新潟の魚沼に茅葺職人体験に伺った時に、福島にも足を伸ばし茅葺銀座?「大内宿」を訪れた時のことである。

猫が縁側で眠っていたので、近づいてみると、その横にイザベラ・バードがこの家に泊まったことがあるということが書いてあった。

店番をされているその家の子孫の方が、イザベラ・バードはぶどう酒を持っていて、それを飲んでいるのを見て、住民が不気味がったという話をお聞きした。

ぶどう酒が人の血に見えたらしい当時の方々が、生き血を飲む珍しい人を、訝っていたという、今では笑い話であるが、本当にあった異文化交流話である。

イザベラ・バードが日本の奥地を旅したのは、自分の健康を慮っての、気分転換のためのものではあるが、日本を視察する目的も大いにあったようで、もの珍しいということにおいては、外から来た者にとっても、うちにある者にとっても、同じ思いであったようである。

オーストリア公使館のシーボルトの報告と当時の日本の情報を照らし合わせていたということ。

アメリカ外交の成功を長く記念するとイザベラ・バードがいう、アメリカ人の命名したリセプション湾、ペリー島、ウェブスター島、サラトガ岬(富津崎)、ミシシッピー湾(根岸湾)というものも知らなかったが、名前というものは名付けるものの思いが重なってはいるものの、当時の方々にとっては、はた迷惑な、わけのわからない、勝手なことであったともいえよう。

いやいや、勝手に命名するなよ。と。


人力車が初めて街中をはしりだしたのが1871年(明治4年)であるということ。も知らなかった。

今では、いつ始まったかなど覚えてもいないことを書き記すことによって、刻みこまれるものもあるということ。

大内宿にたどり着く前に、イザベラ・バードの見たであろう日本を、これからじっくり読み、寄り添うように、たどっていこうと思う。

大内宿で眠っている猫の夢のようなものであるかもしれない。ひとときのものであるかもしれないが。

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by akikomichi | 2017-09-27 23:39 | 日記 | Comments(0)

今年は、イランでのロケも敢行された、「どすこいビューティーズ」という女子相撲映画撮影に参加させていただいたプロデューサーの児玉さんが福岡パノラマの枠で久留米絣の物語を作って上映されているということを知り、伺った。

久留米絣の礎を築いたと言ってもいい「お伝さん」と久留米絣を受け継ぐ者たちの物語であった。

「お伝さん」が久留米絣を受け継ぐ者の前に現れるというちょっと異界な物語ではあった。

見えないはずの者が見えその魂を受け継ぐというようなことが伝えたかったのであろうが、児玉さんご本人曰く「アイドル映画」?!であり、若い方から年配の方まで、久留米絣を愛してほしいという願いを伝えたかったのであろうと思われる。

素直にすうっと入ってくる物語。

それは最初に上映された「伊万里のまり」も同じく。「伝統」というものは、伝えていくという限りにおいて、皆同じ匂いがする。
茅葺もまた然り。

生の茅葺も、映像も、物語も残していきたい。と切に願う。



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by akikomichi | 2017-09-24 05:57 | 詩小説 | Comments(0)

形から入る

形から入るように
心構えを持つように
と今日が最後のお勤めだった
心構えの師匠のシゲさんに言われて
ニッカポッカを手に入れた

オランダの子供服が起源というものもあるようで
ニッカポカーズといえば
オランダ移民のことだという
スポーツや軍服で使われていたという
もともと江戸時代やらの鳶職の方々のそれに近い形だというものもある

ニッカポッカをはいていると
いつも面白いお父さんのような大工さんが
板についてきたねえ
俺が若い頃はいとったのばやるばい
と言って大きな紺のニッカポッカをくださった
ありがたいことである 宝物にしたい


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by akikomichi | 2017-09-21 20:23 | 詩小説 | Comments(0)

怪獣の腕のなか



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by akikomichi | 2017-09-18 22:28 | 日記 | Comments(0)

ご安全に世界夫人よ




「さようなら世界夫人よ」

ヘルマン・ヘッセ 植村敏夫訳 作曲・編曲 Pantax's World

世界は がらくたの中に横たわり
かつてはとても愛していたのに
今 僕等にとって死神はもはや
それほど恐ろしくはないさ

さようなら世界夫人よ さあまた
若くつやつやと身を飾れ
僕等は君の泣き声と君の笑い声には
もう飽きた

世界は僕らに愛と涙を
絶えまなく与え続けてくれた
でも僕等は君の魔法には
もう夢など持っちゃいない

さようなら世界夫人よ さあまた
若くつやつやと身を飾れ
僕等は君の泣き声と君の笑い声には
もう飽きた

http://www.youtube.com/watch?v=Ao6Yyz6nEYo


〜〜〜〜〜〜〜

ヘッセへの続投詩

「ご安全に世界夫人よ」

世界は台風とミサイルの最中

死神は横たわり

葬儀の画像を探している


車輪の下を念入りに踏みつける暗黒世界夫人よ

車輪の上を手放しで転がしていく新世界夫人よ

車輪がパンクして走れない月世界夫人よ

我々はあなた方の街宣と冷笑には

もう飽きた


世界の目はカッシーニの燃え尽きる前の画像を見て

宇宙にはてた

かつてはとても愛していたのに

くらい宇宙の中で燃え果てたとしても

元に戻るだけのことであるにしても


ご安全に

世界夫人よ

さあまた

宇宙のクズから這い上がり

ご安全に

世界夫人よ

さあまた

夢々 思いもよらない死をまねくなかれ




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by akikomichi | 2017-09-18 21:49 | 詩小説 | Comments(0)

どの手が作るか

どの手が作るかで
茅葺が変わるとするならば
ただ見ているだけのものに
あっちに行けというものの手よりも
茅にのっかった小さなカエルを見つけて笑うものの手で
生きているものそのままのものをそのまま愛でるものの手で
作り続けていただきたい
いたずらに煽られきょうそうで追い立てられて作るよりも
丁寧にいきて作っていけるように
作り続けていきたい


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by akikomichi | 2017-09-18 20:20 | 詩小説 | Comments(0)

以下抜粋

私はプーラン・シングの鍛冶場が好きだった。キクユ族の人たちは、二つの点でこの鍛冶場が気に入っていた。

まずひとつには、鉄という素材のなかでも最も魅力に富んだもののせいである。
鉄は人々の想像力を彼方まで導いてゆくものだ。

〜〜〜〜〜

第二に、土地の人々の自然に近い生き方を鍛冶場に惹きつけるのは、その音楽である。
鍛冶のかんだかく快活な、しかも単調で目覚ましいリズムは、神話のような力を持っている。
雄々しさに満ちたその音は、女たちの平衡を失わせ、心をとろけさせる。
その音は率直で気取りがなく真実を、ただ真実のみを語る。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜

彼の鍛冶場のつち音は、聞く人の心にそのまま声を与えるかのように、それぞれの人が聞きたいと望む歌になる。
私にとっては、つち音は古代ギリシャの詩の一つを歌っていると聞こえるのだった。その詩を友達が訳してくれた。

「エロスの神は鍛冶さながらにつちを振りおろし
あらがう我が心を火花を散らせて打ち打つ
エロスは我が心を涙と嘆きもて冷やす
赤熱の鉄を流れにひたすごとく」


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

オウム

デンマーク人の年老いた船主が、自分が若い頃の思い出にふけっていた。
16歳の時、シンガポールの売春宿で一夜を過ごしたことがあった。
父親の持船の船員たちと一緒に登楼し、そこで中国人の老女と話をしたのだった。
少年が遠い国から来たのだと聞くと、老女は自分の飼っている年取ったオウムを連れてきた。
昔々、私が若かったころ、やんごとない御生れのイギリス人の恋人がいて、このオウムをくれたのだよ、と、老女いった。
それなら、この鳥はもう百歳くらいだ、と少年は思った。
老女の昔の恋人は、このオウムを彼女に送り届ける前に、何かの文句を教え込んでいた。
その言葉だけは、どこの言葉なのか、どうしてもわからず、客たちの誰に尋ねてみても、意味のわかる人は一人もいなかった。
そこで、もう長年の間、女はたずねるのをあきらめてしまっていた。
だが、そんなに遠くから来たのなら、もしかして、これはお前さんのお国の言葉ではないかえ。
そうだったら、この文句の意味を説明してもらえまいかと思って。
そう言われて、少年は不思議な感動に心をゆすぶられた。
オウムを眺め、そのおそろしいくちばしからデンマーク語が洩れるところを想像すると、もう少しでその家から逃げ出しそうになった。
だが、その中国人の老女に親切をしてやりたいという気持ちが、かろうじて少年の足をふみとどまらせた。
ところが、老女がオウムに例の言葉を言わせるのを聞いてみると、それは古代ギリシャ語だった。
オウムはその言葉をとてもゆっくり唱えだし、少年にはそれがわかるくらいのギリシャ語のわきまえがあった。
それはサッフォーの詩だった。

「月は沈み スバルの星々は沈み
真夜中はすでに去り
かくて時はすぎ 時はすぎ
横たわる我は一人」

少年が詩句を訳すと、老女は舌を鳴らし、くぼんだ小さな眼を見張った。
もう一度繰り返してくれないかとたのみ、それを聞くと、ゆっくりと頷いた。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

キクユ族はもともと死者を埋葬せず、地上に置いたままにしてハイエナやハゲタカが食べるにまかせる。
私はこの習慣を好ましく思っていた。
太陽と星々の光にさらされて横たわり、短時間のうちにきれいさっぱりとたべられて消滅し、そして自然と一体になり、風景の一部と化すのは、楽しいことではないか。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

「嘆きの歌を変えよ
よろこびの調べに
われはあわれまんとてきたらず
楽しみを求めて来るならば」


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

「死にあたり
火はわがむくろを犯せども
われ心にとめず
今はすべてのもの、
われにとりてよければ」


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by akikomichi | 2017-09-17 14:12 | 小説 | Comments(0)

さしよし

雨風と太陽に削られていく時の再生をおこなうように
さしよしをする
だんだんにまだらになる
ふるいよしあしとあたらしいよしあし
さじかげんで平たくも固まりにもなる
まるで
我々のように
そこにおさまっていく時の束たち
どうか一つ一つが連なって
一つのものになるように
と祈るように
丁寧に生きるように
さしよしをする


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by akikomichi | 2017-09-15 22:48 | 詩小説 | Comments(0)

忘れることがないように



死神と出会って
魅入られてしまった方は
天上に行って幸せに暮らしていると
美山の中野親方はおっしゃった

それでも
なくなってしまった方を
忘れることができないものたちは
自分のやれることをやって生きて行くしかできない

残されたものたちは心を亡くすことなく
自分たちのできうることをすることでしか
受け継いでいくことでしか
報いることはできない

なくなった方の意思を受け継ぎ守っていけるように
心ある方々に出会えることで守っていけるように
そこだけは
忘れることがないように









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by akikomichi | 2017-09-11 01:22 | 詩小説 | Comments(0)

シゲさん

シゲさんが神奈川から助っ人にやってこられた。
とても大きな方である。
身長はもちろん、人間としても。
とても繊細で優しくもあるが、仕事に関しては厳しいだんどりの鬼と化す職人さんでもある。
茅の扱い方やみちぎに登る時の脚の踏ん張り方を教えていただく。
私が雨の中、フラフラして滑り落ちそうであったらしく、見るに見かねて教えてくださったのだった。
ありがたいことである。
いろいろ、学ばせていただけることに感謝である。

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by akikomichi | 2017-09-06 23:09 | 詩小説 | Comments(0)