うそにつきあうことは

うそにつきあうことはしたくない
いいたくないことはいいたくない
ただそれだけではあるが
だれかがそれをひきうけて
うそにつきあい
いいたくないことをいっているのをみると
なんだかとてもつらいものである
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# by akikomichi | 2011-07-25 22:00 | 日記 | Comments(0)

排水口

どろながす排水口のそうじかな みえないもののとおりをよくす
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# by akikomichi | 2011-07-24 15:01 | 短歌 | Comments(0)

わんこいん

ひゃくえんのおみくじをひき
ひゃくえんのたこやきをたべ
ひゃくえんのそふとくりいむをなめる

わんこいん わんこいんとは いえるけど

ひゃくえんのじゅーすをのみ
ひゃくえんのえびすかぼちゃのはんぶんをてにいれ
ひゃくごえんのひゃくえんしょっぷのがむをかむ

わんこいん わんこいんとは いえないな

ひゃくねんもたないいえのなか
ひゃくねんたたないげんかんに
ひゃくねんいきないいぬのいえ

わんこいん わんこいんとも いえるけど
わんこいん わんこいんとも いえないな 
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# by akikomichi | 2011-07-21 22:11 | | Comments(0)

なんこつ

こりこりとなんこつかみしはがゆさをのみこむながらいきているひび 
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# by akikomichi | 2011-07-21 22:03 | 短歌 | Comments(0)

じいちゃんが

じいちゃんがかえってきたらいきたえた いぬのこころのしのびがたし し
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# by akikomichi | 2011-07-21 21:52 | 短歌 | Comments(0)

らじおから

らじおから てえぷのきしみ なつかしく あなろぐのあさ もちあるくなつ
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# by akikomichi | 2011-07-20 17:21 | 短歌 | Comments(0)

ラジオ体操

だいいちラジオ体操おぼえてる だいにのぼらずねむったままで
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# by akikomichi | 2011-07-20 17:13 | 短歌 | Comments(0)

台風

台風の過ぎしあとにも天騒ぐ 夕暮れ時の赤い太陽
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# by akikomichi | 2011-07-19 22:12 | 短歌 | Comments(0)

骨抜き

鯵にある骨抜きながら そりかえる ぬきさしならずもしなる骨先
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# by akikomichi | 2011-07-19 08:40 | 短歌 | Comments(0)

鯵さばき

鯵さばき ほねをぬきつつ かぞえけり ほねのずいまでとおめいとなり
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# by akikomichi | 2011-07-18 21:47 | Comments(0)

石巻の日々

http://shinyousha.com/ishinomaki-photo/

震災直後からずっと拝見させていただいている石巻です。

なでしこもかにもほころぶひもあれと いしまきのひび とりのひといき 
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# by akikomichi | 2011-07-18 09:19 | 短歌 | Comments(0)

窓を開け 風通り 
すずやかな月の顏出す夜のことです 
あたらしいシャボンをだしました
公園に遊びにいって汗だくの
ごはんもたべずにかえってこない子を待つように
月がとってもあおいのです
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# by akikomichi | 2011-07-17 21:30 | 日記 | Comments(0)

かんぱくせんげん

たけしまはにほんのしまということできまりましたとかんぱくせんげん
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# by akikomichi | 2011-07-16 22:13 | 短歌 | Comments(0)

およぐ 

さかなはおよぐ
という
えほんをよんだ

さかなの絵を描いた子は絵の中のさかなを泳がせたかった
だから水と水槽を描いた
さかなは水がないとしんでしまうからね

およぎたくないから
しんだ70匹のさかなをおおきなぷーるになげいれた子らは
えんそのみずにぽっかりうかんだうごかないさかなのようだね

およぎたいのにおよげない
おせんされてるかもしれないぷーるには
ひとっこひとりはいれないところもあるけどね

ところで12年前うまれたあなたは
わたしの腹の中で
およいでいたのをおぼえているだろうか

いきのいいあなたは
手と足をつかって腹の中を
さかなのようにぴちぴちとはねまわりしていたのだ

わたしの毒も栄養もすすって生き延びたあなたは
絵の中のさかなではないが
みずのないせかいをおよぐ およぐ  
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# by akikomichi | 2011-07-16 21:30 | | Comments(0)

白い蛇

冬の在る日 東京にいきました
ともだちのアングラを覗きに来たのでした
麦穂とひまわりの花束を持っていきました

その夜
ともだちの風呂のない六畳一間の下宿の炬燵の中で
白い蛇の夢を見ました

蛇は部屋の真ん中で
とぐろを巻いて
静かに赤い舌をだしていました


それからしばらくして
蛇がともだちの身体に
棲み憑いていることに気付きました

右肩にとぐろを巻いているのを
夏の在る日に
見つけてしまったのです

ともだちはわらっていいました
この蛇は
いつかは白でなくなるの

わたしの肌の色にそまっていくの
みどりにすればよかった
そしたらみどりのままでいられたのに

蛇は木に巻きついているようでした
ともだちのうでの かぼそい夢の中で
蛇の舌がちろちろするように脈打っているようでした
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# by akikomichi | 2011-07-15 22:00 | | Comments(0)

せがれのすすめ

http://www.youtube.com/watch?v=wW4VchHUbws&NR=1

せがれがおすすめしてくれたのではじめてきいてみました。

だまってていわんのばか って ぐっときました。

おしゃかしゃま ゆうしんろんとかも。
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# by akikomichi | 2011-07-15 20:47 | 日記 | Comments(0)

『果肉日記』

「御堂関白記(みどうかんぱくき)」と名付けられた藤原道長の日記が世界文化遺産に推薦されたと言う。

「御堂関白記(みどうかんぱくき)」は直筆で書かれた日記であると言う。

今、私が書いている日記は直筆でもなく、ネット空間を彷徨うが如くある言の葉の巻物であり、とある防衛庁の御用達の会社からクレームをつけられて、そちらのクレーム内容を公開していたら、突然、その内容を見えなくされて、おまけになぜか自分自身のブログにアクセスできなくなってしまったと言うお粗末さである。

それでも、こうして書き続けているのは、血のなせる技なのかもしれない。

書かずにはおれない、歌わずにはおれないようなもののある種の宿命のようなものであるとも言えなくもない。

というのは、先日、親戚のおじさんが亡くなって、葬式に伺った時に聞いた話から、勝手に思い込むようになった血の匂い、血族の末端を担うものとしての自分の名前を、そこで見たからであった。


おじさんは心臓の周りに脂肪を溜め込んでなくなった。

美食家だったので、いつも会うときはおいしいものを食べに連れて行ってくれたものだった。

家に愛人と遊びに来たときにも、母親が奮発して手に入れて来たステーキ肉もお気に召さなかった。

なんで親戚でもない人とうちに遊びにくるのかよくわからなかったが、私の父親も女性との交流関係に関しては身体を壊してまでも続けるような人であったので、こどもであった私は言葉もなく、ただ贅沢なステーキ肉が冷えていくのを横目で見ていたくらいであった。


 冷めている。大人はわからない。


おじさんの父親で私の曾祖父に当たる人は、映画好きで、福岡の渡辺通り沿いに映画館を昔持っていたが、映画好きが過ぎて、あこがれの映画の故郷の亜米利加に渡ってしまって、ユタ州で働いていたが、戦後、着の身着のまま日本に帰って来たのを、私の祖父が引き取って面倒を見たということだった。
ユタで何をしていたのかはよくわかっていない。
もしかして、戦争中であったから、敵国人と見なされ、ウラン鉱山などで外国人労働者として働かされていたのではないか等と、密かに思っていたりしたが、誰もよく知る者はいなかった。


 なにも、そこまでして。そこに走ることがわからない。



おじさんが焼き場から出て来て、皆でお寿司等を食べていると、半身不随の私の父親がやって来た。

父は脳出血で介護が必要な身体となり、しばらく私の家にいたが、ここに来る前に逃げてきた愛人に携帯で、


おいしいものを食べてるか。


等と話しているのを聞いて、携帯で話しているのは誰だともみ合いになっている時に、古い携帯がまっぷたつになり壊れてしまって、そのまま怒って家を身体を引きづりながらも飛び出してしまった、まるで思春期の男の子のような血気盛んな人であった。

しばらく顏も見ていなかったのだが、何事もなかったように、席の斜め横で、


白身の魚と海苔巻きを取ってくれ。


等と私に言ってくる。


 おとななのかこどもなのかわからない。


父はすまして醤油につけて左手で箸を上手に使い、寿司をほおばっている。


隣りに座っていた姪が、


じいちゃんね。最近、運転したいって云い出したとよ。誰も横に乗りたがらんけど。


と笑いながら言った。


 父ならやりかねない。それならわかる。


すると、テーブルの向こうに座っていた品のよいどこかで見かけたことのあるおばあさまが、


私もつい最近まで、車に乗ってたんですれど、もう八十を過ぎたのでやめましたの。


とおっしゃった。


そうなんですか。やはり、車を運転される方が乗れなくなると寂しいものなのでしょうね。


と話しかけると、そのおばあさまは目をくりくりして、


それにしても、なくなったやっちゃんとは、よく子どもの頃、かけっこして遊んだんですよ。
妹のしーちゃんもいっしょになって走り回って。
やっちゃんもしーちゃんも足が速かったわ。
あなたのおかあさんのじゅんちゃんは、まだちいさかったから、一緒に遊んでなかったけど。


とおっしゃった。


おいちゃんもその話を聞いてなんだか話にかたって(くわわって)きそうな気がしたが、写真の中に収まったまま、動かず笑っていた。


そのおばあさまが、ちょこんと座った足下の鞄から、いつも持ち歩いていそうな、巻物を取り出した。


これね。私たちの家系図なのよ。


私は、古びた手書きの方眼紙を横長に繋げたような家系図を手渡された。
巻物を延ばしていくと、末端に自分の名前が書かれているのを見つけた。


 横にのびていく根っこの先にぶら下がっている果肉が、私なのだ。


何かに繋がった気がしたのは、これが初めてであった。
家系図の中の自分。確かに血と肉で繋がっていたと言う証のようなもの。


藤原家とは縁があるんですのよ。私はそのことで今ルーツを探して、研究しているところなのですよ。


と、そのおばあさまの横に座っていたおばさんがいった。
どちらも名前は知らないが見たことがあった顏であった。


ねこもしゃくしも藤原、藤原の時代があったでしょう。


と母から同じことを言われて、笑っていたこともあったが。


 家系図を見せられて、たとえねこでもしゃくしでも、藤原家ということはわかった。


木曽さんも親戚にいるのですよ。


とおばさんにいわれた。

そちらは相撲の贔屓筋というか胴元みたいなこともしていたというので、改めて、血というものの縁に思いを馳せながら、血は亡くなったとしても骨になったおいちゃんの焼き場から出て来た生暖かい骨たちが、家系図のように横になっていたのを思い出していた。

 
 思えば、ほんの5,6年前に女子相撲の映画を撮っている福岡の在住の監督さんとプロデューサーの方のお手伝いをして、なぜか映画の中で戦争反対の詩を読ませてもらい、父親の仕事の関係でイランに住んでいたこともあり、イランでロケもしたいということだったので、そのコーディネートもさせてもらったことがあったが、父親や曾祖父や親戚がやって来たことが、今の自分に少なからず、意識的にも、無意識的にも影響を与えていることに、改めて気付いたということでもあった。


 さいごに関白となくなった祖先にささげし歌 

 果肉 食べるか 落ちついて さいごは骨になろうとも
 果肉 種まく だれかれと さいごは骨になろうとも
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# by akikomichi | 2011-07-14 13:33 | 小説 | Comments(2)

こどなのかいだん

http://www.youtube.com/watch?v=hG8yj2qGpCg

ちをわけしめいのこどなのかいだんのひとつひとつをただのぼりゆけ
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# by akikomichi | 2011-07-13 21:50 | 短歌 | Comments(0)

そして続く道のように

夢とリンクした時
黄金虫が
兎の背後から琥珀色の頭脳にふれたとたんに
くだけとぶように
夢から目覚めた

兎の目は赤く
じっとまえをむいたままだった
兎はなにをみてたのか
黄金虫に気付きもしないで
おとなしくうずくまったままで

家系図をみていたの
ずのうせんか かんじょうせんか
せいめいせんのような線の先の実のように
そして続く道のように
古い巻物の中に自分の名前をみつけたの
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# by akikomichi | 2011-07-13 10:50 | | Comments(0)