「茅葺の民俗学」生活技術としての民家 安藤邦廣 はる書房

「茅葺の民俗学」生活技術としての民家 安藤邦廣 はる書房より以下抜粋。


東京でも町家が瓦葺に変わったのは江戸末期で、その前は板葺、さらにその前は茅葺であったことは茅場町という地名が残されていることによっても知ることができる。

茅場町は江戸築城のとき神田の茅商人が移り住んだために呼ばれたという。

また、東北地方の宿場町や武家屋敷には茅葺がなお数多く残されている。

北海道のアイヌの住居は屋根ばかりでなく壁も茅葺である。

また、南国沖縄といえば強烈な太陽に照りつけられた赤瓦葺が印象的であるが、このような赤瓦葺の一般庶民への禁令が解かれるのは明治二十二年の事であり、今日のような赤瓦葺の景観が一般的になったのは第二次世界大戦以降の事である。

それまでの沖縄の庶民の住居といえば茅葺で、壁も茅葺としたものが少なくなかった。

このような屋根ばかりでなく壁も茅葺とした住居は本土の山村にも戦後までいくつか残されており、なかでも長野県秋山郷の民家は広く知られるところである。

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by akikomichi | 2018-01-02 11:13 | Comments(0)