カテゴリ:詩小説( 189 )

第一回プラチナブロガーコンテスト




おからって美味しいと?

昔、たまたま見かけた時代劇の中で、おから好きの侍が、いつもおからばかり食べているという場面を見て、母に聞いてみたことがあった。

母は、好きな人は好きやろう。

とだけ言って、しばらくして、おからを食べさせてくれた。

ぱさぱさしていた。味はもさもさしていた。ぱさぱさとした中に、味が入り込めない、いくら味付けしたところで味が、逃げてしまうような、底なしの空っぽ。そこにあるはずのものが、抜かれたものには、空虚なパサつきが残るということを知ったのは、それからであった。

豆乳にも豆腐にならなかった、搾り取られた後のものだと知ったのは、それがきっかけであった。


昨日、豆腐屋でおからを分けてもらっていたものに、豆腐と胸肉の余ったものを叩いて細かくしたものと卵などを使って、団子を作ってみた。

おからと豆腐の再融合に鶏と卵の再会の象徴的な団子を作るために。

何かが、足りなかった。

一度、搾り取られたものは、再び取り戻すことができないような、「分離」を知るのである。

一つになっていたものが、分離すると、もう元には戻らない。

不可逆性。

やはり、何かが足りなかった。

豆乳となって流れ出たほとばしる生命の汁気。とでも言おうか。

あるいは、ほかほかとした熱のようなもの。

それが、決定的に欠けていたのだった。

鶏と卵の場合はどうか。

豆乳と豆腐から「おから」がかけているものとするならば、鶏と卵には「殻」がかけていた。

豆を守っていたからの残骸でもある「おから」と、卵を守っていた「から」。

どちらも、一体であった時は、それらを守っていたのであった。

それらを守らなくてもいいところで、「から」は廃棄されるか、かす扱いされるようになる。


国の形にどこか似ていると思った。

国を守る必要のない、国を食い物にするためのものには、おからもからも、旨味のない、必要ではない、不要のものとされるというわけである。

あとは知ったこっちゃないと、逝く皆。と繰り言のように、滅びを口にするものがいたならば、こう口にするのがよいのかもしれない。

おからも殻も空のうち。

おからもからもからのうち。

おからもからもからのうち。

呪文のように、繰り返してみるのがよいかもしれない。

繰り返される、時代劇のように。

おからもからもからのうち。

おからもからもからのうち。

おからもからもからのうち。




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by akikomichi | 2017-01-16 11:33 | 詩小説 | Comments(0)

「友と語りて思うこと」




友と語りて思うことあり。


彼女はこの世で出来うる限り自由になろうとしていた。

野に住むことを選び、野とともに生きている。

私もまた野にいでようと思う。

土に帰るということは、そういうことである。


それまで見かけなかった蛆虫がどっぽん厠に三匹いたという。

彼女が麺すらもよく噛んで飲み込んでいないからだと思ったという。

人の世で噛み切れないことがまかり通るようになると、そこからはい出そうとするものがいるように見えたという。

それから、蛆虫に詫びを入れるように、蛆虫の住む世界もよくなるように、米の飯を一粒一粒かみかみするように、百戒のように、百回一口ごと噛んで、噛んで、噛み続けたという。

蛆虫が、それから、とんと出なくなったという。

這い出す必要がなくなったということかもしれない。

あるいは、そこで大きくなり、立派な蝿になり、どこか遠くの匂いの元を探しに冒険に出たのかもしれない。


例えば、畑。

土塊の中に帰っていく、彼女の中を通っていったものが、土と水と太陽と種が混ざり合って大きな大根になるのを見届けるために。

彼女は大根に聞く。

いや大根が彼女にいいよと語りかけてくる。

そうして、大根は土から、彼女の中にまたやってくる。

土の人であることが彼女であるということ。

そのものであるということ。

野に出ていることが、彼女が自由ということ。

何も恐れることはない。

自由ということ。恨むこともない。呪うこともない。

ただ、自由ということ。



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by akikomichi | 2017-01-14 20:25 | 詩小説 | Comments(0)

「タロットの剣」

第一回プラチナブロガーコンテスト



友達の友達の中世のイタリアのタロットに聞いてみた。

思いを心に聞いて。

三つの山を作って。

まずは、真ん中に、今の状況を聞く。

少しストレスを持っていると言われる。

左の山を三つに分けて。

その山を一つに積んで。

それから繰って。

一番上の札をめくって。

死神が出た。

首が二つ転がっている。

骸骨が凶器を持って笑っている。

死を思い、その日その日を思いのままに生きたほうがいいと言われる。

その通り。

それから、最後の右の山の一番上の札をひっくり返した。

剣の10が出た。

思考?志向?を表すという。

もう私にはこれしかないと思うことを思い切りやりきり完成させなさいという。

まさしくその通り。

思った通りの札となり。







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by akikomichi | 2017-01-14 16:54 | 詩小説 | Comments(0)

「魚沼にも雪」

第一回プラチナブロガーコンテスト





魚沼にも雪が本格的に降り出したようだった。

お世話になった方々は、元気だろうか。

と、池を覗くように、各々方の知らせを拝見する。

寝泊まりさせていただいた民宿青空にも池があった。

ご近所はもちろん、街中の家々のそばに池があるのは、雪を溶かすためなのだ。

と、お聞きした。

夏の魚沼の池には鯉が悠々と泳いでいたが、雪深い冬もまだ泳いでいるのだろうか。

もしかして、池からぽっかりと尖った穴のように口を開けて、雪を待っているのではないだろうか。

ぱくぱくと、白い空からもらう餌のように、雪を待っているのではないだろうか。

夜に食いっぱぐれたら、次の朝には、雪をたくさん持ってきてくれるから。

朝起きると、雪かきを男衆がされて、池にも雪を持ってきてくれるから。

それでもとうてい追っつかない大量の雪を除雪車が片付けていくのだけれど。

毎日のように。

その毎日は、永遠に続くわけではないが、目の前に積まれた白い目隠しは、寒さを隠しもせずに、降り積もるのだ。

降り積もる。降り積もる。明日も、多分、降り積もる。




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by akikomichi | 2017-01-13 23:41 | 詩小説 | Comments(0)

「足枷」

第一回プラチナブロガーコンテスト



足枷をつけた。

1.5キロと1.5キロの足枷を左右の足に。

何も鎖に繋がれているわけではない。

筋肉の楔形の鎧をつけるために。

老人になったように、両足に、腰に、両肩に背負うという重りをつけて、よろよろと歩くように。

父はいつも足枷をつけている。

麻痺した右足と右手を引きずって歩く。

少しだけ重りの整形をするように、足を固定する軽やかなサポートをつけて。

歳を重ねるということは、肉体や頭脳が軽やかになる一方で、身動きができないほどの麻痺という重りを背負うこともある。

思うように歩き回ることができない。


俺は犬のように歩き回る方がいい。家にじっとしているとおかしくなる。体も頭も。


見えない重りをつけて、右肩が少し歪んでしまった父が言う。


足枷をつけた。

廊下をひたひたと歩いた、見えないものが見えるように、ひたひたと歩いた。




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by akikomichi | 2017-01-12 20:49 | 詩小説 | Comments(0)

「死の位置」

第一回プラチナブロガーコンテスト



「死の位置がね、肉体の外から中に入ってきた気がする」

という三島由紀夫の生の声は聞こえなくとも、肉声がテープに残っていたという。

もし、今の私に、死の位置というものがあるとするならば、喉仏にある。

そこに絡みつく痰のような滑りが痛みとともにごろごろとしながら転がされているようなところ。

それでいて、肉声を絞り出すところ。

死ぬ前の呪いのように。

黒猫が縁側で金魚の夢を見ながら、目を瞑りながら、喉を鳴らすように。

鴉が道端の死骸を見つけて、みいつけたというように、ひと鳴きするように。

死の位置とは、おそらく、日常が途切れたところ。

日常を毛嫌いした三島の檄は、劇的な非日常の大団円。

私は喉を鳴らしていた。

死んだ後に残る喉仏の形を思って。

兄が、自分の誕生日に、仏になりたい。と言っていた。

死んだら、誰だってなれる。と私は思った。

焼いて白骨になったら、喉のところに残る骨が、仏が鎮座しているように見えるから、喉仏というらしい。

あなたも私も、すでに、座っているのだ。

喉元を過ぎたところにある死の位置に







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by akikomichi | 2017-01-12 14:26 | 詩小説 | Comments(0)

「カレー記念日」

第一回プラチナブロガーコンテスト



カレーの歌を歌う人はよっぽどカレーが好きなのだろうが。

確か以前、遠けんさんが歌うカレーの歌は、三島由紀夫が割腹して亡くなった時に、ちょうどテレビか何かで知り、その時、カレーを食べていたというエピソードがきっかけで作ったというようなことを聞いたことがあった気がするが。

カレーが好きな以前に、食べている途中に、不可思議な風味が加わり、その後のカレーの味にまで、幻覚のように漂いだす匂いとなるのではなかろうか。と思われるが。

三島が予言した通り、今の日本は享楽に弄ばれている。

パチンコはそこいらじゅうに溢れかえり、カジノ法案は国会で何も考えることなくプロレスのように当然のように通過し、金にモノを言わせたものがまかり通り、慰安婦には金がばらまかれ、見るに耐えられぬ現状が、見受けられる。

一方で、ものづくりに没頭し、金を横流しするだけではなく、実体を持った、心根を持った方々がおられることにも、気付かされることもあり、子供達の未来を思うと、まだ、死ぬわけにはいかず、日本を諦めるわけにもいかないのは確かであるが、新年早々、おせちに飽きるまもなく、カレーを食べている日常なのであった。


ところで、カレーの歌に立ち返って。

最近、知り合いの方から、カレー記念日。の歌を詠わないかと誘っていただいたことがあった。

その時は、加齢とカレーを掛けた、女性の抜きさしならぬあがきのようなものと苦笑い?を求められている気がして、ひねり出すことができずにいたのだが、やっと、できたのでここで歌わせたいただく。

割腹の後の立腹 満腹の それでも食らう カレー記念日






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by akikomichi | 2017-01-05 11:57 | 詩小説 | Comments(0)

「介護日記」

第一回プラチナブロガーコンテスト



ばあばはいつも海に背中を向けていた。

せっかく、海が見える部屋にいるというのに。

夫とお見舞いに行くと、夫はおきまりのように窓辺の椅子に腰掛ける。


ばあばは、向き合うのが、恥ずかしいのか、いつも振り返りながら話していたのだが、今日はおもむろに立ち上がり、ゆっくりと歩き出したかと思えば、真反対のベットサイドに移行し、夫と目と鼻の先になるように、膝を突き合わせて座ったのだった。

何か話したかったのだろう。息子と。

私は、審判か行司のように、壁際にある椅子に座って、その家族の風景を見守っていた。

じいじの細やかな料理の技に対する一通りの想い。


今さっき、お父さんは帰ったところなんだけどね。

お父さんはね、いつも、人参の型を取るのはいいんだけど、その型を取った残りの枠の方を、抜け殻になった風景の方を、刻んだ肉や豆腐とかと一緒に煮込むのよ。私、それが嫌なの。あの空洞の風景みたいなのが。せめて同じように細かく刻んでほしいの。抜け殻を食べるみたいでなんだか嫌なの。あの人は、それもまた綺麗だからいいじゃないっていうのだけど。私は嫌なの。


じいじは、比較的簡単にできると思われる、お雑煮は面倒だからと作りたがらないが、手間暇のかかる栗きんとんや、煮物や酢の物に使うお野菜は一つ一つ丁寧に型を取って、鶴や松や梅などをあしらって、野菜すらも、美しく飾ろうとするのだった。


夫は、頭を猫のようにかきながら、ばあばの話をぽりぽりと受け流すように聞いていた。


ばあばは一通り話すと、ほぐれたように笑い出した。


突然、ドアが開き、看護師さんが、長いドレスのような、魚屋さんの前掛けのような制服でやってきた。


食事にはまだ早いと思ったら。



お風呂の時間です。


と看護師さんが、威勢のいい声で言った。




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by akikomichi | 2017-01-04 22:13 | 詩小説 | Comments(0)

「保温活動」

第一回プラチナブロガーコンテスト



保温にしたまま昼まで待つ弁当。

勉強している倅にもたせた弁当はきっと今、保温ジャーの中で汗をかいている。

今年初めて買った保温ジャーの弁当箱。今年初めて持って行った弁当箱で試してみる。

冷たい弁当は、マジ無理。ゲロ吐きそう。

保温ジャーを常備しているという部活の女の子が、そう言っていた気持ちが、少しはわかる気がした。

温かいものを温かいままで食べられるありがたさは、冬にこそ身にしみてくるものである。

職場では、ワンプレートにして電子レンジで温めて食べていたので、なんとも思っていなかったが。

冷たいご飯は太りにくいということも聞いたことがあるので、どちらでもいいことはあるとは思うが。

ささやかながら、疲れた体と頭を満たしていく昼の時間は、寒い冬なので、どちらかというと、温かいほうがいい。


ところで、新年早々、筋トレを始めた倅達であるが、体がじわりと温まり、程よい保温運動として日常化しつつある。

長男は薬師?が使う車輪の両側に取っ手のついた筋トレ道具を手に入れ、ひざまづいてゴリゴリ転がしているが、祈りを捧げる行為のようであり、どの方角に祈るのか考えていないようで一抹の不安はあるものの、いつもはあまり使われない筋肉に、その祈りはなんとか届いているようではあった。

次男はと言うと、インドの修行僧のように、人間椅子ならぬ空気椅子をしながら、リンゴを食らっている。

風呂で体を洗う時も、実践しているという。

観客のいらないパントマイムのようでもあり、なんでそこまで。と母は、りんごをもう一つ剥きながら、静かに思ったりもした。

長男は同じ身長でも体に筋肉があることで、重みを伴いつつも動きが早くなることを、錬成試合の猛者たちと交わって、身にしみたことだったようで、剣道と受験勉強の真っ最中の彼らなりに、食トレと筋トレを始めたのには、訳があるのである。

彼らの父は毎日のように走りこみ、腕立て伏せと、腹筋を鍛えていて、道具のいらない生身の鍛え方を長年実践しているが、走った後のほてった体で入る生ぬるい38度のお風呂が日課となっている。

私も、実のところ、意識的にも無意識的にも、粗食による食トレと茅葺職人修行という筋トレを細く長く続けていきたいのであるが、一気にここで、家族全体で、保温活動が活発になってきたようである。















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by akikomichi | 2017-01-04 10:54 | 詩小説 | Comments(0)

「介護日記」

第一回プラチナブロガーコンテスト




ばあばの病院にお見舞いに行く。


病院での生活は退屈で、本も読み返し、テレビも見ずに、ベットに座ってじっとしていた。

それでも、あの介護器械から解放されて、徐々に、歩行器、杖だけでも歩けるようになった。

ひとまず、元に戻ったのだ。

あとは、腰をなるだけ曲げないことと、筋肉をそれなりにつけることと、無理をしすぎないこと。


手首の補強に入れていた金属も取れたのよ。


ばあばが言った。

体内に金属が入っていることで、ばあばは器械的肉体になっていた状態から解放され、金属から解放され、元の生身の人間になっていくのだ。

繋ぎとめていたものが外されたことで、硬質なものから、軟質なものへと様変わりしていく。

心なしか、痩せていたのもあるが、軽やかな妖精のように、髪も体も声もどことなく、ふわふわとしている。

人間は、生まれてこのかた、ずっと、代替物で生きながらえていたのだ。


食べるということで、補強され、改造され、入れ替わっていった骨血肉も、食べることなく、そのものを変えることができるようになっているのだ。
生物(なまもの)でなく、金属、強化プラスチックでも。
自分の同化しきれずとも、なんとか、やってきたのである。


水晶体も入れ替えなきゃならないのよ。


ばあばが言った。


白いものが黄色く見えたり、オレンジにまで見えたりするらしい。


夫が言った。


黄色が緑に。とか。


倅が言った。


水晶のフィルターがかかっているだけで、色が変わる世界。

色眼鏡を通り越した、色眼球。


目の中の水晶体の濁りが出てきたらしく、ちゅうっと抜いて、入れ替えるらしい。実家の母も、以前、手術をやっていたが、今は日帰りでも、手術ができるという。

目にもっと光を。そのままの光を。


そういえば、初日の出、見ました?


ばあばに聞いた。


ここからは、海が見えるけど、日の入りしか見えないのよ。


ばあばは言った。



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by akikomichi | 2017-01-02 11:31 | 詩小説 | Comments(0)