当時の三島と白蟻の巣と





たまたま、ばあばのお見舞いの帰りに最近できた古本屋に行くと、三島関連の本が2冊あったので、手に入れた。

当時の三島を知る人の声を聞くということは貴重である。

三島に対するレクイエム、あるいはお別れの言葉のように読んだ。

一つは筋肉つながりの無邪気な健全さで綴った今村氏のもの。

もう一つは空想・妄想ではあるが肉感的な三島を描いて見せた武智鉄二氏のもの。

前者は自身の体験に即したもの、陸上からボディビルへと向かった青年時代に出会った三島の、彼の知る姿をそのまま描いていた。

後者は、少し艶かしいエログロナンセンスさと時代を描きながら、なぜか三島の転生を思わせる最後を持ってきていた。

後者は三島の生首がすっ飛んで将門にあったり、首のない体だけが暴れて動き回るような荒唐無稽の物語ではあったが、生前、関わりのあった人を訪ねたりするところが妙に人間臭く、彼の中にある三島像として、迷いのある三島の混沌とした状態を思い描いていたものと思われる。

武智氏はエロステキ映画を作ったり歌舞伎にも通じているところがあったようで、そこいらも存分に描いていたが。

それにしても、やはり、偶像としての三島のようで、彼の内なるもの、彼の言葉やその言葉と血肉とも通じたものから発するものとはどこか質が違うようにも感じられた。


そういえば、今度、三島の「白蟻の巣」が舞台であるという。

彼の作った白亜の家の中にも、彼自身の中にも、白蟻がすくっていたのだろうか。

などと、漠然と思い描きながら、昔、見た夢を、三島の首のない体が、彼の西洋風な家の階段を、この野郎と怒りながら降りてきた、奇妙な夢を思い出していた。

彼は何をそんなに怒っているのか、と何も知らずに、ただ訝しく思っていたのだが、その当時の自分は、世の中のことを、それから起こることをあまりに知らなさ過ぎたことに気付かされるきっかけとなった夢であったのだった。

それからというもの、腹を割ってでも、首をかき切ろうとも、彼の思い描いた「国」を守る。ということは、どういうことなのかを、ずっとどこかで考え続けているのだが。

偶然、あの夢の続きのような、三島の首が目の前で見つかったような、怒りの顔から発する表情の本意を少しでも読み取れるような気がして、思わず手に入れた古本であったのだ。


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# by akikomichi | 2017-02-18 22:48 | 詩小説 | Comments(0)

健康診断

朝一番 健康診断 レントゲン 心電感電 なんでんなかけん
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# by akikomichi | 2017-02-18 18:36 | 短歌 | Comments(0)

以下抜粋〜〜〜〜〜

 セミナーでは、大城悟・沖縄平和運動センター事務局長から高江、辺野古における新基地またオスプレイヘリパッド建設反対運動の現地報告が、三上太一・金日成・金正日主義研究関西連絡会事務局長から大阪における活動報告がおこなわれました。

〜〜〜〜〜〜〜

上記の記事を見て、やっと、のりこえネット関係者が沖縄に駆けつけた背景が理解できた。
日本の防衛最前線=沖縄であるのは明白であるが、彼らにとって、米軍、日本の防衛状態が空白な方が都合がいいということにもつながる。
北朝鮮の暗殺事件がまことしやかに語られている今だからこそ、日本人にとって、見過ごすことはできない記事である。

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# by akikomichi | 2017-02-17 21:55 | 日記 | Comments(0)

幼稚園も保育園もあればいい 増やしたいというならなおさら
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# by akikomichi | 2017-02-17 21:11 | 短歌 | Comments(0)

「茅葺への道」


チェーンがなかなかつけられなかった。

店でつけ方の練習をしていたのだが、いざ、実際に使う段になると、思うようにはつけられないようだった。

私も、出来うる限りの事をしようと、反対の車輪に、昔、子供を妊娠している時に阿蘇の雪山に遭遇し、チェーンをつけた時よりは、進化しているチェーンのつけやすさであったが、なんとか、友達の力を借りてつけることができたが、約束の時間が迫っていた。

急いで車を出してくれた友達であった。

なんとか、約束の場所にたどり着き、市役所の方々と奥日田美建の三苫社長さんと上村さんにお会いすることができた。

見習いで勉強させていただけることになり、ここまで来れたことに感謝し、これからにも感謝した。

これで思い切り茅葺への道を進むことができるという、喜びに満たされていた。


それから、仕事場の近くに住むことが必要条件であったため、住む場所を見つけるために、雪のまだ残る山へと向かった。


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# by akikomichi | 2017-02-17 17:56 | 詩小説 | Comments(0)

「茅葺への道」

アマヤマ草庵さんの夜に、ガラス戸をそおっと開けてみた。

外と内を隔てていたガラス扉一枚の膜の違いは、ぼやけていた寒さが一気に寒さに支配される状態であった。

外と内を同時に感じられる肌感覚を持ち得る空気の冴えた寒さではあったが、そのガラス一枚の大きな落差に愕然とする。

一枚ガラスの奇跡の透明さは寒さや風を見せてはいたが、ある程度は、弾いていたのだった。

友達はその寒さにあえて身を晒すように、庭に出ていった。

私も、庭に出てみた。

白い足跡がしゅくりしゅくりと透明な人の足跡のように、あるいは板付遺跡で出てきた扁平足ぎみの弥生人の足跡のように、できていく。

昨日までの、いや今日の夕方までの土は隠されてはいたが、明日までこの雪の上の足跡は残されていくものかは、わからなかった。

このぼた雪は、きっと足跡を覆うように重なり降り続けるだろう。と思った。

それから、ストーブの上で沸かしたお湯を湯たんぽに入れ、布団に入れた。

昔の人は、目の前にあるもので、できることをただその通り温まりたいなら、温まるように、無理のない、同時進行でそれだけのためにではなく、他のことと一緒にやっていたのだと改めて思う。

ただストーブで温まるだけでなく、その上、お湯を沸かし、喉にも優しい湯気を出す。

石油ストーブの灯油を入れる手間はかかるものの、その手間もまた、幾重にも重なる至福を与えてくれる、やるならばいっその事、ついでにできることをするおろそかにしないやり方が自然と身についてくるようであった

それにしても、湯たんぽの威力は想像以上であった。

ペットボトルに風呂の残り湯を入れて湯たんぽ代わりにできると夫から聞いたことがあったが。


そこまで寒くはない博多では不要であった石油ストーブや湯たんぽであったが、正統派な湯たんぽの肋骨のような凸凹が懐かしく、その大きさもちょっと小型の海亀の甲羅のようで、抱きしめることはなかったが、朝方までゆっくりとさめながら足元を温め続けてくれていた。

小学生くらいの時、湯たんぽではなく電気で温まる電気たんぽ?確か電気アンカ?という名前だったかを使っていた時があったが、姉が足に低温火傷を負ったりしたことがあり、あまり使わなくなったのを思い出していた。

電気で便利な一面、そういう、さめきらない一面が、人肌をじわじわと火傷させていくものなのであろうが。


その夜、友達と今まで話したことがなかった、家族の話などをした。

それから、ヴァージニア・ウルフにとっての「蛾」、「波」についての話、茅葺のこれからの話なども。

漠然とではあったが、彼女とどこかで似ているというような、共通感覚があると思っていたのは、そこからきているという話ができて、それを確信した夜であった。

そういったいつもは奥深くにしまい込んでいた古い話を解放させてくれたのは、おそらく、この茅葺の古民家で、この夜であったからだと思う。


その夜、不思議な夢を見た。

迷彩服を着た男が、おそらくこの家のさっきまで開け放っていたガラス戸越しにこちらを見ている。

それから、植えてある木々の中を、棍棒のようなもので探るように叩いている。

こちらを威嚇しながら、こちらを見ながら、木々の中にある藪の中にある、「何か」を探しているようにも見えた。

それから、正面入り口近くで、人が集まっていて、何かを探しているような、救急車かパトカーがいるような雰囲気を感じたところで、目が覚めた。


朝、外にはやはり雪が積もっていた。

昨夜の足跡はないだろう。

今日は、これから奥日田美建の社長さんに会いに行く大事な用事があるのだ。

雪を愛でて喜んでばかりもいられなかった。

友達はチェーンを手に入れていたし、20分ほどでできるから、大丈夫だと言った。

朝、友達が手に入れていた小鳥のささやきだったか、小鳥のなんとかというコーヒー豆を挽いてストーブで沸かしたお湯でドリップして飲みながら、最近、この近くであったという、少年の話を聞いた。

母を探してここいらに迷い込んできた少年の話。

彼は、行方不明となって、捜索が行われていたところ、この近くの洞窟あたりで無事見つかったという。

洞窟があるというのも初めて聞いたが、この辺りであったという話と、昨夜見た夢の話とどこか似通っているように思い、彼女に昨夜の夢の話をした。

すると、友達が、そういえば、雪の降るような寒い時であったのと、迷彩服の人ではないが、警察の人が探している時は、そのように木を棍棒のようなもので選り分けていたし、すぐ前の道路に人が集まって、もちろんパトカーも集まってきていたと言っていたので、残像を見たのかと思えるような、ちょっとした、意識と無意識のハレーション状態が起こりつつあった。

「夢」というものは、もしかして、その場に居合わせた時や思いが重なった時、消え去った記憶の場面とその時の状況が重なった時などは特に、それを感じさせる道具、あるいは思い起こさせ見せてもくれる装置になるのかもしれないと、漠然とではあるか、その寒い雪の朝、思い至ったのであった。


では、仮にそういう記憶の重なりがのちに音連れたものの中に沸き起こるとして、私は夢で、記憶の場面として、少年と通じる何をかを見たのであろうか。

もしかして、その「場」のこの「家」の見た「記憶」でしかなかったかもしれないが。

雪の降るような寒い中。

確かに少年のように何かを包み込んでくれるものとしての母なるものを求めて、探し求めて、ここまできたとはいえるのだった。











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# by akikomichi | 2017-02-17 15:16 | 詩小説 | Comments(0)

「茅葺への道」

茅葺屋根の古民家農家のアマヤマ草庵さんの夜は静かであった。

この日は、近くの夜明温泉の薬湯に浸かった。

茶色く色づいたお湯にチリチリしてくる体の細部と透明な滑らかなお湯に交互に浸かった。

友達はここいらのお湯を探索しており、もっと、奥まで今度行ってみようという。

女子会の方々ともいつか風呂に行くつもりだと友達は言った。


その日の昼に、友達が近所のおばあちゃんと女子会をしているというのでお邪魔した際に頂いた手作りのらっきょうや高菜漬け、友達が持参したダッチオーブンで焼いた天然酵母のパンが美味しかったことを、湯に浸かりながら思い出す。

この絶妙な組み合わせもさることながら、当たり前のように自分で作ったものを自分で手を加えて長持ちさせてきた文化とも言えるが。

買うのではなく、自分で作っていくということは、自分にとって当たり前にあることとまだ言えないが、できることは自分でやるということは、手間暇をかけた自分を作る糧であり、それらが自分そのものの味となることを教えて貰ったようで、自分の味を作っていきたいという思いがますます強くなってきていた。

まずは、食べるものを自分で作ること。その力強い味は体をも心をも作っていく。全てが解けるように、その土になじむように、同じ釜の飯ではなく、同じ土で、空気で、水で太陽で育つということはそういうことだとわかり始まる。

茅もまた土で生きていたということ。

その土は、昔はこの日田の土に生えていたものでほとんど賄われていたであろうが、今は、阿蘇の山々の土から頂いたものもあるようだが、同じ九州の土で育ったものはまた、この土になじむのはわかる。

その茅の記憶は、そこにいる者たちの記憶と多く重なり、重なり合って、そこに至らしめた時の重なりの上に成り立つものであるということ。

だからこそ、そこにあるのだということ。

夜明温泉からの帰り道は雪はなかったのに、

明日は積もるよ。

と言っていた昼間の女子会のおばあちゃんたちの言葉通りに、夜になると雪が降り出した。

この寒さになれば明日は雪だと彼女たちは空気と土と太陽と一緒になってわかっているのだ。

庭にぼた雪が積もり始めた。

時折、月が青く霞んで見えた。

青く染められた、最初に浸されたばかりの藍染の生地のような雪肌、山肌も光っていた。

老木の杉さんも、うっすらと雪化粧を始めていて、その物腰のあたりに、なまめかしさを湛えていた。

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# by akikomichi | 2017-02-17 11:06 | 詩小説 | Comments(0)

湯豆腐

湯豆腐の柔らかき湯気と昆布かな 喉の痛みを通り抜けて行け
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# by akikomichi | 2017-02-16 22:50 | 短歌 | Comments(0)

動くには

動くには動くだけの力入り 大きく分けて 日の当たる田となり
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# by akikomichi | 2017-02-15 22:24 | 短歌 | Comments(0)

父母の顔

父母の顔ほころぶ手作りらっきょかな ちよちゃんの味 日田の味 
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# by akikomichi | 2017-02-14 22:39 | 短歌 | Comments(0)

百パーセント支持

百パーセント支持するという言葉とは 平和の力を合わせもつこと
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# by akikomichi | 2017-02-13 23:42 | 短歌 | Comments(0)

夜間診察

喉痛く夜間診察再びの 倅の懸命 癒したまえと 
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# by akikomichi | 2017-02-13 23:31 | 短歌 | Comments(0)

ばあばの膝

退院後 ばあばの膝も動き出し 手くびの鉄の錆も取りさり
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# by akikomichi | 2017-02-13 15:46 | 短歌 | Comments(0)

「茅葺への道」

茅葺屋根を作りたい一心で、阿蘇の茅葺工房さんともお付き合いのあり、福岡の自宅からもより近い奥日田美建の三苫社長さんと市役所の中島さんを通じて茅葺に携わることができるようお話をさせていただくために、日田に来ていた。

その前に、茅葺に住むということはどういうことかを体で確かめるために、日田にある茅葺の古民家に泊まりに来ていた。

その夜から、雪が積もると予想されていたので、少しでも近くにいた方が足元を気にせずに済むという目論見もあって、友達もおいでと言ってくれたので、お邪魔させてもらった。

アマヤマ草庵さんという茅葺の屋根の古民家農家さんのご一家が、去年田植えのお手伝いをした時に、赤米や自分で作った野菜の漬物などを一緒に頂いたこともあったのだが、今年の自然農法の田植えの時期には帰ってくるので、その間、草庵の風通しなどをして留守番をしてもいいと言われた友達は、この生活にすっかり魅せられているようであった。

茅葺との長い付き合いをしてきた古民家は、その作りも、その家に住まう人の眼差しに沿って作ったとしかいいようのないものだと友達は言った。

居間の硝子戸からみる山の稜線。庭の柔らかい物腰の老松。杉さま?と名付けた古杉。赤い実をなす南天。何が祀ってあるかわからないというここに移り住む前からあるという、謎の古い祠。

全てが、馴染むように寄り添いながら井戸端で語り合う老婆たちのように、静かにゆうるりと騒ぐことなく和やかに、そこにあった。

そうして、この茅葺の古民家との語らいが始まっていくのだった。

今から、葺き替えたりする時のことを思いながら、そこにすでにあった茅葺の屋根を内側から見上げた。

煤に煙られた屋根。

茅葺は雨や雪の湿気を内から乾かしてもいるようであった。


雨の日や雪の日は、煙の流れが違うんよ。


二ヶ月ほどここで暮らしている友達は言った。


雨も、晴れている時に比べて、雨風が煙を通す時の遮断物になる可能性は考えられるが、そうであるならば、なおさら雪は積もるので、煙の出る隙間を閉ざすであろうが、雪自体に煙が染み込んでいく作用も考えられた。

いずれにせよ、風は、四六時中、この家の中を流れていたので、屋根からでなくとも、いろいろな隙間を通って、この家の湿気や煙を逃していく方法はいくらでもあるようであった。


などと思いながら、留守番をしている友達と、囲炉裏端に座って、火を眺めていた。

薪を小さく割って、新聞紙を細長くよりよりして先っぽに火をつけ、井の字に組んだ小さな薪に火が映り、煙と煤と火花を巻き上げながら、鉄なべは火の波の上に宙吊りになりながら浮かんでいた。

それから、持ってきた芋と米と庭から取ってきたばかりの人参と大根と日田の美味しいきんと冴えた水を入れてご飯を炊いた。

庭の畑の人参と大根に食べてもいいか、人参と大根に伺いたてながら土からほろうっと出てきてくれたものたちに感謝して、そのまま、ほっそりとしているが、根を張っていたそのものの姿で、柔らかくなっていた。

一口いただくごとに、土の香りがして、人参の種からここまで大きくなるのに、肥料がなくとも、土と太陽と水の味を根に貯めてきた証の味。

大根も、人参も同じ土の風味。

煤のついた手が板についてきたとともはいった。

燻された私たちは、同じ鍋の飯を思う存分、喰らった。

雪が降り始めた寒い夜の中、茅葺の家の中から、息をするように、狼煙を上げるように、立ち上っていくさまを思った。

空から見たら、生き物にしか見えないであろう、こんもりと暖かそうな茅葺の姿を。

私たちは、みかんのお酒というものを飲みながら椿油?で大根と人参の葉っぱの炒め物をした。

大根の葉っぱは、寒さに耐えた草の手強い青々とした歯触りがした。

人参の葉っぱは殊の外、柔らかく、甘かった。

人参の身も甘いから、葉っぱも甘いのだろうか。

私たちは、とめどもなく、その全てを、いただいていた。


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# by akikomichi | 2017-02-12 14:18 | 詩小説 | Comments(0)

茅葺の神様

ありがたき茅葺の神様舞い降りし 雪降る中の光なりけり
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# by akikomichi | 2017-02-11 21:02 | 短歌 | Comments(0)

狼煙

復興の狼煙を上げし草千里 野焼き走りて よみがえりしもの
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# by akikomichi | 2017-02-08 22:36 | 短歌 | Comments(0)

野焼き



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# by akikomichi | 2017-02-08 22:32 | 日記 | Comments(0)

時と場合によって



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# by akikomichi | 2017-02-08 21:37 | 日記 | Comments(0)

修学写真

倅達 雪に遊びて山遊び 修学写真の 晴れ晴れとした空
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# by akikomichi | 2017-02-08 09:17 | 短歌 | Comments(0)

朝焼きカレー

鉄なべに ご飯に卵 カレー チーズ オーブン投入 朝焼きカレー
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# by akikomichi | 2017-02-08 07:14 | 短歌 | Comments(0)

平和のさいてん

平和のさいてんがあるという
平和のさいてんとは勝つ者にとって争いを正当化できるものである
平和のさいてんがおこるまで
争いのさいてんかんき


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# by akikomichi | 2017-02-08 07:09 | | Comments(0)

正直に

正直になっただけかな 平和とか偽善だとかにうんざりした本当
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# by akikomichi | 2017-02-08 06:49 | 短歌 | Comments(0)

茅の後

茅の後 たどり我が家へ帰る道 一つ一つを拾い上げては
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# by akikomichi | 2017-02-07 22:59 | 短歌 | Comments(0)

太宰府の朝

太宰府の朝の野菜の買い出しに 芽キャベツ 白菜 みずみずしきかぶ
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# by akikomichi | 2017-02-07 12:29 | 短歌 | Comments(0)

「誕生日から」

彼女の誕生日から始まったのは、時空のずれ、あるいは時空のつながりであった。

彼女の日記には一月二十五日が彼女の誕生日だということが書いてあった。

私は彼女の誕生日から、始まったある行為について、彼女の影響を受けているように感じた。

彼女の日記の中をたどって生きているようにさえ思えたのだ。

最初は、彼女よりも年寄りであったのが、いつの間にか、彼女は私を追い越して50歳になっていた。

彼女と私が同じ年の時、私たちは、同期した。もしくは、リンクした。あるいはシンクロした。

彼女は、最初は蛾を描こうとし、のちに昼間の波として描いた。

私は夜にうごめいた後の朝の一匹の蛾を見ていた。

これは、時空はずれてはいるが、ある年月を過ごした時が同じである場合、リンクする、あるいはシンクロするということを意味していた。


いわゆる、星座や十二支など、時が巡ることを意識的にも、無意識的にも知っているものたちにとって、繰り返されながらも、少しずつ、立場も時もずれては行くものの、大きな流れにおいては、同等のこととして、感知される類のものとして、認識されていく。

その場合、「日記」とは、貴重なそのもののたどった歳月の記録となるのである。

私たちの「日記」は、おそらく、どこかで交わっているが、どこかでずれていく。


時代が、場所が、時空が、人そのものが違っていたとしても、おそらくどこかでリンクし、シンクロしていくものだということに、薄々気づいてきたように思う。

同じ行為を続けるという、「書く」ことに収斂された熱を持つものとして。

彼女は、「詩」のような「小説」が書きたいと思っていた。

私もまた、同じように、思いながら、こうして日記の中の「詩小説」として、書き続けていた。


彼女の軌跡の最後まで、まだ、いきついていない私の軌跡ではあるが。

では、最後には、どうなるのか。

は、おそらく「書く」ことで見えてくるであろうとは思っている。





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# by akikomichi | 2017-02-06 23:03 | 詩小説 | Comments(0)

鍋の底

手羽先と大根ひたす鍋の底 煮詰める先の白濁の渦
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# by akikomichi | 2017-02-06 20:09 | 短歌 | Comments(0)

ココア

寒々とした風の後 きび砂糖ココアと牛乳温める午後
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# by akikomichi | 2017-02-06 18:15 | 短歌 | Comments(0)

私は、精神医学に貢献するべく日夜研究にいそしんでいる一科学者に過ぎないものである。

ところで、先日、私があった男性について、この日記に、書き記しておこうと思う。

この事例を覆す、というより、「幻覚」とは一体なんであるのかということを、今一度、再考する機会となったこととして。

彼は、私の真っ白な研究室に訪ねてきた、壮年期の男性であった。

髪がなく、目だけが異様にギラギラと光っている男であった。

もちろん、私には、ある種の職業病的な守秘義務感があるにはあるが。

こうして、事例として、日記に書きつけておくことによって、いずれどこかの精神医学雑誌にでも寄稿することになるかもしれない事象、あまりに現実的でありながら、非現実な事象であることから、いわゆる、オカルティズムに傾倒するようなものにとっては、興味深い事例となるであろうが、荒唐無稽と思われる各々方もおられると思われ、まずは、私の見知った事実のみを、ここに書き記しておこうと思っている。

これは、私の中にしまっておくことができない事実となったことなのである。

彼は語っている間も、いたって平然としており、もしかして、私こそが、彼よりも何かが統合できていないのではなかろうかと、この日記を書きながら思う所存である。


彼は、精神病院の檻の中から抜け出してきたものであるという。

どうやって抜け出したか。

といえば、彼の代わりにその病室にいるもうひとりの自分がいるというのである。

白い壁から出てきたそのもうひとりの男は、その部屋にいた男を逆に壁に追いやり、男は以前、その精神病院に入っている患者から聞いた、私の話を思い出し、この状況をどう説明したらいいのかを、私に相談しにやってきたのだという。

未だに、分裂病といったりする人がいる精神疾患があるが、精神医学界において、こう言った荒唐無稽なことを言うクライアントを「統合失調症」の可能性が疑われる場合がある。

この「統合失調症」と言われる疾患の症状の定義として、「幻覚」が挙げられる。

幻覚と言っても、壁から龍が出てきたなどという「幻視」を見たと言った類のものや、いないはずの何ものかの声が聞こえる「幻聴」などというもの、あるいは幻触(覚)、幻味などもあるが、より「幻聴」の方が、症状が重症である傾向があるという論文もあるにはあるが、重複した方がより重度のものとなり得るのは言うまでもないであろう。

私は壁の中に押し込められたという目の前にいる男に聞いてみた。


あなたは、その壁をどうやって抜けてこの部屋に来たのですか。


当たり前な、あまりに当たり前な、素朴な疑問であった。


いつの間にか、ここにいたのです。


彼は、説明にならないことを言った。


精神病院において、電気ショックを受けていました。
脳に刺激を与えて、死刑囚が死んでしまう手前のようなショックを与えられ続けていたのです。
「拷問」のようでもありましたが、それは、精神病院においては、「治療」と言われておりました。
そうすることによって、毎日のように見る幻覚を見ないで済むようになると言われたのですが。
そんなことをしていても、皆には見えない、いるはずのないものが見えたり、いないはずのものの声がますます聞こえてくるようになったのです。

例えば、こんな風に。

以前、父が遊びに興じて興奮して倒れて泡を吹いた時。
自宅の部屋の中で父の姿を思い描いていました。
何かが起こったと思いましたら、その後、急に電話がけたたましく鳴りました。
父の意識がないという知らせを病院から聞いたのです。

ある時は、壁から、龍が現れました。
タツノオトシゴのような龍でしたが、確かに、龍なのでした。
よく西洋では悪魔の使いのような悪の象徴のように言われたりもしますが、東洋においては、水の神などと言われるほど、どちらかというと、善のイメージがあるものだと思いますが、自分の場合は、そのどちらでもなく、ただの生命そのもののような生きているものとして龍が壁から這い出してきたのです。



私は、精神病理的な見解として、典型的な症例であると思われたが、人にはできないことが、自分にはできると言った全能感のようなものを、時として患者は持つものであると、彼の話を聞きながら、そう思っていた。

しかし、彼はそれ以後も、何かと目の前にいないもののことが、どこからともなくふうっと思われて、気になっていると、その人の身に何かが起こっているということが、度々あったという。


ところで、先生。
あなたのことをふうっと思ったって言ったでしょ。
ここに来る前に。
それは、別に自分のためだけじゃないんですよ。
あなたに、もしかして、何かあるんじゃないかと思ってね。
こうして、会いに来たのです。


私は、そうはっきり聞いてから、何かが起こるのをどこかで待っているような気持ちになっていた。

彼のあのギラギラした目には、私にある種の暗示のような、催眠のような、幻覚のようなものを持たせる、何がしかの力があったのだった。

こうして、日記に書いている時でさえ、彼は彼が見たという壁から現れてきた龍のように、私の中に現れては消えていくのだから。












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# by akikomichi | 2017-02-06 16:56 | 詩小説 | Comments(0)

「茅葺への道」

窓際にいた、あの蛾は、どこからやってきたのだろうか。

朝早く、部屋にうずくまっていたあの茶色い毛の生えたような小動物のような、温かそうな蛾。

私は、気になりつつも、あの一人だけの部屋を後にした。

それから、午前中にかけて、茅を刈りまくった。

昨晩電話で話した子供たちのことを思いながら。

寝不足がたたって、危うく、自分の足をも刈りそうになった。

それから、めまいのようなものを感じ、急激にやってくる、赤い血の流れてくる感覚が子宮の奥底に感じられ、月のものがやってくるのをはっきりと自覚した。

今日、子供の大事な日でもある。

帰って出直すことに、決めた。体が反応しているのだ。

親方やせっちゃん、てっちゃん、棟梁にご挨拶をして、今回の茅刈りの修行はとりあえず、終わりとした。

また、三月までに、もう一度、茅刈りに行きたい旨をお話しして、早々に家路に着いた。


茅葺への道からの帰り道。

暖かだったので、山道を行くことにした。

阿蘇の広大な山々には、茅が生い茂っており、昨夜、あんまりに茅をみすぎたので、まぶたを閉じるとその茅の姿が生々しく暗闇の中を揺れているのが見えたのと違って、太陽に照らされて、正気を保って、風の ひゅーる ひゅー となく音と一緒に揺れて安らいでいるように見えた。

あの茅はまっすぐに伸びて、いい。

葉が多すぎずに、いい。

などと、茅の姿を目で追いながら、ゆっくりと家路についていた。

九重の山道にさしかかると、白く凍ったままの道が続いた。

氷の世界。一本の氷道。

のろうのろうと走る。

右の草藪の崖から小柄ながらたてがみのこげ茶色が猛々しい二匹の猪が寒さに耐えられず、道に躍り出てきた。

車がすれ違うのを見て、まだ、夜には早すぎたか。という風に、何事もなかったように、草藪の方へ帰って行った。

対向車は、突込まれたりすることもなく、その様子を、すぐそばで、止まって気配を消すように、突然の野生に身じろぎもせず、じっとしていた。

思いの外、早くたどりついた我が家で、久しぶりの子供達、夫に会う。

皆、それぞれのことを、それぞれなりにして、過ごしていた。

勉強も剣道も持久走も生活も。

どこにいても続く限り、続いていくものなのだ。


久しぶりに自宅の風呂に浸かっていると、私のすねと手首には茅でいつの間にか引っかき傷ができており、じくじくと沁みてきた。

白と赤の鋭利な切り口に噛みつかれたような、あるいは爪でひっかかれたようなかさぶたになっていた。

茅の爪痕。

それから、右足の中指と薬指で踏ん張りすぎて、感覚が麻痺しているような、膨張しているような、痛みを感じた。

それは、おそらく、筋肉の奥底からの痛みであり、腕にも、肩にも、ふくらはぎにも、太ももにも、背中にも、首筋にもあった。

夜中、その痛みから、解放されることはなかった。

それは、今でも、体に残り続けている。

私の中に残った茅の爪痕である。


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# by akikomichi | 2017-02-05 21:38 | 詩小説 | Comments(0)

「蛾」

第一回プラチナブロガーコンテスト



一昨日のことであった。

ヴァージニア・ウルフの日記を読んでいると、「蛾」(のちに「波」に融合?したらしい)という小説の構想を書き記していた。

「波」というブルームズベリー・グループのメンバーのことを書き記した小説の構想と同時進行でもあった。

同性愛的小説「オーランドー」も同時期に書かれており、彼女の書いたものは、やはり、彼女にしか書けないものであることがわかる。

彼女の体を通してしか描かれないものであること。

彼女は複雑な家庭環境で育っており、いつの時代も、家族的葛藤はあるということであろうが、ウルフは異父兄に虐待を受けていたということもあり、自分ではどうすることもできない、うつ的葛藤を押し付けられたとも言える女性であったが。

世界大戦の最中に、ロンドン空襲などで家が壊されたりした経験もまた、彼女を抑うつ的状態の元に起き続けたと思われた。

そう言った女性への見えたり見えなかったりするいわゆるガラスの天井的なものや、見えたり見えなかったりする爆撃の恐怖にさらされて、何がしかの彼女の耐えられる限界値を超えてしまい、石をポケットに詰めて入水自殺に至ったのだ。

彼女の目眩くような小説を書き綴る時の幸福感、高揚感を脳内再生しながら、彼女の生きた時代と今はそれほど変わっていない側面もあるということに共感もし、どこかで何かが少しだけでも救われもした気がしたが。

彼女とは状況も環境も違うのは、もちろんであるが。

彼女のように、限界を感じないように、生きたいように、やりたいようにしながら、生きながらえてきたようなところもあるが。

夢の中まで追いかけてくる悪意のようなものによって、時として、真夜中に目を覚まさせられることがあった。

イランイラク戦争時に、たまたま父親の仕事の関係で、イランにいた時に感じた、イラクからの爆撃の恐怖にも、似ているが。

記憶の中に埋もれさせているが、夜の闇から忽然と現れてくる坂道を駆け上る黒い水のような、津波のようなものが、逆流してくるのを感じることが時々、ふっとあるのだ。

地下室に逃げ込んだ空襲の時。

灯火管制が敷かれた窓ガラスに銀紙をベタベタと貼り付けて、外に明かりが漏れないようにしていた夜の記憶。

あるいは、いつか見た夢のように、駅で向こうの道から手をこまねいてたっている恐ろしい強権的な女の姿を見るような違和感。

その女は、他人がいると激変し、内にいるときと、外にいるときの違いが鬼と神ほど違うもので、苦笑いも出ないほどの裏表。

支配することが絶対条件のような強権的なものは、まずもって、人を性的に支配しようとすることで、意識的にも無意識的にも、身体的にも精神的にも、そのものを征服することができると、本能的に知っているもの。

内と外の違い。強権的。支配的。犬の習い。のような。

子供の時、両親がいなくなるのが怖かったのは、この女の強権があったからでもある。

性的にも年齢的にも、優位に立とうとする女が、声の大きな、剣幕で捲したてる女が苦手で、今でも怖くないわけはないが、「秘密」を強要することで、さらに、その強権を駆使するような。

ウルフの怖さとは、虐待を受けたことからの、抑うつ的状況から逃れられなかったことへの、生身の恐さを知っている、生の声が聞こえてくるからだと言える。

彼女と向き合う時期に来ていると、なぜか思われ読んでいたのは、石を持って入水するか、石を投げつけるか。

あるいは石を拾って、積み上げるか、あるいは石を刻むか、それとも石を飲み込むか。の極にいるからかもしれない。


おそらく、私は今、石を持っている。

研ぎ澄まされていない、鈍い石斧のようなものを。

それを持って、生贄を捧げるのか、自らが生贄になるかはわからないのだが、とにかく、石斧のようなものを持って、目の前の茅を手当たり次第に刈っているのである。

白い茎の内部を持った茅と赤い茎の内部を持った茅があることに気づいたのは、茅を狩り続けていた時である。

「菅」の色の違いによって、どちらがいい茅、悪い茅であるというわけではないそうだが、赤い管の茅を刈る時、どこかで、血の色を思いだし、茅の時折、風に吹かれてなびく姿が、悲しげに、ゆらゆらとして、空洞の中身を満たすものが、赤と白である茅の奥底を切り刻む、タロットカードの「死神」のような気になるのであった。

ここに来る前に、友人の友人にタロットカードで、無言の伝言を承ったことがった。

ただ、中世に作られたという古びたタロットカードの絵は、私に、そのカードの意味を教えてくれるだけであった。

私は、二つの首が転がる「死神」を選んでいた。

そうして、今、目の前にあることを完成させなさい。とだけ言われたのであった。

おそらく、茅葺の道の完成と、言葉の完成。の表裏一体、同時進行であったと思われたのだが、そこでは、何も言わなかった。

私の中で、二つが一つになることが、完成への道であると同時に、そのものの終わりであるのかもしれないが、まだ、その波のようなものが来ていないようでもあった。


目を閉じると、茅の残像がまぶたに鈍く蠢いている。

私の中に、刈られる前の茅の波が風にあおられて、いつまでも、生え渡り、永遠に、たなびいているようであった。


眠れないまま、次の朝がきた。

窓のそばにいるはずのない、茶色いものが畳に置いてあった。

よく見ると羽があった。

季節外れのセミの亡骸かと思われたが。

それは、じっとしている、生きているか死んでいるかもわからない、昨日まではそこにいなかった、茶色い「蛾」であった。



アート・デザイン部門





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# by akikomichi | 2017-02-04 23:34 | 詩小説 | Comments(0)