人気ブログランキング | 話題のタグを見る

「鴉の復讐」

鴉が駐車場にいた。
高速のサービスエリアでのことだった。
男が、鴉の後をつけるようにのろのろとトラックで追いかけ始めた。
鴉は最初、ほんの遊びのようについてくる車の前をひょいひょいとはね飛びながら先導する八咫烏のようであったが、その八咫烏を轢き殺さんばかりに加速し出した男のトラックの殺気を感じたのか、黒々とした羽を広げ、低空飛行しながら、道の向こうに飛んで行った。
男は、瞬きもせずに、鴉がさっきまでいた場所を見ていた。
男の中では、横たわる鴉が見えているかのように。

それから男は、高速を走り出した。
今日中に終わらせてしまわなければならない現場が待っているのだ。
鴉を追いかけている暇などないというように、何事もなかったのように、高速を走り続けた。

現場について、男は、足場を作り始めた。
玄関のところから始めた。
玄関の向こうの、仄暗い闇の中に、さっきの轢き損なった鴉が横たわっているような気がしながら。外壁の塗装のために、足場を作り続けた。
壁の周りを一回りしたら、このなんだかわからない息苦しさが少しだけ軽くなるような気がしていた。
男の中のどす黒いものをぐるりと囲いこむように。
金属のすかすかの結界を作るかのように。

あいつが。
あいつがいなければ、俺は自由になれる。
あの鴉を追いかけ回すように、あいつを追いかけ回し、首を、手を締め付け、殴り倒した。
昨日のこと。
あんまり、俺の心の内を言葉にしすぎるのだ。以心伝心のように、俺のやろうとすることを先回りして言うのだ。
気に入らねえ。全くもって、気に入らねえ。
別にわかっているなら、言葉にしなくてもいいものを。

男は、白目がちな目だまをギョロつかせながら、金属の足場を、一本の枝を集めては巣を作る鴉のように、一本、一本、蔕に噛ませながら、積み上げていった。

壁を黒く塗りつぶすのだ。
鴉とその影をも塗りつぶすように。
それとも、焼き杉の方が良かったか。
二、三メートルの杉の板を三つ角を合わせて、三角柱にしながら、荒縄で縛って固定いさせ、その筒状の中に、木くずや藁を突っ込んで、火をつけるのだ。それから、合わさった板と板の間に隙間を鎌で作り、風を送り、火をけしかけ、炎となり、そのうちを黒々と焼けただれるまで燃やし続けるのだ。
そうして、炎が筒の上から鎌首をもたげてきたところで、逆さ釣りにするように、その三角柱の中の炎が逆流して焼け具合が均等になるようにするのだ。
燃え尽きてしまわないように、ある程度燃えてきたら、今度は水攻めをするように、杉の板を近くを流れる小川の水につけて一気に冷ます。
湯気が出てくる。黒炭になり息絶える手前の板を救ったのか、手遅れなのかは、その後の表面を削る作業が教えてくれる。

ここは、天国ではなく、地獄のようだな。

しかし、焼かれながらも杉の板は、家の壁を生木のままよりも長く包み込んでくれる。
宇宙に浮かぶ星々が闇に包み込まれているように壁をぐるり黒々と包み込むのだ。
ねっとりとした鴉の黒々とした目のような油性塗料の黒か、干からびた鴉の羽のような焼けた炭の黒か、どっちみち、暗いのだ。

この冬の寒さのせいかもしれない。
男は思った。
流行り病のことを、毎日のように、テレビで垂れ流している。
今日何人、病気にかかった。
今日何人、死んだ。
不要不急の外出は控えましょう。
俺たちにとって、不要なことなど何もない。
不急のことはないにしろ。

真昼を知らせる音楽がなり始めた。
夕方の五時であったら、七つの子の歌がなるはずであったが、昼はやけに明るい音が鳴るのである。

お昼にしましょう。

あいつが声をかけてきた。
あいつが作った梅干しとおかかの握り飯だけでは腹が減るので、サービスエリアで、鶏めしを買っていた。
弁当の入った鞄を開けると、透明なプラスチックの箱があった。
鶏めしがなくなっていた。
なんども、やられていたのに、久しぶりに、油断していた。
あの鴉どもが、また、盗み喰いをしていたのだった。
上手に、チャックを開けて、ご丁寧にプラスチックの箱は残したままで、中身だけ、空洞にして、何もなかったのように、そこにあったのだ。

あいつは、自分で握った握り飯を頬張っている。
一つだけ俺に手渡しながら言った。

鴉が喰い散らかしたみたい。
鶏めしの中身が何もない。
鴉が鶏を食らうなんて。
共食いの一歩手前みたい。

別に。いつものことだから。

あの轢き損なった鴉の、魂のようなものの、一つの復讐のような気が、どこかでしながら、握り飯を頬張っていた。





by akikomichi | 2021-03-13 00:09 | 詩小説 | Comments(0)