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せめたてる

せめたてることばのいみとちのながれ からだをめぐるものはかわらず
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by akikomichi | 2011-10-31 14:19 | 短歌 | Comments(0)

かろやかに

かろやかにいきているのはいいとして ひきうけるものはだれにでもあり
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by akikomichi | 2011-10-31 14:12 | 短歌 | Comments(0)

http://www.cyzo.com/2011/10/post_8936.html

 『在日の耐えられない軽さ』(中公新書)などの著書で知られる鄭大均(ていたいきん)首都大学東京教授が、政治学者・姜尚中(かんさんじゅん)氏の批判本『姜尚中を批判する—「在日」の犠牲者性を売り物にする進歩的文化人の功罪』(飛鳥新社)を上梓した。岩手県で在日二世として生まれ育った鄭教授は、2004年に日本に帰化。その立場から、犠牲者性を軸にした多くの「在日論」に一貫して批判的なメッセージを発信してきたひとりだ。在日外国人地方参政権に批判的なことでも知られる。一方、姜氏といえば、東京大学教授にして『朝まで生テレビ』(テレビ朝日系)などの人気メディアにも多く露出し、在日コリアンの被害者性を強調した『在日』(講談社)などの著書でも知られる著名文化人のひとりだ。岩手県出身の在日二世・鄭教授が、熊本出身の二世・姜氏を批判する理由はどこにあるのか。鄭教授に執筆の背景と「姜批判」のポイントを聞いた。(聞き手/浮島さとし)

——鄭大均教授も在日二世であるわけですが、この手の批判本を書くと「在日同士のけんか」という好奇の目で見られることも多いと思います。

鄭氏(以下、鄭) 当然それは考えました。この歳になって他人の批判なんて本当はしたくない。そういうことは誰か他の人がやってくれたらいいと思ってました。しかし、どうやらそういうことをきちんとやれそうな人はいない。ならば自分でやるしかない。やらなかったら、後で後悔するだろうと考えたわけです。本でも記していますが、「在日犠牲者論」というのはけっこう、影響力が強いんです。在日の犠牲者性を同語反復する愚直さが、韓国や北朝鮮の発信する反日論とコラボレートして、実は世界的な影響力を発揮している。パリに行ったって、ニューヨークに行ったって、在日だというと、強制連行について言及する人間がいる。もう少し情報通になると、姜尚中という名前を語り始める。その発信地は日本なわけで、それを野放しにしていいのかという問題です。

——鄭教授も、若かりしころは韓国民族自主統一青年同盟のメンバーとして民族運動に携わっていたとお聞きしています。在日として、姜尚中さん的な被害者意識にのめり込まなかった理由は何でしょうか。

鄭 わたしにも、被害者意識に憑依してものを語る、そういう時期がありました。我々は日本で生まれた二世であって、文化的にも社会的にも日本人と変わるところは何もないんだとか、韓国に帰属意識があるわけでもないのに韓国籍を持ち続けるのはおかしいんだとか、そういうことが明瞭になるまでには、けっこう時間がかかりました。比較的若いころにアメリカを体験したことと、韓国で長く暮らしたのがよかったんでしょうね。あとは嗜好の問題でしょう。自分の被害者性を語ることのおこがましさに慣れることができるかどうかの問題ですね。わたしはそんな気持ち悪い役割は担いたくないと思った(笑)。

——1965年に朴慶植が記した『朝鮮人強制連行の記録』(未来社)という書物が当時の在日のバイブル的な存在になり、今の「在日論」を形成したとされています。

鄭 いや、あれは日本人のバイブルになったんでしょう。コリアンに歴史道徳的な負い目意識を持つ日本人の中に、あの本に出会って啓示を受け、それから「強制連行」の調査なんかを始める人間が出てくる。在日の場合は少し違うでしょう。もしあの本を当の在日一世が読んだら、それが自分たちのことを記した本だとは信じられないでしょう。一世の多くは、この国で一旗あげるためにとか、半島での貧しさから逃れるために故郷を離れ、日本にやってきたことを承知しているわけで、彼らの立場からすれば、自分らが日本にいることを「強制連行」のせいにするようなお話が、作りものであることは明らかですからね。

——今回の『姜尚中を批判する』では、姜氏の自伝的作品『在日』などをサンプルとして読み進めながら人間像を浮かび上がらせる形をとられています。例えば『在日』の中の次の一文。<わたしは、一世たちの思いを後世に伝えねば、と思う。わたし自身の半生を振り返ることによって、その思いを少しでも感じてほしい。在日二世、姜尚中を知ることによって......>

鄭 ずいぶん奇怪な文ですね。一世といったって、いろんな一世がいますし、「思い」といったって多様でしょう。どう考えても一元化できるはずのない多様な「思い」を自分の半生を振り返ることで後世に伝えるというんですから、これはでたらめか妄想か。さもなくば、ある種の戦略ということになるのでしょうが、わたしの見るところ、これはなかなか戦略的に書かれた本で、怖い本だと思います。バカにはできません。

——姜尚中氏はテレビで見る限りソフトな語り口が印象的ですが、こうして本を読み解くと、強引なことが書かれていることに気づかされます。

鄭 『在日』にはこういう記述があります。姜氏にはナイーブな部分とふてぶてしい部分が同居していて、こうした「分裂質的なわたしの性格が、父母とわたしを取り巻いてきた『在日』の環境からなにがしかの影響をこうむったことは間違いない」と。自分の「分裂質的」な性格を「在日」との因果関係で語るのですが、これはずいぶん強引な文章ですね。にもかかわらず「なにがしかの影響」などという婉曲話法が用いられているためにソフトな印象を与えてしまう。だから彼の文章は、疑念をもって何度も読み直さないとだまされやすい。

——ちなみに、その後の記述でも「分裂質的」な性格は母親にもあり、なぜかそれも「在日」という環境が原因だと書いています。

鄭 お母さんが突然ヒステリックになるところがあると記した上で、<母もまた、明らかに分裂質的な正確な持ち主なのかもしれない。わたしの勝手な解釈かもしれないが、母がそうなったのは、先天的な要因というよりも、やはり「在日」という環境の影響が大きいと思わざるをえない」>と続ける。しかし、分裂質的な性格を説明したいなら、「在日」などというわけの分からない環境因子に触れるより、母の兄弟に似たような事例はないのかとか、姜家の遺伝因子でも調べた方が科学的でしょう。在日に分裂質的な人間が多いなどという証拠があるわけではないんですから。しかしそうした点には一切触れず、「わたしの勝手な解釈もしれないが」とか「思わざるをえない」などという婉曲話法を用いて、結局は在日の犠牲者性や被害者性を語ってしまう。

——お行儀よく丁寧な文章に見えますが、どう客観的に読んでも、言っていることは身勝手で恣意的であるとの印象を強く受けます。

鄭 上辺は丁寧でソフトだけど中身は極めて身勝手。彼は中学生のころに友人の吃音を真似ているうちに自分も吃音になってしまったというが、これも「在日」のせいだというわけです。

——その記述があります。<小林秀雄は日本人とは日本語という母胎にくるまれた存在で、その母胎を通じて日本的な美意識の世界を形づくってきた(略)わたしはある意味でその母胎となる共同体から拒絶されている感覚を持ち続けざるを得なかったのである。そのはじき出されるような違和感が、身体化され、吃音となって表出したのではないか>。......こうなると、オカルトですね。

鄭 自らの吃音を語るのに小林秀雄を持ち出すのは知的なセンスですね(笑)。しかし、「在日」という言葉をなんの定義もないまま使い続けるのは知的というより魔術的です。「在日(コリアン)」という場合、わたしなら戦前から日本に住み続ける朝鮮半島出身者およびその子孫のうち、現在でも韓国・朝鮮籍を有する特別永住者を指して原則的には使う。ということは、その多くが二世や三世によって構成される40万人弱の特別永住者を指すもので、これは法的なカテゴリーです。そこに文化的ないしは社会的性格なぞ何もない。ところが、彼に言わせると「在日」という集団には、どうやら犠牲者性という性格が共有されているらしい。

——最後にお伺いします。先に批判された『朝鮮人強制連行の記録』と姜氏の『在日』を、同じ「在日論」というカテゴリーにおいてどう比較されていますか?

鄭 荒唐無稽という点では甲乙つけがたいですが、姜氏の『在日』は読者を魅了する仕掛けにおいては、大きな進化を見せています。武骨で読みにくいジャンルであった「在日論」に、情緒性やロマンチシズムの魅力を加味し、在日論の大衆化に大きく寄与したといえるでしょう。在日論は、日本人の心に歴史的負い目を植えつけるとともに、国際社会では日本を否定的に語るときに手軽に使えるアイテムとなっています。姜氏の『在日』は、数ある在日論の中でも、その犠牲者性がほとんど究極まで高められたような作品で、しかも氏は時代の寵児ですから影響力もある。黙っているわけにはいきませんね。

●ていたいきん
1948年、岩手県にて韓国人の父と日本人の母の間に二世として生まれる。アメリカや韓国、日本で多角的に学びながら、2000年代に入り「在日論」に取り組む。首都大学東京・人文科学研究科教授。専攻:東アジアのナショナル・アイデンティティー、エスニシティー。著書に『増補版 韓国のイメージ』『在日の耐えられない軽さ』(いずれも中公新書)、『在日韓国人の終焉』『在日・強制連行の神話』(いずれも文春新書)『韓国のナショナリズム』(岩波現代文庫)など。

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鄭大均(ていたいきん)首都大学東京教授の歯に衣を着せない正直さと人間としての気構えを感じた。

色々と、読んでみたいと思う。
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by akikomichi | 2011-10-31 12:22 | 日記 | Comments(0)

なまがわき

なまがわき うすかわひとつ めくるよに はがれたよるのふぃるむひとつ
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by akikomichi | 2011-10-30 21:44 | 短歌 | Comments(0)

むし

暗闇の中 岩喰らうむしがいた 額にでんとうはりつけるむし
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by akikomichi | 2011-10-30 21:37 | 短歌 | Comments(0)

粥川風土記

民族文化映像研究所制作の『新編 粥川風土記 清流・長良川の源流域に暮らす』を拝見した。

空、そして山。
水は、この空々たる世界から生まれ、
人、万物をうるおす。
その恩恵を知り、感謝して暮らす。
生活者の郷。
日本は、まだそれを失ってはいない。

と記す民族文化映像研究所の心意気を感じさせる生活に根ざした民俗学的映像。


まず、詩や小説や短歌を書くものとして最初に惹き付けられたのが生活する方々が使う「言葉」であった。
ものや行動としっとりと息づきぴたりと同じところにある「言葉」。

「だわ」(山偏+礼の傍(つくり)だけを使った文字)という言葉と文字を初めて見て聞いた気がしたが、自然と出来上がったようなくぼんだ道のことで熊の通り道はだいたいそこにあるという。
その土地の人には、慣れ親しんだ言葉を知り、それが息づく場所も又あり、出会えることをうれしく思った。

「土が生む」と言う言葉も、ある意味、詩的であるが、作為的ではなく、本当に土が雨を含み、みずをうむようなほっこらとした木を生い茂らす山の湿り気のある土を思わせる言葉をさらっと話される地元の方の話に引き込まれていった。

http://ja.wikipedia.org/wiki/星宮神社_(郡上市)
http://www.sukima.com/08_hida00_02/01hoshino_.html

粥川近くに「星宮神社」と言う藤原高光の鬼退治伝説がある神社があり、その際に、うなぎは正しい道を教えたため(虚空蔵菩薩の眷族でもあるため?)食べてはいけないと言う言い伝えがあると言う。

以下、ウィキより抜粋〜〜〜〜〜

粥川地区の氏子は、粥川谷の鰻を捕まえたり食したりすることを禁忌としている。これは粥川谷の鰻が藤原高光に正しい道を教えたことにより、さるとらへびを退治できたことから、鰻が星宮(明星天子)の使いとされていたからである。やがて明星天子と虚空蔵菩薩が同一とされ、鰻は虚空蔵菩薩の使いとなり、この地域独自の民間信仰となっている。他に牛返し岩より上では牛を飼わないということも、虚空蔵菩薩信仰の影響という(虚空蔵菩薩は丑年の干支守であることから)
粥川地区の氏子の多くは、粥川谷の鰻以外の鰻も食べないという。「土用丑の日に鰻を食べない地域」として話題になることもある。
左鎌の奉納が行なわれている。これは双生児の場合は一方が左遣いとされており、双生児の大碓命と小碓命のうち大碓命が左遣いであったことに由来する(大碓命は美濃国を開拓したと伝えられている)。所願の成就を祈る時に左鎌を奉納していた。かつては鎌を板壁に突き刺していたが、現在は左鎌が描かれた絵馬になっている。
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この神社は、出雲系の神社であるらしく、出雲に向かって小舟に人形(神?)を乗せ、清流に流す神事もあるというのも、面白く拝見した。



この辺りは、林業も昔からあったというが、大坂の陣の後、ここに棲みついた武家一族の方々の先祖が植えたような木を切り、又、その後植え育てていくと言う、何百年単位の「木の時間」を思い、後の後まで考えていくというその姿勢を見るにつけ、あまりに無謀なTPP推進論者の方々にも是非、この映像を見ていただき、足下を見てもらいたい等と思った。

車や鉄道等なかった時代に木を切り倒し、木を運ぶ手段として編み出された、木の走る道のような「きんば(木馬)」作りをされている親子の方や、川を使って木を組み筏にして下流に持っていく技もまた洗練されており、藤の蔓を上手に結び創り、その場にあるものを無駄もなく使い、理にかなった技となり、引き継がれていくことの意味を、日本は決して忘れてはいけないと思われた。


芸術ではなく、生活であるもののたくましさを忘れてはいけない。
というよりも、わすれてはいられないところにいる気がした。


他にも多数のその土地の方々に根ざした生活、根を張ったものが納められている貴重な映像もあり、そちらも是非拝見したいと思われた。
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by akikomichi | 2011-10-30 17:06 | 日記 | Comments(0)

つちがうむ

あめがしみ つちがうむのは しみずかな かわのながれにたどりつくまで 
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by akikomichi | 2011-10-29 23:51 | 短歌 | Comments(0)

五色の豆

雨の日に 五色の豆を煮込みつつ 澱んだ空に うかばれていけ
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by akikomichi | 2011-10-28 16:05 | 短歌 | Comments(0)


友人とともに
イギリスに行こうとしている
何をしにいこうとしているかはよく分からないが
何かしないといけないと思っている

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島国イギリスも近隣に対する思いは日本と同じものがあるのではないかという現れか。
良い意味で島国同士繋がれることもあるのではとも思うが。
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by akikomichi | 2011-10-28 07:49 | | Comments(0)

つがいの蝶の夢(夢詩)

仮面舞踏会で顔半分だけ隠れるくらいの大きさの
淡い青と黒い縁取りの蝶と
淡い桃と黒い縁取りの蝶が
目と鼻の先で飛ぶ
大きなこすもすのような花にかざられ
ふわりとかぜにふかれてふくらんだ
あわいリボンのようであり
息を吹き込まれた人形のまばたきのようであり
おそらくあれはつがいの蝶だ

と思ったところで目が覚める
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by akikomichi | 2011-10-27 15:45 | | Comments(0)