カテゴリ:詩小説( 199 )

「蛾」

第一回プラチナブロガーコンテスト



一昨日のことであった。

ヴァージニア・ウルフの日記を読んでいると、「蛾」(のちに「波」に融合?したらしい)という小説の構想を書き記していた。

「波」というブルームズベリー・グループのメンバーのことを書き記した小説の構想と同時進行でもあった。

同性愛的小説「オーランドー」も同時期に書かれており、彼女の書いたものは、やはり、彼女にしか書けないものであることがわかる。

彼女の体を通してしか描かれないものであること。

彼女は複雑な家庭環境で育っており、いつの時代も、家族的葛藤はあるということであろうが、ウルフは異父兄に虐待を受けていたということもあり、自分ではどうすることもできない、うつ的葛藤を押し付けられたとも言える女性であったが。

世界大戦の最中に、ロンドン空襲などで家が壊されたりした経験もまた、彼女を抑うつ的状態の元に起き続けたと思われた。

そう言った女性への見えたり見えなかったりするいわゆるガラスの天井的なものや、見えたり見えなかったりする爆撃の恐怖にさらされて、何がしかの彼女の耐えられる限界値を超えてしまい、石をポケットに詰めて入水自殺に至ったのだ。

彼女の目眩くような小説を書き綴る時の幸福感、高揚感を脳内再生しながら、彼女の生きた時代と今はそれほど変わっていない側面もあるということに共感もし、どこかで何かが少しだけでも救われもした気がしたが。

彼女とは状況も環境も違うのは、もちろんであるが。

彼女のように、限界を感じないように、生きたいように、やりたいようにしながら、生きながらえてきたようなところもあるが。

夢の中まで追いかけてくる悪意のようなものによって、時として、真夜中に目を覚まさせられることがあった。

イランイラク戦争時に、たまたま父親の仕事の関係で、イランにいた時に感じた、イラクからの爆撃の恐怖にも、似ているが。

記憶の中に埋もれさせているが、夜の闇から忽然と現れてくる坂道を駆け上る黒い水のような、津波のようなものが、逆流してくるのを感じることが時々、ふっとあるのだ。

地下室に逃げ込んだ空襲の時。

灯火管制が敷かれた窓ガラスに銀紙をベタベタと貼り付けて、外に明かりが漏れないようにしていた夜の記憶。

あるいは、いつか見た夢のように、駅で向こうの道から手をこまねいてたっている恐ろしい強権的な女の姿を見るような違和感。

その女は、他人がいると激変し、内にいるときと、外にいるときの違いが鬼と神ほど違うもので、苦笑いも出ないほどの裏表。

支配することが絶対条件のような強権的なものは、まずもって、人を性的に支配しようとすることで、意識的にも無意識的にも、身体的にも精神的にも、そのものを征服することができると、本能的に知っているもの。

内と外の違い。強権的。支配的。犬の習い。のような。

子供の時、両親がいなくなるのが怖かったのは、この女の強権があったからでもある。

性的にも年齢的にも、優位に立とうとする女が、声の大きな、剣幕で捲したてる女が苦手で、今でも怖くないわけはないが、「秘密」を強要することで、さらに、その強権を駆使するような。

ウルフの怖さとは、虐待を受けたことからの、抑うつ的状況から逃れられなかったことへの、生身の恐さを知っている、生の声が聞こえてくるからだと言える。

彼女と向き合う時期に来ていると、なぜか思われ読んでいたのは、石を持って入水するか、石を投げつけるか。

あるいは石を拾って、積み上げるか、あるいは石を刻むか、それとも石を飲み込むか。の極にいるからかもしれない。


おそらく、私は今、石を持っている。

研ぎ澄まされていない、鈍い石斧のようなものを。

それを持って、生贄を捧げるのか、自らが生贄になるかはわからないのだが、とにかく、石斧のようなものを持って、目の前の茅を手当たり次第に刈っているのである。

白い茎の内部を持った茅と赤い茎の内部を持った茅があることに気づいたのは、茅を狩り続けていた時である。

「菅」の色の違いによって、どちらがいい茅、悪い茅であるというわけではないそうだが、赤い管の茅を刈る時、どこかで、血の色を思いだし、茅の時折、風に吹かれてなびく姿が、悲しげに、ゆらゆらとして、空洞の中身を満たすものが、赤と白である茅の奥底を切り刻む、タロットカードの「死神」のような気になるのであった。

ここに来る前に、友人の友人にタロットカードで、無言の伝言を承ったことがった。

ただ、中世に作られたという古びたタロットカードの絵は、私に、そのカードの意味を教えてくれるだけであった。

私は、二つの首が転がる「死神」を選んでいた。

そうして、今、目の前にあることを完成させなさい。とだけ言われたのであった。

おそらく、茅葺の道の完成と、言葉の完成。の表裏一体、同時進行であったと思われたのだが、そこでは、何も言わなかった。

私の中で、二つが一つになることが、完成への道であると同時に、そのものの終わりであるのかもしれないが、まだ、その波のようなものが来ていないようでもあった。


目を閉じると、茅の残像がまぶたに鈍く蠢いている。

私の中に、刈られる前の茅の波が風にあおられて、いつまでも、生え渡り、永遠に、たなびいているようであった。


眠れないまま、次の朝がきた。

窓のそばにいるはずのない、茶色いものが畳に置いてあった。

よく見ると羽があった。

季節外れのセミの亡骸かと思われたが。

それは、じっとしている、生きているか死んでいるかもわからない、昨日まではそこにいなかった、茶色い「蛾」であった。



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by akikomichi | 2017-02-04 23:34 | 詩小説 | Comments(0)

「茅葺への道」

第一回プラチナブロガーコンテスト

茅刈りの時に、あーちゃんが言った。

私は、午前中と午後に鎌を変えると。切れ方が違うとよ。

確かに、大親方に研いでもらった後の鎌の切れ味が違ったのからも、その二鎌使いの極意は、納得できる。

あるいは、一つしか鎌がない場合は、途中休憩の時にでも研ぐという。

そうやって、道具を大切にすることによって、ますます茅の良いものを集めることにもつながり、すべてがうまくつながっていくことになる。

あーちゃんの茅の束は、ご祝儀的なものとして最上のもの、茅葺の角を作ったりするときに使いたいと職人さんたちが言っていた。そういういい茅を見極めるのも、もともと、茅葺職人さんの眼差しで茅を刈るからである。

どちらも知っていることは、全てを見通すことにもつながるのである。




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by akikomichi | 2017-02-03 22:05 | 詩小説 | Comments(0)

「茅葺への道」

第一回プラチナブロガーコンテスト

今日は、茅を三十束、作ることができた。あーちゃんは、四十五束作ったそうだ。さすが我が師匠である。

茅の出来もしっかりと、ずっしりと重く、超一級品なのは、見た目からも、持ち心地からもわかる。私の茅の束も職人さんたちが使いたいと思えるようなものになるようにきっちりと仕上げたい。

茅葺の屋根は、まずは、茅は良くないといけないということ。素材がいいと美味しい食べ物になるように、太陽の恵みがあり、風に吹かれながら、いい空気を浴びて、いい水をもらって生きた茅は、しなやかでつやつやとしている。

茅葺の屋根があれほどつやつやしているのは、この山々に育まれた茅だからこそ、優雅で、美しいのである。茅がこんなに美しいものだと思うのは、この茅を刈るようになってからなおさら、その思いが増すようになった。生きているのだ。茅は。

先日、日田の奥日田美建の三苫社長と井手さんが茅を見にいらしていた。

ちょうど、日田市の農業体験でお世話になった中島さんから、茅葺の見習いをしているとお話ししていたら、日田にも茅葺職人さんがいらっしゃって、移住されているということをお聞きし、とても興味を持っていたのだが、

今度、奥日田美建さんをご紹介しますよ。

と、おっっしゃてくれた矢先のことで、偶然にも、ここ阿蘇の高森でお会いすることができて、やはり、茅葺のご縁で繋がらせていただいていると思わずに入れらなかった。

茅葺の神様がいるとしたら、大親方のような、お顔いっぱいで笑うような仙人のような神様か、あーちゃんのように、美魔女な女神に違いない。

三苫社長も井手さんも言い方で、また、後日、日田でお会いできるようになったので、今後の農業を家族でしながら、それぞれ子供たち、夫婦、家族の好きなことをやり続けていく暮らしに向かって突き進んでいることを常に感じている。

意思があるところ、道は続くのは確かなことである。

阿蘇茅葺工房さんと奥日田美建さんとの繋がりもすでにあり、ますます、昔のそれぞれの茅葺の家を村の人たちが皆で助け合って順番に作っていた「結」のような繋がりが、お互いを助け合うような繋がりが、この先もできあがっていくように、自分の出来うることを駆使して、尽力していきたい。




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by akikomichi | 2017-02-02 20:40 | 詩小説 | Comments(0)

「茅葺への道」

第一回プラチナブロガーコンテスト


今日は茅葺刈りは順調であった。
途中、粉雪が舞い降りてはいたが、大方、良い天気に恵まれていた。
らくだ山から見下ろす景色もよかった。
近くに白い仏舎利があった。
インドで見た、白いストゥーパを思い出していた。
あの時は、まだ、子供は生まれていなかった。
子供を産む自信がなかった私は、インドへの旅が無事乗り越えられたら、子供を授かることができる気がしていたのだが、帰ってすぐに授かったのは、意思のなせる技か、勢いか。
子供たちには、きっとインドのあの熱い太陽が刷り込まれているに違いない。
あの河の生死の混濁した流れもまた。
今、私は、また茅葺への道に願をかけている。
茅葺を作れるようになったら。私たちの暮らしも激変するであろう。
穏やかでもあり、自分たちの暮らしを今よりも豊かにできるようになるであろう。

ところで、今日は、男結びを、あーちゃんに習った。
丁寧に教えていただいて、また、少しずつやり方を思い出していた。
しばらくすると、記憶が曖昧になっていくので、こうやって、毎日のように茅の束を結ぶことで、より記憶が定着してきたように思う。茅葺職人の基本中の基本なので、まずは男結びができないといけないので、ありがたいことである。
茅の束、閉めて十七束。まだまだ遅々としているが、男結びの練習も兼ねてじっくりと丁寧にしていきたいところである。

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by akikomichi | 2017-02-01 19:09 | 詩小説 | Comments(0)

「茅葺への道」

第一回プラチナブロガーコンテスト




朝靄の中
山の懐に赴けば軽トラックのドアが風もないのにきしみだし
カーブの向こうに投げ出されそうな鎌たち
ギヤチェンジしながら
この感覚は久しぶり
この登りつめていくギアの感覚は息継ぎ
車の加速の息継ぎ
茅場で徐々にかられて丸坊主になっていく
冬の山肌をされしていく感覚にも似ている
見晴らしのいい山の上までかられた一本道は
いつの間にか
すべすべとした山肌になっていく
ギヤチェンジというより様変わり
午前中だけ茅を刈り
雨雲がやってくるのを見越して
山を降りてくる
温泉に浸かり汗を流していると
足のすねに茅の尖った先に引っ掻かれた後が何箇所かできていた
このヒリヒリとした痛みは茅の痛み
切られた後の痛みのようで
しみてきたのも茅の身に起きたことに比べれば
かすった痛み
湯船で思い巡らし
体を巡った雲のような霧の痛みを晴らしていく
リセットされた体と頭と目に映るのは
根子岳
露天風呂は小雨に打たれていた
それから温泉の暖簾をくぐると、放し飼いにされたヤギの群れに出会う
岩場と木の茂った庭で新芽を背伸びしながら食べていた
毎日しているとキリンにはなれないかもしれないが
リャマにはなれそうなくらい
小さなヤギさんはもう下の方は根こそぎ食べられていて食べられるところがないようで
岩の上で磁石で動く人形のようにじれったく蠢いていた
雨がさらに降り出した
やはり山を早めに降りてきてよかった
少しは山の気持ちがわかるようになってきたのかと
巡っていくことの心地よさを思う







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by akikomichi | 2017-01-29 15:05 | 詩小説 | Comments(0)

「茅葺への道」

第一回プラチナブロガーコンテスト

今回は阿蘇茅葺工房さんのご好意により、茅刈りをさせていただけることになり、早速、茅場へ向かった。
先輩のせっちゃんと一緒に登って、途中の茅を狩ることにした。
阿蘇の地元のネット放送が取材に来られていた。三代目が今の親方で受け継がれた茅葺の技を、次の息子さんへと繋げたいという意気込みを語られたという。おじちゃんとあーちゃんとお兄さんとせっちゃんのご両親も茅刈りに来られていた。
ドローンでも撮影されていて、あの壮大な山を見下ろす風景を見れるのは、機械が羨ましい限りであると思ったが、茅を刈る前に、山の上から見上げた空もまた、解放された窮屈な体の中の魂の行き場は、空に違いないと思われた。
そういえば、昨日、変な夢を見た。
私が人参や大根を短冊切りにし、願うように食べると、それが巡り巡って大地になるという夢。
それがいいと思った。
以前、友達と話した時のような思いが、ここに来て夢にまで現れたということであろう。
夢が叶うということなのかもしれない。
完成させること。
自分の中のものを。
目の前にある茅葺を。
目の前にある茅を狩るのだ。
目の前にあることがこんなにも澄んでいる景色で、空気も冴えていながら、心地よい暖かさをろ過してくれている、この素晴らしき世界。
そうして、汗まみれになり、体の隅々まで、クタクタになりながら、茅で切らないように「すね」を気にしながら、茅の切り口の尖ったところを踏み込み踏み込み、前に進んでいった。

昨日、せっちゃんと、飲みながら、親方と大きな夢を語り合ったのを思い出した。
九州の茅葺を守ることで、日本の茅葺をも守っていく。
ゆくゆくは、横のつながりを持って、茅葺の職人さんたちによる、職人的「結」の結成を目指したいということ。せっちゃんはその中で、女性の茅葺職人さんを集めて、女職人集団を結成した暁には、その集団で、カヤ服をするのが夢であるということ。私も、親方やせっちゃん夢を共有したいと思った。自分のできる限りのこと。
こうやって、茅葺に関わっていけることことへの感謝と、九州だけでなく全国の茅葺を残していくために私ができることの一つとして、書き記していくこと。
日本の豊かや茅葺文化をこの世界に残していくことのお手伝いができれば何より嬉しいことはない。という大きな夢ができたのだった。
てっちゃんは、世界の茅葺をまだまだ見たいということで、いつか見に行くということ。皆それぞれに、茅葺への思いを具現化して、実行に移していくことができるのが、何よりも嬉しい。
今携わっている茅葺の家ができたら、家族を連れておいでと言ってくださった親方に感謝であります。
やはり、見ているだけではなく、その中に息づいてこそ、茅葺がわかってくると思われるので、早く自分の茅葺さんを作ってみたいと、また夢を延々と紡ぎ続けていきそうである。
親方と、せっちゃんに言わせてみれば、一番新しく作った茅葺が自分の技の更新になり、さらに茅葺が良くなっていくというのだから、やはり、一つ一つを丁寧に、生き物を育てるように、向き合っていきたいと思う。


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by akikomichi | 2017-01-28 18:45 | 詩小説 | Comments(0)

「存在力」

第一回プラチナブロガーコンテスト


目に映る景色が残ることは、必ずしも記憶に残ることではないが、記録には残るものなのだということ。

瞳の中に映り込むものを解析できる世の中となっては、水晶体があることが、致命的な証拠を残す。

殺人事件の犯人逮捕の際、被害者が加害者の写した姿を被害者の瞳の中に映り込んでいたのを解析し、その場にいた犯人を割り出したということが実際起こっていることを考えれば、納得いくところであろう。

あるいは、むやみに、写真やインスタレーションなので、ピースサインをしてはいけないというのも、同じ記録の証左において言えることである。

つまり、人の認証記録として指先の指紋が悪用される可能性があるということもそうであるが。


瞳の中に映るものが、そこにいるはずのないものであったとしたら、これほど、人々を混乱の渦に巻き込むことはないであろうことは、誰にでも予測される事態ではある。


さらには、人のDNAの残滓を集め、そこにいたものを解析する技術が物的証拠になる昨今であるが、これは瞳に残る映像解析の後先を行くものとして、今後人類のテクノロジーによって実現可能と思われる、「残像解析」というものの一歩手前にある素材であるように思えてならない。

そこにいたものが、犬の鼻が「臭い」を敏感に嗅ぎ分けられる装置ができると思っていただければいいのであるが。


それは不確かな「幽霊場」のようなものなのかも知れないが。


そこにいるはずのないものを感じてしまうたちのものが、常日頃、見て感じているものの類であるのかもしれないが。

私たちの「存在力」は、不確かなものであるが、そこにあるものなのである。

人の記憶も、また「存在力」の賜物であることを、私たちは知っている。

そこにいたものに語りかけるように、「なくしたもの」、つまりは、存在したはずのそこにあった「時間」の幻、「残像」に語りかけるようなものなのである。

私たちの継続性は、「時間」とともにぶつ切りにされているが、「重さ」がそれを確固たるものにしている。

つまりは「軽やかな」ほど、重みがないほど、その「存在力」は失われていると言えなくもないが、そこにいた記録としての「存在力」は、いつまでも、残り続けるのである。

それを感じようとするものにとっては「軽やかさ」こそが、極め付けの存在なのである。

私たちは「存在」していると同時に、「存在」したのである。

私たちの輪郭と「重み」をもってして、「存在力」は遺憾なく発揮されてはいるが、この「存在」は、見かけなくなった途端に、力を削がれ、その「存在力」を駆使できなくなる一方で、「軽やかな」「存在力」においては直接見られなくなろうと、その存在を、イデア化あるいは言語化あるいは情報化された記号のようなものになることによって、いつまでも、「遺伝子」のように、あるいは「素粒子」あるいはもっと細かなものとして、残り続けるのである。

それを拾い集めることが、「存在力」の究極の形となりうる。

見えないものを偶像化する手前の方が記号として、よりその「存在力」を全てに行き渡らせる可能性はある。

宇宙に存在するものは、この見えないもので大方できている。「存在」していると言える。

この全ての存在を存在させているものをこそ、最大の「存在力」であると言える。

全てのものを抱えもつ「存在」の「重さ」と、全ての「存在」を軽々と持つ「軽やかさ」と。


そして、「残像」解析をし続けているのが、今もって、宇宙そのものであるということを思い知らされるのである。





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by akikomichi | 2017-01-24 18:25 | 詩小説 | Comments(0)

「アメリカ土産」

第一回プラチナブロガーコンテスト


なぜか、家族へのアメリカ土産にトランプを買って帰ったのを思い出す。

空港で歴代のアメリカ大統領の顔入りのチョコレートと一緒に。

帰る前日に、歴代の戦闘機や各国の戦闘機を展示している施設へも足を運んだ。

セキュリティーは厳しく、荷物を調べられて、レゴのおもちゃとアメコミを見つけた係りの人が、

いいものを手にいれたな。

とニヤッと笑って言った。

これもアメリカ土産。

かつては動いていた戦闘機の展示は戦いの記憶の墓場で、如何にもこうにも、土産にはならなかったが。

B-29はあった。ガタがきて、奥にしまわれているという、エノラ・ゲイではなかったろうが。

当時の最先端の技術を駆使した爆撃機。

日本の戦闘機も威圧されるように小さいながらも、頑強に、そこにあった。

戦いはいつの時代にもあったのだが、それでも、平和にしていくことはできると思うことは無駄ではない。

あそこまで行き着いて、そう思うことにした。


その夜の、最後の晩餐は、豆のスープとサラダとアンガスビーフ?とビール。

戦争の圧倒的な記憶を見せつけられた後でさえ、アメリカは嫌いにはなれない、と夜の庭と横を走る車を見ながら、そう思った。

私たちは、少なくとも、もう戦うことをやめて、自転車に乗ってアメリカの行きたいところを走り回ることができていた。

地下鉄も、バスも、電車も使って。

道を尋ねることで、人と話した。

皆、優しく丁寧に行く先を教えてくれた。

アメリカに住んでいる道行く人が、あるいは答えてくれる人が、好きだった。

そこに住んでみたら、住んでいる人の答えようのない思いも、わかるのかもしれないと思いながら。

少なくとも、訪れた国は、自分の一部になりえるのだと。

どこにいても、自分の中に組み込まれていくのだと思いながら。

愛着を伴って、走り回ったのだ。

遠くから、見ているだけではわからないことが多すぎると思いながら。


願わくば、争いで遠くから死を思うのではなく、そこに住む人と会うことでお互い生き続けられることを。



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by akikomichi | 2017-01-22 23:43 | 詩小説 | Comments(0)

第一回プラチナブロガーコンテスト




「なた豆」の歯磨き粉をもらった

せっかくなので歯を磨く

「なた豆」は歯槽膿漏にいいらしい

ジャックと豆の木の豆は「なた豆」だったんだって

確か売り物と「なた豆」を取り替えて

ぽいっと庭に捨てられたら

いつの間にか

うねうねとのびる豆の木になったんだって

豆の木に登ると

金の卵を産む鳥がいて

大男がいるあの話

なた豆 はみがき こけこっこ

食われる前に逃げ出した男の子

しそうのうろーの大男にならないように

なた豆の歯磨き粉で歯を磨こう

金の卵はそれからだってけっこう

なた豆 はみがき こけこっこ




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by akikomichi | 2017-01-19 15:40 | 詩小説 | Comments(0)

「臨時/駐車場」

第一回プラチナブロガーコンテスト


向こうに臨時駐車場があります

という看板を持って

行列の一番後ろに並んでいる車に近づくものあり

この先に待っている駐車場にたどり着くまでに

どれほど時間がかかるのかわからないのだ

配給を持つ人の行列のように

昼食を待つ人の行列のように

仕事を待つ人の行列のように

最後まで待つことをやめないように

たどり着いたら 

そこは最初から臨時であったことに気づくのだ





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by akikomichi | 2017-01-18 22:53 | 詩小説 | Comments(0)