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カテゴリ:詩小説( 357 )

果樹園を作りましょう

果樹園を作りましょう
あなたは無花果
私は桜桃

楽園を作りましょう
あなたは鹿のように軽々と飛び跳ね
私は鳥のように花の花粉と香りにまみれ

茅葺の家に住みましょう
生き物が寄ってくる巣のような
ともに生きている家に住みましょう

囲炉裏を作りましょう
みんなで積み上げたぐり石の上に
灰を敷き詰め炭で茅葺の屋根を燻しましょう

我々は幸せでいましょう
我々が皆で幸せで少しづつでも安心していれば
世界も宇宙も安心してくるでしょう


by akikomichi | 2020-03-28 21:30 | 詩小説 | Comments(0)

親方お疲れ様でした

親方が83歳を前にして体力的なこともあり、三月で今のように毎日ではなく、茅葺から少し離れられるとのことで、お疲れ様会を仲間とともにした。

親方は思い残すことはないとおっしゃっておられたが、我々に、根気よく接していただき、いい仕事を拝見できた幸せをかみしめている。

親方に何度となくしかられながらも、今までやってこられたのは、茅葺の本物に接することができる喜びがあったからだと、思わずにはいられないのである。

仲間とも、本音で話すことができるようになってきたのも嬉しい限りで、これからも、茅葺を愛する仲間とともに、親方の意志を継ぎ、茅葺を愛でながら、皆が平和で仲良くほのぼの生きていけるように、思いを込めて、楽しんで作りながら、いろいろなものを創造しながら、生きていきたい。

by akikomichi | 2020-03-28 21:13 | 詩小説 | Comments(0)

坂本繁二郎の生家

坂本繁二郎の生家の茅葺の補修をさせてもらった。

谷の部分を重点的に、棟の杉皮が抜け落ちていたところも差して。

谷は、ところどころ、杉皮を挟んで、強度を増して。

雨風で、殺がれた面を、元のふくらみに戻して。

我々は、屋根を修復していく。

素晴らしい屋根とその内部も拝見した。

茅葺の屋根裏が見られるように外した天井を見上げた。

内も外もいい具合で、まだまだ、生きながらえてくれるいいお屋根である。

ぐるりと中を拝見させてもらい、繁二郎の描いた淡いトーンの馬やリンゴの絵、それから繁二郎の父上が描いた戊辰戦争の襖絵の上に落書きした青木繁の鯨のようなもののレプリカもあった。

そこで暮らした人の気配を感じるような、もの静かな美しい家であった。

by akikomichi | 2020-03-06 20:37 | 詩小説 | Comments(0)

雪の茅刈り

雪が降り出した。
茅を刈っていた。
昨日刈った茅の上に雪が降り積もり出した。
早く軽トラックに積み込もう。
茅が雪でしとしとならないうちに。
倅も加勢してくれた。
コンパネを両サイドに立てて
軽トラックの運転席の後ろにもとを向けて投げる
ごっふっ。
ごっふっ。と50回ほどは音をさせ。
同じ茅場でも太さも長さも違う茅を積んで。
ロープで締めて。
古民家へ連れて帰ろう。
これからわれらとともに生きていくのだ。
茅場から我が家の屋根の上で、
われらとともに生きなおしていくのだ。
茅場では立って屋根の上では寝転んで。
雪に吹かれて、雨に濡れ、風に乾き、太陽に照らされ。




by akikomichi | 2020-02-07 16:08 | 詩小説 | Comments(0)

中村哲さんのお別れ会

今日、中村哲さんのお別れ会に伺った。

あまりの人の多さに圧倒された。

それほど、皆が、全国から最後の別れをしに来られたのだった。

皆さん、それぞれの中村哲さんへの思いをお話しされていた。

そこここに中村哲さんの魂が在ったか、どうかは、定かではないが、ただ、ご冥福をお祈りしてきた。

by akikomichi | 2020-01-25 22:54 | 詩小説 | Comments(0)

幸せ

幸せなのは 桜桃の味 を知っていることです
夜明け前 大きな土まんじゅうのような山をさまよって
自分がすっぽり入る穴を掘り中に入って
美しい夜明け前の空を見上げることです
映画のことだけではありません
幸せなのは 桜桃の味 を知っていることです
世界は美しく 甘露に溢れていると気づくこと
そこにあるものを慈しむこと
気持ちを合わせること
心を通わせること
幸せなのは 桜桃の味 を知っていることです


by akikomichi | 2020-01-10 07:17 | 詩小説 | Comments(0)

井筒俊彦のドキュメンタリーを拝見した。

イランで井筒俊彦のドキュメンタリー映画が制作されたということを知った。

井筒さんがイランで研究されていたのは存じ上げていた。

井筒哲学の根底にあるものは「無」であるということ、東洋哲学と西洋哲学の融合的なものを考えていらしたということは、なんとはなしに存じ上げていた。

我々家族が父の仕事の関係でイランに滞在していた時期も、井筒先生のいらっしゃった時期と被っていたのはなんとはなしに知っていたが、その時期、先生がイラン滞在中に世界中から学者が集まり議論するエラノス会議にも参加されていて、そのエラノス会議を主催していたのがユングだったのは知らなかった。

ちょうど、年末から、なんとはなしに、ユングの「道」の本、『黄金の華の秘密』を読んでいた途中だったので、共時性を感じずにはおれなかった。

イランの方々は日本人以上に井筒俊彦を愛しておられるようで、不必要な諍いを煽るものがいる一方で、真摯に取り組まれ続けた心を思った。

根っこの部分で繋がっているものをひたすらに希求する心を破られようが心をなくせと言われようが、自分の中にある心を超えた、何ものかにたどり着こうとしたものの中にある一体感のようなものが、我々が求めているものであるような、それこそが「道(タオ)」であるような、空洞の、無の空間でありながら、あらゆるものが去来するものこそ、この世の姿であるような。




by akikomichi | 2020-01-01 11:06 | 詩小説 | Comments(0)

ペシャワール会の事務局もされている石風社の福元さんを倅と一緒に訪ねた。


10年ほど前に詩や小説を持って伺った後に、伊藤さんが亡くなり、ずいぶん、ご無沙汰していたので気になっていたのだが、今度の中村哲さんのこともあって、やっと決心がついて伺った。


髪が白くなっても、以前と変わらない、優しい福元さんであった。


私に福元さんの本をくださり、漫画を描いている倅には漫画の本をくださった。


哲さんのお別れ会のようなものを来年、西南大学のチャペルでするのでおいでと言ってくださった。

哲さんに会いに行きたいと思う。

それから、10年越しの私の本の出版の話をした。

詩は手直しはしない約束だったが、小説の方は、戦争の話だったこともあり、唐突に書かれたもののような、そぐわないようなというふうな話をされたのを思い出した。

あれから今まで、書き続けてきて、住む環境も激変し、書くことも、少しずつ変化していき、今なら何を書き残したいのかを自分に問いかけるように、本を作ろうと思った。


今、石牟礼道子さんの集大成の本を作っていると、福元さんはおっしゃっていた。


それが終わると、取りかかれるということだったので、自分としては、何とも、ありがたいことであった。

私の本の表紙をペシャワール会のカレンダーの絵を描いていらっしゃる甲斐大策さんに描いていただきたいと思っていたら、甲斐さんが今年の一月に亡くなっていたということをお聞きし、愕然とした。


また、甲斐さんにお会いして、甲斐さんのお母様に単位でいるので大学時代で始めたピアノの話や甲斐さんの絵の話などもしたかったのであるが、もう、あの射抜かれるような眼差しを直接感じることはできないのだ。

イスラム教徒だったけど仏教でお葬式したと福元さんは、いった。

哲さんはキリスト教徒だったけど、イスラームの国で、イスラームと共に暮らしていた。

宗教も、人も、心情も、無意識も、意識も、その人の心の中で生かさていればいいのだと思った。

私の中では、今も人としての、哲さんも、石牟礼さんも、甲斐さんも、生きているままである。





by akikomichi | 2019-12-18 22:27 | 詩小説 | Comments(2)

おばあちゃんのじゅーす

秋月の現場でいらんくなった茅くずと竹の穂先ば
近所のおばあちゃんにあげたと
軽トラに積んでから
おばあちゃんは赤子んごとの笑ってから
芋ば作りよるけん
そこいらば軽トラでふんだらいかんばい
といいよらしたと
茅くずば毎日毎日
やまんごともって行きよったら
もうよか もうよか
あんまり積み上げとったら
燃したいと思うもんがおったらいかんけな
といいよらしたと

それからおばあちゃんになかなか会えんごとなったとやけど
秋月の最後の日に
おばあちゃんが門のところからなんかを探しよらしたと
もしかしてなんか用事でもあるんかいなと
おばあちゃん こっちこっちこっち
と木の枝からひょっこりさんしたら
おばあちゃんが
じゅーす買うちゃる
といいよらしたと
ふるさとのばあちゃんがいっぱい詰まったような
あったけえかあいらしか声でくさ
最後のお掃除ばしよったら
なんか知らんばってんが次から次に涙が出てきたと
心からじゅーすが飲みたかったけんかもしれん
三時の休憩の時
おばあちゃんからもらっとったのはお茶やった
まっこと上手そうなお茶やった
もったいのうしてから
まだとっとるとよ


by akikomichi | 2019-12-15 19:31 | 詩小説 | Comments(0)

秋月

秋月の武家屋敷久野邸の茅葺屋根の葺き替えもいよいよ終わりに近づいてきた。

名残惜しいのは秋月で出会った方々である。

武家屋敷の管理をされている井上さんご夫婦を始め、現場監督の菊池さんには大変お世話になったのはもちろん、人としてそのまんまで接して頂き、すのままで関わっていただけたことに心から感謝している。

武家屋敷の祖先の方々とご縁のある久光製薬の会社の方々も、熱心に、愛着を持って、茅葺を見守ってくださり、ありがたかった。

また、近所の古美術商の方たちも、面白く、癖のある、味のある方々ばかりであった。

徐福伝説の話をしたり、釣りの話をしたり、古墳の話をしたり、尽きることない話で、すっかり皆さんと仲良しになれた。

友達が迎えに来てくれるまで待っている間、ふらりと立ち寄った角打ちのできる酒屋さんで、近所の方々と遠野物語の話をしたり、秋月物語という映画の話を聞いたり、語り合えたのは貴重な体験であった。

蕎麦屋のご主人、奥さんがたも美味しい蕎麦や蒸し雑煮などでほっこりさせていただいた。

人との出会いが濃密で、人と出会えて、いろいろ心が自由になれた。


茅葺の屋根を作る前に、一人の人間として、幸せであった。

屋根を作れる喜びもまた、噛み締めて。

どこまでもどこまでも成長し続けたい。

打ち上げをしていただき、肉を屠る。

上村先生、ごちそうさまでした。

頑張った、皆さん、お疲れ様でした。

いろいろ、激突もあったけれども、こうして本気で怒ったり泣いたりできるのもありがたいことと思えてきた。

日々、勉強、日々、精進。

心は自由なままに。

2月に秋月はお祭りが目白押しのようで、その時に遊びにおいでと井上さんがおっしゃってくれたので、楽しみがまた増えた。


尊敬する秋月の歌うたいのくらっちさんが歌っていた、

ベストとは言えないが、最善のことを尽くしたいな

というフレーズが頭の奥深くで、ずっと鳴り続けているようで、これからも、その心意気でやっていきたい。





by akikomichi | 2019-12-14 23:47 | 詩小説 | Comments(0)