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むしょくとうめいっこ




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by akikomichi | 2018-03-24 21:22 | Comments(0)

「歴史の改鼠」

鼠が走るのであります。

歴史の夜というものがあるならば、歴史の屋台骨の屋根の柱という柱を。

鼠は改めて声高らかにいうのであります。

歴史は書き換えられた。権力者によって。

では、歴史とは一体何であるのでしょうか。

例えば、有色人種の血の流れた総理や大統領がいたとして。

その奥方もれっきとした有色人種の血の流れた人であるとするならば。

歴史を伝えるという報道番組において、有色人種の血の流れた女の子が、その奥方の肖像画を憧れを持って眺めている映像を流されたといたしましょう。

そうして、女の子にこう言わせるのであります。

「わたしの女王様」

と。

こうして遠くからみているだけであると、歴史を造るのは、権力者だけではなく、それを強化し続けるものたちのなせるあわせ技である。

と、言わざるをえないのであります。

有色人種の中の女王様にあこがれるのか、それとも、すべての人々の女王様と崇めさせたいのか。あるいは、同じ肌の色のものが女王様であることこそが、ヒエラルキーの頂点としての「女王様」を自分の鏡として、うっとりと魅入らせるものとなるのであろうか。

どこか、気味の悪いプロパガンダのようで、軽いため息のような、しかしながら、濁った吐き気を感じたのであります。

鼠が夜中に走り回るような、見えない、うす気味の悪い意図がうっすらと透けて見えてくるようなのであります。


学校を造るのに、しかも同じ思いを持っていると信じていたお友達のようなものを支援することが間違いであるのならば、グローバル化に乗り遅れるなと、外国人留学生を受け入れろと言い続け、誰も彼もを安く使い捨てようとするものに加担し、自国の若者とその家族だけに高い授業料を払わせ続けるものたちの偏った支援をも、糾弾されるべきことといえませんでしょうか。

いつまでも、死者を出しても、その責任を追求し続ける、その姿勢は、だれかにあやまってもらえれば被害者は納得すると言いながら、永久に頭を下げさせたいだけの、どこかの国のやり方と相通じるものがあります。

しかも、その被害者面をした国のものが同じことをやっていたことは、いっさい、見ようともしない、取り上げようともしない徹底ぶりなのであります。

鼠が穴から這い出てまで、歴史を改めていこうとする、その理由を紐解こうとするならば、おそらく、女/王様になりたいのです。

お前は間違っていると。

上から物申すことができるような、女/王様に。

今日も、明日も、明後日も、昨日も、昔々も、その昔も。

鼠は改めて、走り回るのです。

お前は間違っている。わたしこそが正しいのだと。

政権交代しても、同じことなのは、女/王様が変っただけだということを、思い知らされるだけだということなのだと。

だれに加担しているか、ただ、それだけのことなのだと。

なるべく、ビョウドウであるためには、その女/王様になる機会が、ビョウドウであるべきなのだと。

ただ、それだけのことなのだと。








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by akikomichi | 2018-03-16 12:03 | Comments(0)

「茅葺の民俗学」生活技術としての民家 安藤邦廣 はる書房より以下抜粋。


東京でも町家が瓦葺に変わったのは江戸末期で、その前は板葺、さらにその前は茅葺であったことは茅場町という地名が残されていることによっても知ることができる。

茅場町は江戸築城のとき神田の茅商人が移り住んだために呼ばれたという。

また、東北地方の宿場町や武家屋敷には茅葺がなお数多く残されている。

北海道のアイヌの住居は屋根ばかりでなく壁も茅葺である。

また、南国沖縄といえば強烈な太陽に照りつけられた赤瓦葺が印象的であるが、このような赤瓦葺の一般庶民への禁令が解かれるのは明治二十二年の事であり、今日のような赤瓦葺の景観が一般的になったのは第二次世界大戦以降の事である。

それまでの沖縄の庶民の住居といえば茅葺で、壁も茅葺としたものが少なくなかった。

このような屋根ばかりでなく壁も茅葺とした住居は本土の山村にも戦後までいくつか残されており、なかでも長野県秋山郷の民家は広く知られるところである。

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by akikomichi | 2018-01-02 11:13 | Comments(0)

開放感

満ち満ちて開放感のなすがまま 絵に色を差す 愛しき時もて
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by akikomichi | 2017-03-12 20:19 | Comments(0)

かあさんは

第一回プラチナブロガーコンテスト

かあさんは山に茅刈りに出かけたし 雪やこんこんやんでおくれよ

アート・デザイン部門

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by akikomichi | 2017-01-22 21:48 | Comments(0)

http://ironna.jp/article/873



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by akikomichi | 2017-01-22 11:33 | Comments(0)

一筋の

一筋のよだれの光る笑み浮かべ 父は歩いた 右足引きずり
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by akikomichi | 2016-12-15 21:16 | Comments(0)


保育園落ちた母が提訴。

現実的なことは現実的なことで解決できることが何より必要である。

誰でも入れるように整備していくことだけが解決につながる。

他のものを不快にするだけのものは必要ない。


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 子どもを認可保育園に入れられなかったのは自治体が責務を果たしていないためだとして、東京都三鷹市の女性(33)が市を相手取り、無認可の保育施設にかかった費用の一部60万円の賠償を求める訴訟を起こして争っている。夫婦共働きだが4人目の子どもは2年続けて選考に漏れ、入園はかなわない。弁護士に頼らない本人訴訟で、保育行政の不備を問うている。【五味香織】


 女性によると、2015年春、第4子の三女が市内の認可保育園の入園選考に落ちた。第3子の長男は5年前に同じ園に入れたため「通知の文書を目にした時はがくぜんとした」。共働きなどの子育て世代が増え、競争が激化したとみられる。


 各自治体は保護者の就労状況などから保育の必要度を点数化して入園者を選考する。女性の場合、フルタイムで働く夫は40点、非常勤講師とはいえ大学院博士課程に通う自身は学生と扱われて32点だった。応募した園に長男が通っていたため4点加算されたが、窓口の担当者に「夫婦ともフルタイムで80点はないと難しい」と説明された。


 選考に漏れた後、慌てて三女の預け先を探した。無認可の施設が見つかったが、費用は認可園より高く、保育時間は短い。研究を家に持ち帰り、講師の授業日数も減らしてしのいできたが、今春も選考に漏れた。


 都内では夫婦がフルタイムで働いていても子どもを保育園に入れられないケースが少なくない。「これでいいのか」との思いが募り、今年2月に提訴に踏み切った。「市は確実に保育を受けられるようにする児童福祉法の責務を果たすべきだ」と主張した。


 1審・東京地裁立川支部は7月、「市には最善を尽くす責務はあるが、義務はない」と訴えを退けた。判決は保育定員を増やしてきたことを理由に「できる限りの責務を果たした」とも指摘したが、市内では定員増を上回る入園希望者増加がある。都の認証園などにも入れなかった人も含め、今春の待機児童は4年連続増の264人。認可園に入れたのは5年連続で6割台にとどまり、国の待機児童緊急対策対象自治体にもなっている。女性には、市が最善を尽くしているとは思えない。


 今月、東京高裁で控訴審の第1回口頭弁論が開かれた。「保育園が足りなくても仕方がないという現状はおかしい」。閉廷後、女性はそう語った。訴訟を通じて問題提起を続けるつもりだ。


 ◇少ない待機児童巡る訴訟


 待機児童問題を巡る訴訟は少ない。田村和之・広島大名誉教授(保育行政)は「保育園に通うのは就学するまでの数年間で、当事者が次々と入れ替わっていくため、継続的な問題になりにくい」と説明。「保育園が足りず、待機児童が出ているのが実情だが、そもそも児童福祉法は子どもが入園する権利を認めている」と指摘する。


 また、「保育園を考える親の会」の普光院亜紀代表は「自治体に入園選考が認められているからといって、入園できない子どもがいてもよいわけではない。共働き社会が進む中、保育園は社会の基盤として整備されるべきだ」と話している。



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by akikomichi | 2016-12-13 13:03 | Comments(0)

肉うどん

肉うどん 左手で食べ エプロンに汁こぼし笑う 父かな
熱のある額を押して汁すする 母の鼻汁 こぼさぬように
とろろいも 朧こんぶに 月浮かべ 春菊ちらし 我が肉うどん
善光寺七味ふりかけ 実家にて あしらい喰らう たまの孝行 

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by akikomichi | 2016-11-30 20:26 | Comments(0)

むかご

待ちわびて むかごのみをつむ 夕暮れの 鈍く光るぽろぽろの粒
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by akikomichi | 2016-11-06 19:07 | Comments(0)