2018年 01月 20日 ( 1 )

「この茅葺の下で」

この茅葺の下で、国のことを語っていたんです。

と神尾さんはおっしゃった。

ご先祖さんは会津からやってきたのです。
幕府からの命を受けて。
そうしてこの茅葺の家を建てた。
曲家なのは、そのせいです。
九州では見かけんでしょ。
会津のやり方だったのです。
この家は積もった雪を落とせるように作られているのです。
あの柱が、雪の重みでしなるでしょ。
そうして、雪を落とすバネになるように作られているのです。
床下を見てください。
間者が入れないようにふさいでいるでしょう。
そうして、ここでは、国のことを語っていたのです。
ここいらは、昔は幕府の直轄のようなところで、今でいう軍事基地みたいなものだったんです。
長崎のグラバーのところなんか、武器を売っていたでしょ。
グラバーの家は高台にあるでしょ。
あそこから、試し射ちなんかやってたんですよ。
人や船がいない時なんか、直接試し射ちできるから、あんなところにうちを建てているんですよ。
ああいう武器を誰がどのくらい持っているかは切実な問題で。
当時は、植民地になるのを避けるために、どれだけ幕府が骨を折っていたか。
そうやって、当時の重鎮、会津のものも含めて、いろんなところに散らばっていたから、中枢での決め事が手薄になって、最後の方は混乱状態となったのです。

茅葺の家を奥日田美建のみなさんと色々なものを拝見しに行ったところの一つで有ったのだが、ご先祖から引き継いだ家を大切に守っている神尾さんから、思いもよらない幕末の話をお聞きしたのである。

今でも、そこで語り合っているような、神尾さんの口を使って、ご先祖さんが語っているような。

今も、昔も時と場所と規模は違えど、同じ人間が作っているのが、この世の中なのであるというような。

その家があるということは、その時をまだ生きているような、重なり合った時というよりは時を同時に生きているような思いにとらわれた。

そういったものが息づいて、記憶を、人を妊み続けているのが、茅葺の家なのかもしれない。

などと思いながら、神尾さんの茅葺の家を後にした。






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by akikomichi | 2018-01-20 21:04 | 詩小説 | Comments(0)