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カテゴリ:詩小説( 353 )

中村哲さんのお別れ会

今日、中村哲さんのお別れ会に伺った。

あまりの人の多さに圧倒された。

それほど、皆が、全国から最後の別れをしに来られたのだった。

皆さん、それぞれの中村哲さんへの思いをお話しされていた。

そこここに中村哲さんの魂が在ったか、どうかは、定かではないが、ただ、ご冥福をお祈りしてきた。

by akikomichi | 2020-01-25 22:54 | 詩小説 | Comments(0)

幸せ

幸せなのは 桜桃の味 を知っていることです
夜明け前 大きな土まんじゅうのような山をさまよって
自分がすっぽり入る穴を掘り中に入って
美しい夜明け前の空を見上げることです
映画のことだけではありません
幸せなのは 桜桃の味 を知っていることです
世界は美しく 甘露に溢れていると気づくこと
そこにあるものを慈しむこと
気持ちを合わせること
心を通わせること
幸せなのは 桜桃の味 を知っていることです


by akikomichi | 2020-01-10 07:17 | 詩小説 | Comments(0)

井筒俊彦のドキュメンタリーを拝見した。

イランで井筒俊彦のドキュメンタリー映画が制作されたということを知った。

井筒さんがイランで研究されていたのは存じ上げていた。

井筒哲学の根底にあるものは「無」であるということ、東洋哲学と西洋哲学の融合的なものを考えていらしたということは、なんとはなしに存じ上げていた。

我々家族が父の仕事の関係でイランに滞在していた時期も、井筒先生のいらっしゃった時期と被っていたのはなんとはなしに知っていたが、その時期、先生がイラン滞在中に世界中から学者が集まり議論するエラノス会議にも参加されていて、そのエラノス会議を主催していたのがユングだったのは知らなかった。

ちょうど、年末から、なんとはなしに、ユングの「道」の本、『黄金の華の秘密』を読んでいた途中だったので、共時性を感じずにはおれなかった。

イランの方々は日本人以上に井筒俊彦を愛しておられるようで、不必要な諍いを煽るものがいる一方で、真摯に取り組まれ続けた心を思った。

根っこの部分で繋がっているものをひたすらに希求する心を破られようが心をなくせと言われようが、自分の中にある心を超えた、何ものかにたどり着こうとしたものの中にある一体感のようなものが、我々が求めているものであるような、それこそが「道(タオ)」であるような、空洞の、無の空間でありながら、あらゆるものが去来するものこそ、この世の姿であるような。




by akikomichi | 2020-01-01 11:06 | 詩小説 | Comments(0)

ペシャワール会の事務局もされている石風社の福元さんを倅と一緒に訪ねた。


10年ほど前に詩や小説を持って伺った後に、伊藤さんが亡くなり、ずいぶん、ご無沙汰していたので気になっていたのだが、今度の中村哲さんのこともあって、やっと決心がついて伺った。


髪が白くなっても、以前と変わらない、優しい福元さんであった。


私に福元さんの本をくださり、漫画を描いている倅には漫画の本をくださった。


哲さんのお別れ会のようなものを来年、西南大学のチャペルでするのでおいでと言ってくださった。

哲さんに会いに行きたいと思う。

それから、10年越しの私の本の出版の話をした。

詩は手直しはしない約束だったが、小説の方は、戦争の話だったこともあり、唐突に書かれたもののような、そぐわないようなというふうな話をされたのを思い出した。

あれから今まで、書き続けてきて、住む環境も激変し、書くことも、少しずつ変化していき、今なら何を書き残したいのかを自分に問いかけるように、本を作ろうと思った。


今、石牟礼道子さんの集大成の本を作っていると、福元さんはおっしゃっていた。


それが終わると、取りかかれるということだったので、自分としては、何とも、ありがたいことであった。

私の本の表紙をペシャワール会のカレンダーの絵を描いていらっしゃる甲斐大策さんに描いていただきたいと思っていたら、甲斐さんが今年の一月に亡くなっていたということをお聞きし、愕然とした。


また、甲斐さんにお会いして、甲斐さんのお母様に単位でいるので大学時代で始めたピアノの話や甲斐さんの絵の話などもしたかったのであるが、もう、あの射抜かれるような眼差しを直接感じることはできないのだ。

イスラム教徒だったけど仏教でお葬式したと福元さんは、いった。

哲さんはキリスト教徒だったけど、イスラームの国で、イスラームと共に暮らしていた。

宗教も、人も、心情も、無意識も、意識も、その人の心の中で生かさていればいいのだと思った。

私の中では、今も人としての、哲さんも、石牟礼さんも、甲斐さんも、生きているままである。





by akikomichi | 2019-12-18 22:27 | 詩小説 | Comments(2)

おばあちゃんのじゅーす

秋月の現場でいらんくなった茅くずと竹の穂先ば
近所のおばあちゃんにあげたと
軽トラに積んでから
おばあちゃんは赤子んごとの笑ってから
芋ば作りよるけん
そこいらば軽トラでふんだらいかんばい
といいよらしたと
茅くずば毎日毎日
やまんごともって行きよったら
もうよか もうよか
あんまり積み上げとったら
燃したいと思うもんがおったらいかんけな
といいよらしたと

それからおばあちゃんになかなか会えんごとなったとやけど
秋月の最後の日に
おばあちゃんが門のところからなんかを探しよらしたと
もしかしてなんか用事でもあるんかいなと
おばあちゃん こっちこっちこっち
と木の枝からひょっこりさんしたら
おばあちゃんが
じゅーす買うちゃる
といいよらしたと
ふるさとのばあちゃんがいっぱい詰まったような
あったけえかあいらしか声でくさ
最後のお掃除ばしよったら
なんか知らんばってんが次から次に涙が出てきたと
心からじゅーすが飲みたかったけんかもしれん
三時の休憩の時
おばあちゃんからもらっとったのはお茶やった
まっこと上手そうなお茶やった
もったいのうしてから
まだとっとるとよ


by akikomichi | 2019-12-15 19:31 | 詩小説 | Comments(0)

秋月

秋月の武家屋敷久野邸の茅葺屋根の葺き替えもいよいよ終わりに近づいてきた。

名残惜しいのは秋月で出会った方々である。

武家屋敷の管理をされている井上さんご夫婦を始め、現場監督の菊池さんには大変お世話になったのはもちろん、人としてそのまんまで接して頂き、すのままで関わっていただけたことに心から感謝している。

武家屋敷の祖先の方々とご縁のある久光製薬の会社の方々も、熱心に、愛着を持って、茅葺を見守ってくださり、ありがたかった。

また、近所の古美術商の方たちも、面白く、癖のある、味のある方々ばかりであった。

徐福伝説の話をしたり、釣りの話をしたり、古墳の話をしたり、尽きることない話で、すっかり皆さんと仲良しになれた。

友達が迎えに来てくれるまで待っている間、ふらりと立ち寄った角打ちのできる酒屋さんで、近所の方々と遠野物語の話をしたり、秋月物語という映画の話を聞いたり、語り合えたのは貴重な体験であった。

蕎麦屋のご主人、奥さんがたも美味しい蕎麦や蒸し雑煮などでほっこりさせていただいた。

人との出会いが濃密で、人と出会えて、いろいろ心が自由になれた。


茅葺の屋根を作る前に、一人の人間として、幸せであった。

屋根を作れる喜びもまた、噛み締めて。

どこまでもどこまでも成長し続けたい。

打ち上げをしていただき、肉を屠る。

上村先生、ごちそうさまでした。

頑張った、皆さん、お疲れ様でした。

いろいろ、激突もあったけれども、こうして本気で怒ったり泣いたりできるのもありがたいことと思えてきた。

日々、勉強、日々、精進。

心は自由なままに。

2月に秋月はお祭りが目白押しのようで、その時に遊びにおいでと井上さんがおっしゃってくれたので、楽しみがまた増えた。


尊敬する秋月の歌うたいのくらっちさんが歌っていた、

ベストとは言えないが、最善のことを尽くしたいな

というフレーズが頭の奥深くで、ずっと鳴り続けているようで、これからも、その心意気でやっていきたい。





by akikomichi | 2019-12-14 23:47 | 詩小説 | Comments(0)

きのせい

庭師の人が
きの薬をぬっていた
太い枝を切り落とされた紅葉の木に
傷はことのほか大きく
薬の色もいよいよ濃くなって
樹血の滲んだようなどすぐろさ

きのかさぶたの下にある
傷をのみでほじくり返して
きの幹に穴を穿つ
その穴を年輪を作る速度で
なんか月もなんねんもかけて
塞いでいくのだ

最初から何も
なかったような
あったような
きのせいだと
幻肢痛を撫でさすりながら
口をすぼめてみせるような






by akikomichi | 2019-12-08 01:30 | 詩小説 | Comments(0)

夢をみとった

おばあちゃんが
ゆくえしれずになった
もう向こうへ行ってしまったかもしれない寒さの中
靴と鎌を見つけたしょうぼうだんいんさんが
目をつむったままのおばあちゃんを見つけた
おばあちゃんは目覚めたように
ゆずを取りに山に入った
防寒服ばきとったけ寒くなかったと
家に帰った夢をみとった
といった

アフガニスタンで井戸をほっとった人が
亡くなった
彼らの肉体に
銃弾で掘られた穴から
血を汲み取ることはなく
生贄になった
死に追いやったものは
死にものぐるうだろう
井戸を掘る夢をみとった人の影に怯えながら
干からびた魂のまま
夢も見ずに
ものぐるうだろう





by akikomichi | 2019-12-06 00:14 | 詩小説 | Comments(0)

新しい人々に

新しい家族が増えるこの師走
新しい人が生まれるような
新しい望みが溢れ
新しい人々に幸あれ

by akikomichi | 2019-12-01 23:11 | 詩小説 | Comments(0)

アートの森

アートの森に行ってきた。

写真家の石川直樹さんの写真を拝見した。

ラジオで話をしているのをお聞きし、写真も拝見してみたいと思っていたところであった。
文化人類学的見地もさることながら、そこにしかたちあらわれないものを訪ね歩いて、見たままを写し込んだ残像のような、映像世界。

命を張って登る白い雪山の空の世界かと思えば、命を向こうから運んくるような人や植物を産み育めるあたたまる気の世界が極をなしている。

その間を漂うのが人なのだとばかりに。

山から海までの空の間を、わたりあるく写真。

体と息遣いがあって初めて像を結んだ映像。

そこに立ち現れてくるのを待っているのは、時の方なのだと、その瞬間が命なのだとでもいうような。


蔵書の展示もあり、学生時代に読んだダイアン・アッバスやレヴィ・ストロースがあり、彼をうごかしたであろう背景が、本にも見え隠れして、殊の外、面白かった。


外の常設展示も、森に溶け込んで、いつか遺跡のようになっていくのを企んでいるようで、原初の森との調和をめざしたものと、原色の個性そのものの人造物とのコントラスト、というより対極感が、際立っていた。

by akikomichi | 2019-11-24 22:19 | 詩小説 | Comments(0)