カテゴリ:詩小説( 284 )

「全身の水」

全身の水がすべてがいれかわるみたいやもん

剣道をしてきたせがれがいうた

じいちゃん達と朝練をし
後輩たちと昼練をし
試験勉強の準備をしなければといいながら
よるはかっぱのすしやでばいとしとるやん
せいふくのぼうしがみどりやけん
ちょっと
かっぱをとりこんどるんやろうけど

それにしても
かっぱまきっておいしいとかね
あんまりたべんけど
水分はあるかもしれんけど

山笠んときは
きゅうりをたべたらいかんていうけど
男衆に限った話やけん

どうでもいいかもしれんけど
かっぱまきはかっぱまきで
おいしいときもあるやろう
あついときはとくに
みずみずしかろうもん

さらがひからびないために 
汗と水分が出たり入ったりを繰り返す
体の中を通りぬける水は
いのちのしたたりのようなもので
ためるのではなく
いつも
じゅんかんしていくと
とどまるものではなく
ながれいきとどいていくとよ

豪雨のあと
まつりのあとにうまれ
かわったような
せがれの生活水


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by akikomichi | 2018-07-16 17:42 | 詩小説 | Comments(0)

世界をつくろうとするまえに、宇宙をつくろうとしている。

つくってみないとわからないものが宇宙であるとするならば、宇宙もまた、人のように、自然のように、そのものを決して分離することはできず、一つの中の細部として、そこにあるということになるのであろう。



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https://wired.j p/2018/07/15/to-understand-the-universe/  より

シルケ・ヴァインフルトナーはゼロから宇宙を構築しようとしている。英国のアウトロー「ロビン・フッド」の伝説で知られるシャーウッドの森近くにつくられたノッティンガム大学の物理学研究所で、彼女たちは直径1mの巨大な超伝導コイル磁石を扱っていた。

その内部には液体が溜められている。穏やかな波紋を描くこの液体は、わたしたちを取り巻く宇宙で観測できる構造をつくり出した物質のゆらぎを模倣するために溜められているのだという。

ヴァインフルトナーは、自身が支配する宇宙をつくり出そうとする邪悪な天才ではない。彼女はすでに存在するこの宇宙の起源を理解したいだけなのだ。

ビッグバンは最も一般的な宇宙の始まりを示すモデルだが、しかしその信奉者の間でも、それがどのように起こったかについては意見が統一されていない。ビッグバン理論は宇宙をあらゆる方向に向かって超高速かつ均一に引き伸ばし、一瞬で宇宙を膨張させる仮説上の量子場の存在に頼っている。

このプロセスはインフレーションと呼ばれている。しかし、インフレーションや、インフレーションの原因となる場を直接証明することはできない。だからこそ、ヴァインフルトナーは研究所でそれを模倣しようとしているのだ。

ビッグバン理論が正しければ、生まれたての宇宙は小さな波紋、いわゆる「量子ゆらぎ」によってつくられたはずだ。このゆらぎはインフレーションの最中に引き伸ばされ、物質と放射線、あるいは光へと変化した。ゆらぎは最終的に宇宙の大きさまで拡大し、銀河、恒星、惑星の種を撒いたと考えられている。

その小さな波紋こそが、ヴァインフルトナーがあの巨大な超伝導磁石を使ってモデル化しようとしているものだ。その内部には直径約6cmの円形タンクが入っており、水とブタノールが分離した状態で満たされている(これらの液体は比重が異なるため混ざらない)。

宇宙のインフレーションを模倣する

まず彼女の研究グループは、人工的な重力の歪みを引き起こす。「磁場の強さはその位置によって異なります」と、論文の共著者のひとりであるリチャード・ヒルは述べる。「液体を場のなかの異なった位置に移動させることで、事実上重力を増減させることができるのです」と彼は述べる。「重力を逆さまにすることだって可能です」

研究グループは、重力を変えることで波紋をつくり出そうとしている。だが、池の波紋とは違って、この歪みは水とブタノールという2種類の液体の間に現れる。「波紋の速度を注意深く調節することで、宇宙のインフレーションをモデル化できます」とグループの別のメンバーであるアナスタシオス・アヴゴスティディスは説明する。

宇宙のインフレーションは、物質の波紋が一定速度で伝搬する間に空間が急速に拡大する。そしてこの実験では、液体の体積が一定量にとどまっているため、波紋は急速に速度を落としてしまう。「この2つのシナリオにおいて、波紋の伝搬は同じ方程式で表せます」とアヴゴスティディスは言う。

これは重要なことだ。もし結果として生じるゆらぎが今日の宇宙で見られるような構造を引き起こしうるかのように見えるとすれば、わたしたちはどのようにインフレーションが作用したか垣間見ることができるのだから。

ヴァインフルトナーや、あるいはほかの誰かが宇宙の現象を小さな規模で模倣しようと試みたのは初めてのことではない。強い重力場における光波のように伝わる音波を用いたり、あるいは液体や気体にゆらぎを引き起こす磁石を用いたり。より洗練された装置を開発している天体物理学者は世界中の研究室にいる。

さまざまなシミュレーション

2017年6月、ヴァインフルトナーは中央にシンクのある大きな水槽を用いて、もうひとつの観察しにくい現象であったブラックホールの超放射を模倣した。

研究室で重力をシミュレーションする着想は、ヴァンクーヴァーのブリティッシュコロンビア大学の物理学者であるウィリアム・ウンルーによって1981年に創唱されたものだという(彼はヴァインフルトナーの10年前の指導教員でもある)。結局のところ「わたしたちは宇宙を巻き戻すことはできませんし、たとえ巻き戻すことができたとしても、実験結果を見るのに十分なほど長くは生きられません」とウンルーは述べている。

ウンルーの最初の実験以来、擬似重力実験はより洗練されてきている。最初の実験では流体によって重力のシミュレーションを行い、音のブラックホールが音に対して果たす役割を、実際のブラックホールの事象の地平面も光に対して果たしているということを示した。要するに、研究室で測定し表現できるものは、天体物理学上のブラックホールの特性を調べるためにも利用できるということだ。

それはあの有名なホーキング放射、すなわちブラックホールが熱を放射し、ある時点で完全に蒸発するという予測にも効果がある。数年前には、イスラエル・ハイファにあるイスラエル工科大学のジェフ・スタインハウアーは、その放射の音による類似現象を発見している。

シミュレーションはインフレーションのほかの側面を研究するためにも活用されている。数年前、パリのフランス国立科学研究センター(CNSR)のクリストフ・ウェストブルック率いるグループは、リング状のボース=アインシュタイン凝縮体を「揺らす」ことによって量子粒子の生成を調査した。

ボース=アインシュタイン凝縮とは、原子が絶対零度近くまで冷却され、単一量子の物体として振る舞うという物質の状態である。インフレーションの最中、宇宙の温度は急激に下がり、その後インフレーションが停止すると「再加熱」と呼ばれるプロセスで再び温度は上昇し始める。そして通常のビッグバンの膨張につながった。

17年10月に行われた、米国立標準技術研究所とメリーランド大学の共同量子研究所のスティーヴン・エッケルが率いた別の実験でも、ボース=アインシュタイン凝縮体を用いて音波の伸長を観測した。これは宇宙が拡大するにつれて起こる光の伸長、あるいは赤方偏移の類似現象だ。このグループは再加熱プロセスと類似の効果も観測していた。

新たなモデルを確立できる可能性

ヴァインフルトナーによれば、彼女の「斬新な」装置はボース=アインシュタイン凝縮体なしで作動可能だという。それはこのシステムが量子ゆらぎを直接観測するには熱くなりすぎることを意味しているのだとウンルーは述べる。しかしその立案者たちは、システム内の熱雑音を通してゆらぎを観測することが可能だと主張する。この熱雑音が量子雑音の類似現象となるのだ。

ヴァインフルトナーたちの研究手法によって、長期の膨張段階を模倣しインフレーションの持続時間を測る、専門用語では多くの「e-fold」と呼ばれる媒介変数が得られる。研究者たちはインフレーションが宇宙のサイズを、ほんの一瞬のうちに10の26乗の因数以上──あるいは60e-fold以上──まで増大させたと考えている。

新たな実験が成功した場合、以前の研究室の装置よりもはるかに長期にわたってインフレーションをシミュレーションし、「結果を疑問の余地のないものとするに十分な、ほかの研究よりもたくさんのe-fold」を得られるだろうとニューキャッスル大学のイアン・モスは述べる。「システムがその初期状態を忘れて、インフレーションのゆらぎによって支配された状態に落ち着くまでには、ある程度の時間が必要です」と彼は述べる。

「ヴァインフルトナーたちは将来の宇宙論のモデルを特徴づけるのに役立つ新たな物理学を発見する可能性があります」とエッケルは述べる。「あるいは逆に、将来性のある宇宙論のモデルをいくつかの側面から試験するのに役立つでしょう」

シミュレーションは不完全?

だが、誰もが研究室で行われた宇宙ののシミュレーションが役立つだろうと確信しているわけではない。メリーランド大学のテッド・ジェイコブソンは、このような実験は「わたしたちがはっきりと知らない何かを立証するのではなく、研究室で既知の何かを実行し観察する」ものだと考えている。

では、なぜ研究室で宇宙を模倣するのか? 「楽しいからです。それに、模倣によって宇宙論においてわたしたちが考えついていなかった新たな現象が示唆されることもあるかもしれません」と彼は述べる。

ハーヴァード大学の天体物理学者エイヴィ・ローブは楽観していない。彼はヴァインフルトナーが提唱するタンク内での2種の液体の間に波紋をつくるシミュレーションは、量子ゆらぎの「基本的な物理性質」に届かないと述べている。

なぜなら、この実験は単に物理学者がすでにインフレーションを記述するのに用いている方程式を再現するからだ。これらの方程式が基本的な要素を欠いていた場合、この実験はその欠陥を明らかにしない。「研究室でのシミュレーションは量子力学的効果を取り入れることはできますが、ここにはブラックホールとインフレーションにおけるような量子力学と重力の相互作用は含まれていません」

ヴァインフルトナーの実験はインフレーションについての既存の考え方を再現するようにつくられているとローブは言い添える。だが、そのことはインフレーションの概念を基本的なレヴェルで試験することを意味していない。

「実験とわたしたちのインフレーションについての考え方との間に差異が生じるのは、わたしたちがこれらのシステムの一方で数学的な誤りを犯した場合のみです。さもなければ、わたしたちは新しいことを何も学ばないでしょう」。そう彼は述べる。

不完全な「比喩」にも価値はある

インフレーションの真の試験とは、インフレーションを推進した物質を研究室でつくり出すことだとローブは述べる。しかし、これには最も強力な粒子加速器である大型ハドロン衝突型加速器よりも最大で1兆倍大きな到達エネルギーを必要とする。だが、こうした試験は近い将来実現する可能性がある。

「類似のシステムの方程式を模倣するだけでは、実際のシステムの比喩にすぎず、その基本的な特性の試験とはなりません」とローブは言う。それは「実際の食べ物を食べるかわりに、その匂いをかぐ」ようなものであり、「真の価値があるのは食べること」のみだと彼は付け加える。

ローブの言うことは正しい。しかし、ときに人はキッチンから漂ってきた匂いによって、その日の夕食について多くのことを知ることができるのも事実だ。




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by akikomichi | 2018-07-16 08:05 | 詩小説 | Comments(0)

「自然的自然」

自然的自然と人間的自然は未分離であり、そこが日本浪曼派の限界である的なことをいうものがいた。

どこから分離するかは、また、困難を極めるが、一応の境界線として、「制度」的なものを上げていた。

人が決めている、例えば「法」だとか、「制度」だとかを指し示しているようであった。

ところで、ある程度、人の心の「感情」は推し量れるものであり、それぞれがそれぞれのすきなことをしているという上で、そのものがつくった「法」であり、「制度」であるとするならば、個人的なあまりに個人的な「人間的自然」の一つと言えなくもない。

ここで、必死で分離を試み、「感情」をコントロールするのが「法」であり、「制度」であると言うならば、法と制度は、ある一定の相対化、普遍化をなし得た、小さくもあり大きくもあり低いようでもありたかいようでもある、「自然の中の自然」といえなくもない。

日本浪曼派の限界は、人間の限界であり、自然の限界ではないというのならば、なんとなく、腑に落ちるのであるが、「未分離」だから問題と言われても、分離しても、しなくても戦争は起こりうるということを肝に銘じておくべきなのは、確かなことであるとしか言えない。

その眼差しは、人が自然を完全に分離できるという「傲慢」でしかないように思う。

傲慢の最たるものとして、強い国が「法」であり、「制度」になっていく「戦争」があるが、人と人、国と国とのぶつかりあいであり、強者が弱者を搾取するという点においては、血で血を洗う、ヒエラルキーを作る装置であるといえる。

強いものが取り決めて行く、曖昧な、自然の中のちから関係で湧き上がっていく、人間的自然でもあり、自然的自然とも言えるかもしれない。

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by akikomichi | 2018-07-16 06:39 | 詩小説 | Comments(0)

「すくらっち」

素のくらっちさんのことを「すくらっち」ということにした。

くらっちさんとは、詩のボクシング福岡実行委員会でご一緒した倉地久美夫さんのことであるが、この頃ご無沙汰していたが、たまたま歌を聞く機会があり、また、すくらっちさんを拝聴することとあいなった。

どこにもない音を、うたを聴かせてくれるような、すくらっちの音の世界に、どっぷりとつかりきった。

「スーパー千歳」の完成度もさることながら、あるばむ「いいえ、とんでもございません」も、またまたご謙遜をとも言うべき絶妙味で、味噌がいっぱいで、みみが満たされ、しけがこようが、よなかにたたみやさんがこようが、異界にまよいこもうが、しにがみがせまりこようが、どうにでもなれというような、心持ちになれるようなのであった。

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by akikomichi | 2018-07-15 21:30 | 詩小説 | Comments(0)

「漆喰の白を」

漆喰の白い壁を塗った。

左官の先輩が講師をしていたお家の壁を塗ったのだ。

ボランティアの方々も大勢おられて、その中の山口さんという方が、

左官って、左から塗るから左官っていうんだよ。

と、教えてくださった。

灰色の壁が、一度塗り、二度塗り、三度塗りして白くなっていく。

空気が入らないように、丁寧に、丁寧に塗り上げていく。

白く塗りつぶされていく壁に、息を吐きながら、一気に塗り上げていく。

隅もマンボウコテ?を使って塗り上げていく。

先輩の手は、勝手に動く動物のしなやかないきいきとした動きで、ぎこちない我々の手の動きとは明らかに違うのだった。

漆喰の白がコテにこびりつかないようにするのが、うまい職人の技でもあるようで、手にまで漆喰の白を塗りこんでいる私は、まだまだ初心者であった。



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by akikomichi | 2018-07-15 21:18 | 詩小説 | Comments(0)

「濁流の夜」

激しい雨の後。

濁流が夜を押し流していくように、ポアしたかった人たちがポアされたという。

より大きなものが、押し流していく。

濁流は、より大きなものに押し流されていく。

小さな政府を作り、小さな階級を作り、自分たちの敵を押し流すように亡き者にしようとしても、より大きな政府、より大きな階級を作り得た者に、敵とみなされた途端、亡き者にされていく。

生存と死の競争は、より大きなものが、小さな死を喰らいながら、大きくなりながら生き延びようとするものであるようで。

大きなものに押し流されるということは。

小さなものにとっては、その存在を押し流され、その小さな存在をなくした途端に、大きなものの中に組み込まれ、己の限界をなくしたということになるのかもしれない。

が、その行き着くところは、大きなものの支配下において、亡き者になるということでもあり、その存在を消されるということである。

彼らのしたがったことを、彼ら以外のものが彼らにした。ということでもあるようで。

反/体制のぶつかり合いの後の、反対性の消滅。


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by akikomichi | 2018-07-06 23:21 | 詩小説 | Comments(0)

黒ねこの黒

黒ねこの黒が見つかった。

多分。

雨が激しく降った後の暗闇の奥で。

そこは、黒が、三匹産んだばかりの時に、一匹だけ毛色の違う灰色と白と黒がグラデーションのように混ざった黒の娘のミーちゃんとそっくりな赤ちゃん猫を隠しにやってきた茅葺屋根の玄関の近くであった。

産湯につかれそうなほど湯が溢れてきていた、生暖かい子宮から流れ出てくる羊水の行き着くところのような暗闇の奥で。

残された二匹の子猫は黒ねこであったが、その子たちは別の場所で黒が育てていたのだろうと、支配人の人がおっしゃっていた。

もう一匹の違う毛色の子猫だけ、違う場所に、屋根の上まで連れてきていた。
誰かに託したかったのかもしれないし、頃合いを見て連れ返しにやってくるのかとも思ったが、作業ができないので、黒の寝床まで連れて行ったことがあった。

その後、その子猫はいなくなったという。
多分、黒が食べてしまったか、タヌキにやられたんじゃないかな。
と世話をされていたおばちゃんがおっしゃっていた。
黒が食べたかもしれないと聞いて、黒がミーちゃんといるのを見かけた。
ミーちゃんは食べられずにそこにいるが、あの生まれたてのミーちゃんそっくりな子猫は、また黒の胎内に戻ってしまったのだ。
いや体内そのものになってしまったのだ。
自分の似姿を生き残らせる一方で、似ていないものは排除されていくものなのかもしれない。と、どこかうすら冷たいものを感じながら、黒を見た。
生まれてくるということは最初に母から離れてやってくる、最初の母離れの儀式なのかもしれない。などとも思いながら。
黒は何か感じたのか、しばらく底の見えない黄色い目を見据えてこちらの方を見たかと思うと、目を閉じたまま、こちらを見ようともしなくなった。

それから、しばらく黒を見かけなくなった。

二匹の黒ねこは母親がいなくなっても、周りが育ててくれるまで大きくなったのを待って、黒がいなくなったのだろうと思われた。

多分、どこかで息絶えているんじゃないかな。タヌキにでもやられて。

と、支配人はそうおっしゃっていた。


昨日のこと。

雨が降り止んで、やけに泥臭くなったので、掃除しようと思って行ったら、黒い毛のものに蛆がたかっておった。

と仲間が言った。

黒だ。

と思った。

最後は、いなくなった子猫のそばの闇の奥で、体内に戻るように、生まれた所に戻るように、産湯のようなものに浸かるように、土に帰りたかったのかもしれない。

とも思いながら。




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by akikomichi | 2018-07-05 02:05 | 詩小説 | Comments(0)

黒い犬

黒い犬 ついてきていた 逃げもせず そこにきていた 亡き人もまた
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by akikomichi | 2018-07-03 22:15 | 詩小説 | Comments(0)

「蛍 ふたたび」

今日もまた蛍を見た。

仕事帰り、みんなでラーメンをいただいた後のこと。

作業場についた頃、三日月のほの暗い中、蛍が木の上をゆうるりと、とんでいた。

作業場で見た蛍は初めてだった。

山と川と木の緑がかった魂のようなものが浮かんでは消えていくのを見ていた。


亡くなった先輩の魂も、安らかでありますようにと、心のどこかで思う。


ふと、今日、古茅の上にちょこんと細くてすっきりとした緑がかった若そうな蛇がいたのを思い出していた。

目があったが、ピクとも動かない。

古茅がいるので、ちょいとすまんね。と下の茅を動かすと、スススウと動いて茅と茅の隙間にいなくなった。


湯布院のとある宿の庭にある茅葺のお屋根を改修しているのだが、この前はすっぽんが雨上がりには茅のお屋根の方までやってきていたが、蛇はお初であった。


生き物にあうと、言葉は交わさないのだが、心がじわりとやわらかい方に動き出すようで、一瞬であっても、一日を意味のある、魂のようなものの深いところを覗き込むような日に変えていくようで、気もちが和んでいく。

それでかどうか。

ラーメンが特別にうまかった。

せいめいのやくどーというものか。









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by akikomichi | 2018-06-17 21:26 | 詩小説 | Comments(0)

「蛍」

蛍を毎日のように見ていた。


大山の蛍祭りに行ってきた。

友人のご家族も一緒に。

太鼓の音に間に合って祭りを堪能する。

いつも人と会う方が珍しいのに、人で賑わっていた。

そこであった元同僚が、運動会にもこんなに人いないですよ。

と話していた。

蛍は川の方をゆうるりと飛んでいた。


前津江にも、山があって、川があって、田んぼがあって、蛍がおった。

茅葺屋根の二階建てのお家のそばまで散歩していると蛍がゆるりと飛んでいた。

蛍と川と茅葺は近しいところにいつもある。

一匹の蛍を連れて部屋に戻った。

柱のところで、山から滲み出てきた緑づいた魂のようなものが、ついたり消えたりする。

部屋をくらくして、そのまま眠りについた。

次の日も蛍は、部屋にいた。

窓から、外に出した。

山の魂のようなものは、ほの暗い山に帰って行った。



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by akikomichi | 2018-06-14 19:40 | 詩小説 | Comments(0)