「花筐と源氏物語供養」

水前寺公園の近くのいきなり団子を先輩におごってもらってほくほくして、その後、先輩方に教えてもらった仏像に金箔を貼ることができるというお土産やさんに向かい、店内を探索していると、なぜか観世流の古本で「花筐」があった。「源氏供養」も入っていたので、嬉しくなって、手にいれる。

檀一雄の「花筐」を探していて、ひょんなところで、別の、古いものである観世流に流れついた気がして、(実のところ、本家どり的なものだったのかもしれないが)まずは源流としての「花筐」へ遡り、読み解いてみなさいと言われた気がして、ありがたく、読ませてもらおうと思った。

さらには、古今和歌集は、源氏物語に影響を与えたとされるが、その影響をあたえられた源氏物語から、新古今和歌集が影響されたと言われており、古今和歌集→源氏物語→新古今和歌集への流れもあるようで、これはますます古典への世界へ、呼ばれたような気がした(まだ読んでいないのでわからないが、おそらく源氏は源氏でも平家と源氏の方だとは思うが源氏つながりということで)。

そういえば、今日、かやをやっとこ(からすともいう)で引っ張り出していたら、なぜか鳩の羽が一つ出てきた。からすから鳩が出てきたような、摩訶不思議なことがあった。小さくて可愛らしい羽だったので、ちょっと嬉しくなって、何かいいことがあるような気がして、古今伝授の間から?の贈り物??か、何か天からの???良いことの徴のようで、大事に持って帰ろうと思った。

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# by akikomichi | 2018-11-29 22:40 | 詩小説 | Comments(0)

午前中は、作業場で杉皮切りを思う存分し、水前寺までやってきた。

昨日で、吉野ヶ里の検査が終わり、今日から水前寺公園内の古今伝授の間の現場に入るも、雨にて、現場確認をして、明日に備える。


吉野ヶ里の今年最後の現場では、川上先生が来られて、チェックをされていた。
痛み具合を三段階に分けて査定する、例えば、けらば、平めん、軒、しゅうぎ、棟、など部分ごとに評価査定するとともに、年数はもとより、日の当たりやすい場所かどうか、風の当たりやすい場所かどうか、家屋の密集した場所かどうか、などの環境の影響も考慮したデータを取れば、いい?論文が書けそうであるとおっしゃっていた。

自分も、何か、自分なりにできる資料を今後のために作っていきたいと思った。


今日は、みなさんと美味しい夕食を食べた後、散歩し、宿で昆布茶やコーヒーを飲んだりしてまったりし、先日、古本屋で手にいれた古今和歌集を読み始めた。

ネットでも見られるんじゃないかと言われたが、分厚い古い本で読んでみたかったので、時と本の重みを味わいつつ、楽しみたいと思う。

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# by akikomichi | 2018-11-28 22:09 | 詩小説 | Comments(0)

「柳川と檀一雄」

柳川の御花の近くの川下りの元締めのような方の御宅の茅葺の屋根の全面葺き替えを行う下準備に柳川を訪れる。

とても気さくな方で、バリに行った時の楽園を探しに行った?時の話をお聞きしたり、これから五十年先の山のことを思う気持ちなどをお聞きした。

うなぎを焼く甘く香ばしい香りに引き寄せられるようにお店に行くと、檀一雄の生誕百周年の記念の本が置いてあったので、手に入れた。

まだ、読み込んでいないのだが、確か、「家宅の人」で、書いてあったと思われるが、檀一雄が柳川に縁があるというのを思い出した。

楽しみが増えたというものである。

柳川では、檀一雄を読んでいこうと思う。
「花筐」をまだ読んでいないことだし。


それから、皆で寝泊まりする古民家の大掃除を行う。

シェアハウスのようなものであるが、縁側で日向ぼっこしながら本を読んだりできそうな、いい塩梅の中庭があり、風情があって、心地よさそうである。

今年は寒さも、ひどくないようなので、ぬくぬくしながら、仕事に精を出したいものである。

それにしても、新しい世界が開きっぱなしで、心が弾むことである。

誠に、茅葺の仕事に携わることができて、幸いであり、ありがたいことである。

子供達にも、新しいわくわくするような世界が開かれていますように。



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# by akikomichi | 2018-11-23 19:50 | 詩小説 | Comments(0)

「吉野ヶ里」

吉野ヶ里のさし補修をしていると、色々な方々が訪れてくださる。

なんとはなしに、話しかけてこられる方の中に、偶然、今度、補修で伺うことになっている古今伝授の間のある、水前寺公園のお庭を手がけたご先祖がいるとおっしゃる方がおられたり、私が以前から愛してやまない夢野久作の住んでいた福岡の東区の、香椎宮近くに住んでおられる方と久作談義に花を咲かせていると、香椎宮山手の方に不老の水のような湧き水があり、そこの敷地に住んでおられたのを、どこかの企業が買い取りたいと申し出てこられたそうだが、市の方にご寄付されたという、お金よりも、その水そのものを、すべての人に分け与えようとされる姿勢に心を打たれた。

こういう方々がおられるから、世の中、良いこともあると思えるのである。

希望があるのである。

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# by akikomichi | 2018-11-21 18:21 | 詩小説 | Comments(0)

「古今伝授の間」

水前寺公園内にある「古今伝授の間」の下見に伺う。

かつて京都御所にあった茅葺の建物を移築したものである。

手入れされた庭に佇む茅葺の屋根に猫が住み着いたようで、屋根にかやかやと登っていくのを目撃されたらしく、そのかやの屋根に爪痕を残してしまっていた。

その補修に伺うのである。

古今伝授の間は、細川幽斎が後陽成天皇の弟君に古今和歌集の解釈の奥義を伝授した場所であったのが、その由来であるという。

古今和歌集を読み返しながら、茅葺の屋根の補修に携わる喜びを感じている。

その奥義を時を超えてどこかで感じながら、関わりたいと思っている。

短歌、和歌の流れを感じながら、自分の中に、その感じ得る全てを、全身全霊で受け取りたいと思う。



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# by akikomichi | 2018-11-18 20:46 | 詩小説 | Comments(0)

「やけど」

ポーっと、ぼんやりとしていたのだ。

ある人のことを考えていて。

人差し指と中指と薬指にやけどをしてしまった。

まだ温まっていないと思っていた鍋の取っ手の付け根を触ってしまったのだ。

水ぶくれの一歩手前で、指先の皮が焼けて硬くなり、まるで、ゆびタコができたようである。

以前も、足にやけどをしたことがあった。

やけどはかなりひどくて、右足をしばらく包帯して歩き回っていた。

包帯を取った後、ポーの黒猫みたいに、足にしみのようなものが浮かび上がってきた。

それは、黒猫の死体のにじみではなく、ポーその人の影絵のようであった。

人面魚のように、足だけ人面があるなんて、ぞっとする前に、滑稽ではあるが。

その足にできた人面が、この頃、表情を変えていることに気づいた。

人面魚のように、水の中を泳いでいるわけではないが、湯船に浸かり、ゆらゆら蠢めく湯の下にいるときは、なんだかもがき苦しみ息苦しそうに見えるのであるが、湯船から足を出すと、ゆったりと赤みがかった穏やかな表情に見えるのである。

自分の中の何かが、蠢き出したような、そのような影のようなものを映し出す、影絵を私は足に忍ばせて生きているのだ。

さしずめ、靴の中においては、棺桶の中の眠りについた面影のようなものになるのであろうが、それは、誰にも、私にも、わからないことであった。

ただ、指先の染み入るヒリヒリとした焦燥感のような、鈍い痛みのようなものが、心にも染み付いてしまったようで、どうにもやりきれないのであった。





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# by akikomichi | 2018-11-16 21:00 | 詩小説 | Comments(0)

「ジュ・テーム・モワ・ノン・プリュ」を久しぶりに聞いた。

映画が衝撃的であったため、釘付けになったことを思い出した。

唐突に出てくる馬に乗ったCyrano de Bergeracをした俳優、便器を積んだトラック、湖?のようなところでのまぐわい、バイセクシャルの美しい男、少年のような痩せこけた女。

愛とは何かよくわからなくなるような、ただなんだかわからずに惹かれあうことだけが、すべてのようで、過激で心がざわざわしたのを思い出した。

アブ/ノーマルを行ったり来たりするような、喘ぎ声が耳について離れないような夢魔、垣根を超えた間の空いたある愛の行為、あるいは歌を、ゲンズブールは表現したかったのだと思う。

なぜか、ジェーン・バーキンが日本に来ていたのだったか、ゲンズブールの手帳を何かの番組であげるという企画があったのを偶然見たのを思い出した。

ボロボロの黒い手帳だった気がする。

ゲンズブールの思い出のようなものをそんなに簡単に手放すのか、と愕然としたのも思い出した。

それにしても、あの手帳には、何が書いてあったのだろうか。


https://youtu.be/Yddh50o2Q5M

どちらかというと、ギャルかな。
頑張れ、歌つくりと歌うたい。









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# by akikomichi | 2018-11-16 20:10 | 詩小説 | Comments(0)

「時の行列」

行列を、毎朝、見かけていた。

子供達が、制服を着て、一列になって歩いていく。

それは、無言の行列のようで、どこまで行っても同じ景色のようで。

子供達は学校までの道のりを一列になって歩いていく。


一人の子供が、赤信号で止まっている私と目があって、我に返ったように、列から離れて、歩道にしゃがみ込んだ。

ランドセルと一緒に座り込んで、何かを待っているようだった。

何もこないより、友達が来るといいね。

そんなことを思っていると、倅から、

寝坊したんですけどもしかして「時」動かしました?

と言うわけのわからん自由なメールが届いた。

どちらかというと、時が止まっていた気がしたのだが。



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# by akikomichi | 2018-11-15 22:59 | 詩小説 | Comments(0)

「高床式倉庫」

今、高床式倉庫の補修を行なっている。

昔の人が作っていたであろうというものを思いながら、よしをさしていくのである。

右側を私が、左側を親方がさしていくのであるが、左右が同じように、上がっていかないといけないので、バランスを見ながら、いい塩梅に仕上げていくのに、何度もつきものでついていく。

両手でつくものと、片手でつくものなどで、さしたよしを奥深く入れ込んでいくのである。

美しい「なり」となるように、根気よく、何度も何度もつくのである。

高床式倉庫に、住んでみたい気になる。

これだけ、作っていくと、愛着がわくものである。

自分で、最初から作ってみたいと思う。





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# by akikomichi | 2018-11-14 19:58 | 詩小説 | Comments(0)

吉野ヶ里のさしよし体験

吉野ヶ里のさしよし屋根補修の合間にさしよし体験の時間を設けて、親子連れの方々や年配の方々や若い方々も参加して、一緒にさしよしをすることができた。

貫頭衣を着て、手袋、ヘルメットまでして、さし補修をしていくうちに、子供たちが特に、黙々とさしよしをしていくのを見守りつつ、人間の作る喜びの、原点を見た気がした。

もう、目の前に山があって、その山を一回りも、ふたまわりも大きく、ふわりと柔らかに、生き返らせるように息を吹き込むように、一手づつ丁寧に、気持ちを一手の先に集中して、さしよしをしていくのである。

長く、おおらかに、生き生きと生き続けて、そこにあってくれるように、魂を込めて、さし補修していくのである。

吉野ヶ里のスタッフの方々もそこに集まってくる方々も、おおらかになり、時間も空間も心情も広々と見晴らしが良くなり、楽しでいけるようになるようで、こちらも、ほのぼのと、心がほっこりしてきた。

子供たちが、どうか、そのように広々とした心を持って、そのまま、心穏やかにいき続けてくれますように。



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# by akikomichi | 2018-11-11 15:33 | 詩小説 | Comments(0)

あおいとき

日の出前 日の入り後のあおいときおりなす影の怪物の恋
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# by akikomichi | 2018-10-28 21:38 | 短歌 | Comments(0)

劇画

毎日の課題のあいまの劇画かき 理想妄想膨れませ 倅
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# by akikomichi | 2018-10-28 18:09 | 短歌 | Comments(0)

ベストエイト

新しい竹刀振りきり戦える倅個人のベストエイト
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# by akikomichi | 2018-10-28 18:06 | 短歌 | Comments(0)

打ち上げ

打ち上げをした。
茅葺の仕事と職人と学びとは何かを考えた。
全て、自分にとっては、勉強であり、学びであったので、それはこれからもそうであるには違いないが、その先を見て、仕事としての効率ということを皆さんに言われたので、そこは自分の努力が必要なところだと思われた。
全体の中の個人のやることと、個人の中の個人のやることが最大限に生かされますように。

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# by akikomichi | 2018-10-28 17:59 | 詩小説 | Comments(0)

ひと段落

仕事もひと段落したので、久しぶりに子供たちに会い、いろいろ話しながら、歩き回りました。

色々あるお年頃なので、見守っていきたいものですが、好きなことをとことんしてくれたら、母は心から嬉しく思います。

私もそうやって生きていたいので、子供達もそうやって生きてくれたら、それが幸せなら、それがいいのです。

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# by akikomichi | 2018-10-27 02:12 | 詩小説 | Comments(0)

濡れ幅

濡れ幅というものがあり、茅の元から一寸くらいが理想である。

ということを、上村さんにお聞きした。

濡れ幅というものは、茅のお屋根の表面にある茅一本を試しに抜いてみて、その元(表面に出ている茅)から一寸(約三センチ)ほどまで雨などで濡れても乾きも程よくできる範囲の濡れ具合のことだという。

奈良の職人さんにお聞きしたというが、奈良では茅の表面を鋏で整えることが多く、その一寸というのは、鋏で表面をならした際の濡れ幅の基準といえる。

九州のお屋根に関しては、いろいろなやり方があるが、鋏で整えるやり方もある一方で、からす(やっとこ、ともいう)で茅を引っ張り出して、表面を両手打ちや片手打ちのほめ板などで整えたり、バリカンで整えたりもすることがある。

新潟に職人さん体験で一ヶ月勉強させていただいたときにも、九州と同じように、いろいろなやり方をされていたので、その場で最もやりやすいやり方を選択して、されているということであろう。

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# by akikomichi | 2018-10-24 22:45 | 詩小説 | Comments(0)

鍋島と酒と茅葺

先日、親方や先輩方が作られた鍋島家の茅葺の屋根を拝見したばかりであったが、その鍋島の名前を冠したお酒を作られている家主さんの鹿島のお屋根もあと少しで完成するので、家主さんご夫婦が訪ねてこられ、ご一緒に記念撮影をし、その世界一になったというお酒もいただく。

誠にありがたいことである。

屋根のそばにいるだけで、嬉しいことであるのに、出会う方々が、茅葺を愛でておられることがありがたく心に染み入るばかりでなく、いいものを作り上げておられる方々のお気持ちもいただいたようで、こころより感謝申し上げる。

今日、宿泊先の近所にある茅葺の民家の近くを散歩していると、住んでおられる方と話ができた。
近所のお寺の解体後に出たよしや瓦を使われたらしく、状態さえ良ければ、無駄のない、再利用のできる素材としても、よしや瓦は貴重であり、環境に優しい素材として、今後も残していただきたいものである。

しかしながら、そのお宅の近くに武家屋敷跡の茅葺の家のお屋根があったのだが、今度の台風で痛んでいたのを拝見し、心が痛んだ。

伝建地区はある程度の家屋の集まり、まとまった街並みに指定されるものであるが、個人のお宅もまた貴重なものとして、残していく方向で検討していただけたら幸いである。


生きている家として、人を癒してくれるものとして、どうか末長く、たおやかにそこにいてくれますように。

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# by akikomichi | 2018-10-23 23:34 | 詩小説 | Comments(0)

水の中の太陽

太陽なのにな友達が言った
探し物をしていたのだ
夢の中で
自分の大切なものを探す夢
部屋の中にある夜店のヨーヨーをうかべるような長方形の入れ物の中に水が貼ってある
その中にある自分にとって大切なものを探すのだ
二人の男の子がここにビー玉があると言った
ビー玉をつかんだ
透明な中に赤い筋がにほん入っているもの
それから何かないか探していると
太陽なのになと友達の声が聞こえたのだ
水の中の太陽
あるはずがない
と思った
しかも部屋の中だ
水鏡に姿を映した太陽だって掴めやしなかったのだ
この前作った太陽の形をしたお皿なら
つかめるかもしれないと思ったが
探しても陶器のかけらしかなかった
太陽のかけらもないなと思って目が覚めた
それからしばらくして
入院中の病院から外出を許されて
外から帰ってきた時
机の上に小さな太陽のようなひまわりが一輪
ビー玉を転がしておもしにしている
透明なコップの中に
ひまわりがちょこんとさしてあった
ああこれの事だったのだと思った



 夢の中 水に沈んだ太陽を探し  机上のひまわり見つけ 


 水の中 太陽探す 夢を見し 起き抜けに見た 一本のひまわり 

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# by akikomichi | 2018-10-18 21:53 | 詩小説 | Comments(0)

「太陽をみかたに」

太陽をみかたにすること。

と、親方がおっしゃった。

茅葺の屋根の「なり」を整える時に、少し離れて遠くから見ること。

その時に、太陽が照らす屋根の「なり」の凸凹を太陽が影として教えてくれるということ。

自分の感覚だけではなく、太陽をみかたにつけて、屋根の「なり」を見極めるということ。




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# by akikomichi | 2018-10-11 22:48 | 詩小説 | Comments(0)

咸宜園

咸宜園の補修。

定期的なスパンで補修することによって、そのものを保ち続けることができるということ
は確かなことである。

穴が開くとするならば、その穴にさし茅をさすやり方があるということ。

アバカで程よく束ねた茅で穴を埋めつつ、その周りにも長めの茅と短い茅を絡めるようにさしていき、ほめ板で叩いては整え、余分なものをそぎ落としてはハサミで整えていく。

歯に穴が空いたら、そこに銀歯を入れるような。かてい。


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# by akikomichi | 2018-09-14 21:49 | 詩小説 | Comments(0)

向日葵(ひぐるま)


水の中 太陽探す 夢を見し 
  起き抜けに咲く 一本の向日葵(ひぐるま)

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# by akikomichi | 2018-09-10 23:05 | 短歌 | Comments(0)

「水切り」

道路側の面、水切り三段目。
妻側、しゅうぎをつけてもらい、水切り三段目手前。
長よしを一番ほこ竹で押さえていく。
足場が狭く、水切りの軒下の方に頭を入れることもままならず、足場をずらして軒下に入って作業を行う。
からすで引き出して、軒叩きなどで叩いていく途中まで作業が進んだ。
水切り三段目を少しだけ整えさせていただき、毎日、新しい何かを教えていただけることに感謝している。
怪我から回復して、命もまだ幸い繋がっているだけでも感謝なのであるが、さらに、この仕事をさせていただけることに、心から感謝しつつ、幸せをかみしめている。


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# by akikomichi | 2018-09-10 20:04 | 詩小説 | Comments(0)

「さっそくのみんのす」

さっそくのみんのすとの遭遇があった。

小城羊羹の店舗に、その耳はあった。

しかも、12個も。

親方は全くもって魔除け的だよね。

と仰っていた。

馬の耳は、茅をトタンで覆っていた。

ピンとはねた、聞き耳。

生きている茅葺。

「怪獣はささやく」パトリックネス著 シヴォーンダウト原案
の、木の怪獣を思い出していた。

見方によって、立場によって変わる真実の物語を。
私の真実は、あなたの真実ではないとしても。
それは、誰かにとっての真実であるのだというような物語を。
私の真実は、目の前にあり、心の中にもあるのだというような。

今にも、動き出しそうな、茅葺の屋根を見ながら、いろいろな思いがよぎった。





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# by akikomichi | 2018-09-07 19:36 | 詩小説 | Comments(0)


その人の声が聞こえるだけでいいような気持ちにさせてくれるような。
闇ではなくて、気恥ずかしくも、朝の光を感じられるように。


https://www.youtube.com/watch?v=6Rp4xvOzHUI


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# by akikomichi | 2018-09-07 04:36 | 詩小説 | Comments(0)

「茅葺の耳は馬の耳」

「みんのす」は猫耳のようなものが付いている茅葺屋根のことだと上村さんが教えてくださった。
本当は、馬の耳をモチーフにしているということで、みんのすの「す」は穴のことだという。

王様の耳はロバの耳、茅葺の耳は馬の耳。


今の現場が佐賀の鹿島なので、そういう話になったのもあるが、みんのすは、佐賀に多い作りらしく、ぜひとも耳のある茅葺を見てみたいので、みんのすを佐賀で探してみようと思った。

この鹿島の現場の茅葺屋根も、個性的で、コノジに曲がったくど造りと呼ばれるものの部位はあるけれども、そこから、増殖していろんな方面に伸びていったようで、谷がやたらと多く、複雑系の作りで、混沌としたものではあるけれども、収まりきれないような、自由さがはじけているようでいいものだった。まだ、出来上がるまで先は長いが、どう仕上げていくか、楽しみである。

宿の近くに高校があるのだが、緩やかな坂道を登っていると、茅葺のお家があった、

城下町のような、石畳の道は人通りは少ないが、虫の音が響き、川も流れていた。

茅葺があるところが好きなのは、そういったことを肌で感じることができる場所にあることが多いからだと思うが、偶然、宿のテレビで見た土を使った屋根の上に芝生を生やしている家や、低過庵という建物を考案した建築家の方のお話を思い出していた。

確か、土は、なんでも吸収する。という話をされていたのが印象に残っている。

合間合間に縄文土器風に手作りした焼き物を作っている方の話もあって、やっぱり土に草、茅葺はいい。

縄文からこのかた、変わらず手を使ったものの原始的な喜びに浸っていられる根っこを見つけた気がした。

まっこと、馬の耳の穴かっぽじいて聞いておきたいことであった。





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# by akikomichi | 2018-09-07 04:03 | 詩小説 | Comments(0)

大丈夫

大丈夫 胸の真ん中 手を当てて 
大丈夫なのだと幼子の声

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# by akikomichi | 2018-08-31 23:57 | 短歌 | Comments(0)

火宅の人

「火宅の人」を読む。

檀一雄のが原作の大林監督の映画「花筺」を見てからというもの「花筺」をずっと探していたのだ

この映画は、監督の遺言のようであり、象徴がいたるところに、月に光る白蛇のように這いまわっていた。
ゾッとするようなヌルヌルとした美と肉の魂のようなものが這い回るのだ。
物語の中を。記憶の中を。海水の上を。道の上を。

屋根の上から飛べない臆病すぎる息子に、
「お飛び」
という母親と飛べない息子の物語のような。
飛んでいく男たちと飛べない男の物語のような気がして、それを確かめたいがために。

「花筺」をずっと探していたのだが、古本屋にはなく、なぜか昔から「火宅の人」を倦厭していたのを思い直して、手に入れておいたがなかなか読めずにいたものを届けてもらい、入院中のベットで読んだのだった。

自分は、図らずも、不意に屋根から飛んでしまったようなところもあり、「花筺」を読みたくてしょうがなかったのだが。まだ、読むに至っていない。

「花筺」が原作に忠実であったとするならば、おそらく、飛べなかった架空の主人公の男が、飛んだ後の生々しい男の物語に成り果てたような、檀一雄の生きた時代にあった戦争の後先の檀一雄自身の変わり果てた姿のようで、ここまで、人は変わるものだということを見せつけられたような気がした。

欲望のままに飛んだ、欲望に忠実になった男がそこにいた。

それから、能古島の檀一雄の終の住処を訪ねたことを思い出した。

子供の手を引き、船で渡った能古島の、ももち浜が見えるような場所だったと記憶している。そこから、生まれたであろう「火宅の人」は二十年をかけて書き続けたものだという。

彼の生きた証のようで、彼は今もその中で生きている。
最後の宿の中で、真新しいスリッパを用意して、いつか来るであろう「何か」を待っているように、檀はあの家で、「何か」を待っていたのではないだろうか。

などと思いながら、もがくように書き続け、生き続けた男が、自分の中にもいるようで、その「何か」を待っている自分を見つけたような気がした。



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# by akikomichi | 2018-08-30 19:42 | 小説 | Comments(0)

「転げ落ちた」

夢に見たように暗闇と一緒に転げ落ちた
ビール箱の中身がなかったから
あんまりに軽やかにビール箱と一緒に転げた
足場はくっしょんになってくれたが
踏み台にもなって
そのまんま庭に転げ落ちたのだ
暗闇の痛みから目が開けられない
息ができないのは暗闇のせい
左の首から肩にかけて
三回転半にねじれながら
転げ落ちたのだ
水だったら着地失敗
庭だから暗闇に着地
ご安全に

5番と書かれた
ヘルメットが守ってくれたけれど
頭の中の暗闇と
めくるめく昼の光のような
首と背中と胸骨の電光
痛みの中
死んだ気がしたのだ
動かないかもしれない死体
胸骨のきしみは
息を殺してという
面をして
能舞台に上がるように
横になり死に体となりながら
茣蓙担架で運んでもらった先の救急車
夢の中でどうしようもなく泣き出すように
じわじわと溢れていた
涙をふくように
救急隊員が白い紙をくれた
白紙にうつしこまれた
無色の痛みを丸めて戻す
たどり着いたのは
病室の片隅
外は嵐も近い
海も近いというのに
痛みと離れられない
暗闇と和解するように
天井を向いたまま
また夢を見るように
眠りに転げ落ちた
転げ落ちる二日前に見た夢の中で
首を触られたのを思い出しながら
ご安全に
ご安全にと触られたようで
無言のご忠告のおかげで
なんとか生きていて
ご安全に
ヘルメットのおかげで
何事もなかったように
動き回れるようになり
転げ落ちた先を
今も見ているのだ












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# by akikomichi | 2018-08-30 18:59 | 詩小説 | Comments(0)

人生タクシー

人生タクシーを見た

人を乗せて街を走る車

車には生きた証拠のような記録が残る

我々は生きているような

時々 乗りこむ乗り合いタクシーに

乗っては降りているような

記録はそこに存在しているようで

姿の見えない証人か

精霊か神のようで

そのまま野ざらしにされた

車の中の時間だけ

止まって見える記憶のようで

我々は一台のタクシーのようで

運転手一人ではやりきれないようで

我々は話したのだ

花火は夏と笑う幼子のように

時々打ち上げられた花火を見つけるように

生き過ぎたいき場所に

再びたどり着けるように

愛しいものと話し続けられるように









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# by akikomichi | 2018-08-29 18:14 | 詩小説 | Comments(0)

レキシから

レキシからまなぶものあり さようならからはじまることがあるんだよ
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# by akikomichi | 2018-07-21 19:48 | 短歌 | Comments(0)