「減速効果」

高速を走っていると
つい速度を出してしまう癖があり
その癖を直そうと
かなり減速して走っていた
すると
するりと
猿が高速道路を横切った
少し前の速度なら
確実に当たってしまっていた
減速効果
焦らずに
のっそりと優雅に横切るものを
見ながら
そう思った




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# by akikomichi | 2017-10-10 21:15 | 詩小説 | Comments(0)

一度だけ仏教寺院のことを書いてみることにする。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜

土台は四角の石からなり、その上に柱が立っている。
柱は楡材で、間隔を置いて縦の木材と結合されている。
屋根が非常に大きくて重みがあるのは、桁構えの構造によるものである。
これは一つの思い枠組みからできており、頂上まで面積をだんだん少なくして築き上げたものである。
主要な梁は非常に大きな木材で、自然状態のままにしてあげてある。
屋根は非常に重くて装飾的な瓦が敷いてあるか、あるいは金で飾った板銅で覆われている。
ときには、立派な屋根板か樹皮で、1フィートから2フィートの深さまで葺いてあることもある。
壁の外側は、普通厚い楡剤で板ばりがしてあり、漆が塗られているか、あるいは何も塗っていない。
壁の内側は、美しい松材に薄く精巧にかんなをかけ、斜めに切った板ばりである。
天井は平らな羽目板が張ってあり、柱で支えられているところは、一様に円形で、松材の木目の細かい柾目(まさめ)板である。
屋根の梁が軒下に出張っている先端は、精巧に彫刻がしてあり、鈍い赤色の漆が塗ってあるか、あるいは、梁の継ぎ目と同じように銅板で包んである。
釘はほとんど使用されていない。
材木は蟻ほぞで美しく接合されており、その他の接ぎかたは知られていない。


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# by akikomichi | 2017-10-09 22:18 | 日記 | Comments(0)

じゃにすの命日

つい先日のことラジオを聴いていた
その日が
じゃにすの命日だということを知った

学生時代 
聞いていた歌を思い出した
もうかきむしられるようなことはないと思っていたのだが

古い古い記憶を絞り出すような声
かすれてしまった痛みのような呻き
青ざめた苦々しい記憶

ニューヨークの蝋人形のじゃにすは
長椅子に座ってじっとしていた
確か最後のアルバムのジャケットの長椅子

固まって動かなくなった記憶が
どろどろ溶け出してきたような
生暖かい人肌を抱く目は遠くを見ているような

記憶をたどっている
罪悪感を押し隠すように目を瞑っている 
青ざめた痛みを見ようともしないものよ

あなたの心はもうなくなってしまったのだ












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# by akikomichi | 2017-10-08 22:30 | 詩小説 | Comments(0)

詩小説「うなぎの夢」

俺の親父が、日記を密かに書き連ねていたのを、俺が見つけたのは、偶然ではないような気がしていた。

親父がうなぎを食った後、車を運転して帰っている時に、泡を吹いてぶっ倒れたのは、それからしばらくしてのことだった。

路肩に停めることができたので事故には至らなかったのは不幸中の幸いであったが、その時に、隣に座っていたのが看護師の彼女であったのが、不幸中の不幸であったのは、言うまでもない。

お袋は、泡を吹いて倒れて、半身不随になった親父の切れてしまった頭の血管は、ばちが当たったからなのだと言ったが、ばつの悪いことにもほどがあるほど、親父は看護師の彼女のことを忘れられないでいた。

半身不随になって、ハサミのことを切れるやつとしか言えなくなって、固有名詞が言葉にならない、概念崩壊状態の親父は、口がまめらないままであっても、なぜか、女の名前を呼んだのだった。

その女の名前を、俺は覚えていた。

あの日記に書き記されていた名前だった。

あの女は、味噌汁をこさえて、それをひっくり返して親父の足にこぼしてしまったらしい。

そういうことが書かれていた。

その日あった事を細かに、書き記す日記というものは、後の世に残すには、あまりに不用意な、あまりに不用心なものなのである。

戦争中に、兵隊に日記を書かせていた日本軍の日記を分析していたという日本文学研究者もいたが、俺も、親父というものの行動を事細かに、それも親父が本当に生きていると思えたことを書き記している気がしていた。

親父にとっては味噌汁の味ではなくで、味噌汁をぶっかけられた熱い想いを書かずにはおれない、やむにやまれぬ衝動があったに違いないと、思わずにはおれない、何か奇妙な熱のようなものを、その日記から読み取っていたのだ。

親父にとって、本当に書きたかったことは、あの女との些細な痛くもあった日々なのだ。と。

お袋は、そのまま、死んでください、お父さん。と、地獄めぐりをしてチアノーゼで死んでしまった劇作家のような言葉を吐いたが、死に損なった親父は、三日間は本当に死んだように動かなかったのだから、生まれ変わったようにおとなしくなった。

その間に頭の中の何かが崩壊したのかもしれないが、物理的に動きまわれなくなったことと、書き連ねていた日記を書くことができなくなったことで、おとなしくなっただけであるようにも見えた。

親父の日々は、もう、親父だけの言葉で書き連ねることができなくなったのだ。

とりあえず、お袋と共有される時間になったのだった。


俺にとっての親父は、最初から、いわゆるモラルなどくそ食らえのようなものでしかなかったが、同じ男のよしみと言おうか、どこか憎めない、それどころか、実のところ、親父のように奔放にできることなら、どんなにかいきやすいことであろうか。と、欲望に正直な親父が疎ましくもあり、羨ましくもあった。


お袋は、うなぎを見ると、親父の悪行を思い起こすらしく、しばらく、見るのさえも避けていたようであったが、親父が言葉を少しづつ思い出し、リハビリも進んできた頃には、うまそうにかっ喰らうようになった。

お父さんも、いつ死ぬかもわからないのだから、私もあの人も、食べたいものを食べとったら、それでいいんよ。

とお袋は言った。

人は日々、変わっていくのだと、子供ながらに思ったものだ。

人は変わっていく。日々、書き連ねることをやめるほどの何かが起こった時は、特に。


俺は、お袋の気持ちを思うと、親父のようにはならない、いや、なれないと思っていた。

あの人に出会うまでは。そう思っていた。

あの人は、あの女のように、俺の日々を侵食していった。

それから、俺は親父のように日記を書くようになった。

親父のように倒れておとなしくなるまで、あの人の夢を見続けるように日記を書いていくのだと思いながら。

俺は、そうして、「ブリキの太鼓」の一生体だけ小さな子供のままで、心だけ最初から老成していたようなオスカルくんのように、遠くの透明なガラスを破壊できるような金切声で叫ぶのだ。

この夢はいつか見たことがある。と。

オスカルくんの母親は、旦那がいながら密かにいとことまぐわっていたのだが、そういう関係性の中で、どんどんナチ化していく旦那と真反対のいとことの間、それから、いつまでたっても成長しない子供のままのオスカルとの間で、生命線のようなものが切れてしまうように、生きるバランスを失っていくのだった。

とても、象徴的な場面があった。

牛に群がるうなぎを海岸で見つけて、嘔吐したオスカルくんの母親。

そういう、悪夢のような、うなぎの夢。

どちらかというと。

今の俺の日々は。


今日、うなぎを買ってみた。

柳川のうなぎである。

川下りをしている団体が、豆粒のように、屋形船に収まってじっと流されているのを尻目に、俺は北原白秋の生家から少し入った路地裏のうなぎやに入った。

うなぎがうようよとくねりながら、滑り毛のある黒光りするのを見て、捕まえきれない夢のあとのもどかしさに似ていると思った。

俺は、あの人のことを夢に見るような、よどんだ水の中に潜んでいる、夢の中のうなぎを捕まえるような、そんな気分で、親父とお袋に、なけなしの金で、もう死んでしまったうなぎを送ったのだった。










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# by akikomichi | 2017-10-01 21:02 | 詩小説 | Comments(2)

新潟の魚沼に茅葺職人体験に伺った時に、福島にも足を伸ばし茅葺銀座?「大内宿」を訪れた時のことである。

猫が縁側で眠っていたので、近づいてみると、その横にイザベラ・バードがこの家に泊まったことがあるということが書いてあった。

店番をされているその家の子孫の方が、イザベラ・バードはぶどう酒を持っていて、それを飲んでいるのを見て、住民が不気味がったという話をお聞きした。

ぶどう酒が人の血に見えたらしい当時の方々が、生き血を飲む珍しい人を、訝っていたという、今では笑い話であるが、本当にあった異文化交流話である。

イザベラ・バードが日本の奥地を旅したのは、自分の健康を慮っての、気分転換のためのものではあるが、日本を視察する目的も大いにあったようで、もの珍しいということにおいては、外から来た者にとっても、うちにある者にとっても、同じ思いであったようである。

オーストリア公使館のシーボルトの報告と当時の日本の情報を照らし合わせていたということ。

アメリカ外交の成功を長く記念するとイザベラ・バードがいう、アメリカ人の命名したリセプション湾、ペリー島、ウェブスター島、サラトガ岬(富津崎)、ミシシッピー湾(根岸湾)というものも知らなかったが、名前というものは名付けるものの思いが重なってはいるものの、当時の方々にとっては、はた迷惑な、わけのわからない、勝手なことであったともいえよう。

いやいや、勝手に命名するなよ。と。


人力車が初めて街中をはしりだしたのが1871年(明治4年)であるということ。も知らなかった。

今では、いつ始まったかなど覚えてもいないことを書き記すことによって、刻みこまれるものもあるということ。

大内宿にたどり着く前に、イザベラ・バードの見たであろう日本を、これからじっくり読み、寄り添うように、たどっていこうと思う。

大内宿で眠っている猫の夢のようなものであるかもしれない。ひとときのものであるかもしれないが。

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# by akikomichi | 2017-09-27 23:39 | 日記 | Comments(0)

今年は、イランでのロケも敢行された、「どすこいビューティーズ」という女子相撲映画撮影に参加させていただいたプロデューサーの児玉さんが福岡パノラマの枠で久留米絣の物語を作って上映されているということを知り、伺った。

久留米絣の礎を築いたと言ってもいい「お伝さん」と久留米絣を受け継ぐ者たちの物語であった。

「お伝さん」が久留米絣を受け継ぐ者の前に現れるというちょっと異界な物語ではあった。

見えないはずの者が見えその魂を受け継ぐというようなことが伝えたかったのであろうが、児玉さんご本人曰く「アイドル映画」?!であり、若い方から年配の方まで、久留米絣を愛してほしいという願いを伝えたかったのであろうと思われる。

素直にすうっと入ってくる物語。

それは最初に上映された「伊万里のまり」も同じく。「伝統」というものは、伝えていくという限りにおいて、皆同じ匂いがする。
茅葺もまた然り。

生の茅葺も、映像も、物語も残していきたい。と切に願う。



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# by akikomichi | 2017-09-24 05:57 | 詩小説 | Comments(0)

形から入る

形から入るように
心構えを持つように
と今日が最後のお勤めだった
心構えの師匠のシゲさんに言われて
ニッカポッカを手に入れた

オランダの子供服が起源というものもあるようで
ニッカポカーズといえば
オランダ移民のことだという
スポーツや軍服で使われていたという
もともと江戸時代やらの鳶職の方々のそれに近い形だというものもある

ニッカポッカをはいていると
いつも面白いお父さんのような大工さんが
板についてきたねえ
俺が若い頃はいとったのばやるばい
と言って大きな紺のニッカポッカをくださった
ありがたいことである 宝物にしたい


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# by akikomichi | 2017-09-21 20:23 | 詩小説 | Comments(0)

怪獣の腕のなか



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# by akikomichi | 2017-09-18 22:28 | 日記 | Comments(0)

ご安全に世界夫人よ




「さようなら世界夫人よ」

ヘルマン・ヘッセ 植村敏夫訳 作曲・編曲 Pantax's World

世界は がらくたの中に横たわり
かつてはとても愛していたのに
今 僕等にとって死神はもはや
それほど恐ろしくはないさ

さようなら世界夫人よ さあまた
若くつやつやと身を飾れ
僕等は君の泣き声と君の笑い声には
もう飽きた

世界は僕らに愛と涙を
絶えまなく与え続けてくれた
でも僕等は君の魔法には
もう夢など持っちゃいない

さようなら世界夫人よ さあまた
若くつやつやと身を飾れ
僕等は君の泣き声と君の笑い声には
もう飽きた

http://www.youtube.com/watch?v=Ao6Yyz6nEYo


〜〜〜〜〜〜〜

ヘッセへの続投詩

「ご安全に世界夫人よ」

世界は台風とミサイルの最中

死神は横たわり

葬儀の画像を探している


車輪の下を念入りに踏みつける暗黒世界夫人よ

車輪の上を手放しで転がしていく新世界夫人よ

車輪がパンクして走れない月世界夫人よ

我々はあなた方の街宣と冷笑には

もう飽きた


世界の目はカッシーニの燃え尽きる前の画像を見て

宇宙にはてた

かつてはとても愛していたのに

くらい宇宙の中で燃え果てたとしても

元に戻るだけのことであるにしても


ご安全に

世界夫人よ

さあまた

宇宙のクズから這い上がり

ご安全に

世界夫人よ

さあまた

夢々 思いもよらない死をまねくなかれ




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# by akikomichi | 2017-09-18 21:49 | 詩小説 | Comments(0)

どの手が作るか

どの手が作るかで
茅葺が変わるとするならば
ただ見ているだけのものに
あっちに行けというものの手よりも
茅にのっかった小さなカエルを見つけて笑うものの手で
生きているものそのままのものをそのまま愛でるものの手で
作り続けていただきたい
いたずらに煽られきょうそうで追い立てられて作るよりも
丁寧にいきて作っていけるように
作り続けていきたい


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# by akikomichi | 2017-09-18 20:20 | 詩小説 | Comments(0)

以下抜粋

私はプーラン・シングの鍛冶場が好きだった。キクユ族の人たちは、二つの点でこの鍛冶場が気に入っていた。

まずひとつには、鉄という素材のなかでも最も魅力に富んだもののせいである。
鉄は人々の想像力を彼方まで導いてゆくものだ。

〜〜〜〜〜

第二に、土地の人々の自然に近い生き方を鍛冶場に惹きつけるのは、その音楽である。
鍛冶のかんだかく快活な、しかも単調で目覚ましいリズムは、神話のような力を持っている。
雄々しさに満ちたその音は、女たちの平衡を失わせ、心をとろけさせる。
その音は率直で気取りがなく真実を、ただ真実のみを語る。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜

彼の鍛冶場のつち音は、聞く人の心にそのまま声を与えるかのように、それぞれの人が聞きたいと望む歌になる。
私にとっては、つち音は古代ギリシャの詩の一つを歌っていると聞こえるのだった。その詩を友達が訳してくれた。

「エロスの神は鍛冶さながらにつちを振りおろし
あらがう我が心を火花を散らせて打ち打つ
エロスは我が心を涙と嘆きもて冷やす
赤熱の鉄を流れにひたすごとく」


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

オウム

デンマーク人の年老いた船主が、自分が若い頃の思い出にふけっていた。
16歳の時、シンガポールの売春宿で一夜を過ごしたことがあった。
父親の持船の船員たちと一緒に登楼し、そこで中国人の老女と話をしたのだった。
少年が遠い国から来たのだと聞くと、老女は自分の飼っている年取ったオウムを連れてきた。
昔々、私が若かったころ、やんごとない御生れのイギリス人の恋人がいて、このオウムをくれたのだよ、と、老女いった。
それなら、この鳥はもう百歳くらいだ、と少年は思った。
老女の昔の恋人は、このオウムを彼女に送り届ける前に、何かの文句を教え込んでいた。
その言葉だけは、どこの言葉なのか、どうしてもわからず、客たちの誰に尋ねてみても、意味のわかる人は一人もいなかった。
そこで、もう長年の間、女はたずねるのをあきらめてしまっていた。
だが、そんなに遠くから来たのなら、もしかして、これはお前さんのお国の言葉ではないかえ。
そうだったら、この文句の意味を説明してもらえまいかと思って。
そう言われて、少年は不思議な感動に心をゆすぶられた。
オウムを眺め、そのおそろしいくちばしからデンマーク語が洩れるところを想像すると、もう少しでその家から逃げ出しそうになった。
だが、その中国人の老女に親切をしてやりたいという気持ちが、かろうじて少年の足をふみとどまらせた。
ところが、老女がオウムに例の言葉を言わせるのを聞いてみると、それは古代ギリシャ語だった。
オウムはその言葉をとてもゆっくり唱えだし、少年にはそれがわかるくらいのギリシャ語のわきまえがあった。
それはサッフォーの詩だった。

「月は沈み スバルの星々は沈み
真夜中はすでに去り
かくて時はすぎ 時はすぎ
横たわる我は一人」

少年が詩句を訳すと、老女は舌を鳴らし、くぼんだ小さな眼を見張った。
もう一度繰り返してくれないかとたのみ、それを聞くと、ゆっくりと頷いた。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

キクユ族はもともと死者を埋葬せず、地上に置いたままにしてハイエナやハゲタカが食べるにまかせる。
私はこの習慣を好ましく思っていた。
太陽と星々の光にさらされて横たわり、短時間のうちにきれいさっぱりとたべられて消滅し、そして自然と一体になり、風景の一部と化すのは、楽しいことではないか。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

「嘆きの歌を変えよ
よろこびの調べに
われはあわれまんとてきたらず
楽しみを求めて来るならば」


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

「死にあたり
火はわがむくろを犯せども
われ心にとめず
今はすべてのもの、
われにとりてよければ」


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# by akikomichi | 2017-09-17 14:12 | 小説 | Comments(0)

さしよし

雨風と太陽に削られていく時の再生をおこなうように
さしよしをする
だんだんにまだらになる
ふるいよしあしとあたらしいよしあし
さじかげんで平たくも固まりにもなる
まるで
我々のように
そこにおさまっていく時の束たち
どうか一つ一つが連なって
一つのものになるように
と祈るように
丁寧に生きるように
さしよしをする


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# by akikomichi | 2017-09-15 22:48 | 詩小説 | Comments(0)

忘れることがないように



死神と出会って
魅入られてしまった方は
天上に行って幸せに暮らしていると
美山の中野親方はおっしゃった

それでも
なくなってしまった方を
忘れることができないものたちは
自分のやれることをやって生きて行くしかできない

残されたものたちは心を亡くすことなく
自分たちのできうることをすることでしか
受け継いでいくことでしか
報いることはできない

なくなった方の意思を受け継ぎ守っていけるように
心ある方々に出会えることで守っていけるように
そこだけは
忘れることがないように









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# by akikomichi | 2017-09-11 01:22 | 詩小説 | Comments(0)

シゲさん

シゲさんが神奈川から助っ人にやってこられた。
とても大きな方である。
身長はもちろん、人間としても。
とても繊細で優しくもあるが、仕事に関しては厳しいだんどりの鬼と化す職人さんでもある。
茅の扱い方やみちぎに登る時の脚の踏ん張り方を教えていただく。
私が雨の中、フラフラして滑り落ちそうであったらしく、見るに見かねて教えてくださったのだった。
ありがたいことである。
いろいろ、学ばせていただけることに感謝である。

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# by akikomichi | 2017-09-06 23:09 | 詩小説 | Comments(0)

宗像フェス


生まれ育った宗像でフェスがあるのは嬉しいことです。
可愛い姪っ子ちゃん、ライブも頑張ってくださいね。応援してます。


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# by akikomichi | 2017-09-06 22:56 | 日記 | Comments(0)

からすとこじ開けと

からす で よし を引き出し
新しいよしを親方に手渡す
少しずつでも
先を見て進んでいけたらと思う
こじ開けを使い
二番鉾にしろ縄をかけ
みちぎに男結びで結わえることも
先輩にさせてもらえるようになった
少しずつでも先を見て進んでいけたらと思う
うちに回って鉄針を取る
アバカを竹に回すために
やらせてもらえないことよりも
やらせてもらえる喜びの大きいこと
教えていただいた方々に対する感謝となり
自分のできることを広げていけることへの感謝となり

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# by akikomichi | 2017-08-31 20:03 | 詩小説 | Comments(0)

「風の波紋」

「風の波紋」というドキュメンタリーにも出てくる茅葺の屋根改修にも関わっておられる写真家の高松さんが、さしよし補修をしている現場に偶然、足を運ばれて訪ねてくださった。

自然に生きるということを実践されている方々で、自分の理想でもある。

狭い世界に閉じこもり、いがみ合うようなことがしたくないのなら、いろいろな世界を見て、存分に、味わっていきたい。

いつか尋ねてみたい。

世界が少し広がった気がする。

ありがたいことである。

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# by akikomichi | 2017-08-30 20:27 | 詩小説 | Comments(0)

以下抜粋。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



ワシの影は平原を横切り
かなた、名もない空色の山々に向かう
ひとむれの若いしまうまの影は
ほそいひづめのあいだにしずまり
永い一日を動かずにいる
この影達は夕暮れを待つ
夕日が煉瓦色に染め上げる平原に
青く長く自らの形を延ばし
水場をさして歩いて行く時を待つ




〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

「さあ一緒に出かけて、生命を不必要な危険にさらしていただけないかしら。もしも生命になにかの価値があるとしたら、生命は無価値だということこそ、その価値なのね。自由に生きる人間は死ぬことができるという言葉があるでしょう。」
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# by akikomichi | 2017-08-28 23:32 | 小説 | Comments(0)

茅葺と陶芸と

星野村周辺を散策し、茅葺屋根やかつて先輩方が作られた屋根を見てきた。

星野村にある原爆の火も拝見した。
火は高いところにあり、遠くからしかそこに火があると気付かないくらいほのかな火であった。

茅葺の先輩の森けんさんが屋根を葺いたという山本源太さんの窯にも寄らせていただいた。

美味しいお茶と奥様のお手製の抹茶寒天の風味を源太さんの器が包んでいた。
その全ての、手触り肌触りをも美味しくいただく。

僕の星という鉄の星のようなイガイガが突出しているものを見て、サザエあるいは昔の鉄の玉にチェーンをつけて振り回す海賊の姿を思い浮かべたりしていた。
聞くところによると、源太さんは自分の名前をつけた星があるという。
そのイメージがここにあるのだ。
源太さんの詩集を森けんさんからいただき、じっくり読んでいる。
土と会話して、星野村にあるいろいろな風景と目と手と言葉と体全体で生まれだしていくものがそこにあり、私も源太さんと同じ道を歩いていることに気づく。
とても近しい詩や言葉の紡ぎ方。

今、私は手の力をとても信じている。
心から信頼している。


それから、お猪口と茶碗を、心から信頼し尊敬する先輩である上村さんと、心優しい森けんさんと作らせていただいた。
犬のロクちゃんがワシャワシャと肉球で背中を押してくれたり、匂いをクンクン嗅いでいた。
この匂いを含めての出会いを覚えてくれたに違いない。
土は滑らかで心地よく、人肌のきめを細かくしてくれる柔らかさであった。
そこにたまる土と水の混ざったものの中におたまじゃくしやヤゴが住んでいたくらい、すみごごちの良い土なのであった。
上村さんや森けんさんの手は大きく、手仕事をされている方のおおらかな大きな手は言ってみれば無骨なのであろうが、そこに力強さと全てを包み込むおおらかさと優しさのようなものを作り上げていくものを感じた。
この世界があって本当によかった。

茅葺も陶芸も人の手を通して作り上げられていく、柔らかいものなのだ。







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# by akikomichi | 2017-08-23 05:16 | 詩小説 | Comments(0)

「日本の草屋根」相模書房 小林梅次著 より

万葉集一六三八の歌

あをにいよし奈良の山なる黒木用ち造れる室は坐れど飽かぬかも

これは聖武天皇の歌であるが、黒木の語が見える。黒木の意味は、皮付きの木という意味と常緑樹の意とある。それはともかくとして、室の語が使われているけれども、穴の段階から脱した建築を思わせるものがある。ただ、黒木が建物のどの部分に使われていたものか、この限りではわからない。


万葉集千六三七の歌

はだ薄尾花逆葺き黒木用ひ造れる室は万代までに

この歌は「尾花逆葺き」の語によって、その様子は一段と明らかで、屋根が尾花、つまり茅で葺かれていたことを示している。



播磨国風土記中川の里の項に

時に大中子、苫もて屋(いへ)を作りしかば

とあるのも、苫で屋根または壁を作ったのであろう。


徒然草にも

家の造りやうは、夏をむねとすべし。冬はいかなるところにもすまる。熱き頃、わろき住居はたえがたき事なり。

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# by akikomichi | 2017-08-16 22:36 | 日記 | Comments(0)

「黄色い日々」梅崎春生

(あいつは助かったんだな、あいつは)
それは麻痺性痴呆の病名をもって、A級戦犯の法廷から除外された男であった。この男がM病院に収容されていることは知っていたし、直線道路の彼方にその姿を見たとき、彼はすぐその男であることを直覚した。長身のその姿は、冷たい風のようなものを漂わせながら、近づいてきた。すれちがうまで彼ら三人は、しんと口をつぐんで歩いていた。
(どうしてあのときおれたちはしんとしてしまったのだろうな)

梅崎春生「黄色い日々」より抜粋


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

なんとなく、梅崎春生「黄色い日々」を読んでいた。

「幻化」「桜島」なども読みつつ、戦争の後始末としての東京裁判についてふと思った。


誰が、生き残ったものを責めることができようか。などとおもいながら、これを繰り返し読み返していたのだ。

おそらく、梅崎の残した小説から鑑みると、上記の男は、大川周明のことであろうと思われるが。

東京裁判を生身で知っているものは、半ばあきらめのような、どうしようもない押し付けられた裁判を、生で、引き受けてきたのであるから、それを卑怯という単純な暴言を吐き捨てるだけでは、あまりにもそこが浅いようにも思われる。

たとえそれが、現人神、言ってみれば超A級戦犯的存在であったとしても、罪や罰というものを、他から受けつつ、生き残ったもの自らの中に課している様々な償いのようなものを見ようともしないのは、あまりにもそこが浅いと言わざるをえない。

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# by akikomichi | 2017-08-14 00:01 | 小説 | Comments(0)

四十九日

四十九日が近くなり、盆でもあり、亡くなった先輩のお宅に皆さんと伺う。

奥様と子供さんはいつも通りの日々を過ごしておられるようであったが、大きな存在をなくしたことは、ご家族にとっても、私たちにとっても、未だに受け止めきれないもののように思われた。

写真の先輩は微笑んでおられるが、どこか上の方、遠くの方を見ているようで、もう、お話しすることも、教えていただくこともできない哀しみのようなものを置いて行かれたことを思った。

まだ、そこにおられるような、そのような気になることも、しばしばであった。

身が引き締まるような、何事もおろそかにできない、見えないものを感じるような。

犬の梅子ちゃんが、見知らぬ人々が来たので、びっくりしたのか、よく吠えていた。

梅子ちゃんの鳴き声が、いつまでも、帰り道にこだましていた。

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# by akikomichi | 2017-08-13 21:11 | 詩小説 | Comments(0)

「月蝕」

ハサミを入れる皮の入れ物の修理を個人でカバン作りをしている方に頼んでいた。

汗で皮が溶け出したようにしてできた穴が鋲よりも大きくなった。

地球を飲み込んだ影のように、ぽっかりとした見えない闇を作り出していた。

月を蝕うような闇が底なしの穴を作っていくような夜に、人工の小さな太陽の光を溜め込んだようなコンビニエンスストアで待ち合わせをしていた。

彼女はすでに来ていて、雑誌のところに立っていた。

私は、ハサミを入れる皮の入れ物の二つの穴を埋めた、新しい皮に縁取られた白いステッチが手縫いであることを教えて貰った。

柔らかい白い線に縁取られた二つの鋲は、銀色に光っていた。

彼女が、一つだけ打ち込む時に凹んだといった。

ハサミがあまり良く切れず、新しいハサミを手に入れたばかりだったので、ようやく、おさまるところを直してもらったのだから、それくらいのことはよしとした。

彼女の作る手作りの鞄も秋頃にはできるという。

一つ一つ形を作っていくことの喜びを知っている人は幸いである。

私は、茅葺の屋根を見るたびに一つ一つの茅の収まりどころを思った。

重なっていく茅の重みと竹の押さえ。

一つ一つの茅になったように、見続ける毎日を過ごしているうちに。

いつの間にか、私は茅葺の屋根になっていくような、茅葺そのものになっていくような気になってくる。

雨にさらされ、強い日差しにさされ、風を受けて、そこにいるのだ。

などと思いながら、明るすぎるコンビニを出て、真っ暗な山道を車で駆け登っていくと、異様に黄色く光る月が出ていた。

もうすぐだった。

夜中を過ぎてから、月蝕が始まるということを思い出していた。

地球の影と月が重なる時。

私たちは、それぞれ闇を孕んで向き合うように、月が闇に喰われてしまうのを恐れもせずに、そのまま、そこにいた。




















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# by akikomichi | 2017-08-08 02:10 | 詩小説 | Comments(0)

「稲の花」



稲も花が咲くときがあるのだという
稲の花は白いという
もう少しで花が咲くという
花が咲くとき雨風はない方がいいという
一つ一つの米に花が咲くとき
愛し合うといい
小さな実がつくとき
白い実を一緒に食べればいい


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# by akikomichi | 2017-08-01 19:50 | 詩小説 | Comments(0)

「今年の蛍」


久しぶりに散歩をした。
暗い夜道を歩いていると星がくっきりと見えてきた。
山の星は近くに見える。
しばらく歩いていると道端に
今年初めての蛍を見た。
この時期に見れるとは思ってもいなかった。
光っては消えていくほのかな明かりにつられて立ち止まった。
これからどうやって生きていけばいいのだろうか。
心の中で蛍に尋ねてみたくなった。
光っては消えていくほのかな明かりは
何も言わずにただそこにいた。



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# by akikomichi | 2017-07-31 22:42 | 詩小説 | Comments(0)

「最後の試合に」

高校生最後の剣道の試合に臨んだ倅であった

体が心を通り越して動くような

気持ちが重心になっているような

それでも体の動きは自由の中にあった

一人抜き

二人抜き

切り込んでいくその体は自由そのものであった

凄まじい風を作るような自由

生の喜びの中 動き回るような

あそこまで自由に動けるようになった倅の凄まじい努力を思うと

母は涙が自ずと出てきて止まらず

いい試合であった

面白い友と出会えて

良き師に出会えて

幸せな時をもらって

あなたが自分が生まれてきてよかったと思える時を

あなた自身が自分の力で作っていることに

心から感謝する




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# by akikomichi | 2017-07-28 17:34 | 詩小説 | Comments(0)

「そこが抜ける」

そこが抜けたのは、小走りで走った日のこと。

古い板に自分の足を飲み込まれた。

足が入った先には。

刻刻の刃の欠けた鋸のような真っ暗な穴が口を開いていた。

急いではことを仕損じる。

今日、その穴をふさいでいただいた。

焦らぬように、ゆっくりといこうという戒めのような新しいそこ。

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# by akikomichi | 2017-07-25 20:51 | 詩小説 | Comments(0)

「蛇の抜け殻」

蛇が茅葺屋根にいたという
大きな腹をしていたという
ことりがいなくなった
丸呑みにされたのだろう
街中のビルでは三、四階はあろう高い屋根の上に
蛇が息を潜めて生きている
ことりを狙って

蛇の抜け殻があった
死んだわけではないのだ
抜け殻になっただけである
その生身はきっと
どこかで生きながらえている

帰り際
小さな蛇が道を横切っていた
脱皮した蛇ではなく
魂だけの
まだ生まれたてのような
細く小さな体をくねらせて
草薮に消えていった




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# by akikomichi | 2017-07-20 01:24 | 詩小説 | Comments(0)

育ち盛り

坊主から のびた毛並みのツヤツヤと 育ち盛りの倅の髪の毛
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# by akikomichi | 2017-07-17 00:43 | 短歌 | Comments(0)

黒い子猫が道を横切った日
白鴉がスクリーンに映し出されて歌っていた
何かの萌しのように
白黒の子ヤギが道端の草を食んでいた
白と黒が混じり合う時
緑の恵みの時を迎えるように
大雨ののちの
嘆きの後の
小さな萌しを見るように
ただ
そこにあった



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# by akikomichi | 2017-07-09 18:52 | 詩小説 | Comments(0)