ひとつずつ

ひとつずつ おわらせていけばいいのです いずれそうなることであるなら
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# by akikomichi | 2011-09-26 23:35 | 短歌 | Comments(0)

写真

やまあるく写真くりぬきはるこらのこらーじゅされた夏のはりつけ 
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# by akikomichi | 2011-09-25 22:14 | 短歌 | Comments(0)

ぶたまんとらーめんながしえいぞうのそこのじょうどのはてるまでには 
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# by akikomichi | 2011-09-24 22:30 | 短歌 | Comments(0)

二時間の

二時間の人生ならば そこにあり やみにうかびて ただそこにあり
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# by akikomichi | 2011-09-23 23:17 | 短歌 | Comments(0)

『カシミールの秋』『歓待』『趙夫人の地獄鍋』『奇跡』を見る。

『カシミールの秋』(アーミン・バシール監督)
携帯を使えるようになる日常を喜ぶ市民のすぐ横で自爆テロが起こるカシミールのある青年の死。
幸福への道を断っているのは何なのか。
とりしまる世界か、取り調べの世界か。
若者は自分の血の海の中で何を思ったか。

『歓待』(深田晃司監督)
印刷所で細々と暮らす一家にやってきた昔の地縁の男。
籠から逃げた小鳥を探しているという張り紙を見て、近くで見かけたと言ってやってきたその男にはブラジル人の妻がいた。
そのブラジル人の妻と出来てしまった印刷所の主人と若い後妻が店のお金をごまかして腹違いの兄にお金をせびられている弱みに付け込んで、いつのまにか、その場を仕切っているその男。
色々な国の人が後から後からその家にやって来て、働き始めるが、若い後妻の誕生日を祝っている間お祭り騒ぎの家を見て、近所の自治会の人たちにけむたがられ不法滞在の取り締まりにあい、蹴散らされてしまう。トリックスターの物語か。

『趙夫人の地獄鍋』(ジェームス・リー監督)
これは目に見える地獄である。
カレー土鍋の中に地獄が凝縮されて、人々は知らず知らずの間に、その憎しみの鍋の中を血肉としている。
その憎しみは、肉親の憎しみ。肉欲の憎しみ。何より趙夫人の憎しみ。

『奇跡』
是枝監督作品。
地獄から仏のような物語。
新幹線と新幹線がすれ違う時に奇跡が起こるというこどもたち。
『誰も知らない』の無縁地獄から、それぞれの世界での『奇跡』を思う物語への昇華か。
どちらも、こどものまなざしを忘れていない。
くるりの曲がなんともせつなくあとをひく。
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# by akikomichi | 2011-09-23 22:28 | Comments(0)

『ゲシェル〜ぎりぎり日記』(ワヒド・ワキリファー監督)と『ナデンとシミン』(アスガー・ファルハディ監督)。
どちらもイラン映画がである。

ナデンとシミンは福岡映画祭観客賞をとったということである。
息つく暇のない会話と展開の横で何でも知っている眼差しのカメラ。
そこでみているのは神の見えざる目のようでもあり、ごまかせない眼差しである。
ドミノ倒しの人間模様で、ひとつがなくなればなし崩し的に世界が立ち回らなくなる様を淡々と描いている。

ゲシェル〜ぎりぎり日記。
輪切りになった石油パイプで寝起きする男やトイレのつまりをなおす仕事の男や白タクの男達。
パイプの向こうには丸く切り取られた海が見える。
海の上をタンカーがいく。
ぎりぎりの生活。
ぎりぎりの男たち。
ぎりぎりの家でもあるその寸断されたパイプは、外も中も筒抜けなカプセルホテルのようでもあった。
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# by akikomichi | 2011-09-22 23:48 | 日記 | Comments(0)

ある作家の夢

どこかの町に来ている
お参りする寺か神社があり
その仏壇か神棚の中に
ペリーの乗ってきた船のようなものが左側にあり
まるまると太った人か神のようなものが右側にあり
繋がっている奇妙な像だった
木彫りの御神体のようなものなのだろうか
人々はひっそりと知ってか知らずか
これに参っていたのか等と思う
階段を下りると
長細い合板の机に座る人々のいる部屋に通じた
食事をしながら
話をしている
ある作家が机を挟んで向こうに座っていて
机の下から
同意を求めるように
笑いながら手の平を差し出した
手と手を合わせて
それから握手をした
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# by akikomichi | 2011-09-22 23:22 | | Comments(0)

http://www.news-postseven.com/archives/20110922_31516.html?__from=mixi


このご時世であるから、公務員も一般の人たちのように、宿舎に入るにしろ、それなりの家賃(最低二〜三倍か)を払うようにすれば良いのではなかろうか。
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# by akikomichi | 2011-09-22 18:22 | Comments(0)

臨時増税の動きをけん制

国民新党の亀井代表は21日、党本部で記者会見し、東日本大震災の復興財源について、「民主党がワンサイドで決めることはできない。連立(与党)だから不可能だ」と述べ、政府・民主党内の臨時増税の動きをけん制した。

 亀井氏はこれに先立つ議員総会で、「財源は財務省の蔵にしまってある。首相が(蔵の)カギを開ければ片がつく話だ」とも述べ、増税以外で復興財源をまかなうべきだとの考えを示した。

読売〜〜〜〜〜〜〜〜〜
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# by akikomichi | 2011-09-22 08:12 | 日記 | Comments(0)

梅干し

床深き 塩の沁み入るねむりとき 梅干すゆめをみる くらやみで
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# by akikomichi | 2011-09-21 22:25 | 短歌 | Comments(0)

乗り換える

乗り換える 沫色よりも空色へ ながめるでなく そのただなかに 
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# by akikomichi | 2011-09-20 22:25 | 短歌 | Comments(0)

まえがみ

めにかかるまえがみすこしきるように まばたきをした こさめふるなか
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# by akikomichi | 2011-09-19 21:38 | 短歌 | Comments(0)

えいがよい

えいがよいしたようなひにめのおくに しびれおこりて いにのこるもの
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# by akikomichi | 2011-09-18 22:15 | 短歌 | Comments(0)

かぎをおく

かぎをおく おとがきこえたきがしたと ねこみみたてる ただいまあのこえ
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# by akikomichi | 2011-09-17 23:34 | 短歌 | Comments(0)

タンロンの歌姫

アジアフォーカス福岡国際映画祭が始まった。

すべての映画を見てみたいのだが、今日の時間が許す限り見れたものが『タンロンの歌姫』。

混乱の最中の、ベトナムの詩人と歌姫の古典的ではあるがじっくりと生身の思いを辿った淡い恋の物語。

上映後の主催者の方と監督さん、俳優さんのトークによると、この映画を創るにあたって、歴史的建造物があまり残っていないので、一からその頃にあったであろう場を創ったということであったが、かつてベトナムにあった国々の中を貫く、歌と詩を教えてもらった気がした。


片方の目で未来を見、もう片方の目からこぼれて落ちていくひとつの言葉のような、透明な涙のような歌。

歌うものの姿が、丸い弦楽器の形をした井戸の水面にうつりこみ、たゆたうのを掬いもせずに、ただじっとみつめているような歌。

魂は小鳥になって山の向こうに飛んでいるというのに。


何度でも蘇る歌と詩というものがあるならば、そういうものを創っていきたいものだ。

五百年後も千年後も残りうるものができるならば、それほどの喜びはないかもしれない。

等と思いながら、こどもにもなにかしらのこういった思いを受け継いでもらいたい。等とも思いつつ見ていた。
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# by akikomichi | 2011-09-17 20:41 | 日記 | Comments(2)

小雨にて

小雨にて 外を伺いひきかえす もうすこしだけまつことにする
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# by akikomichi | 2011-09-16 16:00 | 短歌 | Comments(0)

みょうが

みのつまるはなみょうがかな あまずつけ うすむらさきのいろのうつりて 
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# by akikomichi | 2011-09-15 22:10 | 短歌 | Comments(0)

福岡市・博多湾沿いで、街路樹の葉が枯れる現象が相次いでいる。

 7月と9月に相次いで接近した二つの台風で吹き上げられた海水が付着したことに加え、少雨で塩分が洗い流されず、高温が続いたことが原因とみられる。市は被害の実態調査に乗り出した。

 街路樹を管理している福岡市緑のまちづくり協会によると、同市中央区天神から西区小戸にかけ、約7キロの海岸線で被害が集中している。同区間には数千本の街路樹があり、被害の多くは街路樹の7〜8割を占めているイチョウ。海岸から1キロ近く離れた内陸部でも葉が枯れた木が見つかっており、一部のケヤキでも色落ちが見られる。

 詳しい被害状況は明らかになっていないが、中央区地行浜から早良区百道浜まで約1キロの市道沿いでは、ほとんどのイチョウが葉が茶色に変色したり、落下したりしている。
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# by akikomichi | 2011-09-15 18:06 | 日記

修学旅行

一泊の修学旅行のせがれかな バスのまどからうみがみえるか
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# by akikomichi | 2011-09-15 11:43 | 短歌 | Comments(0)

ひまわりの

ひまわりのたねくうものと まくものと そだてるものと みているものと
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# by akikomichi | 2011-09-14 22:47 | 短歌 | Comments(0)

ヒマワリの効果と残土

放射性物質による農地の土壌汚染を減らすためにヒマワリなどは効果があるのか、農水省が14日、実証実験の結果を公表した。
 農水省によると、実施した複数の実験のうち、ヒマワリなど植物が育つ過程で放射性物質を吸収させる方法は、ほとんど効果が認められなかった。
 一方、5000ベクレル以上の高い濃度の放射性物質に汚染された土壌の場合、ブルドーザーなどを使って表面を取り除く方法が最も効果的で、約75%を取り除くことができたという。しかし、この方法では汚染された残土が大量に発生するため、農水省は、土から放射性物質だけを取り除く方法を引き続き検証する方針。

〜〜〜〜〜〜〜〜

ひまわりの効果はほとんどないということだが、少しは効果があったのであれば、引き続きやってみることも必要である。

土から直接取り除くといっても、ひっぺがした後の表層をどうにかしないといけないのはかわらないのであるならば、尚更である。
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# by akikomichi | 2011-09-14 20:50 | 日記 | Comments(0)

生姜あり

青臭き土の乾いた葉をつかむ 根も身もからき生姜ありかな 
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# by akikomichi | 2011-09-13 22:37 | 短歌 | Comments(0)

みていってきく

みていってきくひとこそがいるのだと これからのこと かんがえてみる 
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# by akikomichi | 2011-09-13 22:28 | 短歌 | Comments(0)

とらっくいっぱい

つみあげし とらっくいっぱいのはいひんを ぐんてでつかむ こらのかつどう
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# by akikomichi | 2011-09-12 16:24 | 短歌 | Comments(0)

でも

でも しょうがないや ほうじょうや ちゃんぽんのね はこまつのねも
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# by akikomichi | 2011-09-12 16:18 | 短歌 | Comments(0)

それぞれの

それぞれのたたかいのあと あなのあき みずのながれを そこからみては
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# by akikomichi | 2011-09-11 21:45 | 短歌 | Comments(0)

のざらしのみち

こどもかい はいひんかいしゅうあるあさに あらしのさった のざらしのみち 
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# by akikomichi | 2011-09-11 21:35 | 短歌 | Comments(0)

なくなりし

なくなりし ひとのおもかげおうものの なげきかなしき いきうつしのゆめ 
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# by akikomichi | 2011-09-10 19:58 | 短歌 | Comments(0)

見回り

防衛省は8日、ロシアの爆撃機2機が同日、日本列島を周回するように飛行し、航空自衛隊が戦闘機などを緊急発進(スクランブル)させたと発表した。領空侵犯はなかったが、ロシア機が列島を周回飛行するのが明らかになったのは初めて。

 同省統合幕僚監部によると、2機はTU95爆撃機。朝鮮半島の東方から編隊で飛来し、沖縄本島付近まで進んだ後、太平洋を北上。樺太付近から再び南下し、日本列島を一周する飛行経路をたどった。

 その後、2機は日本海上空を北上し、ロシアへ向かったという。オホーツク海上空では、別の2機による空中給油も確認された。 

時事〜〜〜〜

日本をぐるりと見回りするとは不穏な動きはやめるべきである。

「何か」を調べたいのかどうかはおいといて。

あるいは、ガスパイプが半島に通ったことと何か関係があるのでしょうかね。
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# by akikomichi | 2011-09-09 17:52 | 日記 | Comments(12)

『時代精神』というもの

   東日本大震災


平成23年3月11日に東日本で震災が起こった。

日本の半身が一時麻痺状態となった。

その後も、地震と津波と原子力による影響が、日本のあらゆる根幹を目覚めさせているように見えた。

泥にまみれ遮断され壊れてしまった整脈の道を探るだけでなく、もっと大きな動脈の道を通すような血を送り続けるポンプとしての領域だけでなく、その細部が壊死しないように指先を動かすことで、その動きを後押しするような、ある意味、精神論等をぶち上げなくていい、形式的国体ともいえるものが、そこにはながれているようでもあった。

首相の首が幾つもすげ替えられても、なぜ日本という国がそれほど不自由そうでもなく動き続けられるのかという事が、世界の不思議、好奇と奇異の目で見られている節もあるが、なんと言うことはない、末端神経と思われているもののなかでも、年に一度、首がすげ替えられても動けるように、やることをやる制度が確立されており、それが年ごとに改善されるところは改善され、今に至っているということが、外には見えないだけであり、内部ではそれが当然と公然と行われているので、強いリーダーシップを誇示しなくとも、昔から物事はある程度滑らかに動いていけるようになっているのである。

すぐれた能力や財力を別段誇示しなくとも、うまく廻れるシステムを生み出していることこそが稀であり、日本的であると言うこと。

次に自分の番が回ってくる可能性がいつもあるので、協力をしないで、とりこぼれる、必要なことをやらないということも減ると言うことも自ずと生まれてくる。

行き届くことを前提にしていることは、「再生産」「再構築」である。

これこそが日本的な平等、究極的な平等とさえいえるかもしれない。

たとえ、そこに『時代精神』というものがあってもなくても。


毎年、同じことをするにしても、その構成員もその時々の時勢も代わることで違ってくることこそが、「毎日」であり「生活」であった。

「革命」等というものは、既に死んでしまって、生活が欠如して、階級と役職ばかりが残った。

ガイストばかりで、骨すらもなくなってしまうようであった。


かつて日本には残すべき文化がないと言うものもいた。

世界の片隅に、特色のない国として残ると言ったものもいた。

確かに、そうなっていくようにも見えたが、東日本大震災が起こり、戦争が終わっても残った日本であった。

残そうというものがある限り、何かが残るというものだということ。

津波に飲み込まれ、見えない原子力と闘っているものたちを焼き付けている今があること。

そこがすっかり変わってしまうかもしれない、変異が起こるのはいつだって、突然だったのだ。と希望すらしていること。

日本はかわるということ。

いかようにもかわる可能性を今、どこよりも持っているという細部を持つこと。


それぞれの日本がかわりつつも、残り続けるということ。

「精神」あるいはガイストは、肉体も場所も必要でなく、音か電子か文字の中で、同じことを繰り返し述べている。

そもそも『時代精神』というものがあるならば、それは、いまここで起こっていることがなくなった、肉体も場所もなくなったと思った時にこそ、立ち現れるものだ。と言うこと。

 
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# by akikomichi | 2011-09-09 12:17 | 小説 | Comments(0)