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石を運ぶ

石を運ぶ人々が暮らす村があるという。
それから、本を運ぶようにもなったという。
いずれも重いものであるにもかかわらず。
運び続けているうちに。
移動本屋となり、いつしか、本屋になっていったという。
石が意思となり石造りの家の中を意思の塊の本で満たされていく。
満ち満ちていく。
石が行き来る。
意思が行き来る。
石を運ぶ。
転がそうか。投げようか。
石を運ぶのだ。






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# by akikomichi | 2020-12-31 23:17 | 詩小説 | Comments(0)

暗渠

暗渠の溝を掘ったのは、大雨の後だった。
あんまりに雨が降りすぎて、玄関まで庭の池の水が流れてきそうであったから、玄関前の犬走りの一歩前に溝を掘ってパイプに穴を無数に開けた暗渠を横たえたのだ。
黒い竜のように無数の穴がどこか鱗のような暗渠は、溝の中でおとなしく眠っていた。
あれからずいぶん時が経っていた。
今日、眠りから目覚めたように、池の水を流してくれるために、つなぎつなぎして、くの字になりながら、そこにあった。
暗渠の下に、寝床のような、あぜみちシートを敷き、水がより、暗渠を伝わり流れるようにした。
これで、龍神さまも怒りを鎮め、安らかにお眠りくださることを願っていた。



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# by akikomichi | 2020-12-13 18:26 | 詩小説 | Comments(0)

那珂川の茅葺屋根

那珂川の茅葺屋根のお宅の差し補修をさせていただいた。

篠隈さんの娘さんの美奈子さん御一家の優しさと暖かさに、心なごませていただいた。
お世話になった、権藤さんも相変わらず人情があり、我々を快く受け入れてくださり、信頼してくださり、依頼してくださったことに、心から感謝している。

ドローン撮影してくださった区長さん、毎日生まれ変わる茅葺屋根の写真を撮り続けてくださったお隣のひろ子さんをはじめ、興味を持って遊びに来てくれた万作くんや友達やその子供さんたち、ご近所の方々の温かい応援もあり、無事、洗いたての猫のように、ふんわりと美しく生まれ変わってくれた茅葺屋根は、黄金色につやつやとしていた。

先輩の奥さんも来てくださり、先輩がなおしたがっていたという茅葺屋根に携われて、ありがたく、先輩のご遺志を継がせていただいた心持ちて、心を込めて補修をさせていただいた。

茅葺の屋根に寄り添って、皆が穏やかに、仲良く、心をのびのびとさせて生きていける場所になっていくことを確信している。

魂の楽園となるように。

私たちは、一つ一つ心を込めていくことで、心温まるものを作っていくことを目指している。ということを再確認できた。

皆さんもおられることでなお一層、愛してやまない場所となった。

茅の再利用で自然農をされている藤森さんは篠隈さんの前の家主の方の倉庫を借りておられたようで、前に葺いた時の茅が残っているので持って行って欲しいとおっしゃってくれて、ありがたくいただき、そのお礼ではないが、茅の細かいものを差し上げた。黄身がつまめる金太郎卵の生みの親?の鶏糞などと混ぜて肥やしにされると喜んでくださった。私たちも、茅がまた巡って、栄養となるのが、こころから嬉しかった。
茅そのものもそうであるが、場所としての茅葺屋根も多くの人が集える場となりつつあり、嬉しさは膨らみ続けている。
美奈子さんは以前から静かなヨガという教室をされていて、みなさん、癒されに訪れているのは知っていたが、さらに美奈子さんのお友達の染色家のお友達や陶芸家のお友達、差し補修が終わった後、斬新でとんがったアディダスともタッグを組まれたという陶芸をされている古賀さんも来られ、今後とも皆さんに刺激を受けられる場にもなっていくようで、交流が生まれる場として、これからもそこに住む方々が生き生きと生きられる場となっていくことを願っている。



# by akikomichi | 2020-11-13 03:31 | 詩小説 | Comments(0)

グリーンストック

グリーンストックさんに茅を譲っていただく。

紹介してくださった中野親方や山本さんをはじめ茅場を育てようと関わった方々はもちろん、ボランティアの方々などが刈り取った茅であり、地域の方々を含めて、共に茅を育てていくという心意気が見えて、なおかつ、独占ではなく、誰にでも開かれたものであるようで、嬉しく思った。

茅を必要とする者にとっての、救世主である。

そのシステムにだけ甘えず、自分たちでも、身近なところで、茅を育てていくことを視野に入れつつ、野焼きなどのやり方も学んでいこうと思っている。



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# by akikomichi | 2020-10-22 12:17 | 詩小説 | Comments(0)

ほりわり仲間

柳川文芸誌「ほりわり」34号ができた。
合評はまだであるが、例会に文芸誌ではなく、柳川のほりわりそのものを整備したという田中吉政の末裔の方や水濠柳川の水をテーマにした会をされている方々がいらしていた。

田中吉政は、穴太衆とともに、城の建築や河川工事など、土木工事はもちろん、都市デザインを手がける天才であった。

ぺシャワール会の中村哲さんも独学して、山田堰や柳川を研究されていたが、その大元を作った人とも言えるのである。

今、水害が激しくなる一方であるのは否めない事実であるが、コンクリだけでは生命も水も行き場を失ってしまうということに、気づき始め、川の流れをよく見極め、自然を生かした堰を作っていた当時の方々の知恵を学ぶのは、大切なことであると思われる。

川下りの大東の工藤先生によると、曲がりくねった川のかくんと曲がったところに大きな石があったのだが、それはわざと置いてあるもので、それで、強い流れを受け止めていたのだが、現代の人々が邪魔に思ったのかどかしてしまい、そこから決壊がたびたび起こるようになったのいだということ。

自然を生かして、生活も守るということが、大切であるのは言うまでもないが、自然のものに、寄り添うように作っていくやり方は、茅葺屋根とも近しいものを感じていた。

なんでも固めてしまうことがいいとは限らないということ。

自然と共に暮らす、共生するということの、自然な形を教えていただきありがたかったが、それを生かしていくことができるように、なりたい。



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# by akikomichi | 2020-10-03 01:29 | 詩小説 | Comments(0)