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「夜の釈迦岳、夜明け温泉」

 その日は、すこし寒かった。
 夜明け温泉に入ったあと、夜の釈迦岳に行こうといったのは、私ではなく、友人であった。
 友人は、家族と離れて暮らしていた。
 結婚を卒業したような、家族を卒業したような、人生を卒業したような、日々を送っているが、みるからに心も躰も自由であった。
 一度は、私と一緒に暮らそうとしたが、友人でありつづけるためには、一緒にいることは無理であることに、お互いに思い至り、それからは、今まで通りに、会いたいときにどちらからとなく連絡を取り、しばらくあっていなくても、いつもいてもいなくても、そこにいたように、お互い話し始めるのだった。
 その夜もそうであった。
 突然、連絡があり、夜明け温泉にいこうといったのは、友人であった。源泉かけ流しの鄙びた大衆浴場で、演歌が厳選かけ流しになっていて、心も躰もゆるゆるとぬくもっていくのだった。
 薬湯があり、草の香ばしさにつつまれながら、躰の節々がひりひりとしてくるのを感じ、そろそろと線を描くように流れ続ける源泉に打たれにいくのだ。
 頭のてっぺんの天柱からはじまり、鳩尾、脹脛、足の甲、爪先、踵までぐるりと見えない線をえがくように、打たせ続けるのだ。
 私は、見えない線を描き続けていた。
 獣のように、はいつくばって大きな岩をみたり、あおむけになって天井をみあげながら。
 声にならない、叫びにもならない言葉をさがしていたようにも思えた。うたにもならない湧き上がる源泉のようなほとばしるもの。

 その線は源泉に繋がっていた。

 地の底からやってくるようなどろどろとした熱を伴ったもの。

 それが、すっかり冷めてしまったのは、釈迦岳の辺りを見渡せる程の高みのせいであったのかもしれないが、湯冷めしただけではない、心と躰の湯上がりあとのゆるやかな冷えを、夜明けのあとに、いつのまにか夜になってしまうような、目が覚めたのか、睡ったままなのかさえわからないような、休日の間延びした時間間隔のようなものを、まがりくねった山道を上りながら感じていた。

 友人は釈迦岳の中腹でいった。

 つれあいは私の現実にはいなくなった。
 いまひとりでいきている。
 いままで自分を喜ばすことをしてこなかったから、自分だけを歓ばすことに、今は満足している。

 私は、友人と同じ気持ちであったが、まだ、私の中には、ひとりではないなにかがあった。それは、家族というものであったかもしれないし、もしかして、体の中を経巡るみえない源泉のような、赤い血にも潜んでいる記憶のようなものかもしれなかった。
 自分だけではない何かに突き動かされているようにも思えたのだ。
 今、ここにいるということは。

 星は相変わらず見えなかった。
 薄くぼやけたままの夜なのであった。

 ここ、釈迦岳にあった風車は、なくなっていた。
 風力発電の試みがあったものの、収支の割が合わなくなる前に、撤去されたのだという。
 その後には、石碑のようなものがたっていた。

 風が吹いても、うごかない、固まった記憶のような言葉が刻まれていた。

 やっと、ヴァージニア・ウルフの「燈台へ」を読み終えたばかりであったからか、この記憶のなかで回っていた風車に対する思いは、燈台へ生きているうちはいけなかった、こどもを育てて、五十に届くか届かないかで亡くなったある夫人の燈台へのあこがれにていると思った。風車がそこにあるのは知っていながら、とうとう回っている風車を見ずに撤去されていたからなおさらであった。

 毎日のように、あの燈台へいつになったらいけるのと幼いこどもに聞かれて、明日には行ければいいけれど、と、こどもに言うには言うが、哲学者の夫は明日は天気が悪いからいけないと言い続けているうちに、とうとういくこともなく、なくなってしまうのだ。

 そうして、なくなってしまったものの願いを叶えるために、残されたものは、なくなったものの記憶とともに船に乗り、燈台へと向かうのだった。


 なくなった夫人の友人のリリーは、老嬢になり、夫人の暗に結婚することが人生そのもののように、しあわせそのもののように、しきりと薦めたがっていた結婚もせずに、絵を描き続けていた。

 女には繪は描けない、ものは書けないという男のものいいをものともせずに。

 リリーは、夫人の記憶とともに未完成であった一枚の繪を完成させた。

 真ん中に線を描いたのだった。

 その線は、おそらく空と海の境界線であったとおもう。

 あるいは、夫人と夫を分ける線、夫/人というななめの線のようなもの。

 愛していると一度も僕に言ったことがない。

 と哲学者の夫は夫人に言う。ただ自分を愛していると言ってほしいがために。

 しかし、夫人は最後まで愛しているとは言わないままで、ただほほえんで、そこにいるだけであった。

 リリーは、夫人を亡くした哲学者の夫が、夫人の愛の代わりのように同情をだれかれかまわずねだるのが我慢ならなかった。

 絶対に、同情はしない。

 リリーは誓うように、世間と線をひくように、繪の中に一本の線をひいたのだった。

 私は、また、夫人があこがれていた、燈台から溢れる、闇の中の一筋の光の線を思った。

 闇の中だからこそ、みえる線も、またあるということを。

 夫人は真昼の水平線の上を船で渡ることはできなくとも、夜の闇のなかで心だけは、燈台へと向かっていたのだ。


 私と友人は、暗闇の中、もう回ることのない幻の記憶の中の風車を探して、ここに向かってやってきたように思えた。


 私は、なんとはなく、夜明けがくるまで、ここにいようと思った。

 ここからはみえない、坂道の向こうの水平線の上を、風が吹いているのを感じるように。


 あかんぼうをうみたかったの。

 突然、友人は言った。


 あかんぼうをうみたかった。うまれてこなかったあかんぼう。うまれるまえになくなってしまったあかんぼう。ゆめのなかのあかんぼう。うみたくてもうめないひとがあるというのに。うめるのにうまないのはどうかとおもうの。

 友人は、悪夢から逃れる呪文のように、つぶやいた。


 私は、友人と自分との間に、友/人と線をひかれた気分になっていた。


 男は自分の分身がなくなっても何も思わないようなの。もともと、みえないものだから。源泉かけ流しのように、どろどろと流れていく自分の中の自分の細部をそれほど思い描くことはないの。女は自分の分身だけでなく、男の分身も受け入れるのだから、おもいえがくどころか、運命共同体であり、そのものと生きていく。すくなくとも、その分身たちが、体内に留まっている間は。だから、重たい。重みを感じながら自分のなかでそだてていくのだから。男は、身軽になるばかりだというのに。


 友人はいった。


 恋人や愛人とは別もので。
 家族になるということは、運命共同体になるということ。分身と分身が出会って。分かれていたものをいったんひとつにしたもの。こどもはその確たるもので、こどもが家族の強い核になって、ひとつの運命共同体の形をつくるの。


 私は思った。


 今、ひとりで、運命共同体としての家族はあなたの現実からいなくなったのなら、あなたは運命そのものになったということか。


 私もまた、冷え切った躰で、夜明けを待ちながら、運命そのものになっていくことも、そんなに、わるくないと思いはじめていた。


 最後には、みなそうなっていくようにも思えたのだ。

 そうして、燈台や風車は、運命の輪のように周り続けながら、ときどき、くらやみでみえないものやしけでなくしてしまったものやしあわせのようなものを、ふうっと思い出させるものなのだ。と。

 

 
 





 

 



by akikomichi | 2018-03-05 14:47 | 詩小説 | Comments(0)