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吉野ヶ里の先生

吉野ヶ里でお世話になった川上先生が亡くなられた。

川上先生は、いつもニコニコとされていて、駆け出しだった私にも、分け隔てなく、気さくに話しかけてくださった。

吉野ヶ里の茅葺屋根の作りに関しては、先生は、少し跳ね上がった神社仏閣的軒の形をイメージされながらも、より古代的に、あまり美しく作り込み過ぎないようにも、考慮されていたのを思い出していた。

この遺跡の建築の一部始終を知るように、作り手から見た、その当時の建物への思いを繋げていけるように、そこで何があったか、そこで何が生まれたか、を知っておくこと、歴史的観点を持つことで、より建物への深い思いを持ちうることを、教えてくださった。

吉野ヶ里「楼観」からの報告(安本美典)という本を読んだのも、川上先生の言葉を実践することであった。

吉野ヶ里から、炭化した米粒が一つ見つかったり、豚の骨が見つかったりしたというのは漠然と知っていたが、大和朝廷への変遷に少なからず関わっていたのではないか、少なくとも寄り添っていたのではないか。と思われるものを、「楼観」から、高いところからの眺めを持ち得たものたちの残した、墓や、堀、茅葺の家々の集まる集落の規模の大きさや力から、うかがい知ることができる。


吉野ヶ里の時空を超えたところまで辿っていくように、今ここの自分にできることを、再度、確認するように。

川上先生のご冥福をお祈り申し上げます。




# by akikomichi | 2021-01-13 12:54 | 詩小説 | Comments(0)

ほりわり

柳川文芸の「ほりわり」の方々と、新年早々、死と生についての放談会をした。

みなさんの死生観をお聞きしながら、自分の中の、子供の頃のイランでの戦争体験が色濃すぎて、その影響が今に至っていることを噛みしめていた。

いつ死んでもいいように生きてきた気はしていた。

生きることも死ぬことも表裏一体であるということも、感じながら、みなさんの生き様をお聞きしているようで、身が引き締まるような。
心の中に雪が降るような。
しんしんとした雪の降る山道を帰りながら、考えていた。
轍の上を通るか、それとも雪の積もった轍のすぐ横を通るか、ブレーキをしたら滑っていくような坂道で、ローに再度ブレーキを入れ坂道を下っても、滑り続け、ついには雪のたまり場で止まり、なんとか、立ち直りながら、凍りついた道、タイヤも表面がガビガビに凍ってしまっている氷の世界をくぐり抜けて家にたどり着いた。

毎日、何かしらあるようで、生きていることが、冒険であるような。

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# by akikomichi | 2021-01-11 20:54 | 詩小説 | Comments(0)

ほりわり

柳川文芸の「ほりわり」の方々と、新年早々、死と生についての放談会をした。

みなさんの死生観をお聞きしながら、自分の中の、子供の頃のイランでの戦争体験が色濃すぎて、その影響が今に至っていることを噛みしめていた。

いつ死んでもいいように生きてきた気はしていた。

生きることも死ぬことも表裏一体であるということも、感じながら、みなさんの生き様をお聞きしているようで、身が引き締まるような。
心の中に雪が降るような。
しんしんとした雪の降る山道を帰りながら、考えていた。
轍の上を通るか、それとも雪の積もった轍のすぐ横を通るか、ブレーキをしたら滑っていくような坂道で、ローに再度ブレーキを入れ坂道を下っても、滑り続け、ついには雪のたまり場で止まり、なんとか、立ち直りながら、凍りついた道、タイヤも表面がガビガビに凍ってしまっている氷の世界をくぐり抜けて家にたどり着いた。

毎日、何かしらあるようで、生きていることが、冒険であるような。

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# by akikomichi | 2021-01-11 20:53 | 詩小説 | Comments(0)

お礼参り

お礼参りに伺った。
広島で茅葺のお屋根の葺き替えの仕事をさせたいただき、その後、京都の美山の中の親方にご挨拶に伺い、美しい美山の茅葺の里と美山の事務所を拝見させた頂いた。
この景色と生活をこれからも守っていけるように、働きかけておられるという。
ぜひ、我々も同志として、仲間として一緒に守っていきたいと心から思った。
それから、魚沼に伺った。
茅葺の職人の体験を茅葺の屋根の佐藤家の葺き替えに参加させたいただけたからこそ、今の自分があるとも言えるので、車中泊をしながら、伺った。
まだ、雪が降る前だったので、たどり着けたのだが、いつか、雪の降る魚沼にも伺いたいと思った。
お世話になった方々にお会いしたかったが、このご時世であったので、お世話になった宿のご夫婦にご挨拶できただけであったが、再び伺え、お礼参りが叶ったようで、原点に帰ったっようであった。

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# by akikomichi | 2020-12-31 23:36 | 詩小説 | Comments(0)

リモートお茶会

リモートお茶会に伺った。
九州大学の知足先生が主催なさっていた。
遠くにありながら、近くにいった。
距離は、いつでも、なくなるということ。
美味しいお茶をいただきながら、最後の一滴まで。
ふるい落すように、そそぎ込むように。
心は、お茶をいただくことで、距離で濁さずとも、自由であるということ。


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# by akikomichi | 2020-12-31 23:23 | 詩小説 | Comments(0)