2018年 06月 05日 ( 1 )

「梅の実と種と」

 落ちた梅を拾って、ざるそば一人前のザル二つほどの量を干していたら、いつの間にか、全て種になっていた。

 落ちた時にはついていた虫に食べられたのかもしれないし、その虫もろとも梅の実を小鳥が食べてしまったのかもしれない。

 乾いた梅の種は梅干よりもなお、干されっ放しで、カラカラに乾いていた。

 梅雨になったというのに、干からびたまま、そこに転がっていた。

 私は、干からびた梅の種をまた拾い集めて、山に埋めようと思った。

 焼いた骨の、それも梅の亡骸の喉仏を拾うように、丁寧に拾っていった。

 いつかはこうやって、種のような骨になっていくのだと思いながら、色だけがどす赤く生々しい喉ちんこのようだなどと思いながら、丁寧に拾っていった。


 今度は、仕事の合間に、作業場にある、木についたままの雨に濡れていた大きな梅の実を2キロほど、丸くて黒い網で虫を避けることができるザルを山を下って手に入れてきて、雨なのにベランダに出した。

 不完全な干され方の梅の実は、生乾きの部屋干しよりもなお湿り気を帯びて、そこにあった。
これから、何を作ろうかと思いを馳せていると。

 ふうっと。ここに移住してくる前のこと。梅酒を作ったことを思い出した。

 移住の世話をしてくれた役所の方が、日田で農家民泊を企画されて、応募も多かったが、たまたまキャンセルが出て、参加することができた時に、皆で作ったものだ。

 まさか、すぐに移住が決まり、なおかつ好きな茅葺に携われるとは思ってもいなかったので、ご縁というものは、そうやって、繋がっていくものだと思わずにはおれなかった。

 この目の前にある、大きな梅の実は、私の青くさい孤独な希望のようで、まだ熟れもせず、頑なに、そこにあるがままであった。

 今度は梅の実で、日田に来てできた友人が教えてくれた梅味噌を作ってみようと思った。

 梅の上に砂糖を、砂糖の上に味噌を、味噌の上に梅を。

というように、幾重にもなる層にしていくといいのよ。

と友人は言った。

 梅の実は仁と種と果肉の層を作り、木も年輪という層を作り、地も層を作り、人も骨、内臓、筋肉、脂肪、肌と層を作るように、茅葺も、また、層を作っていく作業の繰り返しであるのは確かなことではあるが、地「層」あるいは、血「層」ができるということは、積み重ねが多ければ多いほど、複雑なものや、新しいものが表層にひょっこりと生まれてくるものなのかもしれないなどと唐突に思う。

 今の今の今、私は、私の中を経巡るような、新しい時間の層を、生きているようなのだ。

 










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by akikomichi | 2018-06-05 20:54 | 詩小説 | Comments(0)