詩小説「うなぎの夢」

俺の親父が、日記を密かに書き連ねていたのを、俺が見つけたのは、偶然ではないような気がしていた。

親父がうなぎを食った後、車を運転して帰っている時に、泡を吹いてぶっ倒れたのは、それからしばらくしてのことだった。

路肩に停めることができたので事故には至らなかったのは不幸中の幸いであったが、その時に、隣に座っていたのが看護師の彼女であったのが、不幸中の不幸であったのは、言うまでもない。

お袋は、泡を吹いて倒れて、半身不随になった親父の切れてしまった頭の血管は、ばちが当たったからなのだと言ったが、ばつの悪いことにもほどがあるほど、親父は看護師の彼女のことを忘れられないでいた。

半身不随になって、ハサミのことを切れるやつとしか言えなくなって、固有名詞が言葉にならない、概念崩壊状態の親父は、口がまめらないままであっても、なぜか、女の名前を呼んだのだった。

その女の名前を、俺は覚えていた。

あの日記に書き記されていた名前だった。

あの女は、味噌汁をこさえて、それをひっくり返して親父の足にこぼしてしまったらしい。

そういうことが書かれていた。

その日あった事を細かに、書き記す日記というものは、後の世に残すには、あまりに不用意な、あまりに不用心なものなのである。

戦争中に、兵隊に日記を書かせていた日本軍の日記を分析していたという日本文学研究者もいたが、俺も、親父というものの行動を事細かに、それも親父が本当に生きていると思えたことを書き記している気がしていた。

親父にとっては味噌汁の味ではなくで、味噌汁をぶっかけられた熱い想いを書かずにはおれない、やむにやまれぬ衝動があったに違いないと、思わずにはおれない、何か奇妙な熱のようなものを、その日記から読み取っていたのだ。

親父にとって、本当に書きたかったことは、あの女との些細な痛くもあった日々なのだ。と。

お袋は、そのまま、死んでください、お父さん。と、地獄めぐりをしてチアノーゼで死んでしまった劇作家のような言葉を吐いたが、死に損なった親父は、三日間は本当に死んだように動かなかったのだから、生まれ変わったようにおとなしくなった。

その間に頭の中の何かが崩壊したのかもしれないが、物理的に動きまわれなくなったことと、書き連ねていた日記を書くことができなくなったことで、おとなしくなっただけであるようにも見えた。

親父の日々は、もう、親父だけの言葉で書き連ねることができなくなったのだ。

とりあえず、お袋と共有される時間になったのだった。


俺にとっての親父は、最初から、いわゆるモラルなどくそ食らえのようなものでしかなかったが、同じ男のよしみと言おうか、どこか憎めない、それどころか、実のところ、親父のように奔放にできることなら、どんなにかいきやすいことであろうか。と、欲望に正直な親父が疎ましくもあり、羨ましくもあった。


お袋は、うなぎを見ると、親父の悪行を思い起こすらしく、しばらく、見るのさえも避けていたようであったが、親父が言葉を少しづつ思い出し、リハビリも進んできた頃には、うまそうにかっ喰らうようになった。

お父さんも、いつ死ぬかもわからないのだから、私もあの人も、食べたいものを食べとったら、それでいいんよ。

とお袋は言った。

人は日々、変わっていくのだと、子供ながらに思ったものだ。

人は変わっていく。日々、書き連ねることをやめるほどの何かが起こった時は、特に。


俺は、お袋の気持ちを思うと、親父のようにはならない、いや、なれないと思っていた。

あの人に出会うまでは。そう思っていた。

あの人は、あの女のように、俺の日々を侵食していった。

それから、俺は親父のように日記を書くようになった。

親父のように倒れておとなしくなるまで、あの人の夢を見続けるように日記を書いていくのだと思いながら。

俺は、そうして、「ブリキの太鼓」の一生体だけ小さな子供のままで、心だけ最初から老成していたようなオスカルくんのように、遠くの透明なガラスを破壊できるような金切声で叫ぶのだ。

この夢はいつか見たことがある。と。

オスカルくんの母親は、旦那がいながら密かにいとことまぐわっていたのだが、そういう関係性の中で、どんどんナチ化していく旦那と真反対のいとことの間、それから、いつまでたっても成長しない子供のままのオスカルとの間で、生命線のようなものが切れてしまうように、生きるバランスを失っていくのだった。

とても、象徴的な場面があった。

牛に群がるうなぎを海岸で見つけて、嘔吐したオスカルくんの母親。

そういう、悪夢のような、うなぎの夢。

どちらかというと。

今の俺の日々は。


今日、うなぎを買ってみた。

柳川のうなぎである。

川下りをしている団体が、豆粒のように、屋形船に収まってじっと流されているのを尻目に、俺は北原白秋の生家から少し入った路地裏のうなぎやに入った。

うなぎがうようよとくねりながら、滑り毛のある黒光りするのを見て、捕まえきれない夢のあとのもどかしさに似ていると思った。

俺は、あの人のことを夢に見るような、よどんだ水の中に潜んでいる、夢の中のうなぎを捕まえるような、そんな気分で、親父とお袋に、なけなしの金で、もう死んでしまったうなぎを送ったのだった。










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Commented at 2017-10-15 13:29
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by akikomichi at 2017-10-18 20:08
> mayukanamoriさん
こちらこそ、ありがとうございます。書きたい気持ちは今もどこかにあるのだと思います。
by akikomichi | 2017-10-01 21:02 | 詩小説 | Comments(2)