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果樹園を作りましょう

果樹園を作りましょう
あなたは無花果
私は桜桃

楽園を作りましょう
あなたは鹿のように軽々と飛び跳ね
私は鳥のように花の花粉と香りにまみれ

茅葺の家に住みましょう
生き物が寄ってくる巣のような
ともに生きている家に住みましょう

囲炉裏を作りましょう
みんなで積み上げたぐり石の上に
灰を敷き詰め炭で茅葺の屋根を燻しましょう

我々は幸せでいましょう
我々が皆で幸せで少しづつでも安心していれば
世界も宇宙も安心してくるでしょう


# by akikomichi | 2020-03-28 21:30 | 詩小説 | Comments(0)

親方お疲れ様でした

親方が83歳を前にして体力的なこともあり、三月で今のように毎日ではなく、茅葺から少し離れられるとのことで、お疲れ様会を仲間とともにした。

親方は思い残すことはないとおっしゃっておられたが、我々に、根気よく接していただき、いい仕事を拝見できた幸せをかみしめている。

親方に何度となくしかられながらも、今までやってこられたのは、茅葺の本物に接することができる喜びがあったからだと、思わずにはいられないのである。

仲間とも、本音で話すことができるようになってきたのも嬉しい限りで、これからも、茅葺を愛する仲間とともに、親方の意志を継ぎ、茅葺を愛でながら、皆が平和で仲良くほのぼの生きていけるように、思いを込めて、楽しんで作りながら、いろいろなものを創造しながら、生きていきたい。

# by akikomichi | 2020-03-28 21:13 | 詩小説 | Comments(0)

坂本繁二郎の生家

坂本繁二郎の生家の茅葺の補修をさせてもらった。

谷の部分を重点的に、棟の杉皮が抜け落ちていたところも差して。

谷は、ところどころ、杉皮を挟んで、強度を増して。

雨風で、殺がれた面を、元のふくらみに戻して。

我々は、屋根を修復していく。

素晴らしい屋根とその内部も拝見した。

茅葺の屋根裏が見られるように外した天井を見上げた。

内も外もいい具合で、まだまだ、生きながらえてくれるいいお屋根である。

ぐるりと中を拝見させてもらい、繁二郎の描いた淡いトーンの馬やリンゴの絵、それから繁二郎の父上が描いた戊辰戦争の襖絵の上に落書きした青木繁の鯨のようなもののレプリカもあった。

そこで暮らした人の気配を感じるような、もの静かな美しい家であった。

# by akikomichi | 2020-03-06 20:37 | 詩小説 | Comments(0)

古民家再生

杉皮葺の古民家の再生に取り組んでいる。

大工の佐藤さんや兄弟子の上村さんや森松さん、倅とともに、今、基礎工事を行っている。

ちょっとした、「結」の団結を感じながら、力を貸してくださる方々に感謝している。

根太などにシロアリ予防の塗料を塗ったり、土間を再生するべく、リフォームされたところをはがしたり、掘りごたつのあったところを壊したりして、その後に、囲炉裏を作る予定である。

自分の自宅兼仕事場として暮らしていきたい。

自分で再生していく過程を肌で感じられるのは、嬉しいことである。
自分の人生を作っていくようで、人生の本当の楽しみを味わっている。
何をするのも、楽しいことは、稀有なことである。

里山は豊かである。
何でも揃っている。
昔住んでいた方々が残してくだっさったものの豊かさに感謝しかない。

先日、蓋がされていた場所に井戸があることに気づいた。
譲って頂いた時には、気づいていなかった小さな井戸ではあったので、喜びもひとしおであった。
これで、水道が通じなくても、生きていけるというものだ。

茶を蒸す竃のようなところで、廃材を燃やしていると、家が息を吹き返したような。
水と火が一度にやってきたようで、ここで生きていく準備が整ってきた、徴のようで、ありがたかった。

木炭や竹すみも、ワサビなどを作っておられる佐藤学さんや、久留米から移住されてきた中島さんが日田の炭焼きの火を絶やさないよう取り組んでおられる貴重なものを譲っていただいたものを使い、湿気を防ぎながら、空気やその場の浄化作用を促せるように、家の床下に細かくしたものを敷いていく予定である。

杉皮葺や茅葺の家そのものの保存はもちろん、茅葺の日本だけでなく世界中の資料を保存する場として、資料館的な役割を担うとともに、杉皮葺で使う杉皮を切ったり、茅に直接触れたり、竹墨なども作ったり、お茶摘みが出来たり、といった体験ができるような、あるいは、歌を歌いたい人は歌ったり、文学系のイベントなどができるような、里山を愛でながら楽しむ場としていきたい。

できることならば、どなたでも、興味のある方が、訪れることができるような、開かれた場にしたいのだ。



# by akikomichi | 2020-02-29 21:47 | 小説 | Comments(0)

雪の茅刈り

雪が降り出した。
茅を刈っていた。
昨日刈った茅の上に雪が降り積もり出した。
早く軽トラックに積み込もう。
茅が雪でしとしとならないうちに。
倅も加勢してくれた。
コンパネを両サイドに立てて
軽トラックの運転席の後ろにもとを向けて投げる
ごっふっ。
ごっふっ。と50回ほどは音をさせ。
同じ茅場でも太さも長さも違う茅を積んで。
ロープで締めて。
古民家へ連れて帰ろう。
これからわれらとともに生きていくのだ。
茅場から我が家の屋根の上で、
われらとともに生きなおしていくのだ。
茅場では立って屋根の上では寝転んで。
雪に吹かれて、雨に濡れ、風に乾き、太陽に照らされ。




# by akikomichi | 2020-02-07 16:08 | 詩小説 | Comments(0)

中村哲さんのお別れ会

今日、中村哲さんのお別れ会に伺った。

あまりの人の多さに圧倒された。

それほど、皆が、全国から最後の別れをしに来られたのだった。

皆さん、それぞれの中村哲さんへの思いをお話しされていた。

そこここに中村哲さんの魂が在ったか、どうかは、定かではないが、ただ、ご冥福をお祈りしてきた。

# by akikomichi | 2020-01-25 22:54 | 詩小説 | Comments(0)

朝顔




# by akikomichi | 2020-01-10 08:19 | Comments(0)

幸せ

幸せなのは 桜桃の味 を知っていることです
夜明け前 大きな土まんじゅうのような山をさまよって
自分がすっぽり入る穴を掘り中に入って
美しい夜明け前の空を見上げることです
映画のことだけではありません
幸せなのは 桜桃の味 を知っていることです
世界は美しく 甘露に溢れていると気づくこと
そこにあるものを慈しむこと
気持ちを合わせること
心を通わせること
幸せなのは 桜桃の味 を知っていることです


# by akikomichi | 2020-01-10 07:17 | 詩小説 | Comments(0)

じいばあと孫

じいばあと孫カップルの食事会 微笑ましきかな 幸せの姿


# by akikomichi | 2020-01-05 23:26 | 短歌 | Comments(0)

井筒俊彦のドキュメンタリーを拝見した。

イランで井筒俊彦のドキュメンタリー映画が制作されたということを知った。

井筒さんがイランで研究されていたのは存じ上げていた。

井筒哲学の根底にあるものは「無」であるということ、東洋哲学と西洋哲学の融合的なものを考えていらしたということは、なんとはなしに存じ上げていた。

我々家族が父の仕事の関係でイランに滞在していた時期も、井筒先生のいらっしゃった時期と被っていたのはなんとはなしに知っていたが、その時期、先生がイラン滞在中に世界中から学者が集まり議論するエラノス会議にも参加されていて、そのエラノス会議を主催していたのがユングだったのは知らなかった。

ちょうど、年末から、なんとはなしに、ユングの「道」の本、『黄金の華の秘密』を読んでいた途中だったので、共時性を感じずにはおれなかった。

イランの方々は日本人以上に井筒俊彦を愛しておられるようで、不必要な諍いを煽るものがいる一方で、真摯に取り組まれ続けた心を思った。

根っこの部分で繋がっているものをひたすらに希求する心を破られようが心をなくせと言われようが、自分の中にある心を超えた、何ものかにたどり着こうとしたものの中にある一体感のようなものが、我々が求めているものであるような、それこそが「道(タオ)」であるような、空洞の、無の空間でありながら、あらゆるものが去来するものこそ、この世の姿であるような。




# by akikomichi | 2020-01-01 11:06 | 詩小説 | Comments(0)

ペシャワール会の事務局もされている石風社の福元さんを倅と一緒に訪ねた。


10年ほど前に詩や小説を持って伺った後に、伊藤さんが亡くなり、ずいぶん、ご無沙汰していたので気になっていたのだが、今度の中村哲さんのこともあって、やっと決心がついて伺った。


髪が白くなっても、以前と変わらない、優しい福元さんであった。


私に福元さんの本をくださり、漫画を描いている倅には漫画の本をくださった。


哲さんのお別れ会のようなものを来年、西南大学のチャペルでするのでおいでと言ってくださった。

哲さんに会いに行きたいと思う。

それから、10年越しの私の本の出版の話をした。

詩は手直しはしない約束だったが、小説の方は、戦争の話だったこともあり、唐突に書かれたもののような、そぐわないようなというふうな話をされたのを思い出した。

あれから今まで、書き続けてきて、住む環境も激変し、書くことも、少しずつ変化していき、今なら何を書き残したいのかを自分に問いかけるように、本を作ろうと思った。


今、石牟礼道子さんの集大成の本を作っていると、福元さんはおっしゃっていた。


それが終わると、取りかかれるということだったので、自分としては、何とも、ありがたいことであった。

私の本の表紙をペシャワール会のカレンダーの絵を描いていらっしゃる甲斐大策さんに描いていただきたいと思っていたら、甲斐さんが今年の一月に亡くなっていたということをお聞きし、愕然とした。


また、甲斐さんにお会いして、甲斐さんのお母様に単位でいるので大学時代で始めたピアノの話や甲斐さんの絵の話などもしたかったのであるが、もう、あの射抜かれるような眼差しを直接感じることはできないのだ。

イスラム教徒だったけど仏教でお葬式したと福元さんは、いった。

哲さんはキリスト教徒だったけど、イスラームの国で、イスラームと共に暮らしていた。

宗教も、人も、心情も、無意識も、意識も、その人の心の中で生かさていればいいのだと思った。

私の中では、今も人としての、哲さんも、石牟礼さんも、甲斐さんも、生きているままである。





# by akikomichi | 2019-12-18 22:27 | 詩小説 | Comments(2)

おばあちゃんのじゅーす

秋月の現場でいらんくなった茅くずと竹の穂先ば
近所のおばあちゃんにあげたと
軽トラに積んでから
おばあちゃんは赤子んごとの笑ってから
芋ば作りよるけん
そこいらば軽トラでふんだらいかんばい
といいよらしたと
茅くずば毎日毎日
やまんごともって行きよったら
もうよか もうよか
あんまり積み上げとったら
燃したいと思うもんがおったらいかんけな
といいよらしたと

それからおばあちゃんになかなか会えんごとなったとやけど
秋月の最後の日に
おばあちゃんが門のところからなんかを探しよらしたと
もしかしてなんか用事でもあるんかいなと
おばあちゃん こっちこっちこっち
と木の枝からひょっこりさんしたら
おばあちゃんが
じゅーす買うちゃる
といいよらしたと
ふるさとのばあちゃんがいっぱい詰まったような
あったけえかあいらしか声でくさ
最後のお掃除ばしよったら
なんか知らんばってんが次から次に涙が出てきたと
心からじゅーすが飲みたかったけんかもしれん
三時の休憩の時
おばあちゃんからもらっとったのはお茶やった
まっこと上手そうなお茶やった
もったいのうしてから
まだとっとるとよ


# by akikomichi | 2019-12-15 19:31 | 詩小説 | Comments(0)

秋月

秋月の武家屋敷久野邸の茅葺屋根の葺き替えもいよいよ終わりに近づいてきた。

名残惜しいのは秋月で出会った方々である。

武家屋敷の管理をされている井上さんご夫婦を始め、現場監督の菊池さんには大変お世話になったのはもちろん、人としてそのまんまで接して頂き、すのままで関わっていただけたことに心から感謝している。

武家屋敷の祖先の方々とご縁のある久光製薬の会社の方々も、熱心に、愛着を持って、茅葺を見守ってくださり、ありがたかった。

また、近所の古美術商の方たちも、面白く、癖のある、味のある方々ばかりであった。

徐福伝説の話をしたり、釣りの話をしたり、古墳の話をしたり、尽きることない話で、すっかり皆さんと仲良しになれた。

友達が迎えに来てくれるまで待っている間、ふらりと立ち寄った角打ちのできる酒屋さんで、近所の方々と遠野物語の話をしたり、秋月物語という映画の話を聞いたり、語り合えたのは貴重な体験であった。

蕎麦屋のご主人、奥さんがたも美味しい蕎麦や蒸し雑煮などでほっこりさせていただいた。

人との出会いが濃密で、人と出会えて、いろいろ心が自由になれた。


茅葺の屋根を作る前に、一人の人間として、幸せであった。

屋根を作れる喜びもまた、噛み締めて。

どこまでもどこまでも成長し続けたい。

打ち上げをしていただき、肉を屠る。

上村先生、ごちそうさまでした。

頑張った、皆さん、お疲れ様でした。

いろいろ、激突もあったけれども、こうして本気で怒ったり泣いたりできるのもありがたいことと思えてきた。

日々、勉強、日々、精進。

心は自由なままに。

2月に秋月はお祭りが目白押しのようで、その時に遊びにおいでと井上さんがおっしゃってくれたので、楽しみがまた増えた。


尊敬する秋月の歌うたいのくらっちさんが歌っていた、

ベストとは言えないが、最善のことを尽くしたいな

というフレーズが頭の奥深くで、ずっと鳴り続けているようで、これからも、その心意気でやっていきたい。





# by akikomichi | 2019-12-14 23:47 | 詩小説 | Comments(0)

きのせい

庭師の人が
きの薬をぬっていた
太い枝を切り落とされた紅葉の木に
傷はことのほか大きく
薬の色もいよいよ濃くなって
樹血の滲んだようなどすぐろさ

きのかさぶたの下にある
傷をのみでほじくり返して
きの幹に穴を穿つ
その穴を年輪を作る速度で
なんか月もなんねんもかけて
塞いでいくのだ

最初から何も
なかったような
あったような
きのせいだと
幻肢痛を撫でさすりながら
口をすぼめてみせるような






# by akikomichi | 2019-12-08 01:30 | 詩小説 | Comments(0)

夢をみとった

おばあちゃんが
ゆくえしれずになった
もう向こうへ行ってしまったかもしれない寒さの中
靴と鎌を見つけたしょうぼうだんいんさんが
目をつむったままのおばあちゃんを見つけた
おばあちゃんは目覚めたように
ゆずを取りに山に入った
防寒服ばきとったけ寒くなかったと
家に帰った夢をみとった
といった

アフガニスタンで井戸をほっとった人が
亡くなった
彼らの肉体に
銃弾で掘られた穴から
血を汲み取ることはなく
生贄になった
死に追いやったものは
死にものぐるうだろう
井戸を掘る夢をみとった人の影に怯えながら
干からびた魂のまま
夢も見ずに
ものぐるうだろう





# by akikomichi | 2019-12-06 00:14 | 詩小説 | Comments(0)

新しい人々に

新しい家族が増えるこの師走
新しい人が生まれるような
新しい望みが溢れ
新しい人々に幸あれ

# by akikomichi | 2019-12-01 23:11 | 詩小説 | Comments(0)

アートの森

アートの森に行ってきた。

写真家の石川直樹さんの写真を拝見した。

ラジオで話をしているのをお聞きし、写真も拝見してみたいと思っていたところであった。
文化人類学的見地もさることながら、そこにしかたちあらわれないものを訪ね歩いて、見たままを写し込んだ残像のような、映像世界。

命を張って登る白い雪山の空の世界かと思えば、命を向こうから運んくるような人や植物を産み育めるあたたまる気の世界が極をなしている。

その間を漂うのが人なのだとばかりに。

山から海までの空の間を、わたりあるく写真。

体と息遣いがあって初めて像を結んだ映像。

そこに立ち現れてくるのを待っているのは、時の方なのだと、その瞬間が命なのだとでもいうような。


蔵書の展示もあり、学生時代に読んだダイアン・アッバスやレヴィ・ストロースがあり、彼をうごかしたであろう背景が、本にも見え隠れして、殊の外、面白かった。


外の常設展示も、森に溶け込んで、いつか遺跡のようになっていくのを企んでいるようで、原初の森との調和をめざしたものと、原色の個性そのものの人造物とのコントラスト、というより対極感が、際立っていた。

# by akikomichi | 2019-11-24 22:19 | 詩小説 | Comments(0)

「秋月の秋」

秋月の秋が紅く滲むように深まってきた。

秋祭りの最中、人が行き交い、武家屋敷の茅葺に、茅葺の武家屋敷に、足を運んでくださる。

その中で、懸命に屋根を葺く。

一振り一振り、懸命に、気を入れながら、両手付きで、つきながら。

秋の風の吹き抜ける屋根の上、もう直ぐ棟までのところになってきた。

今年の秋は殊の外、美しく、深々と紅く滲みゆく。





# by akikomichi | 2019-11-24 21:42 | 詩小説 | Comments(0)

秋月の武家屋敷と民家

秋月の武家屋敷久野邸のふきかえの途中である。

解体がようやく終わり、これから瓦屋さんが入り、その後、我々の下地の行程に入る。

庭の柿の実やミョウガをいただき、秋を感じ始めた最中、台風がやってきたが、すやねも邸のやねも無事であったのが何よりであった。

その一方で、久留米にあるとある民家のやねの隅が台風の影響をもろに受けたということで補修工事を行う。

おたくの敷地内にある倉庫のトタンやねが吹き飛んだものの、人に当たることなく道の上に落ちたのが不幸中の幸いであった。

二日かけて、本宅の杉皮を丁寧に積み上げていき、補修も無事終わった。

台風の影響があったところの修復も大切な屋根を守る仕事である。

歴史を感じながら、その家に住まう場所として息づいている魂のようなものを肌で感じられるこの仕事が本当に好きである。

そこに住まう方々がまた、素敵な方々ばかりで、心がほっこりしてきて、私の奥底から、何かが変わってきている気がしている。

誠にありがたいことである。

# by akikomichi | 2019-09-27 22:28 | 詩小説 | Comments(0)

三浦梅園の古民家

三浦梅園の古民家に行った。

梅園の家の土間が殊の外いいと先輩から教えてもらったからである。

確かにいい土間であった。

おくどさんも毎日のように火を入れているようで、暖かかった。

お台所は銅で流し台を覆い、その下は木造りであった。

私の手に入れた古民家では、モルタルで流しを作ることを考えているが、風呂もモルタルにして水回りを統一感を出していこうと考えているところで、熱伝導や保温にはあまり向かないのではないかと先輩に指摘されて、銅で覆うことも、視野に入れてみようと思われた。おくどさんと一体化した風呂を作ってみたいのだが、それも、いろいろ形を考え考え、出来うる限り、実現可能な形に持っていきたい。

当然のごとく、風呂場は、仕切りが曖昧になるであろうから、目隠し程度に竹をあしらってみたいと、想像的創造を練りこんでいる最中である。

楽しみは、じっくりと。

梅園という名前からにじみ出たような、壁の色が薄梅色で、なかなかいい塩梅であった。。壁を色で楽しむというのもオツなものである。

梅園は医者の家に生まれ科学者のようで、哲学者のようで、詩人でもあったようであるが、花を知るには、本で読むより、お花畑に行け。というようなことを言っていたという。

その心意気をも、家に表現してみたいものである。

手心を加えつつ。


私の好きな分析心理学の開拓者であるユングは、曼陀羅や東洋思想を無意識領域の道しるべのようにしたり、シンクロニシティの概念や夢の分析などを自分の体験から作り上げていったが、その晩年には、石の家を自分で作っていったと言われている。

私も同じように、杉皮葺の家を自分の手で、思う存分、愛デンティティの総仕上げのような心持ちで作っていきたいものである。



# by akikomichi | 2019-08-28 10:58 | 詩小説 | Comments(0)

古民家再生

古民家再生。を試みつづけている。

自分なりの。

仕事でももちろん。

小国と九重の古民家も補修させていただいた。

小国は、北里柴三郎の記念館の近く、ぬる湯温泉近くの古民家であった。

土間にあるおくどさんの火を灯し続けているお宅でもあり、すすが屋根までしみていて、屋根にとっては、いい塩梅になっているようであった。

屋根だけでなく、おたくの隅々に意匠を凝らしており、昔の職人さんの心意気を感じさせていただいた。

九重の古民家においては、ご自分で材料を揃えたり、「てご」をされたりして、家主さん参加型の補修であった。

もともと農業をされている方なので、自然と体が動くようで、屋根にかかる木の枝をバッサバッサと切り落としたりもお手の物で心強いことであった。

昔の方々は自分の仕事として、屋根を葺いていたので、その延長線上にある、身近なことであると、改めて思わせていただける体験であった。


実は、私も、あの蛍の舞う道の近くの杉皮葺の家を譲っていただけることになり、手に入れることができ、喜びもひとしおなのであるが、偶然のことであったが、九重の古民家の家主さんの奥様のご親戚で、ゆかりのある古民家であったと奥様からお聞きし、この偶然は、必然であったようで、こうやって、緩やかに、しかし確かにつながっていく、見えないけれど、見えてくるご縁に導かれているようで、いい出会いを続けられる喜びは、このままずっと続いていくであろうことを予感している。

まずは、土台からやり直していくつもりである。

自分の手で土台から手がける初めての、何ものにも変えられない貴重な体験なのである。

自分の出来うる限りを全て注ぎ込んで行きたい。

そこで得られる技も形も見えるところも見えないところも全て、私の宝物である。

# by akikomichi | 2019-08-28 09:35 | 詩小説 | Comments(2)

宗像の亀の尾酒造さん

宗像の亀の尾酒造さんの補修を行なっている。

宗像で暮らしていたこともあり、まさか自分の故郷と言える場所で、茅葺をふけるようになるとは思ってもいなかったので、嬉しさもひとしおである。

軒から、屋根の半分くらいまでの茅を剥いで、葺き上げていき、それから半分等は差し補修をしていったが、雨の影響を受けつつも、明日で終わるまでのところまでようやくやって来た。


今日もおばあちゃまが始まりと終わりころにやってきてご挨拶しにきてくださった。

おばあちゃまはいつも終わりころになるとやってきて屋根をじいっと見ている。

亡くなったおじいちゃまの思いと一緒に、眺めているようで。
いい屋根になるように、我々と助っ人のお二人とともに、自分たちの出来うる限りの仕事をさせていただいたつもりである。

おじいちゃまの丹精込めて作った酒とそのお酒を育んでいた屋根が出来上がって、亡くなったおじいちゃまも嬉しがってくださるように。



おじいちゃんの魂のようなものが注がれたであろう亀の尾さんのお酒は仕事が終わってじっくり味わいたいところであるが、先日、酒粕を有効利用して奈良漬を作られているのを手に入れて、いただいた。

お酒の香りが染み付いて、酔いが回ってしまうようであったが、今までいただいた奈良漬とは違う顔の見える奈良漬を頂ける幸せをかみしめていた。

ものを作ること、顔の見える良いものを作ること、いつまでも続いて欲しいものを作ること。の幸せをかみしめて。




# by akikomichi | 2019-08-25 23:42 | 詩小説 | Comments(0)

「さくら」

を読んだ。西加奈子さんの。

この「さくら」に出てくるさくらはある家族が飼っている犬である。

ところどころ、「さくら」を忍ばせ、物語は犬と散歩をするようにゆっくりと進んでいく。

今までうまく回っていたと思われた日常が、妹が愛するあまり兄に送られてくる手紙を隠すことから、ちょっとずつ、狂っていき、愛されすぎた兄は首をつって死に果てる。

さくらは家族ではあるけれど、見世物を盛り立てる観客としての「さくら」でもあり、さくらんの一歩手前でもあるような、小さな小さな愛のかたまりのようで咲いては散ったさくらのようで儚い想いのようで。


西加奈子さんとは、おそらく同世代であると思われたが、読み進むにつれて、同時代に、あのイランイラク戦争を体験したのではないかと思わせた、喪失感の物語に、心がヒリヒリとしてきた。

私は、小学生の頃、父親の仕事の関係で、中近東のイランに4、5年住んでいたのだが、西加奈子さんもまたイランに住んでいたことがあるということをどこかでお聞きし、きっと、同じような死に「ものぐるい」の思いをし、同じような時を過ごしていたに違いないと思われたのだ。

日常が、ガラリと変わって非日常と思われた爆撃も、いつの間にか、慣れ果てて、それが日常になっていく様を見たような。

(私の場合は空からやってくる、無差別に殺しにやってくる悪意に満ちた)狂っている世界であっても、(空をゆく白い雲のようなそのまんまの)狂っていないものを必死に感じていようとするような日々を過ごしたのではないか。という確信のようなもの。

なぜ、そのような確信のようなものを持ったのかというと、在イラン日本人学校に西先生というペルシャ語を教えに来られていた日本人女性の先生の面影を、「さくら」に出てくる家族の、母親に見たからでもある。

違っていたら恐縮であるが、ご本人にいつか確認してみたいと思いつつ、もしそうであるならば、いつか、その当時の話もできることならしてみたいと思われた。

同じような思いをするものがいるという、今まで、家族のもの以外には、誰とも共有することができなかった、多感な頃の、爆撃体験を語り合うことができるかもしれないという、一人ではないという、ささやかな安心感のようなものを、初めて、同世代で感じることができるのかもしれないという期待感を持ちつつ、自分の中で失われた時や思いをどう取り戻していきたいのかが、物語をかかずにおれないものたちの肝、あるいは宿命のように思えて、だからこそ死ぬまで書き続けるのだろうと、思わずにはおれなかった。



# by akikomichi | 2019-07-11 22:51 | 詩小説 | Comments(0)

線香の

線香の赤い先からたちのぼる 白い煙のような魂
# by akikomichi | 2019-07-02 22:03 | 短歌 | Comments(0)

「杉皮葺の家の魂」

杉皮葺の家の近くを散歩していた。
蛍が魂のようにたゆたっていた。
蛍の魂は、きえゆくから美しいのだろうかと思いながらも。
小さな光の粒のような魂の明滅にぼーっとしていた。

今日、西加奈子さんの「まく子」を読んだ。
「永遠」に生きながらえてしまうという宇宙人。
持て余す永遠をどうすればいいかわからない宇宙人は、地球に永遠を放棄するか続けるか判断しにやってきたという。
何かを「まく」のが大好きな宇宙人。水をまく。石をまく。
小さな永遠から大きな永遠になっていくことがわかって、多分、思いの塊、魂もまいて帰って行った。という話。

杉皮葺の家を大切にされていたおばあちゃんの魂のような淡い蛍の光が家の方に帰って行った。
こっちにおいでと言ってくれたようで、嬉しかった。

このうちに住ませてもらうことになるかもしれないので、ご挨拶にやってきたのだ。
ここを愛した魂もまた一緒にいられますように。



# by akikomichi | 2019-06-17 23:57 | 詩小説 | Comments(0)

「鋏の伝授」

親方の手術も成功し順調そうで良かったです。

お顔を拝見して、大丈夫と確信しましたが、養生されてください。

その後、親方の弟さんの奥さんにお会いし、前にあげると言ってくださっていた、親方の弟さんが使っていた親方の師匠の形見の鋏もいただく。

ありがたいことです。とても嬉しく、大切に使わせていただきます。

今日も鋏を研いで、明日の切れ味を楽しみにしています。

しゃく、しゃくっと杉皮の切れる味のある音が大好きです。

# by akikomichi | 2019-06-16 21:57 | 詩小説 | Comments(0)

「仲間」

今日は現場付近で雨が降る予想になっていたので、日田の作業場で、竹や杉皮の積み下ろしや、茅や麦わらの元打ちを作っていた。

作業場の仕事は、今まで根を詰めすぎて、黙々とやることが多かったが、今日は仲間の原田さんと伊藤さんとせがれとともに手は動かしつつも、楽しく和気あいあいと話しながらの作業であった。

冗談が言い合える仲間がいてくれることに感謝した。

本当に、人生をより良く、充実させていけるのは、いい仲間がいることが大切だと思った。
せがれにロープの縛り方や力の入れ方?など丁寧に教えてくれたり、包み隠さない、損得のない、そのまんまの生身の男子トークが殊の外、面白かった。

いい兄貴たちがいてくれて、せがれは幸せである。

私も心が穏やかで楽しく平和になれて、本当にありがたかった。

働き方を考える意味でも、今日は、いい日であった。

仲間と和気あいあいとできる仕事こそ、いい仕事になっていくと信じることができる日であった。

親方や上村さんは、経営者の立場から見える景色も違っているのかもしれないが、お二人とも働きすぎて体を壊さないほどタフではあるが、親方もお年のせいか、体質のせいか、脱腸で入院されたり、体のあちこちが痛むというお二方なので、無理ばかりせず、体をいたわって、いただきたい。

我々も、もちろん、力の限り働いているので、メリハリをつけるためにも、休養も大切にしていけたらと思った。

いい仕事にも、いい人生にもなるように。

これからも、よろしくお願いいたします。


# by akikomichi | 2019-06-15 04:13 | 詩小説 | Comments(0)

「はこぼれ」

五時間もとがないと元には戻らない 

刃こぼれができた 

私の中にも あなたの中にも きっと

落としてしまったものはどうしようもないが

集中していたからしょうがないが

人のもの 自分のものではないものだから

すみません 

が そこの人

ばちがいなばかりがっがりな

かしこまりましたというもの言いはやめて

人のものでも 自分のものでもないものだから

その言の葉こぼれ



# by akikomichi | 2019-06-13 00:51 | 詩小説 | Comments(0)

やついフェス

https://natalie.mu/music/news/333890

久しぶりに、フェスも行きたいなあ。

好きな人も、たくさんいらっしゃり、むっちゃ楽しそう。

姪っ子の志帆ちゃんもまた出させていただいて、何より、嬉しい。

# by akikomichi | 2019-06-02 12:15 | 詩小説 | Comments(0)

茅葺の未来

朝の現場への移動はバスで、その車中でのこと。
親方がせがれに、

絵を描くことが好きなら、僕に描いて見せて。

とおっしゃった。

親方の、親心というより、祖父心でせがれのあらゆるところを育ててくださろうというお心が、誠にありがたく、本当にここいられる喜びを心から感じていた。

京都から、今の現場の亀井の別荘まで、中野親方が来てくださり、ご挨拶もできて、中野親方の息子さんもいずれ茅葺職人さんになってくれるということで、将来の希望がまた一つ増えて、一緒に育っていけたら、これほど嬉しいことはないと思われた。
古民家はもちろんのこと、神社仏閣、あの桂離宮の中の茅葺の屋根も手がけておられるという親方のお話は面白く、勉強になる一方で、お話の節々で、これからの茅葺の建物がなくなってしまうことに、危機感を持たれておられたのを思うと、全国の茅葺職人が一丸となって、大切に大切に守っていけたら、これほど、嬉しいことはないと思われた。

伝統を残すという意味でも、そこに住み続けて楽しんでいる方々の古民家はもちろんのこと、亀の井別荘などのおもてなしの場所や食の舞台の久山の茅の屋さん、歴史の舞台ともなったせごどんのいた家や古今伝授の間、太宰府の宮司さんの家、人吉の国の宝の神社の屋根など、吉野ケ里や逆葺屋根だった弥生の村、板付遺跡の竪穴住居なども想像をかきたてる意味において面白く、神社仏閣関係の落ち着きと趣のある茅葺の姿は美しく、皇室などの関係の建物などもその歴史を背負って生き続けているという意味においては、やはり普通の民家と変わりなく平等に、大切な生き続けて欲しい屋根なのであり、茅葺屋根の補修なども、できることならなくさないでほしいと思われた。



# by akikomichi | 2019-06-02 11:50 | 詩小説 | Comments(0)