カテゴリ:詩小説( 245 )

前歯がかけたのは、中学生の頃だった。
歯医者に行ったのが運の尽きだった。
治療が終わったら、必ず最後に手鏡を持たせてくれ、どこをどう治療したのか教えてくれていたのに。
その日に限って、鏡をよこさず、いそいで治療を終わらせたのだった。
家に帰って、風呂に入り、歯を磨こうとした時、鏡に写る自分の前歯の隅っこが、鼠に齧られたように。
小さく欠けていたのを見つけたのだった。

おしゃれのためでなく、かけたることのなきように、鏡を持つようになったのは、それからである。

その歯医者は今はもうなくなってしまったという。
その歯医者の忘れ形見が修行して念仏を唱える人になったと風のうわさで聞いた。
別に忘れ形見に恨みはない。
千年たっても恨むとかいう物言いを、念仏したとて、何も変わらず、濁りとどまるだけであるので。
いずれにせよ、すっかり忘れていた前歯について、思い出すように、降って湧いた忘れ形見の話に。
なにかしら縁のようなものを感じずにはおれなかった。

ただしろきしゃれこうべのために、かけたることのなきように、唱えたまえば。

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by akikomichi | 2015-06-20 00:44 | 詩小説 | Comments(0)

『双子見たもの』

双子だとは知らなかった。
はじめ部屋に入ってきた人と、また同じ顔の人が入ってきたものだから。
名札がなかったら、区別も認識もできなかったであろう。

同じ夢を見たことがあるか。
聞いてみた。
流行病の時、同じものを見たと彼らはいった。

天井に恐ろしいものを見たというのだ。
何を見たのかはよく分からなかったという。
ただ同じものを見たとだけ言うのだった。

今、目の前の壁に背を向けてたっているものを。
たしかに同じものだと思えるものを見ている私がいた。

もしかしたら、彼らの見た、恐ろしいものとは。
悪夢のようにそこにいる私だったのかもしれない。



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by akikomichi | 2015-06-20 00:03 | 詩小説 | Comments(0)

『献血』

献血の後、半年近くは血を抜けないらしい。
それまで、元に戻らないということだろうか。

血を400mLばかり抜かれると、喉が異常に乾く。
身体を巡っていた血の気が引いたためだろうか。

血管が浮き出て、そこに流れているものを、ポンプで吸い取り、真空管のような、ガラス管に詰め込まれる。
動く標本のように、そこに赤々と濃いしぼりたての血が満たされていく。

久しぶりに血を見た。それも自分の血を。
少しの痛みをともなった自分から流れでた血。

血液型を判断するために、二種類の水溶液に血を数滴垂らしていた。
血が飛び散るようにぱっと雨だれがガラスに張り付くように水溶液の中で固まった。

それから、時間が経つとひとつのいきもののように血が線条にうねりだし。
やがて死んだようにうごかなくなる。

人の中を廻らない血は、早かれ遅かれ、死にゆくものなのだ。
血は人に寄生するように巡り流れているのだ。

こどもらには、この血が、少なからず混じっているのだ。
臍の緒を通って、母乳をすすって。

君たちの血が濁っているとしたら、母のせいでもある。
血の噴き出るような罪を犯したならば、言い逃れもできない。

悲しいことに、罪を犯したものは。
この血をもって、罪を償い給え。









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by akikomichi | 2015-06-19 23:04 | 詩小説 | Comments(0)

『蛍日記』

6月17日 水曜日 曇り時々雨。
21時30分。

蛍、今日も翔ばず。
見当たらず、なだけか。
ずっと見ていた方が、今日は見当たらないね。
とおしえてくれた。

しかれども、今年の蛍はよい蛍であった。
色々な場所に翔んでいってしまったようだが。
色々な場所で光り続けてくれた。

そういえば、今日は、蛙もないていなかった。
梅雨だというのに。

帰り道、近所の酒屋さんが光っていた。
一度は店じまいをしたのだが、久しぶりに店を開けたという。

近所の人が角打ちに来るんよね。
やっぱり開けてくれんねっていうんよ。

と おいちゃんは笑った。

酒と、あとは、たばこやね。
今、おいとるのは。

蛍族 ついえたと思ったら またついた。

ということか。

ちょうど梅をいただいたので、ホワイトリカーと瓶をさがしていたのだが、近所にはなく、梅ジュースをとりあえず作ることにし、折角の再開を祝うように、ささやかながら、缶ビールを買って帰った。

梅を氷砂糖と穀物酢で混ぜて、梅ジュースの原液を仕込む。
夏まで待てるだろうか。

久しぶりのビールはうまかった。



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by akikomichi | 2015-06-17 21:42 | 詩小説 | Comments(0)

『蛍日記』

6月16日 火曜日 雨のち晴れ。
21時30分。

今日は暑くなった。
蛍もでてくるかとおもわれたが、見当たらず。
ゲンジからヘイケの時代へ。
大きなものから小さなものへ。

ゲンジは身体がヘイケより大きく、一匹の雌が卵を生む数も500から1000と多い。
ヘイケは卵を100前後生むという。
黄色い卵が幼虫になるのに、黒く色づく紐のようにみえる。
それが大きくなるにつれて、ゲジゲジみたいな足が幾つもあるのが見えてくる。
脱皮するとき一瞬白くなる。
それから、また黒く色づき、太く大きな紐のようになっていく。
いきものの進化を一年を通して見ているような。

ふと気づくと、左腕に虫がとまっていた。
蛍ではないが、ここにもいきものがいるよというように、じっとつかまっていた。
光らなくとも生きている。




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by akikomichi | 2015-06-16 21:58 | 詩小説 | Comments(0)

『蛍日記』

6月15日 月曜日 晴れ。
21時30分。

蛍が光るのを待つ人、一人、二人おり。
その後、一人と小さな猫。

蛍の季節も終わりに近づきつつあるのか。
雌が卵を生んでいるのをみたという。
三角形のおしりのある部分からぽとりと産み付けるのだという。
黄色い卵。
千匹、生むものもあれば、5百匹、生むものもあり。
数の桁が違うのだ。


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by akikomichi | 2015-06-15 22:32 | 詩小説 | Comments(0)

『蛍日記』

6月13日 土曜日 曇りのち雨。
8時。

こどもたちとおやごさんと蛍観察。
何匹かが、互いに光り、響きあっていた。
人につられて、光る蛍。
今日まで生きた蛍の光。

蛍は東日本では四拍子。
西日本では二拍子で光るけいこうがあるらしい。
と、蛍の先生が教えてくれた。
西日本の蛍は、せっかちなのだ。

はじめて蛍を見た方もおられた。
こどもたちはなおさら。

ところで。
今年は、ちびっこ蛍劇団旗揚げ。
ちびっこ蛍がきらきら光る。
いとおしいちびっこ蛍。
ゲンジとヘイケと幼虫さんたち。
また来年もあいに来て。


10時。
せがれと蛍観察。
蛍が三匹、三角形を描くように光る。
たくとをふるう蛍の光、冴えている。






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by akikomichi | 2015-06-13 23:01 | 詩小説 | Comments(0)

『蛍日記』

6月12日 金曜日 晴れ。
21時。

蛍一匹、人一人に出会う。
人は人生を語り。

今年、シルバーになるんやけど。
60歳になる手前まで、スーパーで働いとったと。
昔は店で、ばあちゃん、じいちゃんにいつもこえかけて、名前も知らんけど仲が良かったと。
今は、なんかつめたかよねえ。
今は四人の子どもが巣立って二人だけになったと。
今日は一人で蛍ば見に来たけど、
連れ合いといるより蛍に会いに来たほうがよかとよ、ははは。

蛍の生が終わるように、人の人生の語りも終わり。


瞬きしている間にもう、この歳になったんやね。


蛍がまた、光りだした。

人がまた一人やってきた。


なんばしようとね。
蛍はおるね。


近所の人だった。


一匹おったけど、休み休み光りようみたい。


そうね。
あの水辺で光りようのが見えんとね。
おれは片目が悪いとに、見えるばい。ははは。


わからん。わからん。


そいじゃ、おれはぱとろーるにいってくるけん。

また二人になって、蛍を探していると、人が一人やってきた。


こんばんは。
今日は蛍はおりますか?
この前、一匹いるのを見ましたよ。


その人はいった。


今日は、一匹おりました。
さっき、光っていたんです。
休み休み光っているようです。


一回瞬いては休み、二回瞬いては休み。


蛍の人生も、人の人生も、そうなのでしょうか。







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by akikomichi | 2015-06-12 22:41 | 詩小説 | Comments(0)

『蛍日記』

6月10日 水曜日 曇のち雨。
20時。 

有志で蛍を見つけに行く。
囂しくも愉快な夜道。
霧がたつ。
川沿いの蛍は動きが早い。
野生の早さ。
つっ、つっーと動く。
雄は空高く飛ぶ。
大きな木を超えて行く。
雌は草に顰む。
控えめに光を放ちながらも。


22時。
蛍池。
雨がふりだした。
池では、一匹、じっと蹲るように光るものを見つけた。
あれは蛍だ。
雨粒ではない。


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by akikomichi | 2015-06-10 23:38 | 詩小説 | Comments(0)

『蛍日記』

6月9日 火曜日 くもり。
10時30分。

蛍の光には波があるらしい。
8時頃に一度大きな波が来る。
それから9時頃と10時頃か。

今日は波に乗れず、暗闇の中、オレンジに光る外灯の光に惑わされた。
木になる光は、近づくと消える。
幻のみ。

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by akikomichi | 2015-06-09 23:44 | 詩小説 | Comments(0)