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三浦梅園の古民家

三浦梅園の古民家に行った。

梅園の家の土間が殊の外いいと先輩から教えてもらったからである。

確かにいい土間であった。

おくどさんも毎日のように火を入れているようで、暖かかった。

お台所は銅で流し台を覆い、その下は木造りであった。

私の手に入れた古民家では、モルタルで流しを作ることを考えているが、風呂もモルタルにして水回りを統一感を出していこうと考えているところで、熱伝導や保温にはあまり向かないのではないかと先輩に指摘されて、銅で覆うことも、視野に入れてみようと思われた。おくどさんと一体化した風呂を作ってみたいのだが、それも、いろいろ形を考え考え、出来うる限り、実現可能な形に持っていきたい。

当然のごとく、風呂場は、仕切りが曖昧になるであろうから、目隠し程度に竹をあしらってみたいと、想像的創造を練りこんでいる最中である。

楽しみは、じっくりと。

梅園という名前からにじみ出たような、壁の色が薄梅色で、なかなかいい塩梅であった。。壁を色で楽しむというのもオツなものである。

梅園は医者の家に生まれ科学者のようで、哲学者のようで、詩人でもあったようであるが、花を知るには、本で読むより、お花畑に行け。というようなことを言っていたという。

その心意気をも、家に表現してみたいものである。

手心を加えつつ。


私の好きな分析心理学の開拓者であるユングは、曼陀羅や東洋思想を無意識領域の道しるべのようにしたり、シンクロニシティの概念や夢の分析などを自分の体験から作り上げていったが、その晩年には、石の家を自分で作っていったと言われている。

私も同じように、杉皮葺の家を自分の手で、思う存分、愛デンティティの総仕上げのような心持ちで作っていきたいものである。



# by akikomichi | 2019-08-28 10:58 | 詩小説 | Comments(0)

古民家再生

古民家再生。を試みつづけている。

自分なりの。

仕事でももちろん。

小国と九重の古民家も補修させていただいた。

小国は、北里柴三郎の記念館の近く、ぬる湯温泉近くの古民家であった。

土間にあるおくどさんの火を灯し続けているお宅でもあり、すすが屋根までしみていて、屋根にとっては、いい塩梅になっているようであった。

屋根だけでなく、おたくの隅々に意匠を凝らしており、昔の職人さんの心意気を感じさせていただいた。

九重の古民家においては、ご自分で材料を揃えたり、「てご」をされたりして、家主さん参加型の補修であった。

もともと農業をされている方なので、自然と体が動くようで、屋根にかかる木の枝をバッサバッサと切り落としたりもお手の物で心強いことであった。

昔の方々は自分の仕事として、屋根を葺いていたので、その延長線上にある、身近なことであると、改めて思わせていただける体験であった。


実は、私も、あの蛍の舞う道の近くの杉皮葺の家を譲っていただけることになり、手に入れることができ、喜びもひとしおなのであるが、偶然のことであったが、九重の古民家の家主さんの奥様のご親戚で、ゆかりのある古民家であったと奥様からお聞きし、この偶然は、必然であったようで、こうやって、緩やかに、しかし確かにつながっていく、見えないけれど、見えてくるご縁に導かれているようで、いい出会いを続けられる喜びは、このままずっと続いていくであろうことを予感している。

まずは、土台からやり直していくつもりである。

自分の手で土台から手がける初めての、何ものにも変えられない貴重な体験なのである。

自分の出来うる限りを全て注ぎ込んで行きたい。

そこで得られる技も形も見えるところも見えないところも全て、私の宝物である。

# by akikomichi | 2019-08-28 09:35 | 詩小説 | Comments(2)

宗像の亀の尾酒造さん

宗像の亀の尾酒造さんの補修を行なっている。

宗像で暮らしていたこともあり、まさか自分の故郷と言える場所で、茅葺をふけるようになるとは思ってもいなかったので、嬉しさもひとしおである。

軒から、屋根の半分くらいまでの茅を剥いで、葺き上げていき、それから半分等は差し補修をしていったが、雨の影響を受けつつも、明日で終わるまでのところまでようやくやって来た。


今日もおばあちゃまが始まりと終わりころにやってきてご挨拶しにきてくださった。

おばあちゃまはいつも終わりころになるとやってきて屋根をじいっと見ている。

亡くなったおじいちゃまの思いと一緒に、眺めているようで。
いい屋根になるように、我々と助っ人のお二人とともに、自分たちの出来うる限りの仕事をさせていただいたつもりである。

おじいちゃまの丹精込めて作った酒とそのお酒を育んでいた屋根が出来上がって、亡くなったおじいちゃまも嬉しがってくださるように。



おじいちゃんの魂のようなものが注がれたであろう亀の尾さんのお酒は仕事が終わってじっくり味わいたいところであるが、先日、酒粕を有効利用して奈良漬を作られているのを手に入れて、いただいた。

お酒の香りが染み付いて、酔いが回ってしまうようであったが、今までいただいた奈良漬とは違う顔の見える奈良漬を頂ける幸せをかみしめていた。

ものを作ること、顔の見える良いものを作ること、いつまでも続いて欲しいものを作ること。の幸せをかみしめて。




# by akikomichi | 2019-08-25 23:42 | 詩小説 | Comments(0)

「さくら」

を読んだ。西加奈子さんの。

この「さくら」に出てくるさくらはある家族が飼っている犬である。

ところどころ、「さくら」を忍ばせ、物語は犬と散歩をするようにゆっくりと進んでいく。

今までうまく回っていたと思われた日常が、妹が愛するあまり兄に送られてくる手紙を隠すことから、ちょっとずつ、狂っていき、愛されすぎた兄は首をつって死に果てる。

さくらは家族ではあるけれど、見世物を盛り立てる観客としての「さくら」でもあり、さくらんの一歩手前でもあるような、小さな小さな愛のかたまりのようで咲いては散ったさくらのようで儚い想いのようで。


西加奈子さんとは、おそらく同世代であると思われたが、読み進むにつれて、同時代に、あのイランイラク戦争を体験したのではないかと思わせた、喪失感の物語に、心がヒリヒリとしてきた。

私は、小学生の頃、父親の仕事の関係で、中近東のイランに4、5年住んでいたのだが、西加奈子さんもまたイランに住んでいたことがあるということをどこかでお聞きし、きっと、同じような死に「ものぐるい」の思いをし、同じような時を過ごしていたに違いないと思われたのだ。

日常が、ガラリと変わって非日常と思われた爆撃も、いつの間にか、慣れ果てて、それが日常になっていく様を見たような。

(私の場合は空からやってくる、無差別に殺しにやってくる悪意に満ちた)狂っている世界であっても、(空をゆく白い雲のようなそのまんまの)狂っていないものを必死に感じていようとするような日々を過ごしたのではないか。という確信のようなもの。

なぜ、そのような確信のようなものを持ったのかというと、在イラン日本人学校に西先生というペルシャ語を教えに来られていた日本人女性の先生の面影を、「さくら」に出てくる家族の、母親に見たからでもある。

違っていたら恐縮であるが、ご本人にいつか確認してみたいと思いつつ、もしそうであるならば、いつか、その当時の話もできることならしてみたいと思われた。

同じような思いをするものがいるという、今まで、家族のもの以外には、誰とも共有することができなかった、多感な頃の、爆撃体験を語り合うことができるかもしれないという、一人ではないという、ささやかな安心感のようなものを、初めて、同世代で感じることができるのかもしれないという期待感を持ちつつ、自分の中で失われた時や思いをどう取り戻していきたいのかが、物語をかかずにおれないものたちの肝、あるいは宿命のように思えて、だからこそ死ぬまで書き続けるのだろうと、思わずにはおれなかった。



# by akikomichi | 2019-07-11 22:51 | 詩小説 | Comments(0)

線香の

線香の赤い先からたちのぼる 白い煙のような魂
# by akikomichi | 2019-07-02 22:03 | 短歌 | Comments(0)

「杉皮葺の家の魂」

杉皮葺の家の近くを散歩していた。
蛍が魂のようにたゆたっていた。
蛍の魂は、きえゆくから美しいのだろうかと思いながらも。
小さな光の粒のような魂の明滅にぼーっとしていた。

今日、西加奈子さんの「まく子」を読んだ。
「永遠」に生きながらえてしまうという宇宙人。
持て余す永遠をどうすればいいかわからない宇宙人は、地球に永遠を放棄するか続けるか判断しにやってきたという。
何かを「まく」のが大好きな宇宙人。水をまく。石をまく。
小さな永遠から大きな永遠になっていくことがわかって、多分、思いの塊、魂もまいて帰って行った。という話。

杉皮葺の家を大切にされていたおばあちゃんの魂のような淡い蛍の光が家の方に帰って行った。
こっちにおいでと言ってくれたようで、嬉しかった。

このうちに住ませてもらうことになるかもしれないので、ご挨拶にやってきたのだ。
ここを愛した魂もまた一緒にいられますように。



# by akikomichi | 2019-06-17 23:57 | 詩小説 | Comments(0)

「鋏の伝授」

親方の手術も成功し順調そうで良かったです。

お顔を拝見して、大丈夫と確信しましたが、養生されてください。

その後、親方の弟さんの奥さんにお会いし、前にあげると言ってくださっていた、親方の弟さんが使っていた親方の師匠の形見の鋏もいただく。

ありがたいことです。とても嬉しく、大切に使わせていただきます。

今日も鋏を研いで、明日の切れ味を楽しみにしています。

しゃく、しゃくっと杉皮の切れる味のある音が大好きです。

# by akikomichi | 2019-06-16 21:57 | 詩小説 | Comments(0)

「仲間」

今日は現場付近で雨が降る予想になっていたので、日田の作業場で、竹や杉皮の積み下ろしや、茅や麦わらの元打ちを作っていた。

作業場の仕事は、今まで根を詰めすぎて、黙々とやることが多かったが、今日は仲間の原田さんと伊藤さんとせがれとともに手は動かしつつも、楽しく和気あいあいと話しながらの作業であった。

冗談が言い合える仲間がいてくれることに感謝した。

本当に、人生をより良く、充実させていけるのは、いい仲間がいることが大切だと思った。
せがれにロープの縛り方や力の入れ方?など丁寧に教えてくれたり、包み隠さない、損得のない、そのまんまの生身の男子トークが殊の外、面白かった。

いい兄貴たちがいてくれて、せがれは幸せである。

私も心が穏やかで楽しく平和になれて、本当にありがたかった。

働き方を考える意味でも、今日は、いい日であった。

仲間と和気あいあいとできる仕事こそ、いい仕事になっていくと信じることができる日であった。

親方や上村さんは、経営者の立場から見える景色も違っているのかもしれないが、お二人とも働きすぎて体を壊さないほどタフではあるが、親方もお年のせいか、体質のせいか、脱腸で入院されたり、体のあちこちが痛むというお二方なので、無理ばかりせず、体をいたわって、いただきたい。

我々も、もちろん、力の限り働いているので、メリハリをつけるためにも、休養も大切にしていけたらと思った。

いい仕事にも、いい人生にもなるように。

これからも、よろしくお願いいたします。


# by akikomichi | 2019-06-15 04:13 | 詩小説 | Comments(0)

「はこぼれ」

五時間もとがないと元には戻らない 

刃こぼれができた 

私の中にも あなたの中にも きっと

落としてしまったものはどうしようもないが

集中していたからしょうがないが

人のもの 自分のものではないものだから

すみません 

が そこの人

ばちがいなばかりがっがりな

かしこまりましたというもの言いはやめて

人のものでも 自分のものでもないものだから

その言の葉こぼれ



# by akikomichi | 2019-06-13 00:51 | 詩小説 | Comments(0)

やついフェス

https://natalie.mu/music/news/333890

久しぶりに、フェスも行きたいなあ。

好きな人も、たくさんいらっしゃり、むっちゃ楽しそう。

姪っ子の志帆ちゃんもまた出させていただいて、何より、嬉しい。

# by akikomichi | 2019-06-02 12:15 | 詩小説 | Comments(0)

茅葺の未来

朝の現場への移動はバスで、その車中でのこと。
親方がせがれに、

絵を描くことが好きなら、僕に描いて見せて。

とおっしゃった。

親方の、親心というより、祖父心でせがれのあらゆるところを育ててくださろうというお心が、誠にありがたく、本当にここいられる喜びを心から感じていた。

京都から、今の現場の亀井の別荘まで、中野親方が来てくださり、ご挨拶もできて、中野親方の息子さんもいずれ茅葺職人さんになってくれるということで、将来の希望がまた一つ増えて、一緒に育っていけたら、これほど嬉しいことはないと思われた。
古民家はもちろんのこと、神社仏閣、あの桂離宮の中の茅葺の屋根も手がけておられるという親方のお話は面白く、勉強になる一方で、お話の節々で、これからの茅葺の建物がなくなってしまうことに、危機感を持たれておられたのを思うと、全国の茅葺職人が一丸となって、大切に大切に守っていけたら、これほど、嬉しいことはないと思われた。

伝統を残すという意味でも、そこに住み続けて楽しんでいる方々の古民家はもちろんのこと、亀の井別荘などのおもてなしの場所や食の舞台の久山の茅の屋さん、歴史の舞台ともなったせごどんのいた家や古今伝授の間、太宰府の宮司さんの家、人吉の国の宝の神社の屋根など、吉野ケ里や逆葺屋根だった弥生の村、板付遺跡の竪穴住居なども想像をかきたてる意味において面白く、神社仏閣関係の落ち着きと趣のある茅葺の姿は美しく、皇室などの関係の建物などもその歴史を背負って生き続けているという意味においては、やはり普通の民家と変わりなく平等に、大切な生き続けて欲しい屋根なのであり、茅葺屋根の補修なども、できることならなくさないでほしいと思われた。



# by akikomichi | 2019-06-02 11:50 | 詩小説 | Comments(0)

茅葺の希望

子供と一緒に現場で働ける幸せをかみしめていた。
そもそも、茅葺の屋根の家に住みたいという素朴な願いから、そのためにも茅葺が作りたいと思い始めて、作る仕事をやり始めて、その先にある希望がまた増えた気がして、心から嬉しい。
その願いをおっきな親心で受け止めてくださった親方に心から感謝いたします。
見守ってくださる多くの方々、本当にありがとうございます。

# by akikomichi | 2019-05-27 23:00 | 詩小説 | Comments(0)

「滝のような」

雨が止んだ。
今日は休みである。
なぜだか、志ん朝の落語「宗珉の滝」を聴いている。
今の現場の設計士の先生が落語をお薦めしておられたのをやっと聞くことができたのである。

昨日は、我々の今、手がけている杉皮葺の屋根が、滝のような、雨にさらされていたので、気が気でなかったのだが。
大雨も止んで、少し気持ちも安らいできたような気がした。

昨日は養生の補強に明け暮れていた。

梅雨入りをしたところもあるという季節柄、杉皮葺の屋根の上に、さらに「すやね」を張っているので、多少の雨風はしのげるものの、大雨となると、かなり厳しい状況となるのだ。

大雨の中、ズブ濡れのまま、「すやね」の竹や木の上に乗り、ビニール製の布を補強していった。
やっと軒つけに入った杉皮の屋根はもちろん、その下で働く、大工さんたちの仕事場も雨風をしのげるように。
これも、また、屋根仕事の一つで、雨風に寄り添いながら、屋根ができて屋根に守られるまで、我々が竹と棒と紐の骨組みで柔肌の薄皮一つで、守るのだ。我々の作る屋根を。

屋久島で、山から降りれないほどの雨が降っているという。
五十年に一度の大雨。
私が生まれて初めて縄文杉に会いに行ったのも同じようなものであったが、大雨が身体中に降り注いだような、内側から全てが現れたような10時間もの間の道々であった。
山から降りれないで滝のように雨が降っていて、文字どおり滝になっている山道もあったようで、雨が降るといたるところに滝ができるという島の素の姿を見た気がした。
雨が降れば、滝ができる。
水があれば、水が流れる。
ただそれだけのことであるような気もするが。
命の危険を感じながらの山登りというものをまだ体験したことがないので、山の別の姿をまだ知らないだけかもしれないが。
雨は雨、屋根は屋根、我々は我々。
できることをする。
ただそれだけのことであるような。
そうして、一枚ずつ杉皮を重ねて山のような、気の遠くなるような、千枚以上の杉皮を積み重ねていく我々の杉皮葺の屋根のように、千年もの間、年輪を重ねながら、命を重ね、生きながらえてきたのだ。縄文杉も、いってみれば、我々人類も、あらゆる生命も。

千年王国。
という言葉を思い出していた。
昔、千年王国というヤバイ?Tシャツを着ている人がいる夢を見たことがあった。
どこかの島で、いろいろな国の人が集まって、生きているような夢を見たのである。
千年王国とは、どこかの宗教の言葉のようであったが、何か、違う意味があるような気がした。
ピアノが水辺の近くに数台置いてあり、キャンプをしている人、着飾った人、生活をしている人、ボランティアをしている人、志のある人、空母、客船、車、軍隊までいる、しかし、何か、祭りのような祝祭を生きるような、何かにいかされたような場所として夢に現れてきたような気がしていた。

もしかして、屋久島の夢を見ていたのかもしれないと、思ったのは、屋久杉の中でも、縄文杉が千年もの月日を生きていたという話を聞いていたからであった。
夢で見た千年王国というのは、縄文杉のある、この場所のことだったのかもしれないと。

実のところ、屋久島に行く直前に、弥生時代か縄文時代かの格好をした人が出てくる夢を見ていたので、屋久島に行ったら、何かわかるかもしれないと思っていたのだが、縄文杉に会いに行く道すがら、弥生杉というものが途中にあったのも、何か不可思議な、夢のお告げのような、不可思議な夢と現の交わった世界に迷い込んだような気になっていたのだ。

弥生か、縄文かわからないと思っていたのだが、原始の姿をした、草を着ている人の夢。
その人を見つける夢を見たのだ。
私は、その千年の時を思わせる、姿に会うためにここまできたのかもしれない。
千年王国とは、実のところ、自分の中の王国であったような、夢と現の境目のない島のような。国のような。気もしていた。

心も体も滝のように流れていく、生命の偶然がそこにあったのだ。

などと思いながら、志ん朝の落語が、耳元で水が流れるように、ゆうるりと酒を酌み交わすように、とうとうと体の中を流れていた。

腰元彫り師の宋三郎が死んだ虎を彫ったばかりに師匠の宗珉に破門されたところ、流れ着いた宿の主人に宿代が払えないので何の仕事をしているかと聞かれ、腰元彫りという。
死んだ虎をなぜ彫ったと言われ弟子にしてくれとまでという。
とりあえず、生きた命を作れるようになるよう、宿で彫っていいことになり、ある時、殿様から小柄を那智山の滝を彫るようにというお達しが来た。

水彫りをして、殿様に持って行った。
酒を飲んで彫ってダメ出しをされ、もう一度、精進して、彫るという。
二十一日、滝に打たれ、断食をしながら、滝壺から帰ってきて、ろくにご飯を食べずに、仕事を初めて七日七晩彫るのに明け暮れた。
宿の主人も断食して、願掛けをした後、
今までより悪い滝を彫った。と思った小柄を殿様に持って行った。
殿様は名作として手に取る。
二人のものの命がかかっていた小柄というところで、お抱えの腰元彫り師になったという話。
なぜできの悪い小柄を気に入ったのかと思ったところ、小柄から滝が流れて、水が流れたという、不思議な小柄を作ったという、名人の話であった





# by akikomichi | 2019-05-19 17:02 | 詩小説 | Comments(0)

父のお見舞いと早月松原

屋久島でお世話になったカツくん真澄ちゃん宅に伺い、預かってもらっていた荷物を持ち帰る。
同じ屋久島を登った仲間とまた会える喜びは幼馴染に会える喜びのようで、なんといういい時間を過ごせたのかと、思わずにはおれなかった。
それから、キャンプ道具をなおせるかもしれないと先輩の友人のキャンプ道具を取り扱っているお店に伺い見てもらい、アドバイスしてもらう。これからも大切に使っていきたい。

帰り道、父のお見舞いに行ってきた。
転んでは起き上がってきた父だが、今回は少し入院までの期間が早まったようで気になっていたが、見舞うと以外と元気なので、やはり会うとホッとできるので、会いに行ってよかった。
母の日というわけでもないが、花とフクロウの器を手渡した。
父にもいつ会えるかわからないので、七転び八起きのだるまさんの器を手渡してきた。
復活したら、使ってくだされ。と。願いを込めて。

入院先の近くのふれあいの里にある茅葺屋根を拝見してきた。
先輩方が五、六年前にさし補修したものであるが、しっかりとしていたので、しばらくは手入れ不要のようであった。
茅葺は、最初の黄金いろから色を変えて、歳を経るごとに、貫禄ができてくるようで、その年月も愛おしいものなのである。

早月松原に久しぶりに立ち寄った。
夜中にバイト帰りに友達と車で通りかかった時、女の人が立っていて、ちょっとさまよいいでたる魂かと、ぎょっとしたことがあったが、夕日が美しく、屋久島と同じ海の美しさと少し冷たい風の心地よさと体ごと味わった。

それから、博多に届け物をして、せがれとハグをして別れた。

寂しいが、自分や彼らがそれぞれ選んだ道だから、それをお互い噛み締めて、いずれ同じ目的を持って、楽しんで力を合わせて生きていけるように、準備をしてくれることを願ってやまない。


# by akikomichi | 2019-05-12 23:32 | 詩小説 | Comments(0)

人吉の国宝青井阿蘇神社を訪れた。
前から拝見したかったのだが、先輩に教えていただいて、やっと訪れることができた。
茅葺で国宝の建物は、日本でここだけとお聞きし、時を超えて、残ってくれていることに感謝であり、これからも、生き続けて?欲しいと思われた。

鹿児島の友人にも会いに行った。
ふくちゃんとそのせがれくんに会えた。
昔のことを話しながら、焼肉を頂く。
お互い色々あったが、会った途端、昔に繋がれる幸福を頂く。
今度は日田に来ておくれと、楽しいひと時を味わい尽くして、屋久島に行っておいでと送り出してくれた。


それから、屋久島に行ってきた。

縄文杉に会いに行ったのだ。

私とせがれと先輩とその友達と現地で合流し、縄文杉まで、道案内していただいた。

10時間もの時間をかけて、私たちは縄文杉に会いに行った。

縄文の時に出会うことができる場所は美しく、出会う人もまた、同じ時を超えて、上り下りをいきかい、ただ登りただくだり、ただ歩き、ただ愛にやってきたのだ。

森の中を歩くことで、こんなにも心も体も軽やかになるのかと、不思議であった。

帰り道に、はばかりに行こうとしたら、勝手に足が動き出して、地下足袋で走り出していた。

すれ違う人に、韋駄天や。

と言われ、走る先がはばかりなのが、事情を語るのははばかられたが、事情を知らない方々には、まあいきのいいこと。

と思われたようで、なんだか目的があることの気恥ずかしさもあったが、ちゃんと目的を達成できた喜びはひとしおであった。

自分でも、トロッコ線路の間に敷き詰められた木の板の上を、あんなに軽やかに走れるとは思ってもいなかった。

友達になった真澄ちゃんに、なかなかあっこさんいなかったから、よっぽど早く着いたんだね。

と言われた。カツくんもあっくん先生も、年季が入っているので余裕であったが、せがれは最後のトンネルまで、杖をつきつき、太ももが痙攣しながら、足を引きづりながら、歩き通した。

せがれは、帰り際、休み休み歩くなかで、ずっとこれからのことを考えて歩いていた。と言った。

彼が、どのように生きていくか、いろんな選択肢があることに気づいた。と言った。

なんで、山に登るのか。なんでこんなことをしているのか。

10時間の道程で、自問自答していたという。

答えは、せがれが持ち帰ってきたようで、心からこの旅に来れたことに感謝した。

ライダーズハウス 止まり木でも、姉さんや野続くん、土田くん、リチャードくんに会えて、リチャードくんの故郷ではオーロラが見れるので、遊びに来てもいいよと言ってくれたので、また会える時を楽しみにして、帰りの船の上で桜島を背に写真を一緒に撮った。

かごんまに再上陸して、お土産に両棒餅という餅を手に入れようとしたら、西郷隆盛せごどんにゆかりのある茅葺の家の近くまで来て、たまたまあったお店に立ち寄ると、そこの奥さんのご先祖さんがせごどんが入水自殺を図った時に助けられた際に連れてこられて、息を吹き返した時に、飲ませた器などもあり、さらに追ってもあったであろうせごどんをかくまったというお話をお聞きした。
生なましい、時代の、生きていた人の生の声を時を超えて聞かせてもらった気がした。

やっぱり、皆、せごどんに生きていて欲しかったんでしょう。

と奥さんは、おっしゃっていた。

その後、せごどんは、菊池げんごと名乗ったこともあるという、せごどんのげんごは、一緒に死ぬつまりで入水され先に逝ってしまわれた月照さんのお付きの方のお名前らしく、おそらくその方が、なにがしかの形で、せごどんを助けたのではないかということであった。

せごどんがいたという茅葺の家を拝見した。

海の近くで、こじんまりとしているが、八年前くらいに葺き替えをされたと言われていた。

中は、ススダケなども残っているらしいが、今は拝見できないという。

いつか、拝見できたら、嬉しく思う。

それから、人吉を目指して車を走らせて、源泉近く温泉でひとっぷろあびていたら、地球環境を良くすることで生き生きしている優子さんに出会って、熱めの風呂の中で、これからは競争の時代ではなく共存の時だねという話で熱く盛り上がり、家に泊まって行きなよとまで言ってもらい、お泊まりさせていただく。

次の朝、散歩して、せごどんが西南戦争の際、陣を置いていた武家屋敷と幽霊寺を訪ねる。

武家屋敷は、茅葺で寺に似た作りをしていると言われた。格調を重んじて作られたのではないかということであったが、茅を支える木の先が、少し刀剣に似ていると思われた。

幽霊寺は、幽霊の絵で名を知られているが、生々しい人間の業の果ての、物悲しい女の人の話をお聞きした。
足のない、魂になっても、現れてくる思いの強さというものを、感じることができたような。女の思いは寺の池を漂うこいのように、艶かしくもあり、儚いようでもあった。

それから、西南戦争の時に、女侍が官軍と戦っている絵巻的なものが飾られていた。

女も囲われたりしながら、いろいろなものと、戦っていたのだ。それから、優子さんとそのご主人に教えていただいた、鍛冶屋さんの包丁を自分へのお土産にした。

割腹するためのものではなく、日々の生活の中で、生きるための、美味しく食べていくためのものとして。


何も知らずに、人吉に来てみたら、せごどんゆかりの場に行き着き、せごどんに導かれ、自分の魂の行き着くところのようなものを見つけたような気がした。


生きている、優しい大人や子供たちに出会えたことが何より、本当にありがたい旅であった。


# by akikomichi | 2019-05-05 17:31 | 詩小説 | Comments(0)

幸せな1日

幸せな1日であった。

せがれと一緒に、杉皮を鉈を使って60センチほどの短冊状に切って束を作ったり、はおさえを80センチ前後にのこで切ってちゅうのうで端を上下反対にスパッと斜めに切ったりした。

できた杉皮を一生懸命二階にハシゴをかけて運ぶせがれから受け取って、井形に積み上げながら、いつもより、時間が経つのが早く感じられ、体の中からじわじわとやってくる安らぎを感じていた。

楽しみが増えたのだ。

自分もせがれと同じように体で覚えながら、茅葺をこよなく愛していける喜びの1日であった。

# by akikomichi | 2019-05-01 05:48 | 詩小説 | Comments(0)

新しい日々の始まり

新しい日々の始まりである。

せがれがついに日田にやってきた。

一緒にいることと、徐々にではあるだろうが、一緒に仕事をできることの幸せをかみしめたい。

誠にありがたいことである。

一方で、お世話になった柳川の川下りの会社の経営者の工藤さんの関わっておられる「ほりわり」と言う文芸同人誌に今回、寄稿させていただいているので、編集の手伝いを時間の許す限りやらせていただこうと、柳川に向かっている途中で、実家の父が自宅で倒れて入院したという知らせが、父からあり、急遽、方向転換して、父の入院先に急いで、せがれと向かった。

父は、倒れていたいところ以外は、大丈夫そうだったのでホッとしたが、せがれの門出に呼び寄せてくれ、何はともあれ無事で顔を拝むことができて、幸いであった。

いつもの調子で、ニヤニヤしながら、俺はしぶとい。お前もしぶとく生きろ。

と言いながら、悪童のように笑う父の図太さがまっこと好きである。

あのしぶとさを、せがれたちにも受け継いでもらいたい。

# by akikomichi | 2019-04-29 22:21 | 詩小説 | Comments(0)

仲間内での懇親会

仲間内での懇親会をした。
茅を運んでくださるすみおさん家で皆でご飯を食べた。ありがたいことに、上村さんのおごりで、用意はすみおさんと善三さんがしてくださり、その他のお呼ばれされた?皆は、飲み物を持ち寄っての会であった。
こういったことを以前はしていなくて、コミュニケーションが取れにくいということもあったらしく、それはかなり改善できるような気がした。
こういった家族のような、気兼ねなく、ただ一緒にご飯を食べるという行為は、普段の生活の中に溶け込んでいくもので、見えない絆のようなものもできてくるような気がした。
いいことも悪いこともあるだろうが、それが、人生であるような。
喜怒哀楽の彼方に何があるのかは、まだ、わかっているようで、わかっていないような。
それは生の果ての死についてもそうで。
何にもなくなるだけ、存在がなくなるようで、何かしらの存在感は残るような。


# by akikomichi | 2019-04-29 06:24 | 詩小説 | Comments(0)

亀の井別荘のご主人と柿沼先生にご招待されて、湯ノ岳庵さんで親方の誕生会をしていただいた。

いつも、心のこもった美味しい旬のものをいただき、ありがたく、堪能させていただく。

柿沼先生と亀の井のご主人は共通のご趣味があり、狂言好きであり、落語好きであり、映画好きであることがわかり、この上ない嬉しさであった。

イラン映画のおはなしをして、盛り上がり、とても楽しいひと時を過ごさせていただいた。

とても幸せな時であった。

これも親方のおかげであり、この場にいれることに感謝しても仕切れない思いであった。


# by akikomichi | 2019-04-27 22:19 | 詩小説 | Comments(0)

釈迦岳に登った。

初めて登った。

もうすぐと思ったら、また下り、また登りしながら、釈迦岳の頂上にたどり着いた。
頂上には、お釈迦さまの像が蓮の花を持って、待っていた。
子供のこと、これからのことを考えながら、ゆっくりと、小鳥の声を聞きながら登った。
最初は、かなり急激な岩場もあり、チェーンがついてあるところを、手繰りながら登った。
ここいらの山の中では一番高いという釈迦岳であったので、すべてを見わたせる風景を一望し、心ゆくまで味わった。

最近は、心の余裕がなくて、車でも体でも心でもいつも走り続けていたようなところがあり、ゆっくり重力を感じながら、登る山道は、きついながらも、自分の重さがどんどん頂上に近づくごとに軽くなっていくようで(多分、確実に、汗の分だけ軽くなっている)、風が吹く頂上はことのほか心地よく、身体中を経巡り、気持ちも風を含んで、軽やかにしてくれたようであった。

その後、上村先輩が京都の美山の中野親方とお会いするということで、ハンドルキーパーとしてお伴し、貴重な、京都のお話をお聞きできた。

桂離宮の松琴亭も手掛けておられる美山の中野親方のお話の中で、特に、棟のやり方を今後の参考にさせていただけるよう、心してお話をお聞きしていた。

棟の収め方の精細で考えぬかれたやり方をお聞きしながら、実際にされている場面を想像しながらも、やはり、想像では埋まらないものが多々あり、実際の現場で、生で拝見したいと思うようになった。

ありがたいことに、その過程は画像にはないけれど、図面には残っているので、それを教えていただけるということで、誠にありがたく、少しでも茅葺に携わるものを育てようとしてくださる志と、懐の大きさに、こころから感謝せずにはいられなかった。

湯田さんも5年の経験を経て、身の振りようを考えておられるらしく、まだお若いこともあるが、のびのびと美山で育てていただいているようで、これからも、いい職人さんになっていくことを願ってやまない。

あっこは、一人で任された時、どう屋根を葺くかを考えながら、やっていったら、動きが変わると思うで。

と中野親方がおっしゃった。

自分も、まだ二年しか経っていないので、一人でできることはまだまだであるどころか、全体を見通すこともまだまだの段階ではあるのでまだまだ、先輩方に甘えている自分の有り様を言い当てられたようで、その言葉を、肝に銘じて、見通す力をつけていきたいと心から思った。

そのような自分でも、中野親方は、百も承知で、未熟なものを育てようとしてくださり、研修においでよと誘っていただき、ありがたすぎる言葉であった。

もしかして、参加させていただけるかもしれないことを、またの励みにして、よりいっそう、しっかりと茅葺を愛しながら、息の長い、丁寧な仕事ができるように、焦らず、じっくりと身につけていけたらと思わずにはおれなかった。

親方は、出会った方々に、

おおきに〜。

と言って、にこやかに帰って行かれた。

こちらこそ、おおきに〜。

であり、いい言葉やなあ。
としみじみ噛み締めて、とても濃い、いい1日を過ごさせた頂いたことに、感謝せずにはおれなかった。

このような環境に居れるのも、親方や先輩、仲間のおかげであることにも、感謝しても仕切れない。

自分の出来うる限りのことを、しっかりやっていくことが、何よりの恩返しと思い、心と体に筋肉もつけつつ?、精進していきたい。



# by akikomichi | 2019-04-22 20:12 | 詩小説 | Comments(0)

「小国の杉皮葺の民家」

小国の民家も最終段階を迎え、裏面をほめながら(手入れをしながら)徐々に降りていった。
杉皮の補修は何度かさせていただいたが、日田の咸宜園なども、部分補修が主なものだったので、じっくりと、軒からなおしていくのは、勉強になった。

目串を立てて、ほこ竹に白紐を通し、その目串を目安にして、短冊状にした、60センチ前後の杉皮を少しづつずらしながら置いていく。

杉皮を重ねる場合、なるべく谷を作らないようにする。
水の流れがそこに集中しすぎるとそこだけ痛みが早まるからである。

最初は、柔らかい薄い杉皮を置き、その上に一寸ほど上にずらして少し短めの杉皮を置いていき、それから、ある杉皮をいかに長持ちするように丈夫になるように置いていくかが大切で、一番上になるものは分厚い杉皮でその杉皮の上から、ほこ竹で押さえる。
ここで、最初のほこ竹に通していた白紐の出番である。その白紐のよりよりを少し解き、そのよりの隙間にアバカ紐を通し、よりよりを元に戻して抜けにくくして、それから白紐を引っ張り、アバカ紐も一緒にほこ竹の下を通って、新しい抑えのほこ竹と上から下からサンドイッチにして杉皮をおさえるのである。


親方や先輩、仲間と横一列に並んで並べていく時、どのように並べておられるのか、よく拝見しながら、自分の手で並べていく喜びは格別である。

強い屋根になりますように、自分の出来うる限り、丁寧に屋根を吹かせていただく、ありがたさをかみしめながら。


# by akikomichi | 2019-04-17 19:04 | 詩小説 | Comments(0)

「犬に噛まれる」

飼われている犬に噛まれた
自分の犬ではない
よその犬
右手を噛まれた
尻尾を振っていたので
顔を寄せてクンクンして
チュウをしようとしたら
急に牙を剥かれた
犬は
私に食べられると思ったのか
必死の抵抗をするように
食らいついてきた
皮が歯型状にめくれて血が沸いてきた
痛みも沸いてきた
歯形をした凹み
えぐれてしまった肉の痛み





# by akikomichi | 2019-04-17 18:52 | 詩小説 | Comments(0)

茅葺と詩小説と

今の現場は、小国の坂本善三さんの絵のモチーフにもなったらしい茅葺のお屋根であり、そこを一生懸命、葺かせていただいているのだが、
千圓札になるという北里柴三郎の記念館の近くのお宅でもある。
新しい時代と新しいお札。
お金は相変わらず擦られ続け、今度は電子マネーに取って代わられそうな高速の金の流れと時代は過ぎていくばかりであるが、そこは通り過ぎようが、生きているこの時は本当の自分だけのものであることには間違いはなく、遠い世界の金の流れのことよりも、目の前のつくし、ゼンマイ、たけのこがある。
お金で買わなくていいものがここにはいろいろある。
恵みをいただく毎日が過ごせることは、ありがたいことである。
あとは、茅葺の家でゆうるりと時を過ごせたら、さらに充実した生活が送れそうである。

茅葺と詩小説と子供を愛してやまない自分にとっても、新しい時代が始まりつつある。
末っ子が一緒に住めるようになるのである。
さらには、親方のおかげで、一緒に、茅葺の仕事もできそうなので、ありがたいことなのである。
今まで、なんとか、先輩にお世話になって頑張ってこれたが、これからは子供もいてくれるので、茅葺を楽しんで
、そのできる過程を一緒に体験できることが、何より嬉しい。
言葉だけではなく、体で一緒に覚えていけるのである。
一筋の希望が出来たのは、親方と先輩、仲間の皆さんのおかげでもある。
どんなことが起きようとも、生まれてきてよかったと一瞬でも思えるような時を一緒に過ごしていきたいものである。



# by akikomichi | 2019-04-13 23:07 | 詩小説 | Comments(0)

太宰府天満宮の茅葺と庭

先日、太宰府天満宮の宮司さんの御宅の茅葺の屋根の補修をさせていただいた。

先輩の上村さんの手を見ながら、すみの茅の手入れのやり方を拝見しながら、茅や足場を運んだり、道具を用意したりとめまぐるしく動いていると、庭を手入れされている方がおられ、お話をさせていただいた。

美しい庭と美しい茅葺の屋根。

そこにおられる方々の内面がじわりとゆるりとにじみ出ているようで、隅々まで行き届いたものの美しさは一日一日の積み重ねだと改めて思い至った次第であった。

禰宜の方に、二年前、ちょうど、茅葺の仕事に携わるようになる直前に、菅原道眞公の住んでいたとされる家の跡が見つかったという話をお聞きしていたが、まだ、その場所に行き着いていないことをお話しすると、丁寧に教えていただいた。

何かのご縁で偶然、住んでいた家のことを知ったからには、今度、そこに伺い、かつては茅葺だったかもしれないと言われていた建物を拝見させていただき、道眞公の思いのような存在のようなものを、時代を超えて感じてみたいと思われた。





# by akikomichi | 2019-03-11 22:53 | 詩小説 | Comments(0)

八年前の今日
父がいた家でうたた寝をしていた
子供の用事で立ち寄って疲れて眠ってしまったのだ

あの日も父の介護と子供の世話で寝不足だった
どうしても外に出たいと父が言うので
退屈していた父を外に連れ出したのだった
八百屋でイチゴを孫に買うんだという父の願いを
ありがたいと思いつつ
疲れて眠い目をこすりながら赤いイチゴを見ていた
ヘルメットをかぶった男が八百屋に入ってきて
東日本で大きな地震があったらしい
と店の人に話していた
イチゴのつぶつぶが妙にくっきりと見えて一気に目が覚めた気がした
イチゴはなの母の笑い顔が浮かんだ
母に電話をしたが
つながらなかった
東京も危ない
母や親戚の者たちが無事かを確かめずにはいられなかったのだ

うたた寝から目が覚めて
どこからか沈丁花の花の匂いがしてきたような
幻の匂い 匂いの幻のような歌が聴こえるような気がしていた

息子よ
ここは荒れ果てた砂漠だよ
咲くはずだった沈丁花の代わりにお前は生まれたよ
お前に見せるはずだった思い出全部割れちゃった
どこまで行こうかどこまでも続くレンゲの海
息子よお前が生まれる少し前
希望の全てが朽ち果ててみんな泣いていたんだよ
ごめんね息子よ
新しい鉢を買ってきたよ
お前に見せるはずだった
小さな小さな沈丁花
どこまで行こうか どこまでも続く水平線

夜明け前の夜の淵にあっても心にろうそくを灯す歌と一緒に
手をつなぐように歌ってほしいのだった
どこかで救われている人がいますように
ここで救われているものがいるように
心を満たすように
手をつなぐように歌ってほしいのだった








# by akikomichi | 2019-03-11 20:39 | 詩小説 | Comments(0)

安国寺集落遺跡公園弥生のムラの葺き替えが終わった。

さか葺きは、初めてだったので、勉強になった。

通常は、もとが屋根の表面を覆うのだが、さか葺きの場合、葉の多い穂先で覆う。

昔の人が着ていた、みのがさのような風情である。

風になびく穂先が揺れて、弥生時代には、こうやって、近くにあった茅で、壁や屋根を葺いていたと想像できるが、遺跡から発掘されたものに、木の幹や枝があり、土台は結構、しっかりしていたのではないかと思われた。

茅をどう葺いていたかは、想像の範疇に入るが、それほど、違わないのではないかと思うが、風になびく、茅の屋根の下で寝転ぶと心地よく、少し肌寒いながらも、つくしがニョキニョキと生えてくる大地と近い暮らしも、いいものだと思われた。

湿地であるため、豊かな土壌が作られていたのではないだろうか。



# by akikomichi | 2019-03-05 21:06 | 詩小説 | Comments(0)

どうか安らかに

国東の鬼は仏様になったという
鬼・怒鳴門さんも仏様になったという
同じ日に父と同い年だった鬼ではなく
紳士のしのくまさんも仏様になったという
誰もが仏様になられるのはいつかわからないが
どうか安らかにお休みください


# by akikomichi | 2019-02-25 19:39 | | Comments(0)

「柳川川下りと囲炉裏」

柳川の川下りの会社をされている工藤さんの御宅の屋根が出来上がり、川下りをさせていただいたのち、御宅の囲炉裏を囲んでの温かい寄せなべを皆さんでいただく。

柳川での川下りは初めてであった。

船頭さんのよく通る歌をお聞きしながら、いつもは川の横の道を歩いていた景色の中の川の上をたゆたう。

この時間は水の時間のようで、土の時間、石の時間とは違う、時の間をたゆたう。


そののち、囲炉裏の火を囲み、みなさんと美味しい鍋をいただく。

設計士の山口さんご夫婦もいらっしゃり、気さくな、温かい時間をいただいた。

また会いましょうと言ってくださり、ありがたい出会いであった。



# by akikomichi | 2019-02-12 22:40 | 詩小説 | Comments(0)

「福厳寺と檀一雄」

 最近、先輩のみなさんといく夜の散歩の途中で福厳寺の鐘をつかせていただいたり、お話を聞く機会があった。

 ご住職は、最初に檀一雄のお墓に参った時には、お話にならなかったのだが、夜の鐘を何度か鳴らさせていただくうちに、思い出したようにボツボツと檀一雄に関するお話をしてくださるようになった。

 檀一雄の小説にも描かれているリツ子さんのお墓を掘り、檀一雄のお墓に一緒に埋めたという。

 檀一雄の家族が一緒にお墓に入っているのを見ると、人が亡くなるということを改めて考えてしまった。

 生前の河合隼雄氏がいい歌であると紹介していたという、お墓の前で泣かないでくださいというような歌詞の曲もあったが、そこに魂のようなものはないのかもしれないが、石碑として、そこに残しているようにも思えた。

 檀一雄のお墓に書かれた詩のようなものは、ご子息の太郎さんの連れ合いの方が書かれたものだとも言われていた。

 貴重なお話を聞かせていただき、ありがたいことであった。



# by akikomichi | 2019-01-26 21:06 | 詩小説 | Comments(0)

「女子会」

女子会という名の飲み会をした。

一級建築士の北島さんとじっくりお話をする機会に恵まれた。

古民家の保存に熱心に取り組まれていて、その姿勢は同じ類のものを共有するもののそれであると確信した。

佐賀では基本的に鎌とコテを使うのは存じ上げていたが、我々は、かやを引っ張り出すカラスあるいはやっとこ、引っ張り出しなどと呼んでいるものや軒叩き、羽子板のようなもの、片手使いのほめいた、両手づき、縄を撮る時にかやを押し広げるためのこじ開けなど用途によって、使い分けていたりするので、シンプルさを追求するか、用途に合わせて使い勝手を追求するかは、それぞれの慣れ親しんだ方法であり、どちらがいいなどはなく、それぞれの個性であると、思われた。

それぞれの身の上話などもしながら、いろいろあるものの、幸せは今作るものだという点で、一致した。

我々は好きなことにができて幸せである。

人生を充実し楽しむために生まれてきて、ここに居られることに、感謝した。


あっという間に時間が過ぎて、また、建築の話で、いつまでも話していられる仲間を得て、まことにありがたいと、思われた。



# by akikomichi | 2019-01-19 03:31 | 詩小説 | Comments(0)