かれたものだとも言われていた。

 貴重なお話を聞かせていただき、ありがたいことであった。



by akikomichi | 2019-01-26 21:06 | 詩小説 | Comments(0)

「女子会」

女子会という名の飲み会をした。

一級建築士の北島さんとじっくりお話をする機会に恵まれた。

古民家の保存に熱心に取り組まれていて、その姿勢は同じ類のものを共有するもののそれであると確信した。

佐賀では基本的に鎌とコテを使うのは存じ上げていたが、我々は、かやを引っ張り出すカラスあるいはやっとこ、引っ張り出しなどと呼んでいるものや軒叩き、羽子板のようなもの、片手使いのほめいた、両手づき、縄を撮る時にかやを押し広げるためのこじ開けなど用途によって、使い分けていたりするので、シンプルさを追求するか、用途に合わせて使い勝手を追求するかは、それぞれの慣れ親しんだ方法であり、どちらがいいなどはなく、それぞれの個性であると、思われた。

それぞれの身の上話などもしながら、いろいろあるものの、幸せは今作るものだという点で、一致した。

我々は好きなことにができて幸せである。

人生を充実し楽しむために生まれてきて、ここに居られることに、感謝した。


あっという間に時間が過ぎて、また、建築の話で、いつまでも話していられる仲間を得て、まことにありがたいと、思われた。



by akikomichi | 2019-01-19 03:31 | 詩小説 | Comments(0)

「ほりわり」

先日、施主の工藤さんのお店でお食事会を開いてくださり、美味しい鰻料理をいただいたときのことである。

「ほりわり」という、柳川文芸クラブの同人誌をいただいた。

工藤さんも、短編などを書かれるということで、自分も詩や小説を書き続けてきたものとして、同じ思いを共有できたことが、誠にありがたかった。

工藤さんの、語りは、景色が見えてくるようで、個人的な体験として、遠い国の、ゴーギャンの楽園のような場所を探して、山のてっぺんまでたどり着いたと思ったら、下着の広告看板があったという、落語のようなオチもお聞かせしてもらったこともあるが、歴史軸の語りも深く見通されていて、柳川から、世界まで、身近なものから、大きな広いものまで見ているようで、いろいろと学ばせていただき、是非、今度、詩か小説を書かせていただきたいと思われた。

by akikomichi | 2019-01-15 18:47 | 詩小説 | Comments(0)