「日本の草屋根」相模書房 小林梅次著 より

万葉集一六三八の歌

あをにいよし奈良の山なる黒木用ち造れる室は坐れど飽かぬかも

これは聖武天皇の歌であるが、黒木の語が見える。黒木の意味は、皮付きの木という意味と常緑樹の意とある。それはともかくとして、室の語が使われているけれども、穴の段階から脱した建築を思わせるものがある。ただ、黒木が建物のどの部分に使われていたものか、この限りではわからない。


万葉集千六三七の歌

はだ薄尾花逆葺き黒木用ひ造れる室は万代までに

この歌は「尾花逆葺き」の語によって、その様子は一段と明らかで、屋根が尾花、つまり茅で葺かれていたことを示している。



播磨国風土記中川の里の項に

時に大中子、苫もて屋(いへ)を作りしかば

とあるのも、苫で屋根または壁を作ったのであろう。


徒然草にも

家の造りやうは、夏をむねとすべし。冬はいかなるところにもすまる。熱き頃、わろき住居はたえがたき事なり。

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by akikomichi | 2017-08-16 22:36 | 日記 | Comments(0)

「黄色い日々」梅崎春生

(あいつは助かったんだな、あいつは)
それは麻痺性痴呆の病名をもって、A級戦犯の法廷から除外された男であった。この男がM病院に収容されていることは知っていたし、直線道路の彼方にその姿を見たとき、彼はすぐその男であることを直覚した。長身のその姿は、冷たい風のようなものを漂わせながら、近づいてきた。すれちがうまで彼ら三人は、しんと口をつぐんで歩いていた。
(どうしてあのときおれたちはしんとしてしまったのだろうな)

梅崎春生「黄色い日々」より抜粋


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なんとなく、梅崎春生「黄色い日々」を読んでいた。

「幻化」「桜島」なども読みつつ、戦争の後始末としての東京裁判についてふと思った。


誰が、生き残ったものを責めることができようか。などとおもいながら、これを繰り返し読み返していたのだ。

おそらく、梅崎の残した小説から鑑みると、上記の男は、大川周明のことであろうと思われるが。

東京裁判を生身で知っているものは、半ばあきらめのような、どうしようもない押し付けられた裁判を、生で、引き受けてきたのであるから、それを卑怯という単純な暴言を吐き捨てるだけでは、あまりにもそこが浅いようにも思われる。

たとえそれが、現人神、言ってみれば超A級戦犯的存在であったとしても、罪や罰というものを、他から受けつつ、生き残ったもの自らの中に課している様々な償いのようなものを見ようともしないのは、あまりにもそこが浅いと言わざるをえない。

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by akikomichi | 2017-08-14 00:01 | 小説 | Comments(0)

四十九日

四十九日が近くなり、盆でもあり、亡くなった先輩のお宅に皆さんと伺う。

奥様と子供さんはいつも通りの日々を過ごしておられるようであったが、大きな存在をなくしたことは、ご家族にとっても、私たちにとっても、未だに受け止めきれないもののように思われた。

写真の先輩は微笑んでおられるが、どこか上の方、遠くの方を見ているようで、もう、お話しすることも、教えていただくこともできない哀しみのようなものを置いて行かれたことを思った。

まだ、そこにおられるような、そのような気になることも、しばしばであった。

身が引き締まるような、何事もおろそかにできない、見えないものを感じるような。

犬の梅子ちゃんが、見知らぬ人々が来たので、びっくりしたのか、よく吠えていた。

梅子ちゃんの鳴き声が、いつまでも、帰り道にこだましていた。

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by akikomichi | 2017-08-13 21:11 | 詩小説 | Comments(0)

「月蝕」

ハサミを入れる皮の入れ物の修理を個人でカバン作りをしている方に頼んでいた。

汗で皮が溶け出したようにしてできた穴が鋲よりも大きくなった。

地球を飲み込んだ影のように、ぽっかりとした見えない闇を作り出していた。

月を蝕うような闇が底なしの穴を作っていくような夜に、人工の小さな太陽の光を溜め込んだようなコンビニエンスストアで待ち合わせをしていた。

彼女はすでに来ていて、雑誌のところに立っていた。

私は、ハサミを入れる皮の入れ物の二つの穴を埋めた、新しい皮に縁取られた白いステッチが手縫いであることを教えて貰った。

柔らかい白い線に縁取られた二つの鋲は、銀色に光っていた。

彼女が、一つだけ打ち込む時に凹んだといった。

ハサミがあまり良く切れず、新しいハサミを手に入れたばかりだったので、ようやく、おさまるところを直してもらったのだから、それくらいのことはよしとした。

彼女の作る手作りの鞄も秋頃にはできるという。

一つ一つ形を作っていくことの喜びを知っている人は幸いである。

私は、茅葺の屋根を見るたびに一つ一つの茅の収まりどころを思った。

重なっていく茅の重みと竹の押さえ。

一つ一つの茅になったように、見続ける毎日を過ごしているうちに。

いつの間にか、私は茅葺の屋根になっていくような、茅葺そのものになっていくような気になってくる。

雨にさらされ、強い日差しにさされ、風を受けて、そこにいるのだ。

などと思いながら、明るすぎるコンビニを出て、真っ暗な山道を車で駆け登っていくと、異様に黄色く光る月が出ていた。

もうすぐだった。

夜中を過ぎてから、月蝕が始まるということを思い出していた。

地球の影と月が重なる時。

私たちは、それぞれ闇を孕んで向き合うように、月が闇に喰われてしまうのを恐れもせずに、そのまま、そこにいた。




















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by akikomichi | 2017-08-08 02:10 | 詩小説 | Comments(0)

「稲の花」



稲も花が咲くときがあるのだという
稲の花は白いという
もう少しで花が咲くという
花が咲くとき雨風はない方がいいという
一つ一つの米に花が咲くとき
愛し合うといい
小さな実がつくとき
白い実を一緒に食べればいい


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by akikomichi | 2017-08-01 19:50 | 詩小説 | Comments(0)