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三浦梅園の古民家

三浦梅園の古民家に行った。

梅園の家の土間が殊の外いいと先輩から教えてもらったからである。

確かにいい土間であった。

おくどさんも毎日のように火を入れているようで、暖かかった。

お台所は銅で流し台を覆い、その下は木造りであった。

私の手に入れた古民家では、モルタルで流しを作ることを考えているが、風呂もモルタルにして水回りを統一感を出していこうと考えているところで、熱伝導や保温にはあまり向かないのではないかと先輩に指摘されて、銅で覆うことも、視野に入れてみようと思われた。おくどさんと一体化した風呂を作ってみたいのだが、それも、いろいろ形を考え考え、出来うる限り、実現可能な形に持っていきたい。

当然のごとく、風呂場は、仕切りが曖昧になるであろうから、目隠し程度に竹をあしらってみたいと、想像的創造を練りこんでいる最中である。

楽しみは、じっくりと。

梅園という名前からにじみ出たような、壁の色が薄梅色で、なかなかいい塩梅であった。。壁を色で楽しむというのもオツなものである。

梅園は医者の家に生まれ科学者のようで、哲学者のようで、詩人でもあったようであるが、花を知るには、本で読むより、お花畑に行け。というようなことを言っていたという。

その心意気をも、家に表現してみたいものである。

手心を加えつつ。


私の好きな分析心理学の開拓者であるユングは、曼陀羅や東洋思想を無意識領域の道しるべのようにしたり、シンクロニシティの概念や夢の分析などを自分の体験から作り上げていったが、その晩年には、石の家を自分で作っていったと言われている。

私も同じように、杉皮葺の家を自分の手で、思う存分、愛デンティティの総仕上げのような心持ちで作っていきたいものである。



by akikomichi | 2019-08-28 10:58 | 詩小説 | Comments(0)

幸せな1日

幸せな1日であった。

せがれと一緒に、杉皮を鉈を使って60センチほどの短冊状に切って束を作ったり、はおさえを80センチ前後にのこで切ってちゅうのうで端を上下反対にスパッと斜めに切ったりした。

できた杉皮を一生懸命二階にハシゴをかけて運ぶせがれから受け取って、井形に積み上げながら、いつもより、時間が経つのが早く感じられ、体の中からじわじわとやってくる安らぎを感じていた。

楽しみが増えたのだ。

自分もせがれと同じように体で覚えながら、茅葺をこよなく愛していける喜びの1日であった。

by akikomichi | 2019-05-01 05:48 | 詩小説 | Comments(0)

「小国の杉皮葺の民家」

小国の民家も最終段階を迎え、裏面をほめながら(手入れをしながら)徐々に降りていった。
杉皮の補修は何度かさせていただいたが、日田の咸宜園なども、部分補修が主なものだったので、じっくりと、軒からなおしていくのは、勉強になった。

目串を立てて、ほこ竹に白紐を通し、その目串を目安にして、短冊状にした、60センチ前後の杉皮を少しづつずらしながら置いていく。

杉皮を重ねる場合、なるべく谷を作らないようにする。
水の流れがそこに集中しすぎるとそこだけ痛みが早まるからである。

最初は、柔らかい薄い杉皮を置き、その上に一寸ほど上にずらして少し短めの杉皮を置いていき、それから、ある杉皮をいかに長持ちするように丈夫になるように置いていくかが大切で、一番上になるものは分厚い杉皮でその杉皮の上から、ほこ竹で押さえる。
ここで、最初のほこ竹に通していた白紐の出番である。その白紐のよりよりを少し解き、そのよりの隙間にアバカ紐を通し、よりよりを元に戻して抜けにくくして、それから白紐を引っ張り、アバカ紐も一緒にほこ竹の下を通って、新しい抑えのほこ竹と上から下からサンドイッチにして杉皮をおさえるのである。


親方や先輩、仲間と横一列に並んで並べていく時、どのように並べておられるのか、よく拝見しながら、自分の手で並べていく喜びは格別である。

強い屋根になりますように、自分の出来うる限り、丁寧に屋根を吹かせていただく、ありがたさをかみしめながら。


by akikomichi | 2019-04-17 19:04 | 詩小説 | Comments(0)

茅葺と詩小説と

今の現場は、小国の坂本善三さんの絵のモチーフにもなったらしい茅葺のお屋根であり、そこを一生懸命、葺かせていただいているのだが、
千圓札になるという北里柴三郎の記念館の近くのお宅でもある。
新しい時代と新しいお札。
お金は相変わらず擦られ続け、今度は電子マネーに取って代わられそうな高速の金の流れと時代は過ぎていくばかりであるが、そこは通り過ぎようが、生きているこの時は本当の自分だけのものであることには間違いはなく、遠い世界の金の流れのことよりも、目の前のつくし、ゼンマイ、たけのこがある。
お金で買わなくていいものがここにはいろいろある。
恵みをいただく毎日が過ごせることは、ありがたいことである。
あとは、茅葺の家でゆうるりと時を過ごせたら、さらに充実した生活が送れそうである。

茅葺と詩小説と子供を愛してやまない自分にとっても、新しい時代が始まりつつある。
末っ子が一緒に住めるようになるのである。
さらには、親方のおかげで、一緒に、茅葺の仕事もできそうなので、ありがたいことなのである。
今まで、なんとか、先輩にお世話になって頑張ってこれたが、これからは子供もいてくれるので、茅葺を楽しんで
、そのできる過程を一緒に体験できることが、何より嬉しい。
言葉だけではなく、体で一緒に覚えていけるのである。
一筋の希望が出来たのは、親方と先輩、仲間の皆さんのおかげでもある。
どんなことが起きようとも、生まれてきてよかったと一瞬でも思えるような時を一緒に過ごしていきたいものである。



by akikomichi | 2019-04-13 23:07 | 詩小説 | Comments(0)

「柳川川下りと囲炉裏」

柳川の川下りの会社をされている工藤さんの御宅の屋根が出来上がり、川下りをさせていただいたのち、御宅の囲炉裏を囲んでの温かい寄せなべを皆さんでいただく。

柳川での川下りは初めてであった。

船頭さんのよく通る歌をお聞きしながら、いつもは川の横の道を歩いていた景色の中の川の上をたゆたう。

この時間は水の時間のようで、土の時間、石の時間とは違う、時の間をたゆたう。


そののち、囲炉裏の火を囲み、みなさんと美味しい鍋をいただく。

設計士の山口さんご夫婦もいらっしゃり、気さくな、温かい時間をいただいた。

また会いましょうと言ってくださり、ありがたい出会いであった。



by akikomichi | 2019-02-12 22:40 | 詩小説 | Comments(0)

「ほりわり」

先日、施主の工藤さんのお店でお食事会を開いてくださり、美味しい鰻料理をいただいたときのことである。

「ほりわり」という、柳川文芸クラブの同人誌をいただいた。

工藤さんも、短編などを書かれるということで、自分も詩や小説を書き続けてきたものとして、同じ思いを共有できたことが、誠にありがたかった。

工藤さんの、語りは、景色が見えてくるようで、個人的な体験として、遠い国の、ゴーギャンの楽園のような場所を探して、山のてっぺんまでたどり着いたと思ったら、下着の広告看板があったという、落語のようなオチもお聞かせしてもらったこともあるが、歴史軸の語りも深く見通されていて、柳川から、世界まで、身近なものから、大きな広いものまで見ているようで、いろいろと学ばせていただき、是非、今度、詩か小説を書かせていただきたいと思われた。

by akikomichi | 2019-01-15 18:47 | 詩小説 | Comments(0)

「職人」とは何か。

「職人」とは何か。

ということを、柳川まで訪ねてくださって、手伝ってくださった美山の瓜生さんがおっしゃっていた。

そこいらで働くプロの方々、例えば、レジ打ちの方も、ガソリンスタンドの方も、農家の方も、ある意味、職人と思っている。

ということ。また、

茅葺職人であるからと、肩肘張らずにやることが大切であり、驕りたかぶるようなことがあるとしたら、どうかと思う。

というようなこともおっしゃっていた。

目から鱗の言葉であった。

そんな謙虚で真摯な瓜生さんであったが、雨養生の時、雨だれの残ったブルーシートの上を、手を前に突き出し頭からウルトラマンのように加速しながら我々の目の前を滑り落ちていきつつも、くるりと軽やかに受身をして、ほっぺたにかすり傷を負ったくらいで満面の笑顔を見せて帰っていった強者であり、我々の柳川の現場に凄まじい伝説を作っていったのだった。


by akikomichi | 2019-01-15 18:31 | 詩小説 | Comments(0)

「善光寺と檀一雄」

善光寺に立ち寄った。

導かれるように、道を曲がった先に善光寺と檀一雄記念碑という看板が目に入った。

一人では行くことができなかったような、何ものかに導かれるような、であいであった。

檀一雄が息子のたろうと住んでいた時は、今は違っていたが、茅葺だったようである。

小高い山の上に、善光寺はあった。

最初に防空壕のような人工の洞穴の中のお地蔵さんたちにであい、大きな張りぼてのような閻魔大王の横に建った りつこ そのあい そのし の 執筆をした場というようなことを赤い字で記した碑にであい、ここにきたことを、坂道をふみふみし歩きながら夕日を見ながら、体全体で記憶した。




by akikomichi | 2018-12-31 21:40 | 詩小説 | Comments(0)

施主さんの川下りの会社が御花の近くにあり、そこにご挨拶に伺ったときのことである。

柳川にゆかりがあったという檀一雄生誕百周年の本を手に入れ、泊まりの間に、ぽつぽつと読んでいた。

檀一雄のおじいさんが、酒を作っていた北原白秋の家などが火事になったのち、その周辺を買い取ったという。

同じ風景を二人は歩いて、生きていたのだ。

平家の落人が6騎たどり着いたというこの周辺をろっきゅうといい、漁師町としておおらかな土地柄もあって、一年悪さをして休学になっていた檀一雄の祖父母のところに転がり込んでいたときに、無頼な生き方の素地が育まれたと言ってもいいほど、壇はこの土地が好きで、性に合っていたようで、おそらく、川のほとりをぶらぶらとしながら、何か、獲物を探すように、匂いのする(うなぎの燻された匂いはここかしこにある)方に歩いては、出くわす何かを溜め込んでいったのだろう。

白秋もまた、酒の匂いを味方につけて、その芳しい菊美人のような透明な甘露のようなものを、体で熟成させていったと思われる。

壇が狩猟の詩人であるならば、白秋は醸造の詩人である。

などと思いながら、自分は屋根を葺くように詩を作り、詩を作るように屋根を葺くような、屋根葺詩人となるよう、精進したいと、希望した。

by akikomichi | 2018-12-16 18:37 | 詩小説 | Comments(0)

柳川の現場が始まった。

雨の日は日田に帰ってくるが、基本は柳川で泊まり込みで作業をすることとなる。

旅の身空のつかの間の夜の散歩の流れ星を見た。

ゆっくりと光が目の前を通って行った。

寒さに眩く何か夜の闇の奥深くに届く希望のようなものが見えたような。

そのあと、柳川の川のほとりを歩きながら、白秋の生家や檀一雄の記念碑、オノヨウコのおじいさんの家があったところや、戸島家のみんのす(馬の耳の形)のついた茅葺の屋根やお寺の茅葺の門などにもであえた。

歩く速さで生きているようで、星もそのゆっくりとした光でなぞってくれていたのだろうと思うと、星と魂の行き着くところは同じようで、わざと心配させる話ばかりするものとは一線を引いて光の方を向いているようで、それが、今ここで選んでいる道であった。



by akikomichi | 2018-12-15 22:44 | 詩小説 | Comments(0)