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「杉皮葺の屋根」

杉皮葺の屋根に生えた草を取りに伺った先でのことである。

杉皮葺は、どうやら、戦後、日田などで、杉などの林業が盛んになっていくにつれて、杉皮を廃棄するよりも利用するために始まったというようなことを家主の方に教わった。

杉皮を短冊状にしたものを、丹念に、丁寧に、一つ一つ茅葺の上に重ねていく作業は、根気のいることではあるが、そこで生まれてくる理由があったことを思うと、何事もただそこにあるわけではなく、そこにある理由があるということを思わずにはおれない。

自分が、今、ここにいる理由もまた、語り続けていくにつれ、見えてくることであろうとは思う。



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by akikomichi | 2017-11-21 23:25 | 詩小説 | Comments(0)

「赤子の夢」

赤子の夢を見ていた
ひたひたとあの方がおとずれる
といっていた
タゴールの幼子の歌を聴くように

あの何もないがらんどうの家には
風が通っていて
夕暮れの日差しが柔らかい砂がザラザラと辺りを包むように
時にみちたゆるやかな夜を連れてくるのだ

私は一人
そこにすわって
体内に満たされていく気配を育てていくように
そこにじいっとしていた






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by akikomichi | 2017-11-01 03:34 | 詩小説 | Comments(0)

「減速効果」

高速を走っていると
つい速度を出してしまう癖があり
その癖を直そうと
かなり減速して走っていた
すると
するりと
猿が高速道路を横切った
少し前の速度なら
確実に当たってしまっていた
減速効果
焦らずに
のっそりと優雅に横切るものを
見ながら
そう思った




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by akikomichi | 2017-10-10 21:15 | 詩小説 | Comments(0)

じゃにすの命日

つい先日のことラジオを聴いていた
その日が
じゃにすの命日だということを知った

学生時代 
聞いていた歌を思い出した
もうかきむしられるようなことはないと思っていたのだが

古い古い記憶を絞り出すような声
かすれてしまった痛みのような呻き
青ざめた苦々しい記憶

ニューヨークの蝋人形のじゃにすは
長椅子に座ってじっとしていた
確か最後のアルバムのジャケットの長椅子

固まって動かなくなった記憶が
どろどろ溶け出してきたような
生暖かい人肌を抱く目は遠くを見ているような

記憶をたどっている
罪悪感を押し隠すように目を瞑っている 
青ざめた痛みを見ようともしないものよ

あなたの心はもうなくなってしまったのだ












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by akikomichi | 2017-10-08 22:30 | 詩小説 | Comments(0)

詩小説「うなぎの夢」

俺の親父が、日記を密かに書き連ねていたのを、俺が見つけたのは、偶然ではないような気がしていた。

親父がうなぎを食った後、車を運転して帰っている時に、泡を吹いてぶっ倒れたのは、それからしばらくしてのことだった。

路肩に停めることができたので事故には至らなかったのは不幸中の幸いであったが、その時に、隣に座っていたのが看護師の彼女であったのが、不幸中の不幸であったのは、言うまでもない。

お袋は、泡を吹いて倒れて、半身不随になった親父の切れてしまった頭の血管は、ばちが当たったからなのだと言ったが、ばつの悪いことにもほどがあるほど、親父は看護師の彼女のことを忘れられないでいた。

半身不随になって、ハサミのことを切れるやつとしか言えなくなって、固有名詞が言葉にならない、概念崩壊状態の親父は、口がまめらないままであっても、なぜか、女の名前を呼んだのだった。

その女の名前を、俺は覚えていた。

あの日記に書き記されていた名前だった。

あの女は、味噌汁をこさえて、それをひっくり返して親父の足にこぼしてしまったらしい。

そういうことが書かれていた。

その日あった事を細かに、書き記す日記というものは、後の世に残すには、あまりに不用意な、あまりに不用心なものなのである。

戦争中に、兵隊に日記を書かせていた日本軍の日記を分析していたという日本文学研究者もいたが、俺も、親父というものの行動を事細かに、それも親父が本当に生きていると思えたことを書き記している気がしていた。

親父にとっては味噌汁の味ではなくで、味噌汁をぶっかけられた熱い想いを書かずにはおれない、やむにやまれぬ衝動があったに違いないと、思わずにはおれない、何か奇妙な熱のようなものを、その日記から読み取っていたのだ。

親父にとって、本当に書きたかったことは、あの女との些細な痛くもあった日々なのだ。と。

お袋は、そのまま、死んでください、お父さん。と、地獄めぐりをしてチアノーゼで死んでしまった劇作家のような言葉を吐いたが、死に損なった親父は、三日間は本当に死んだように動かなかったのだから、生まれ変わったようにおとなしくなった。

その間に頭の中の何かが崩壊したのかもしれないが、物理的に動きまわれなくなったことと、書き連ねていた日記を書くことができなくなったことで、おとなしくなっただけであるようにも見えた。

親父の日々は、もう、親父だけの言葉で書き連ねることができなくなったのだ。

とりあえず、お袋と共有される時間になったのだった。


俺にとっての親父は、最初から、いわゆるモラルなどくそ食らえのようなものでしかなかったが、同じ男のよしみと言おうか、どこか憎めない、それどころか、実のところ、親父のように奔放にできることなら、どんなにかいきやすいことであろうか。と、欲望に正直な親父が疎ましくもあり、羨ましくもあった。


お袋は、うなぎを見ると、親父の悪行を思い起こすらしく、しばらく、見るのさえも避けていたようであったが、親父が言葉を少しづつ思い出し、リハビリも進んできた頃には、うまそうにかっ喰らうようになった。

お父さんも、いつ死ぬかもわからないのだから、私もあの人も、食べたいものを食べとったら、それでいいんよ。

とお袋は言った。

人は日々、変わっていくのだと、子供ながらに思ったものだ。

人は変わっていく。日々、書き連ねることをやめるほどの何かが起こった時は、特に。


俺は、お袋の気持ちを思うと、親父のようにはならない、いや、なれないと思っていた。

あの人に出会うまでは。そう思っていた。

あの人は、あの女のように、俺の日々を侵食していった。

それから、俺は親父のように日記を書くようになった。

親父のように倒れておとなしくなるまで、あの人の夢を見続けるように日記を書いていくのだと思いながら。

俺は、そうして、「ブリキの太鼓」の一生体だけ小さな子供のままで、心だけ最初から老成していたようなオスカルくんのように、遠くの透明なガラスを破壊できるような金切声で叫ぶのだ。

この夢はいつか見たことがある。と。

オスカルくんの母親は、旦那がいながら密かにいとことまぐわっていたのだが、そういう関係性の中で、どんどんナチ化していく旦那と真反対のいとことの間、それから、いつまでたっても成長しない子供のままのオスカルとの間で、生命線のようなものが切れてしまうように、生きるバランスを失っていくのだった。

とても、象徴的な場面があった。

牛に群がるうなぎを海岸で見つけて、嘔吐したオスカルくんの母親。

そういう、悪夢のような、うなぎの夢。

どちらかというと。

今の俺の日々は。


今日、うなぎを買ってみた。

柳川のうなぎである。

川下りをしている団体が、豆粒のように、屋形船に収まってじっと流されているのを尻目に、俺は北原白秋の生家から少し入った路地裏のうなぎやに入った。

うなぎがうようよとくねりながら、滑り毛のある黒光りするのを見て、捕まえきれない夢のあとのもどかしさに似ていると思った。

俺は、あの人のことを夢に見るような、よどんだ水の中に潜んでいる、夢の中のうなぎを捕まえるような、そんな気分で、親父とお袋に、なけなしの金で、もう死んでしまったうなぎを送ったのだった。










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by akikomichi | 2017-10-01 21:02 | 詩小説 | Comments(2)

今年は、イランでのロケも敢行された、「どすこいビューティーズ」という女子相撲映画撮影に参加させていただいたプロデューサーの児玉さんが福岡パノラマの枠で久留米絣の物語を作って上映されているということを知り、伺った。

久留米絣の礎を築いたと言ってもいい「お伝さん」と久留米絣を受け継ぐ者たちの物語であった。

「お伝さん」が久留米絣を受け継ぐ者の前に現れるというちょっと異界な物語ではあった。

見えないはずの者が見えその魂を受け継ぐというようなことが伝えたかったのであろうが、児玉さんご本人曰く「アイドル映画」?!であり、若い方から年配の方まで、久留米絣を愛してほしいという願いを伝えたかったのであろうと思われる。

素直にすうっと入ってくる物語。

それは最初に上映された「伊万里のまり」も同じく。「伝統」というものは、伝えていくという限りにおいて、皆同じ匂いがする。
茅葺もまた然り。

生の茅葺も、映像も、物語も残していきたい。と切に願う。



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by akikomichi | 2017-09-24 05:57 | 詩小説 | Comments(0)

形から入る

形から入るように
心構えを持つように
と今日が最後のお勤めだった
心構えの師匠のシゲさんに言われて
ニッカポッカを手に入れた

オランダの子供服が起源というものもあるようで
ニッカポカーズといえば
オランダ移民のことだという
スポーツや軍服で使われていたという
もともと江戸時代やらの鳶職の方々のそれに近い形だというものもある

ニッカポッカをはいていると
いつも面白いお父さんのような大工さんが
板についてきたねえ
俺が若い頃はいとったのばやるばい
と言って大きな紺のニッカポッカをくださった
ありがたいことである 宝物にしたい


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by akikomichi | 2017-09-21 20:23 | 詩小説 | Comments(0)

ご安全に世界夫人よ




「さようなら世界夫人よ」

ヘルマン・ヘッセ 植村敏夫訳 作曲・編曲 Pantax's World

世界は がらくたの中に横たわり
かつてはとても愛していたのに
今 僕等にとって死神はもはや
それほど恐ろしくはないさ

さようなら世界夫人よ さあまた
若くつやつやと身を飾れ
僕等は君の泣き声と君の笑い声には
もう飽きた

世界は僕らに愛と涙を
絶えまなく与え続けてくれた
でも僕等は君の魔法には
もう夢など持っちゃいない

さようなら世界夫人よ さあまた
若くつやつやと身を飾れ
僕等は君の泣き声と君の笑い声には
もう飽きた

http://www.youtube.com/watch?v=Ao6Yyz6nEYo


〜〜〜〜〜〜〜

ヘッセへの続投詩

「ご安全に世界夫人よ」

世界は台風とミサイルの最中

死神は横たわり

葬儀の画像を探している


車輪の下を念入りに踏みつける暗黒世界夫人よ

車輪の上を手放しで転がしていく新世界夫人よ

車輪がパンクして走れない月世界夫人よ

我々はあなた方の街宣と冷笑には

もう飽きた


世界の目はカッシーニの燃え尽きる前の画像を見て

宇宙にはてた

かつてはとても愛していたのに

くらい宇宙の中で燃え果てたとしても

元に戻るだけのことであるにしても


ご安全に

世界夫人よ

さあまた

宇宙のクズから這い上がり

ご安全に

世界夫人よ

さあまた

夢々 思いもよらない死をまねくなかれ




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by akikomichi | 2017-09-18 21:49 | 詩小説 | Comments(0)

どの手が作るか

どの手が作るかで
茅葺が変わるとするならば
ただ見ているだけのものに
あっちに行けというものの手よりも
茅にのっかった小さなカエルを見つけて笑うものの手で
生きているものそのままのものをそのまま愛でるものの手で
作り続けていただきたい
いたずらに煽られきょうそうで追い立てられて作るよりも
丁寧にいきて作っていけるように
作り続けていきたい


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by akikomichi | 2017-09-18 20:20 | 詩小説 | Comments(0)

さしよし

雨風と太陽に削られていく時の再生をおこなうように
さしよしをする
だんだんにまだらになる
ふるいよしあしとあたらしいよしあし
さじかげんで平たくも固まりにもなる
まるで
我々のように
そこにおさまっていく時の束たち
どうか一つ一つが連なって
一つのものになるように
と祈るように
丁寧に生きるように
さしよしをする


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by akikomichi | 2017-09-15 22:48 | 詩小説 | Comments(0)