保育園

保育園作るつもりもないようで 犬も食わない怪しげな憎
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# by akikomichi | 2017-03-16 18:36 | 短歌 | Comments(0)

自転車の

自転車のチューブをかえてはる走り川沿いの道 桜の道なり
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# by akikomichi | 2017-03-16 16:29 | 短歌 | Comments(0)

大の字

大の字を机に刻む中二病 深い傷さえ切り刻まれて
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# by akikomichi | 2017-03-16 15:46 | 短歌 | Comments(0)

作文

作文を書く子供かな 鉛筆の強い筆圧 その意思の流れ
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# by akikomichi | 2017-03-15 21:11 | 短歌 | Comments(4)

 稲田防衛相の顧問弁護士としての仕事についての問題を狂ったように追求している野党とマスゴミと自称知識人には心底うんざりする。

 森友問題をごまかすために南スーダンPKO撤収の時期を今にしたという輩もいるが、何がしらの北朝鮮、韓国での動きがあるとしたら、日本に火の粉が来ないように、自国防衛の強化にもつながるであろうから、適切な時期であったと思われる。
 撤収せざるをえなかったPKOにおいては、まだ他国の支援継続が期待できるが、自国防衛においては必ずしも多国籍軍の援助があるとは言えない現状を踏まえて、自分のことはまず自分で守ろうとする必要性が増加しているのは否めない事実である。

 国防など、関係なく、ただ鬼の首を取ったように騒ぎまくる国会議員の国防意識の無さには呆れ返るしかないが、外国勢力の傀儡であるならば、その騒ぎの奥にある思惑にも、頷けることではある。

 そこまで国民に思われるほど、信頼が全くない、東日本大震災からこれまで数々の売国を進めてきた野党とマスゴミと自称知識人であり、彼らのことなど見たくも聞きたくもないのである。

 まだ、国防を考慮して、動いているものの方が信頼出来るのである。

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# by akikomichi | 2017-03-14 20:48 | 日記 | Comments(0)






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# by akikomichi | 2017-03-14 12:08 | 日記 | Comments(0)



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# by akikomichi | 2017-03-14 11:59 | 日記 | Comments(0)


 「沖縄県民も我慢の限界を超えました」。前橋商工会議所会館(前橋市日吉町)で9日、開かれた群馬「正論」懇話会の第44回講演会(「故郷は反日にあらず 沖縄最前線」)で、専門チャンネルキャスターの我那覇真子氏は基地問題反対派の暴力性や地元紙の偏向報道、さらに琉球独立論まで訴え始めた反対派の動きを映像や資料を交えながら示し、批判した。沖縄の赤裸々な現状報告に、産経新聞の「正論路線」と雑誌「正論」に共鳴する会員らは耳を傾けた。

 我那覇氏は反基地派が道路を違法駐車の車で埋めて走行を妨害したり、違法テントを張っての座り込み、防衛局職員を挑発するなどの暴力や迷惑行為を連日のように繰り返す様子を、映像を使いながら紹介した。権限もないのに勝手に検問を実施し車両走行を規制する横暴ぶりも指摘した。

 地元紙の「琉球新報」や「沖縄タイムス」が一切、報じない中、東京MXテレビが「ニュース女子」で実態を取り上げ、これに市民団体が人権侵害として批判していることに「どこが沖縄ヘイトなのか。論点をずらしているだけ」と批判。市民団体の共同代表、辛淑玉(シンスゴ)氏には「(沖縄戦で)祖国を守るために沖縄の人間は戦ったのに、彼女は沖縄を日本の植民地呼ばわりし地元紙で独立をけしかけている。いい加減、県民も我慢できない」と訴えた。

 反対派に不都合な点を一切報じない地元紙の偏向報道にも矛先を向け、「彼らは紙面を使って情報を操作し、沖縄の言論を一定方向に持っていこうとしている」と批判。ただ「2紙は県内シェアの98%を占め、信じている人がたくさんいる」と危惧した。

また「辺野古の人たちはほとんどが基地移設を容認している」とし、北部訓練場などが徐々に返還され政府は負担軽減方針を実行しているが、そうした成果も報道されないとした。

 一方で「反対運動は行き詰まりを見せており、その中で沖縄独立論も提唱されだした」とし、その真意を「独立すれば沖縄は琉球のものだから日米の基地を追い出せるという論法。今、その先頭に立った格好なのが翁長知事だ」とした。

 我那覇氏は「いつも沖縄県民は取り残されている。基地の問題でも、沖縄の人は誰も文句を言っていないのに、よそからやってきた人たちが割って入ったり情報をゆがめたりして、問題でないものを勝手に問題にしている」と主張した。

 高崎市の上原弘子さん(75)は「まさに沖縄のジャンヌダルク。日本という国を守るため沖縄の基地問題について多くの人に伝えていってほしい」と話した。茨城県日立市の公務員、渡部史子さん(45)は「沖縄の基地問題について本土では報道されない問題点を知ることができた。ネットで情報を得ていたが、今日の講演で真実だと再認識した」と語った。

                   

【プロフィル】我那覇真子

 がなは・まさこ 平成元年、沖縄県名護市出身。早稲田大を卒業後、地元に戻り普天間基地の辺野古移設問題などで発言を開始。平成27年4月、沖縄の言論をゆがめているとして地元2大紙を批判し「正す会」を設立。同年9月、スイスの国連人権理事会で翁長雄志知事が基地問題を「日本政府による沖縄県民への人権侵害」と批判したことに「真実ではない。政治的プロパガンダにだまされないで」と訴え、注目された。



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# by akikomichi | 2017-03-14 11:20 | 日記 | Comments(0)

おぞましい捏造反日映画に日本人は怒っている。

即刻、そのような捏造映画を破棄するべきである。


〜〜〜〜〜〜


今年もおぞましい反日映画が公開される。今回の舞台は2015年にユネスコ世界文化遺産に指定された長崎県の「軍艦島」だ。戦時下の朝鮮人“強制労働”と脱出劇を描くこの作品。朝鮮人炭坑夫が強制連行されたかのように描かれているが、「国民徴用令」にもとづく「白紙」呼ばれる令状によって召集されていた。しかも徴用令が朝鮮人に適用されたのは1944年9月であり、それまでは朝鮮人が自発的に日本に渡った出稼ぎだった。この反日映画『軍艦島』に当時を知る人たちが反論した。


 * * *

 映画では、朝鮮人労働者が“奴隷”の如く扱われ、痩せ細った少年が危険に晒されながら炭坑に潜るシーンもある。これに反論するのが、かつて軍艦島に住み、現在NPO法人「軍艦島を世界遺産にする会」理事長を務める坂本道徳氏だ。


「私の父親は17歳から炭坑に潜っていましたが、それより幼い少年が炭坑に入った話など聞いたことがない。明治から昭和にかけての炭鉱関連の新聞記事を集めた書籍『炭坑史』には、言葉の分からない朝鮮人のために軍艦島の島民が懇親会を催したことも記録されています。


 また当時、島にいた医師の回想録には、終戦直後に朝鮮人炭坑夫の子供が別れを告げに来たことが綴られている。映画の内容が事実なら、終戦と同時に暴動が起きても不思議ではありませんが、帰国する朝鮮人が涙ながらに島民に別れを告げに来たという話も少なくないのです」


 書籍『軍艦島入門』の著者、黒沢永紀氏もこう語る。


「炭坑の技術を持たない朝鮮人の多くは『掘進』と呼ばれる坑道掘りなどに配属されたと聞きます。危険と隣り合わせの作業ですし、戦時中で食糧事情も悪く、決して良好な労働環境とは言えません。しかし、それは炭鉱に就労していた日本人も同様のはずです。


 日本人に比べ不当な処遇を受けたと感じる朝鮮人がいたことは事実ですが、朝鮮人の軍艦島での処遇は“強制連行”や“奴隷”という言葉とはまったく異なる印象です。島には戦前から朝鮮人専用の遊廓があり、軍艦島に住む子供たちも日本人、朝鮮人の隔てなく仲良く遊んでいたといいます」


 昨年、韓国では慰安婦の“実体験”を元にしたという映画『鬼郷』が公開され欧米でも反響を呼んだ。映画は、「強制連行された朝鮮人少女たちが暴力、凌辱の末に脱走を試み、最後は口封じのため日本兵に殺害される」という捏造に満ちた酷い内容だった。


『軍艦島』の柳昇完監督は韓国MBCの取材に「400人の集団脱走は創作」と認めながら、「映画は数多くの証言や資料に基づく事実」と断言しているが、反日を煽るために史実を歪曲、映像化し、世論に訴える手法は、前述の『鬼郷』と何ら変わりない。


 映画の公開に先立ち、韓国では軍艦島の「地獄絵図」をテーマにした絵本が出版され、「強制徴用者像」の建設計画も浮上している。韓国が仕掛ける新たな歴史修正を看過してはならない。


※SAPIO2017年4月号


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# by akikomichi | 2017-03-14 10:51 | 日記 | Comments(0)

定規

うねうねと曲がる定規の目盛りあり 曲線上の風をはかろう
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# by akikomichi | 2017-03-13 23:37 | 短歌 | Comments(0)

何も知らないまま一方的に決めつけ、ダメだというのはどうかと思う。
まずは、どういうものか熟知されている方々の言葉を参考にされて、判断すべきことでもある。
本当に物事を知るということは、そういうことから始めるしかないとも思う。

いわゆる、法治国家の基本中の基本とも言える裁判における判決というものは、いくらでも見方や立場を変えれば変わりうるものである。ということを、東京裁判で見せつけられたものたちにとって、「裁判の判決文」が全てではない、その時の情勢による。ということも、考慮に入れるべきものだと、今は強く思っている。

歴史を語るということも、またその時の情勢によることを肝に銘じて、心してかかることとする。




  1. 教育勅語を読むには、それなりの勉強が必要。私が勉強ができるとか、そういうことを言いたいのではない。事実として、文語の知識は不可欠。しかも、国史の知識も必要で、天皇と国民の関係性をしっかりと理解していないと読めない。

  2. ちゃんと書いてありますよ。文語の知識がないと読めないと思いますが。→→「是ノ如キハ獨リ朕カ忠良ノ臣民タルノミナラス又以テ爾祖先ノ遺風ヲ顯彰スルニ足ラン(中略)朕爾臣民ト倶ニ拳々服膺シテ咸其德ヲ一ニセンコトヲ庶幾フ」

教育勅語「是ノ如キハ獨リ朕カ忠良ノ臣民タルノミナラス又以テ爾祖先ノ遺風ヲ顯彰スルニ足ラン」→これを実践することは、天皇の忠実で良き臣民であるからというだけではなく、あなたたち臣民の先祖が実践して来たことを称えあらわすことになる。(意訳)天皇の為ではなく自分自身の為に実践して欲しい




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# by akikomichi | 2017-03-13 19:32 | 日記 | Comments(0)

朴槿恵スキャンダルを機に大混乱が続く韓国では、5月中旬の大統領選挙実施が予想される。最有力候補と目されるのが最大野党「共に民主党」(以下、民主党)の文在寅・前代表だ。彼は筋金入りの反日・親北主義者だ。親北姿勢が強まることで統一へ近づく朝鮮半島に、ジャーナリストの室谷克実氏は、北朝鮮と韓国の連合が日本に牙を剥く危険性を指摘する。


 * * *

 文在寅は「従北・親中」と称されることが多いが、実態は「従中・親北」だ。新政権は中国との関係を最優先する政策に方針転換し、中国が猛反対する「高高度ミサイル防衛体系(THAAD)」の配備延期や「日韓軍事情報包括保護協定(GSOMIA)」の破棄を主張するはずだ。


 北朝鮮と意を通じ、中国という後ろ盾を得て強気になった韓国は、かねて領土であると主張する対馬の“奪還”に向かう可能性がある。具体的な手段としては、対馬の警察力の弱さにつけ込み、新政権の意向を汲んだ大量の韓国人観光客が対馬に上陸し、「ここは我々の島だ」と一方的に領有権を宣言して攪乱。その後もあの手この手で揺さぶりをかけてくると考えられる。


 竹島周辺では韓国海洋警察の艦船が日本の海洋調査船などにわざと衝突して撃沈する可能性がある。


 実際、盧武鉉政権は国家安保会議で、日本船撃沈作戦を決めた(実行はできなかった)だけでなく、島根県内にある防衛省(当時は防衛庁)の施設に対する軍事攻撃を本気で検討した。「反日無罪」の韓国に常識を期待してはならないのだ。


 従中・親北ゆえ、中国に肩入れして尖閣諸島問題に「ここは中国の領土だ」と口出ししてくる恐れもある。


 極左政権は北朝鮮の核疑惑に対する制裁措置として閉鎖された開城工業団地の復活など、親北政策を打ち出す。放っておけば、米韓軍事同盟の瓦解につながりかねない。そうなれば、文在寅が金正恩と手を握り合い、現在の韓国のかたちが壊れて朝鮮半島に統一国家が誕生する機運が高まる。


 その時、共通の敵国である日本は統一国家が持つミサイルの標的になってしまうのだ。朴槿恵政権は、これまでの歴史教科書の「北寄り」な記述を正すため国定教科書に一本化する方針だったが、国定教科書も含めての自由採択制になった。


 その国定教科書の最終見本にしても「慰安婦の集団虐殺」という事実無根の内容が加えられた。民間の左翼教授が編纂する教科書は左翼政権の意向を受けて、さらに「北寄り」、さらに「反日」になるだろう。


 最近、韓国人の一部に関東大震災後に起きた朝鮮人虐殺事件を誇張した上で、大震災の名称そのものを「関東大虐殺」にすべきだとして世界に訴える動きがある。文在寅はその動きも拡大させるはずだ。戦時中、日本で働いていた朝鮮人(の遺族)に対する補償要求が勢いづくのも確実だ。


 対馬の寺院から韓国人窃盗団によって盗まれた重要文化財の仏像の返還が、韓国の地方裁判所によって事実上拒否された一件も記憶に新しい。この“勝訴”で調子づく新政権は、「日本はウリ(我々)の文化財を返せ」との一大キャンペーンを起こすことだろう。


【PROFILE】1949年、東京都生まれ。慶應義塾大学法学部卒業後、時事通信社に入社。政治部記者、ソウル特派員などを歴任。退社後、評論活動に入る。近著に『崩韓論』(飛鳥新社)など。


※SAPIO2017年4月号



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# by akikomichi | 2017-03-12 20:32 | 日記 | Comments(0)

開放感

満ち満ちて開放感のなすがまま 絵に色を差す 愛しき時もて
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# by akikomichi | 2017-03-12 20:19 | Comments(0)

父母に会い

父母に会い卒業の報告し 背が伸びていた子らに気づきて
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# by akikomichi | 2017-03-12 20:14 | 短歌 | Comments(0)

地震

https://mobile.twitter.com/earthquake_jp?lang=ja

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# by akikomichi | 2017-03-12 07:37 | 日記 | Comments(0)

「六年」

六年たったのだ。

八百屋でイチゴを買っていた時に、起こっていた東日本大震災から。
最初に爆発の話を聞き、それから尋常ではない津波が押し寄せてきたということを知った。

父がちょうど、私の家に来ていた。
行くあてがない半身不随の父であった。
母のいるところへは、いけない様々な事情もあった。
父は言うなれば拠り所のない人であった。
いや拠り所はいくつかあったのだが、そのどれにしても、終の住処ではなかったということであった。
今までいたところにもいられなくなり、針の筵の、父にとっての娯楽はない、居心地のあまり良くない我が家へ一時的にでも避難していた時のこと。

あの日、洗濯物を干している私に、一日に一度は外に出ないと死んでしまうという父の願いを聞いて、介護と子育てと寝不足で疲れきった体を鞭打って、外に出ていた時であった。

何もかもに疲れきって、何もできない無力感と悔しさが自分の内でも外でも、同時多発的に起こっていたのだった。


あの震災とは、一体、何だったのであろうか。

当初から、あまりに桁違いのことが重なり、揺れがあまりに尋常でないことや、津波の起こり方の不自然さからも、また、電離層の何らかの人工的な介入を指摘する声もあり「人工地震」ということを実証できる段階に来ている今、ごまかすことは、これからの世界にとって難しく、本当のことがわかることが、何より次の震災を食い止めることになるであろうことを思う。

実際に、人工地震を起こすことができるのは単純な北朝鮮の核実験で認証済みであるので、それをこそこそと海底に仕掛けるくらい朝飯前である者がいるのは言うまでもなく、どこの誰に責任があるかは、後の世が必ず教えてくれることであろう。

いずれ後の世になって、心ある者たちから、心ない者たちは血祭りにあげられることであろう。


このような狂った世界において、唯一、救いだったのは、そこで暮らす人たちのいき様であった。が。


日本が狂っているのではなく、その地震を起こしたものがそもそも狂っており、何よりその地震が起こって、狂喜乱舞していた近隣諸国の、韓国のいやらしい行為、痛手を負った日本に唾を吐きかけるような日本の竹島への不法侵略や東日本大震災を祝うなどという垂れ幕を垂らすサッカーのサポーターや、東日本が大変なことにつけ込んで嬉々として土足で踏み込んでくる盗人猛々しく船に乗って日本の尖閣諸島に攻め立ててくる、狂った中国の集団が、すぐそこにいたことに、それまで、それほどまでの悪意を見たことがなかった戦後生まれの何も知らなかった私を含めて、それらの何とも言いようのない悪意を知った日本人は愕然としたのであった。

その時に、断固抗議もせず、ただ押し黙って、仕方がないと、やりたい放題する者のなすがままにしていた者たちを見ていた子供達は、薄っぺらい正義など信じなくなったとしても、当然のことである。

まだ、立ち上がって声を上げた、残される家族を思って死ぬ前に立ち上がった老人の方を信じることができたのである。

むざむざと、やられているわけにはいかない。という老人の方が、六年経てばすっかり何事もなかったように、ヘラヘラ笑って、飼いならされて、俺たち仲良しですよね、俺たちはなし合えば仲良くできてますということになるらしいもてなされてホイホイ国を売る自称知識人よりも、信頼できたのである。

そのような自称知識人が、老人たちを攻め立てている今の日本のいびつさこそが、そのまま、日本の戦後なのだとようやく見えてきたところであったのだ。


東日本大震災の後、国というものは、脆いということを思うようになった。

日本は、半分、失ってしまったのではないかと思ったのだ。

あの時。

そこに住む人たちがいて、国というものがあるということもまた思う。

悪意のある世界があろうとも、そこに住む人がいる限り、この世界は続くのだということも。




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# by akikomichi | 2017-03-11 22:20 | 詩小説 | Comments(0)


〜〜〜〜〜〜以下抜粋〜〜〜〜〜

「抱きしめたい。一部でもいいから」

上野さん宅の仏壇には、4人の遺影と骨つぼが並んでいた。今も見つからない息子・倖太郎君の骨つぼには衣服が納められている。

上野さん宅の仏壇には永吏可さん(左)と倖太郎君(右)の遺影(撮影:宮坂樹)

上野さんはこう言う。

「倖太郎に救われたと思ってるんですよ。倖太郎が見つかったら、自分も死のうと思ってましたから。今はもう『自分で命を』とは思わない。だから、もう出てきてもいいよって思うんだけど、出てきてくれないね。かくれんぼ、上手だったからねぇ…。抱きしめたいですよ。一部でもいいから」

3歳で犠牲になった倖太郎君、同じく8歳だった永吏可さん。どんな形でもいいから2人に会いたい。その気持ちは何も変わらない。

──でも、この6年間で何かは変わったのでは?

「それは周り。去年の熊本地震もそう。岩手や北海道の台風被害もそう。あれだけ警報が出て、なんで避難しないのか。あの震災が教訓として生かされてないな、って。東北で亡くなった(行方不明者を含む)2万人の命とか、自分の家族の命とかを、無駄にされてるような気がしてしょうがない。変わったのは、あの時の危機感を忘れてしまった周りだと思うんです」

この6年間の思いを語る上野さん(撮影:宮坂樹)

震災後、福島に関する報道は原発が中心だ。そのことにも違和感を覚えている。「原発ばかり注目されて、福島の津波のこと、命のことが忘れられているように思います」

家族や友人「いて当たり前ではない」

上野さん夫妻には、震災後に生まれた5歳の娘がいる。倖太郎君の「倖」、永吏可さんの「吏」、それに「生きる」の文字を取って、倖吏生(さりい)と名付けた。

生まれた時のことを上野さんはよく覚えている。震災から半年後の9月16日朝。2408グラムの小さな体だった。初めて倖吏生ちゃんを腕に抱いた時、「寂しくて」涙が止まらなかったという。

倖吏生ちゃん。この春から幼稚園の年長組になる(撮影:宮坂樹)

「一番楽しみにしてたのは、(犠牲になった)姉の永吏可だったので。『妹ができるんだ』って、いつもうれしそうに嫁さんのお腹を撫でてた。喜んでくれるはずの永吏可が、家族が、いないっていうのがね…。僕にはもう、永吏可と倖太郎の思い出が増えていかないんです。だから(みんなは)今ある幸せを大切にしてほしい。家族がいること、友人がいること。それって当たり前じゃないんでね。ありがとうって、伝えてほしい。自分のそばにいる人を大切にしてほしい。それが、命を守るってことにも繋がると思うんです」

菜の花の芽に肥料を撒く倖吏生ちゃん(撮影:宮坂樹)

新居の前の畑は、春に菜の花畑になる。「福興浜団」のメンバーたちが毎年手伝ってくれ、迷路状に花を抜いて「菜の花迷路」として開放する。取材で訪れた2月の週末、その畑では倖吏生ちゃんが菜の花に肥料を撒いていた。芽はまだ小さかった。

[写真]
撮影:宮坂樹、中野幸英ツイート


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

「父はここで教えていました」。今年2月12日、東日本大震災の津波に襲われた宮城県石巻市立大川小学校で同校の教員だった父親=当時(55)=を亡くした宮城教育大3年の佐々木奏太さん(21)は県内外からの見学者に語り掛けた。犠牲者でありながら責任も問われる「教員遺族」の立場に向き合い、児童の遺族と共に教訓を伝え始めた。


 2011年3月11日、大川小では児童74人と父を含む教職員10人が犠牲になった。高台の中学校で被害を免れた佐々木さんは、「対応に追われているんだろう」と父の無事を疑わなかった。海で発見された遺体が父と判明したのは、1年4カ月後。「当時は震災で家族を亡くした遺族の1人という意識が強かった」と振り返る。


 しかし、児童の遺族が学校側を相手に訴訟を起こした14年3月以降、むしろ責任を負う側にいることを意識するようになった。「学校で子どもの命を守るのは先生で、大川小ではそれができなかった」。学校を訪れるたびに原告の遺族を見かけるが、話しかけられない。「自分も相手も傷ついてしまうかもしれない」と不安だった。


 仙台地裁判決を1カ月後に控えた16年9月。同小6年だった三男を失った石巻市の佐藤和隆さん(50)を、思い切って訪ねた。「お父さんが守らなきゃいけなかったんだよ」。厳しい言葉だったが、本音をぶつけてくれてうれしかった。学校の過失を認めた判決は、冷静に受け止められた。


 佐々木さんは16年末から、他の児童遺族らと共に、語り部活動を始めた。今年2月、東京や奈良から訪れた教員志望の大学生14人を案内。「子どもを救えず、先生はどんなに無念だったか、悔しかったか」。児童遺族の言葉に大きくうなずいた。「悲劇を繰り返したくない」の思いは同じだ。


 学習支援のボランティアや防災関係のイベントでの講演などもしている。卒業後は地元の同県南三陸町の復興に携わりたいという。佐々木さんは「これからの命のために、若い世代に震災を伝承するつなぎ役になりたい」と力を込めた。 



時事〜〜〜〜〜〜〜〜


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# by akikomichi | 2017-03-11 09:20 | 日記 | Comments(0)

行くあてがない悲しみよりもミサイルで脅しまきこむ祖国にもの言え
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# by akikomichi | 2017-03-10 14:46 | 短歌 | Comments(0)

卒業の時

卒業の時が来ていた 子供達 先生 保護者 それぞれの時
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# by akikomichi | 2017-03-10 14:37 | 短歌 | Comments(0)



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# by akikomichi | 2017-03-10 05:37 | 日記 | Comments(0)

心底薄気味悪い

 菅義偉官房長官は9日午前の記者会見で、北朝鮮が6日に同時発射した弾道ミサイル4発のうち1発について「能登半島から北に200キロメートルの日本海上に落下したと推定されている」と述べた。これまでのミサイル発射で最も日本本土に近かった可能性については明言を避けたが「極めて近いということも事実だ」と語った。

北朝鮮の7日付労働新聞が掲載した4発の弾道ミサイル同時発射の写真=共同

北朝鮮の7日付労働新聞が掲載した4発の弾道ミサイル同時発射の写真=共同

 日本政府は6日のミサイル発射直後、弾道ミサイル4発はいずれも約1千キロメートル飛行し、秋田県男鹿半島西方の約300~350キロメートルの日本海上に落下したと発表していた。菅氏は「北朝鮮の弾道ミサイルが日本の排他的経済水域(EEZ)に落下したのは昨年8、9月に続いて3回目で技術的信頼性が向上している」と指摘した。

 菅氏はミサイルの種類に関し、スカッドの射程を伸ばした中距離弾道ミサイル「スカッドER」と推定されると指摘。4発のミサイルが南北に80キロメートル程度の等間隔で落下したとの一部報道については「個々の具体的な情報の内容はわが国の情報収集能力が明らかになりかねないために差し控えたい」と述べるにとどめた。


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# by akikomichi | 2017-03-09 20:34 | 日記 | Comments(0)

心底気持ち悪い

韓国・釜山の日本総領事館前の歩道に設置された慰安婦を象徴する「少女像」について、歩道を管理する釜山市東区は9日、像を守るための防犯カメラを設置したと発表した。東区庁内の統合管制室で像が壊されたりしないよう24時間態勢で監視するという。


 東区は「市民団体と協力し、保存に最善を尽くす」と表明した。防犯カメラは市民が寄贈したという。価格は1千万ウォン(約99万円)程度。9日は試験運用し、翌10日から本格的に使い始めるとしている。


 像をめぐっては市民団体側が昨年12月、無許可で設置を強行し、東区はいったんは撤去した。しかし、抗議が殺到し、一転して設置を容認。東区は市民団体側と保存に向けた協力も始めている。(ソウル=東岡徹)


朝日〜〜〜〜〜〜

捏造の反省のない朝日も心底気持ち悪い。

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# by akikomichi | 2017-03-09 20:32 | 日記 | Comments(0)

生き残った者の使命


“生き残った者の使命”南三陸の佐藤仁町長が語る3月11日
“生き残った者の使命”南三陸の佐藤仁町長が語る3月11日
中西哲生と高橋万里恵がパーソナリティをつとめるTOKYO FMの番組「クロノス」では、東日本大震災の『被災地の今』をお届けしているコーナー「LOVE&HOPE~ヒューマン・ケア・プロジェクト~」を放送中。

東日本大震災から間もなく6年。3月3日(金)、宮城県南三陸町の新しいにぎわいの拠点として開業された「南三陸さんさん商店街」に金曜パーソナリティの速水健朗が訪れてきました。

3月7日(火)の放送では、防災対策庁舎で津波に遭いながらも奇跡的に助かり、町の復興をけん引し続けてきた宮城県南三陸町の佐藤仁町長へのインタビューをお届けしました。

宮城県南三陸町の佐藤仁町長(右)と、パーソナリティの速水健朗



◆あの日、奇跡的に助かった10名で誓い合った

速水「今、防災庁舎の目の前でお話を伺ってるわけですけど、2011年3月11日、町長自ら被災されたときの事は明確に覚えてますか?」

佐藤町長「それはもう忘れられないですよ。目の前にある防災庁舎は、大体12メートルの高さがあるんですが、津波が屋上まで来たんですよ。43人が犠牲になり、アンテナに登っていた職員2人が助かって、それから我々8人は階段に流されて助かった。ただ、そこからがまた大変で、頭から水をかぶって屋上に居たら、雪が降ってくる、風は吹いてくる、ずぶ濡れだし寒くて寒くてしょうがなくて……、でもどこにも逃げようがない、避難しようがないのであそこに居るしかない状況で。小さい頃に津波の2回目3回目は1回目よりも大きいのがやってくるって教えられていたんです。だからあの屋上で津波をかぶって、どこに逃げるのかというと、あのアンテナしかないんですよ」

速水「あの屋上よりも上ということですよね?」

佐藤町長「そう。とにかく上に逃げました。あのアンテナ、太いのと細いのがあるんですけど、手前の太いアンテナに7人登って、細いほうに3人登ったんですよ。今登れって言われたって登れない。アンテナは登るように出来てないので、それに足をかけて上がっていくんだけど、もうみんな血だらけ。それでもとにかく上がって、あそこに4回登りました。……で、助かるときっていうのはいろんな奇跡や偶然が重なるもので、アンテナに登っていた職員の1人が喫煙者で、胸のポケットにタバコとライターがあって、それが活きたんです。朝まであそこで過ごせたのは、流れ着いた木材などにそのライターで火をつけて暖を取ることができた……」

速水「そこで朝まで過ごさなければいけない状況だったんですか?」

佐藤町長「だって降りられない。朝まで津波が来てましたから、ずっと……」

速水「そのライターの火が唯一の……」

佐藤町長「そうそう。お医者さんにも言われましたが、『もしあのときライターが使えていなかったら低体温症で死んでた』と」

速水「とにかく寒いですよね……」

佐藤町長「寒いっていう言葉では言い表せないくらい。例えるなら水風呂に入ってそのまんま雪山に居るのと同じ」

速水「それだけの状態から、“町を作るんだ!”という(気持ちになる)のは、ちょっと想像がつかないですね」

佐藤町長「それは私も同じ。あの防災庁舎にひと晩居たとき、“この潰れた町をどうやって立て直すの?”って……正直言って自信もないし。ただね、ここで43人が亡くなって、そのうち役場職員30名、当時33名いましたけど。我々は生き残って、あの夜火を焚いてみんなで黙ってあたりながら言ってたのは、『俺たちがこうして生き残ったのは“町を作れ!”っていう亡くなった彼らの思いだぞ! それが俺たちの使命だからな』って。その“思い”だけでここまでやってきました」

このインタビューを聞いた中西は「まだまだ知らない話ってたくさんありますよね。水風呂に入って雪山に居るのと同じってどれだけ寒かったことか……。佐藤町長が仰っていましたけど『俺たちがこうして生き残ったのは“町を作れ!”っていう亡くなった彼らの思いだぞ! それが俺たちの使命だからな』っていう言葉に全てが集約されていると思う。我々も残された者として、もう一度日本をしっかり作り直そうという思いを持つ想像力が必要」と、佐藤町長の言葉が心に響いた様子でした。


【番組概要】
番組名:「クロノス」
放送日時:毎週月~金曜6:00~9:00
パーソナリティ:中西哲生(月~木)、速水健朗(金)、高橋万里恵
番組Webサイト:http://www.jfn.co.jp/ch/

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■番組聴取は【http://radiko.jp/share/?sid=FMT&t=20170307060000】(無料)
聴取期限 2017年3月15日 AM 4:59 まで

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# by akikomichi | 2017-03-09 12:43 | 日記 | Comments(0)



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# by akikomichi | 2017-03-09 10:46 | 日記 | Comments(0)


呆れてしまう。
金の亡者である。
歴史の捏造はもう許されない。
違う写真を持ってきて、とってつけたような捏造を繰り返すものは、国際社会において、一切信用されないであろう。

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# by akikomichi | 2017-03-09 09:33 | 日記 | Comments(0)

ご供養

宮城県東松島市にある清泰寺(せいたいじ)の小池康裕住職(75)が、2003年の県北部連続地震や東日本大震災で被災した檀家(だんか)らのため仏像を彫り続け、震災6年の11日、1000体目が完成する。小池住職は「1000体は節目だが、今後も犠牲者遺族の心を支えたい」と鎮魂のためにノミを持ち続ける。


 暖房もなく冷え込む清泰寺本堂脇の制作小屋。小池住職がお経を唱えながら、ヒノキに当てたノミを木づちで打ち、高さ40~50センチほどの仏像を彫り込む。表情はどれも穏やか。「犠牲者のため思いを込めてね」と言葉少なに語る住職の右手中指は、第1関節が木づちやノミの持ちすぎで曲がっている。「彫りすぎが原因。左手もしびれる」と苦笑する。1日8時間以上、作業することもある。


 約250年前に建てられた本堂は、03年7月26日の最大震度6強の県北部連続地震でほぼ全壊。死者は出なかったが、県内で675人が負傷した。檀家らを励ますため、壊れた木材などで仏像を彫り始め、600体を制作した。


 11年の震災で寺の建物の被害はほとんどなかったが、市内は関連死を含めて死者・行方不明者1134人に上り、肉親を失った檀家も多い。「像を近くに置き、亡くなった人が一緒にいると思い続けることが大切」と制作を再開した。


 妻と娘、孫2人を津波で失い、仏像を渡された男性(78)は「寺にはよく足を運び、励ましてもらった。仏像もありがたい」と話す。震災後の制作は400体近くになり、七回忌の今月11日に合わせて、1000体目となる仏像を仕上げる。


 市内でも被災者の住環境は改善が進む。だが小池住職は「犠牲者への愛情を持ち続けることが本当の復興と思う」と話す。1000体で終わりではなく、檀家のために生涯、制作は続ける。【野口麗子】



毎日〜〜〜〜〜〜

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# by akikomichi | 2017-03-08 18:26 | 日記 | Comments(0)

隠された事実は語られないままにして抑圧の果てが今の中国と相成った。

日本は事実に向き合っているだけであるが、向き合うことすらしない中国に、とやかく言われる筋合いは毛頭ない。

それとともに、朝日の慰安婦を始め数々の捏造も罪深い。


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# by akikomichi | 2017-03-08 17:57 | 日記 | Comments(0)

ひたすら

道の上 日差し交り 雪濡れて 寒かろうとも 倅ひたすら 
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# by akikomichi | 2017-03-08 10:57 | 短歌 | Comments(0)

茅葺〜沖縄〜

この当時、茅葺屋根と軒瓦の融合があった。

それまでの沖縄の統治者は瓦を庶民が使うのを許していなかったという。
家の形も決められていたということは自由な琉球とは言い切れない過去があったということ。
声高に琉球独立などというものがいるが、そこに自由があるのかと問われたら、何かしらの制限が出てくる可能性があるということにも、思い至るが。

何より、茅葺はそこにあるもので作り上げていく生活の拠点であり、そこにいる人を雨風日差しから守ってくれるものであったのは、琉球に限らず、日本全国に限らず、世界中のことであることを、今後とも探していきたいと思う。



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# by akikomichi | 2017-03-07 22:09 | 日記 | Comments(0)

どうしてもやりたいことをやればいい 子供達にはそう生きてほしい
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# by akikomichi | 2017-03-07 21:41 | 短歌 | Comments(0)