カテゴリ:詩小説( 246 )

『たなごころ』

本棚の硝子が、ぼろぼろと、くだけちったのは、朝ごはんを食べている時であった。

昨日から、外でボーリング工事を始めていたので、その震動に耐えられずに砕け散ったのだろうか。

ボクサーが打たれ続けて、知らぬ間に頭蓋骨の内面に居ながらにしてやわらかい脳がほろほろと雪崩のごとく崩れていくように。

太い木枠が気に入って手に入れたのだが、ところどころ、防弾ガラスのように分厚い硝子が使ってあり、その中央部分の一番上の棚の真ん中の硝子だけ、突如として、崩れ落ちたのだ。

北極の氷が海に崩れ落ちるように。


手の中の読み古した本の山の崩れ落ちた硝子の一角。


出勤まで時間がないので、お互いもくもくと何事もなかったように朝ごはんを食べることにした。

食事制限から解放されたちょっといってしまったボクサーのように。



食事を終えると、山積みにされた磨かれていない金剛石の粒の山の中から、拾い上げた。

ある一冊の本であった。

『暗号の世界史』。

なぜか、昨日から「暗号」について考えていたのだが、その答えが載っているような本であった。

共時的な朝。

お手紙における暗号。

ラジオ放送における暗号。

リスナーからのリクエストもさることながら、リスナーからのお便りそのものが、暗号となっているという、ある北朝鮮の工作員の証言が載っていた。

音に乗った言葉の暗号。

明かりの必要な手旗信号などでは通用しない、暗闇でさえ伝わる音の世界。

しかし、お互いに、その暗い音を聞き耳をたてて聞いて、理解できるキーワードかなくてはならないのだという。

二人だけの秘密のように。

見えないものがみえてくる、あわいの世界。

目と目など通じ合わなくとも、それだけで通じる音の世界があるとは。

音の震動にやられながら、くだけちった脳みそであっても、硝子のようにきれきれに拾い集めるのだ。

いつかやってくるとも思わなかった雪崩がやってきた、今日という朝に。


などと思いながら、連れ合いの本も行き倒れた屍体のように転がっていたので、その背表紙を見た。


『何も共有していないものたちの共同体』。

われわれは、日常を共有しながら、何も共有していないのだ。

と言われているように、そこに転がっていた。

朝だというのに。

屍が累々と積まれている中、闘争し逃走した姿格好を変えた便衣兵のように、何処か別の場所で、新たな場所を作る為の崩壊の始まりのように。

われわれは、砕け散った無言のままの本と硝子を整理し続けた。


連れ合いが、本を手に持つと、眼に見えないほどの小さな硝子で手を切った。

これもひとつのたなごころ。

などと思いつつ、硝子で切った手を流れる赤々とした血を見て、痛みのようなものを「何か」と共有していた。


血判書ができたように本に染みこんだ血痕を見て思った。


あのひとの命日であった。




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by akikomichi | 2015-12-04 22:21 | 詩小説 | Comments(0)

『魚釣り』

僕達は魚釣りに出かけた。
近くの鯰池。
かあさんが介護の仕事で自転車に乗ってとおっていたといってたところ。
ビギナーズセットを肩にからってでかけた。
餌はそこいらにいるだろう虫。
あらかじめみつくろってある成り行きを辿るために。
僕達は、ビックブラザーズとは遠いところにいるけれど、いつも監視されているのだ。
自転車が邪魔だというふうに蹴り上げてくる近所のえげつないビックママに。
警察の人は鯰池に駐めてもいいよといったけどビックママには通用しない。
邪魔なものは邪魔なのだ。
ともだちと釣り糸を垂らして、風が寒くなっていくのを糸と竿の揺れで逃がすように、じっとしていられない僕は、偽餌で魚を誘い、池の名にまでなっている鯰が釣れるのを待っていた。

おい、なんか、ひっかかった。

ともだちにいった。

引き上げたのは、へどろにまみれた自転車の籠だった。

なあんだ、中身が無い。ただの籠だ。

びぎなーずらっくじゃねえのかよ。

ともだちはいった。

おれにもひきがきた。

ともだちがあげてみると、黒バスだった。

慣れた手つきで巻き上げながら、さっき引きあげたばかりの籠に収まるくらいの黒バスを針から離し、池に放した。

きゃっちあんどりりーすかよ。

僕はそういいながら、空っぽの籠を持ったまま、何かがくるのを待っていた。

かあさんはきっと来ない。

鯰池に沈んだままだ。


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by akikomichi | 2015-11-29 00:21 | 詩小説 | Comments(0)

『薔薇水』

薔薇の匂いがないと落ち着かない
という人のために薔薇水を探していました
さなとりうむの中の温室育ちの匂い
実体はない 煙さえない
揮発された精神の病い

どらっぐすとあにはまりあがいました
うりこさんのがらすのぶれすれっとの一粒の中のせいぼまりあ
もちはこべるすてんどぐらすのように
てんぽのなかのひかりにてらされて
凝縮されたいのりのかたみ

おらしょはわからないのです
そぼがくれたというぶれすれっとをかかげながら
かのじょは実体をもったいのりのように
おらしょをとなえるように
がらす玉と目を合わせました

薔薇水がほしいのです
病はきかされて
どこにもあしあとをのこしていないようにみえるのですが 
みえないものなのです
だから かくれきりしたんのようにそっというのです

薔薇水がほしいのです
おらしょのいのりがきえてなくなるように
においもきえてなくなりました
薔薇の花など幻覚でしかないように
どこにもなくなってしまいました



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by akikomichi | 2015-11-01 23:33 | 詩小説 | Comments(0)

蟷螂と飛蝗

野太い枯れ草が、やけに意志を持って動きまわると思っていたら、
茶色い蟷螂だった。
それから、
たてつづけに4匹出会った。
ここは茶色い蟷螂の縄張りなのだろうか。
と思ったら、
緑の蟷螂がここにいるよと、
拝み虫の青二才のように初々しくせり出してきた。
親子飛蝗がそれを見ていた秋の草山。

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by akikomichi | 2015-10-18 22:01 | 詩小説 | Comments(0)

何度か、読もうとして、途中でやめてしまっていた。

この「戦争ノート」と「ラ・マン」。

特にラ・マンと聞くだけで、なにか胡散臭さを感じていた。

どこかに、嘘があると。

デュラスの「戦争ノート」はもともと「戦争日記」となっていたという。

訳者によってノートとなったようだが、幾つかの下地となる書き残しがあったので、その理由がわかった気がした。

単刀直入に言えば、「ラ・マン」に出てくる男の容姿について。

どちらかと言うと醜いといえる(このノートの中では、胎児のようだとせせら笑ってさえいる!)アバタの残った、パリ帰りの実家が資産持ちの40前後の男。

一方、少女時代のデュラスは、美しく、殖民地の白人社会において最下層の部類に入る貧困をひた隠しにしなければならない境遇であった。

お互いに足りないものを埋め合わせて、凸凹したものを合わせて、ふんころがしのように、ごとごつした「せいかつ」を回していくための力技の数々は狂気を孕んだ、潮に浸かってダメになる作物そのものである。

根を張らない。

押し流されてしまう、もともと、そこにあってはならないものなのだった。




ところで、デュラスの少女時代の私小説的物語の後のものが、この戦争ノートの主要なものであると思われたが、何より、彼女が、暴力の中で育ったことが、その後のヨーロッパを舞台にした大戦の大いなる暴力の渦の中でも、受け継がれていくようで、彼女のそこにある暴力性とどこか似通ったものを感じている自分がいたことに、愕然とした。

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夫が強制収容所から帰った後、ひとすくいのスプーンすら受付なかった生命が垂れ流す、泡立つ緑色のねっとりとした汚物は、「胎児」が生まれてしばらく流すそれに、よく似ていると思った。

夫が還ってくるのを半ば狂い死にそうに待ったデュラスの見たままの記述であろうが、この「胎児」といういめいじを、かのラ・マンの男にも持っていたのであろうデュラスは、死から帰還した夫も、見知らぬパリから帰還したラ・マンも、同じく、泥のようなものを孕んでいる「胎児」であったのかもしれない。

のちに、彼女は、生まれてくるはずであった子を失ったようで、そこへとも繋がる「胎児」の記憶なのであろうか。


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この暴力性に関して、戦争を体験したという限りにおいての共通性が主な共感の芯ではあろうが、小さな暴力、大きな暴力は、多かれ少なかれ、自分にも降りかかっていたのだから、どうしようもないものが、何度も立ちはだかるのはいたしかたのないことなのかもしれない。

小さな家族の中の暴力があることを鑑みても、村社会のヒエラルキーしかり、学校のヒエラルキーしかり、職場のヒエラルキーしかり、政党のヒエラルキーしかり、国家間のヒエラルキーしかりで、戦争反対などという大いなる国家間の階級闘争を踏まえた暴力には到底抗えないように思えた。

逃げ出したくなるような、暴力は、そこかしこにあるのだと。


この戦争日記的戦争ノートに因って、はじめて、彼女を飲み込めたのだった。


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by akikomichi | 2015-10-16 15:18 | 詩小説 | Comments(0)

図書館にて

図書館にて借りし、古き映像をかへりみるにつけて、ひとつふたつ、おもふことあり。

「夜と霧」は未だ、熟読にいたらず、いめいじのむこうにはいたらず。

霧のたちこめる夜であろうと、朝であろうと、目の前にあらわるる亡霊の群れであろうと。

いきのこるためのひとすくいのすーぷがひつようなのだとおもふ。

私はいま、いきているのであろうかというまえに、借りてきた黒猫のように、踵を返し、図書館の中のはばかりにいきつく。

やりのこしたことをやりおえたように、ようをたしたところで、図書館の人がやってきて、はばかりながら、はばかりを確認していた。

いじょうなし。

とばかりに、てんこされたみとしては、ここはひとつのはんせいべや、ろうごくなのだとおもいいたる。

私はいま、いきているまえに、しんだようなきになる。

いっぽんのしんだようなきになり、図書館の人を見送り、そこにじっとつったてさえいたのだ。







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by akikomichi | 2015-10-14 23:27 | 詩小説 | Comments(0)

『法則』

「法則」があった。

秘密を保持するものと、文字にするもの。
人の生活を盗み見して、己が何でも知っていると勘違いするもの。
ほんの一部しか知らないことを知らない傲慢は、いずれ破綻する。

己にはできないことをしているだけである血道のあるもの。
地道とは道を索めるものが歩くもの。
道を踏みにじるだけの非難中傷をするだけでは済まされない何かでもある。


それと引き換えにしても余りあるものを知らないもの。


ひさこの話をしよう。
秘密を保持するよういわれたものと、いうものの違い。
あるいは秘密を盗み見て知っていると思い込むものの悲惨を。

ひさこにはみえこという姉がいた。
みえこはいつも親がいないときに、ひさこにいたずらをしていた。
このことは誰にも言ってはいけない。

が、みえこのひさこを支配する呪文であった。
このことは誰にも言ってはいけない。
このことは二人だけの秘密なんだから。

ひさこはみえこに、そこから支配された。
人がいないところで行われる秘密の儀式を必要とするものは支配を目的としているという「法則」。
たとえ、優しげに穏やかに見えようとも、ささやかな植物の研究をしていようとも、微生物や昆虫の研究をしようとも。

虫や微生物に限らず、研究対象になったところから支配されるという「法則」。
ルーペの先でひとつひとつ分解される儀式によって。
目玉、触覚、手足、胸、腰、羽をいちいちもがれながら、ひとつひとつ虫の息を止められてまで支配される。

すごい。
と賞賛されながら、五体を楽しそうに。
もぎとられる。

蚕を育て飼いならし支配するためには、桑の葉がいる。
そこが、掘っ立て小屋であろうと、温室であろうと。
桑の葉に蚕をそっと乗せることも儀式を通過するなら、なおさらである。

お蚕様には桑がいる。
お蚕様から絹と糞。
何かを通過する儀礼には、表からは美しいとされる実用ものが吐き出され、裏からは排泄物がもれいずる「法則」。

その昔、かの半島では桑の葉を摘みに行くとは、日本へ対する工作をしに行くという隠語だったという。
表向き環境ビデオ風な裏ビデオ的映像で知ったのは、つい最近のことである。
税金節約の為、民間図書館をも受け負っているものの店においてあった、映像のあーかいぶ、映像のせいきだ。

まるで、ただの春画をさも芸術のようにあげ奉るものの胡散臭さそのままである。
税金節約の為、あの民間図書館を受け負っているものの前身は、確か、春画をよく描かせては楽しんでいたものでなかったか。
江戸時代から受け継がれたエロスの系譜は、赤線のようなカーテンの向こうで今も裏方に隠されている。

表と裏が曖昧なせんじょうになる「法則」。
生活のため、お蚕様に奉る、桑の葉摘みにいくものがいたとしても不思議ではないが。
どことなく、お蚕様に似ている白い桑の実をただ摘みに行くこともなく、はだけをもぎとられる理不尽は描かれもしない。

お蚕様には桑の葉が必要で、桑の実は必要ないのだ。
世界遺産登録のために身を削ったものは必要ない。
いずれは絹を吐き出したお蚕様も必要なくなる。

吐き出された絹と世界遺産に登録された建物が、そして、それを語る文字が、かろうじて残るものなのだ。

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by akikomichi | 2015-10-06 09:51 | 詩小説 | Comments(0)

いつも手遅れ

タブッキの「いつも手遅れ」を読む。

手遅れとは、終わったことにも気づかないこと。

死んでいるのは、肉体ではなく、おそらくたましいのようなものである。

手遅れなのは、時間が戻らないこと。

タブッキの赤血球の話を読んだ後。

おろしたての包丁で指を切ってしまったこと。

血は線を描き噴き出る。死に至るほどではないが、縫いかけのカーテンの裾のところどころに赤いどっとが入る。

ぼく達はいつも手遅れだった。

集団になじまないのではなく、集団に突っ込む無謀な車にもなれないのだ。

修羅の国でも。

もしかして、手遅れになるまえであったら、どらっぐのちからをかりたものにしかわからないこともあるのかもしれないが。

ニーチェがモルヒネなしでとぁらとぉすとらをかくことはなかったし、ぼーどれーるも、みしょーもアヘン中毒。
ゆんがーはりぜるぎん酸、どりゅ・ら・ろしぇるの注射器、からっぽのすーつけーすと彼の自殺。


どらっぐの自由化を目指して戦うぼるへすもどきの書も描かれたかもしれない。

どうでもいいこと。

そんなこと。

手遅れなのだ。

時間の中では。

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by akikomichi | 2015-10-05 20:24 | 詩小説 | Comments(0)

『爆弾低気圧』

今日の夕方、爆弾低気圧がくるという。

急激な発達を遂げて、等圧線がぐるぐる巻きになるという。


ここ何年かで、ゲリラ豪雨やら、爆弾低気圧やら天気はえぐいほどの凶暴さが増幅され、駆り立てられている。

狐の嫁入りやらお天気雨やらの牧歌的な風情は、微塵も見当たらない。




子どもらが、公園の噴水の周りを、ただ友達の車輪と背中を追いかけて回っていた。

爆弾低気圧のように、等圧線を描きながら、妙な圧を持って。

男の子特有の、意味もなく動きまわる衝動に任せて、ぐるぐる回っていた。


ちいさな男の子から、長靴と傘と服を奪ったトラが木の周りをぐるぐるまわってバターになってしまい、最後にはパンケーキになって焼かれて喰われてしまうほどではないが、水のマニ車を回す、風の馬にでもなったように、ぐるぐるぐるぐる回っていた。


男がじっと見ていた。

競技用の自転車に乗って。

前車輪だけで走ったり、回ったりしながら。

一人で。

ぐるぐるその場を回っていた。

黒いBMXは、男の身体の延長のように、四肢を拡張された、死ぬ前の昆虫のように、檻もないのに狂ったように動きまわる赤い帽子を被らされたマスクをつけた熊のように、その場をぐるぐる回っていた。


子どもたちは、帰る時間になったので、横で一人で回っている男のことは気にもせずに、休日の公園でマラソンをしている人のマラソンコースに踊り出て、今度は自転車競技のように、一列になって、風を切って走りだした。


先頭を走っていた子どもの前に、さっきの男が立ちふさがった。

子どもたちは、何がおこったか、分からなかった。

なぎ倒され、急激に圧をかけられ、首を締め付けられている先頭の子どもだけは、わかっていた。


爆弾低気圧がやってきた。

目の前が回り始めた。

家に帰り着けるだろうか。と。















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by akikomichi | 2015-10-01 21:03 | 詩小説 | Comments(0)

いすとイス

いすがなかった
からだをそとからかいほうするいすが

イスがあった
うちとそとからほうかいさせるイスが

すわれるいすはうちのなかでもからだをたすけ
うごきだすともみほぐすことさえできるが

すわれないイスはうちでもそとでもからだをこわし
うごきだすとものこころさえこわしつづける

いすはしゅうだんになると
だんらんになるが

イスはしゅうだんになると
こんらんになる

いすがほしかった
ずっとすわっていたいにんげんのようないすがほしかった

イスはほしがらない
ずっといすわることはしないようだがもえるみずはほしがった

いすはてづくりでもきせいひんでも
せんとうのような ただぬくもりがあればいいが

イスはてづくりでもきせいひんでもなく
こっきょうもこくせきもなく ただせんとうする











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by akikomichi | 2015-09-28 04:21 | 詩小説 | Comments(0)