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果樹園を作りましょう

果樹園を作りましょう
あなたは無花果
私は桜桃

楽園を作りましょう
あなたは鹿のように軽々と飛び跳ね
私は鳥のように花の花粉と香りにまみれ

茅葺の家に住みましょう
生き物が寄ってくる巣のような
ともに生きている家に住みましょう

囲炉裏を作りましょう
みんなで積み上げたぐり石の上に
灰を敷き詰め炭で茅葺の屋根を燻しましょう

我々は幸せでいましょう
我々が皆で幸せで少しづつでも安心していれば
世界も宇宙も安心してくるでしょう


by akikomichi | 2020-03-28 21:30 | 詩小説 | Comments(0)

親方お疲れ様でした

親方が83歳を前にして体力的なこともあり、三月で今のように毎日ではなく、茅葺から少し離れられるとのことで、お疲れ様会を仲間とともにした。

親方は思い残すことはないとおっしゃっておられたが、我々に、根気よく接していただき、いい仕事を拝見できた幸せをかみしめている。

親方に何度となくしかられながらも、今までやってこられたのは、茅葺の本物に接することができる喜びがあったからだと、思わずにはいられないのである。

仲間とも、本音で話すことができるようになってきたのも嬉しい限りで、これからも、茅葺を愛する仲間とともに、親方の意志を継ぎ、茅葺を愛でながら、皆が平和で仲良くほのぼの生きていけるように、思いを込めて、楽しんで作りながら、いろいろなものを創造しながら、生きていきたい。

by akikomichi | 2020-03-28 21:13 | 詩小説 | Comments(0)

坂本繁二郎の生家

坂本繁二郎の生家の茅葺の補修をさせてもらった。

谷の部分を重点的に、棟の杉皮が抜け落ちていたところも差して。

谷は、ところどころ、杉皮を挟んで、強度を増して。

雨風で、殺がれた面を、元のふくらみに戻して。

我々は、屋根を修復していく。

素晴らしい屋根とその内部も拝見した。

茅葺の屋根裏が見られるように外した天井を見上げた。

内も外もいい具合で、まだまだ、生きながらえてくれるいいお屋根である。

ぐるりと中を拝見させてもらい、繁二郎の描いた淡いトーンの馬やリンゴの絵、それから繁二郎の父上が描いた戊辰戦争の襖絵の上に落書きした青木繁の鯨のようなもののレプリカもあった。

そこで暮らした人の気配を感じるような、もの静かな美しい家であった。

by akikomichi | 2020-03-06 20:37 | 詩小説 | Comments(0)

古民家再生

杉皮葺の古民家の再生に取り組んでいる。

大工の佐藤さんや兄弟子の上村さんや森松さん、倅とともに、今、基礎工事を行っている。

ちょっとした、「結」の団結を感じながら、力を貸してくださる方々に感謝している。

根太などにシロアリ予防の塗料を塗ったり、土間を再生するべく、リフォームされたところをはがしたり、掘りごたつのあったところを壊したりして、その後に、囲炉裏を作る予定である。

自分の自宅兼仕事場として暮らしていきたい。

自分で再生していく過程を肌で感じられるのは、嬉しいことである。
自分の人生を作っていくようで、人生の本当の楽しみを味わっている。
何をするのも、楽しいことは、稀有なことである。

里山は豊かである。
何でも揃っている。
昔住んでいた方々が残してくだっさったものの豊かさに感謝しかない。

先日、蓋がされていた場所に井戸があることに気づいた。
譲って頂いた時には、気づいていなかった小さな井戸ではあったので、喜びもひとしおであった。
これで、水道が通じなくても、生きていけるというものだ。

茶を蒸す竃のようなところで、廃材を燃やしていると、家が息を吹き返したような。
水と火が一度にやってきたようで、ここで生きていく準備が整ってきた、徴のようで、ありがたかった。

木炭や竹すみも、ワサビなどを作っておられる佐藤学さんや、久留米から移住されてきた中島さんが日田の炭焼きの火を絶やさないよう取り組んでおられる貴重なものを譲っていただいたものを使い、湿気を防ぎながら、空気やその場の浄化作用を促せるように、家の床下に細かくしたものを敷いていく予定である。

杉皮葺や茅葺の家そのものの保存はもちろん、茅葺の日本だけでなく世界中の資料を保存する場として、資料館的な役割を担うとともに、杉皮葺で使う杉皮を切ったり、茅に直接触れたり、竹墨なども作ったり、お茶摘みが出来たり、といった体験ができるような、あるいは、歌を歌いたい人は歌ったり、文学系のイベントなどができるような、里山を愛でながら楽しむ場としていきたい。

できることならば、どなたでも、興味のある方が、訪れることができるような、開かれた場にしたいのだ。



by akikomichi | 2020-02-29 21:47 | 小説 | Comments(0)

中村哲さんのお別れ会

今日、中村哲さんのお別れ会に伺った。

あまりの人の多さに圧倒された。

それほど、皆が、全国から最後の別れをしに来られたのだった。

皆さん、それぞれの中村哲さんへの思いをお話しされていた。

そこここに中村哲さんの魂が在ったか、どうかは、定かではないが、ただ、ご冥福をお祈りしてきた。

by akikomichi | 2020-01-25 22:54 | 詩小説 | Comments(0)

火宅の人

「火宅の人」を読む。

檀一雄のが原作の大林監督の映画「花筺」を見てからというもの「花筺」をずっと探していたのだ

この映画は、監督の遺言のようであり、象徴がいたるところに、月に光る白蛇のように這いまわっていた。
ゾッとするようなヌルヌルとした美と肉の魂のようなものが這い回るのだ。
物語の中を。記憶の中を。海水の上を。道の上を。

屋根の上から飛べない臆病すぎる息子に、
「お飛び」
という母親と飛べない息子の物語のような。
飛んでいく男たちと飛べない男の物語のような気がして、それを確かめたいがために。

「花筺」をずっと探していたのだが、古本屋にはなく、なぜか昔から「火宅の人」を倦厭していたのを思い直して、手に入れておいたがなかなか読めずにいたものを届けてもらい、入院中のベットで読んだのだった。

自分は、図らずも、不意に屋根から飛んでしまったようなところもあり、「花筺」を読みたくてしょうがなかったのだが。まだ、読むに至っていない。

「花筺」が原作に忠実であったとするならば、おそらく、飛べなかった架空の主人公の男が、飛んだ後の生々しい男の物語に成り果てたような、檀一雄の生きた時代にあった戦争の後先の檀一雄自身の変わり果てた姿のようで、ここまで、人は変わるものだということを見せつけられたような気がした。

欲望のままに飛んだ、欲望に忠実になった男がそこにいた。

それから、能古島の檀一雄の終の住処を訪ねたことを思い出した。

子供の手を引き、船で渡った能古島の、ももち浜が見えるような場所だったと記憶している。そこから、生まれたであろう「火宅の人」は二十年をかけて書き続けたものだという。

彼の生きた証のようで、彼は今もその中で生きている。
最後の宿の中で、真新しいスリッパを用意して、いつか来るであろう「何か」を待っているように、檀はあの家で、「何か」を待っていたのではないだろうか。

などと思いながら、もがくように書き続け、生き続けた男が、自分の中にもいるようで、その「何か」を待っている自分を見つけたような気がした。



by akikomichi | 2018-08-30 19:42 | 小説 | Comments(0)

以下抜粋。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



ワシの影は平原を横切り
かなた、名もない空色の山々に向かう
ひとむれの若いしまうまの影は
ほそいひづめのあいだにしずまり
永い一日を動かずにいる
この影達は夕暮れを待つ
夕日が煉瓦色に染め上げる平原に
青く長く自らの形を延ばし
水場をさして歩いて行く時を待つ




〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

「さあ一緒に出かけて、生命を不必要な危険にさらしていただけないかしら。もしも生命になにかの価値があるとしたら、生命は無価値だということこそ、その価値なのね。自由に生きる人間は死ぬことができるという言葉があるでしょう。」
by akikomichi | 2017-08-28 23:32 | 小説 | Comments(0)

「黄色い日々」梅崎春生

(あいつは助かったんだな、あいつは)
それは麻痺性痴呆の病名をもって、A級戦犯の法廷から除外された男であった。この男がM病院に収容されていることは知っていたし、直線道路の彼方にその姿を見たとき、彼はすぐその男であることを直覚した。長身のその姿は、冷たい風のようなものを漂わせながら、近づいてきた。すれちがうまで彼ら三人は、しんと口をつぐんで歩いていた。
(どうしてあのときおれたちはしんとしてしまったのだろうな)

梅崎春生「黄色い日々」より抜粋


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

なんとなく、梅崎春生「黄色い日々」を読んでいた。

「幻化」「桜島」なども読みつつ、戦争の後始末としての東京裁判についてふと思った。


誰が、生き残ったものを責めることができようか。などとおもいながら、これを繰り返し読み返していたのだ。

おそらく、梅崎の残した小説から鑑みると、上記の男は、大川周明のことであろうと思われるが。

東京裁判を生身で知っているものは、半ばあきらめのような、どうしようもない押し付けられた裁判を、生で、引き受けてきたのであるから、それを卑怯という単純な暴言を吐き捨てるだけでは、あまりにもそこが浅いようにも思われる。

たとえそれが、現人神、言ってみれば超A級戦犯的存在であったとしても、罪や罰というものを、他から受けつつ、生き残ったもの自らの中に課している様々な償いのようなものを見ようともしないのは、あまりにもそこが浅いと言わざるをえない。

by akikomichi | 2017-08-14 00:01 | 小説 | Comments(0)

「戦争と一人の女」

http://www.aozora.gr.jp/cards/001095/files/42900_35405.html より

思うところがあって、「戦争と一人の女」を読み、映像化されたものも見た。

映像は全く坂口安吾の原作に忠実ではなかった。

違ったものになっていた。

二人の世界とは懸け離れた、余計なものが入り込んでいた。

過剰なほど余計な、強姦ものになって、興ざめしてしまうほどの、やりすぎである。

吉田清治の慰安婦捏造本にもよく似た、戦争のイメージの押し付けを感じた。


戦争中、自転車に乗るのが楽しみだったという件が、妙に私の子供の頃のイランで過ごしていた際に体験した戦争中の唯一の願望に似ていて、死というものを忘れている昼間のつかの間のおもちゃが欲しいと思ったことと重なった。

前の車輪が日常なら後ろは非日常のような錯覚。
右のペダルが戦争をこぐなら左のペダルは革命を回すようなめまい。

何度も見たバラード原作のスピルバーグの映像化した「太陽の帝国」で、共感した場面も、家族とはぐれ一人になった少年の、一人の自由があって、一人の不自由が始まった、家の中を自転車に乗って回る場面であったが。あれもまた、私の戦争中の願望を表してくれていた。

私にとっての、戦争とは、自転車に一人で乗って彷徨うことを夢想することのようにも思えてきたが。


何はともあれ、安吾にとっての「一人の女」は、戦争と一緒になってやってきた、獣じみていたがどこか興ざめしている非/日常なのであった。
by akikomichi | 2016-10-21 23:33 | 日記 | Comments(0)

『墓がない』

夢野久作の墓を見た。

博多にある一行寺に眠る、杉山家の墓。

入り口から入ってすぐの左側にあった大きな墓。

身体にあった大きさであったのだろうか。

巨体であった久作にあった、大きなそしてすこうし寂しい冬枯れた墓であった。

花を持ってくればよかった。

土から生えたばかりのうねったような花がいい。

死者の血肉を吸っているのかしらぬ存ぜぬと咲いた、するりと咲いた花がいい。

金文字で、杉山家の墓とわかるように彫ってあった。

久作は、玄洋社にも関わりのあった父親の杉山茂丸をはじめ、その一族の方々と、仄暗い墓の中、胎児の夢でも見ているのだろうか。


そういえば、ボルティモアの海の見える坂道を登って、丘の向こうにある教会の墓地に、ポーの墓はあった。


墓に辿り着く前に、夕方5時ごろの終わりがけの市場でクラブケーキと一緒に、ポーの顔の張り付いたラベルの瓶ビールをかっくらってきたばかりであった。

生牡蠣をしゃぶりつくしたかったが、夜遅くなるとここいらは意外と暗闇が深いということで、ポーの墓にたどり着くかどうか、わからないので、角打ちのように、たったまま、食らいつき、瓶ビールを空っぽにしたわけだ。


市場を出て、すぐの道でバスを待つ、米国の女学生に、ポーの墓はどこかと尋ねると、すぐそこよと、一人の赤毛の女学生が、道を挟んで建っている教会のような建物のある敷地を指差した。


入ってすぐに墓はあった。

一つは入り口のすぐ右に、もう一つは小道を逆L字型に辿った先の墓地の奥に。

墓地の奥から、入り口にうつされたと聞いたが、二つの墓に入ったものの、一度は掘り起こされた後、生き返ったわけでもなく、骨だけとなったポーは、壁からこぼれ落ちたものの気持ちを、現実においても味わったということにもなろう。

墓案内には、大鴉が、遠ざかる影のように、小さく張り付いていた。




作家とは、自分の書いたもののなかで生き続けるが、また、死に続けるものなのだ。

さしづめ、物語は、作家の墓標である。



ところで、私には、墓がない。

まだ、物語さえ、はじまっていないのだから。


こどもには、いつか何千度かわからぬか高温で焼かれるか、どろどろと地下深くねむり石化した私を吸い上げるなり、差し歯のように小さくなった私を形見あるいは二人それぞれに割ってもらって片身にして禍々しき魔除けのように持ち歩くなり、護身用に尖った石斧に加工するなりして欲しいと、言ってはいるが。

私には、墓がない。

入るべき墓がないのである。

by akikomichi | 2016-02-10 23:21 | 小説 | Comments(0)