カテゴリ:詩小説( 242 )

何度か、読もうとして、途中でやめてしまっていた。

この「戦争ノート」と「ラ・マン」。

特にラ・マンと聞くだけで、なにか胡散臭さを感じていた。

どこかに、嘘があると。

デュラスの「戦争ノート」はもともと「戦争日記」となっていたという。

訳者によってノートとなったようだが、幾つかの下地となる書き残しがあったので、その理由がわかった気がした。

単刀直入に言えば、「ラ・マン」に出てくる男の容姿について。

どちらかと言うと醜いといえる(このノートの中では、胎児のようだとせせら笑ってさえいる!)アバタの残った、パリ帰りの実家が資産持ちの40前後の男。

一方、少女時代のデュラスは、美しく、殖民地の白人社会において最下層の部類に入る貧困をひた隠しにしなければならない境遇であった。

お互いに足りないものを埋め合わせて、凸凹したものを合わせて、ふんころがしのように、ごとごつした「せいかつ」を回していくための力技の数々は狂気を孕んだ、潮に浸かってダメになる作物そのものである。

根を張らない。

押し流されてしまう、もともと、そこにあってはならないものなのだった。




ところで、デュラスの少女時代の私小説的物語の後のものが、この戦争ノートの主要なものであると思われたが、何より、彼女が、暴力の中で育ったことが、その後のヨーロッパを舞台にした大戦の大いなる暴力の渦の中でも、受け継がれていくようで、彼女のそこにある暴力性とどこか似通ったものを感じている自分がいたことに、愕然とした。

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夫が強制収容所から帰った後、ひとすくいのスプーンすら受付なかった生命が垂れ流す、泡立つ緑色のねっとりとした汚物は、「胎児」が生まれてしばらく流すそれに、よく似ていると思った。

夫が還ってくるのを半ば狂い死にそうに待ったデュラスの見たままの記述であろうが、この「胎児」といういめいじを、かのラ・マンの男にも持っていたのであろうデュラスは、死から帰還した夫も、見知らぬパリから帰還したラ・マンも、同じく、泥のようなものを孕んでいる「胎児」であったのかもしれない。

のちに、彼女は、生まれてくるはずであった子を失ったようで、そこへとも繋がる「胎児」の記憶なのであろうか。


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この暴力性に関して、戦争を体験したという限りにおいての共通性が主な共感の芯ではあろうが、小さな暴力、大きな暴力は、多かれ少なかれ、自分にも降りかかっていたのだから、どうしようもないものが、何度も立ちはだかるのはいたしかたのないことなのかもしれない。

小さな家族の中の暴力があることを鑑みても、村社会のヒエラルキーしかり、学校のヒエラルキーしかり、職場のヒエラルキーしかり、政党のヒエラルキーしかり、国家間のヒエラルキーしかりで、戦争反対などという大いなる国家間の階級闘争を踏まえた暴力には到底抗えないように思えた。

逃げ出したくなるような、暴力は、そこかしこにあるのだと。


この戦争日記的戦争ノートに因って、はじめて、彼女を飲み込めたのだった。


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by akikomichi | 2015-10-16 15:18 | 詩小説 | Comments(0)

図書館にて

図書館にて借りし、古き映像をかへりみるにつけて、ひとつふたつ、おもふことあり。

「夜と霧」は未だ、熟読にいたらず、いめいじのむこうにはいたらず。

霧のたちこめる夜であろうと、朝であろうと、目の前にあらわるる亡霊の群れであろうと。

いきのこるためのひとすくいのすーぷがひつようなのだとおもふ。

私はいま、いきているのであろうかというまえに、借りてきた黒猫のように、踵を返し、図書館の中のはばかりにいきつく。

やりのこしたことをやりおえたように、ようをたしたところで、図書館の人がやってきて、はばかりながら、はばかりを確認していた。

いじょうなし。

とばかりに、てんこされたみとしては、ここはひとつのはんせいべや、ろうごくなのだとおもいいたる。

私はいま、いきているまえに、しんだようなきになる。

いっぽんのしんだようなきになり、図書館の人を見送り、そこにじっとつったてさえいたのだ。







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by akikomichi | 2015-10-14 23:27 | 詩小説 | Comments(0)

『法則』

「法則」があった。

秘密を保持するものと、文字にするもの。
人の生活を盗み見して、己が何でも知っていると勘違いするもの。
ほんの一部しか知らないことを知らない傲慢は、いずれ破綻する。

己にはできないことをしているだけである血道のあるもの。
地道とは道を索めるものが歩くもの。
道を踏みにじるだけの非難中傷をするだけでは済まされない何かでもある。


それと引き換えにしても余りあるものを知らないもの。


ひさこの話をしよう。
秘密を保持するよういわれたものと、いうものの違い。
あるいは秘密を盗み見て知っていると思い込むものの悲惨を。

ひさこにはみえこという姉がいた。
みえこはいつも親がいないときに、ひさこにいたずらをしていた。
このことは誰にも言ってはいけない。

が、みえこのひさこを支配する呪文であった。
このことは誰にも言ってはいけない。
このことは二人だけの秘密なんだから。

ひさこはみえこに、そこから支配された。
人がいないところで行われる秘密の儀式を必要とするものは支配を目的としているという「法則」。
たとえ、優しげに穏やかに見えようとも、ささやかな植物の研究をしていようとも、微生物や昆虫の研究をしようとも。

虫や微生物に限らず、研究対象になったところから支配されるという「法則」。
ルーペの先でひとつひとつ分解される儀式によって。
目玉、触覚、手足、胸、腰、羽をいちいちもがれながら、ひとつひとつ虫の息を止められてまで支配される。

すごい。
と賞賛されながら、五体を楽しそうに。
もぎとられる。

蚕を育て飼いならし支配するためには、桑の葉がいる。
そこが、掘っ立て小屋であろうと、温室であろうと。
桑の葉に蚕をそっと乗せることも儀式を通過するなら、なおさらである。

お蚕様には桑がいる。
お蚕様から絹と糞。
何かを通過する儀礼には、表からは美しいとされる実用ものが吐き出され、裏からは排泄物がもれいずる「法則」。

その昔、かの半島では桑の葉を摘みに行くとは、日本へ対する工作をしに行くという隠語だったという。
表向き環境ビデオ風な裏ビデオ的映像で知ったのは、つい最近のことである。
税金節約の為、民間図書館をも受け負っているものの店においてあった、映像のあーかいぶ、映像のせいきだ。

まるで、ただの春画をさも芸術のようにあげ奉るものの胡散臭さそのままである。
税金節約の為、あの民間図書館を受け負っているものの前身は、確か、春画をよく描かせては楽しんでいたものでなかったか。
江戸時代から受け継がれたエロスの系譜は、赤線のようなカーテンの向こうで今も裏方に隠されている。

表と裏が曖昧なせんじょうになる「法則」。
生活のため、お蚕様に奉る、桑の葉摘みにいくものがいたとしても不思議ではないが。
どことなく、お蚕様に似ている白い桑の実をただ摘みに行くこともなく、はだけをもぎとられる理不尽は描かれもしない。

お蚕様には桑の葉が必要で、桑の実は必要ないのだ。
世界遺産登録のために身を削ったものは必要ない。
いずれは絹を吐き出したお蚕様も必要なくなる。

吐き出された絹と世界遺産に登録された建物が、そして、それを語る文字が、かろうじて残るものなのだ。

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by akikomichi | 2015-10-06 09:51 | 詩小説 | Comments(0)

いつも手遅れ

タブッキの「いつも手遅れ」を読む。

手遅れとは、終わったことにも気づかないこと。

死んでいるのは、肉体ではなく、おそらくたましいのようなものである。

手遅れなのは、時間が戻らないこと。

タブッキの赤血球の話を読んだ後。

おろしたての包丁で指を切ってしまったこと。

血は線を描き噴き出る。死に至るほどではないが、縫いかけのカーテンの裾のところどころに赤いどっとが入る。

ぼく達はいつも手遅れだった。

集団になじまないのではなく、集団に突っ込む無謀な車にもなれないのだ。

修羅の国でも。

もしかして、手遅れになるまえであったら、どらっぐのちからをかりたものにしかわからないこともあるのかもしれないが。

ニーチェがモルヒネなしでとぁらとぉすとらをかくことはなかったし、ぼーどれーるも、みしょーもアヘン中毒。
ゆんがーはりぜるぎん酸、どりゅ・ら・ろしぇるの注射器、からっぽのすーつけーすと彼の自殺。


どらっぐの自由化を目指して戦うぼるへすもどきの書も描かれたかもしれない。

どうでもいいこと。

そんなこと。

手遅れなのだ。

時間の中では。

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by akikomichi | 2015-10-05 20:24 | 詩小説 | Comments(0)

『爆弾低気圧』

今日の夕方、爆弾低気圧がくるという。

急激な発達を遂げて、等圧線がぐるぐる巻きになるという。


ここ何年かで、ゲリラ豪雨やら、爆弾低気圧やら天気はえぐいほどの凶暴さが増幅され、駆り立てられている。

狐の嫁入りやらお天気雨やらの牧歌的な風情は、微塵も見当たらない。




子どもらが、公園の噴水の周りを、ただ友達の車輪と背中を追いかけて回っていた。

爆弾低気圧のように、等圧線を描きながら、妙な圧を持って。

男の子特有の、意味もなく動きまわる衝動に任せて、ぐるぐる回っていた。


ちいさな男の子から、長靴と傘と服を奪ったトラが木の周りをぐるぐるまわってバターになってしまい、最後にはパンケーキになって焼かれて喰われてしまうほどではないが、水のマニ車を回す、風の馬にでもなったように、ぐるぐるぐるぐる回っていた。


男がじっと見ていた。

競技用の自転車に乗って。

前車輪だけで走ったり、回ったりしながら。

一人で。

ぐるぐるその場を回っていた。

黒いBMXは、男の身体の延長のように、四肢を拡張された、死ぬ前の昆虫のように、檻もないのに狂ったように動きまわる赤い帽子を被らされたマスクをつけた熊のように、その場をぐるぐる回っていた。


子どもたちは、帰る時間になったので、横で一人で回っている男のことは気にもせずに、休日の公園でマラソンをしている人のマラソンコースに踊り出て、今度は自転車競技のように、一列になって、風を切って走りだした。


先頭を走っていた子どもの前に、さっきの男が立ちふさがった。

子どもたちは、何がおこったか、分からなかった。

なぎ倒され、急激に圧をかけられ、首を締め付けられている先頭の子どもだけは、わかっていた。


爆弾低気圧がやってきた。

目の前が回り始めた。

家に帰り着けるだろうか。と。















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by akikomichi | 2015-10-01 21:03 | 詩小説 | Comments(0)

いすとイス

いすがなかった
からだをそとからかいほうするいすが

イスがあった
うちとそとからほうかいさせるイスが

すわれるいすはうちのなかでもからだをたすけ
うごきだすともみほぐすことさえできるが

すわれないイスはうちでもそとでもからだをこわし
うごきだすとものこころさえこわしつづける

いすはしゅうだんになると
だんらんになるが

イスはしゅうだんになると
こんらんになる

いすがほしかった
ずっとすわっていたいにんげんのようないすがほしかった

イスはほしがらない
ずっといすわることはしないようだがもえるみずはほしがった

いすはてづくりでもきせいひんでも
せんとうのような ただぬくもりがあればいいが

イスはてづくりでもきせいひんでもなく
こっきょうもこくせきもなく ただせんとうする











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by akikomichi | 2015-09-28 04:21 | 詩小説 | Comments(0)

中沢啓さんは伊藤比呂美さんのともだちなのだろうから
にほんじんがさんふらんしすこでへいとされるとした
おこるのだろうか
きいてみたい
だいあろーぐできるのだろうか
ともだちのことはしらないのだろうか
だいあろーぐできるのだろうか
きいてみたい
だいあろーぐできるのだろうか
きいてみたい
あなたのほんいがどのようなものなのか
きいてみたい





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by akikomichi | 2015-09-23 14:02 | 詩小説 | Comments(0)

民主党は日本のがんとなった 
東日本大震災の前後から馬脚を現していた
反対するだけ
何も考えず
考えさせないために安保反対とだけ連呼する
ワンフレーズ詐欺師たち
ただ反対するだけに成り下がった
税金泥棒である
福岡の民主党の議員が韓国系基督教徒のものから支援されていた事実もあり
日本を貶めることにだけ
日本から税金を垂れ流すことだけは
素早いのに疑問を持ったのは
間違いなく
民主党が日本国民のことなど何も考えていないということに
気づいたからである
民主党は消えるべきである
安保に反対しているものは
「市民」だという
日本国民でない市民だという
日本国民を踏みつけるために
外国から支援を受けている団体もいるなら
日本を滅ぼすために外国から支援を受けているならば
日本人はそれを自覚し
目覚めなければ
もっと厳しい時代になるであろう
今目覚めないといけない
安保は必要である
日本は今も巧妙に占領されているが
もっと別の利権から生殺しされるなら
今のほうがまだましかもしれない
今でも しているものを担ぎあげているものも
信用出来ない
裏で繋がっているから
福岡の韓国系基督教の牧師とつながっているものは
日本のためには動かない
のはわかっているから
その息子と言われているが頭のしこまれた若者の組織も信用しない
だまされてはいけない
彼らは日本のための安保を潰すための団体である
他所の国のししゃだから
日本のことなどどうでもいい
日本無力化のためのししゃだから


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by akikomichi | 2015-09-17 07:16 | 詩小説 | Comments(0)

あるいてもあるいてもセントラルパーク。

ちょっとした真夏に、岩盤浴するなら、セントラルパークがいい。

軽く何家族かは一緒に天然の岩盤浴が楽しめる。

ただし、岩に辿り着ければの話。

岩まで遠く、湖はなお。

しかし、湖まできたら、生き返る。

風が吹くから。

なんとはなく丸いつくりの美術館を目指していた。

意外と小さいのに驚く。

セントラルパークを歩いたからだ。

それから。

灯の灯るアパートまで歩いた。

その前に、偶然立ち寄ったほかの美術館で婦人のアートを見ていた。

あのはしごを登ればyesと描かれたやつ。

noだったら、死ななかった。

幻聴のだぶるふぁんたじいがほっつきあるいていた。







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by akikomichi | 2015-08-29 19:01 | 詩小説 | Comments(0)

大鴉

大鴉はありますか。

こじゃれた本屋に立ち寄った。

poeの詩が読みたかったのだ。

生憎、なくなったようです。

こぎれいな店員さんが言った。

ゴドーならあった。

ここに来る前にも。

円になって朗読会をしている店の名前がそうだった。

順番がくるのを待つしかなかったのだが。

待てずに、ここまできたのだった。



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by akikomichi | 2015-08-29 18:46 | 詩小説 | Comments(0)