当時の三島と白蟻の巣と





たまたま、ばあばのお見舞いの帰りに最近できた古本屋に行くと、三島関連の本が2冊あったので、手に入れた。

当時の三島を知る人の声を聞くということは貴重である。

三島に対するレクイエム、あるいはお別れの言葉のように読んだ。

一つは筋肉つながりの無邪気な健全さで綴った今村氏のもの。

もう一つは空想・妄想ではあるが肉感的な三島を描いて見せた武智鉄二氏のもの。

前者は自身の体験に即したもの、陸上からボディビルへと向かった青年時代に出会った三島の、彼の知る姿をそのまま描いていた。

後者は、少し艶かしいエログロナンセンスさと時代を描きながら、なぜか三島の転生を思わせる最後を持ってきていた。

後者は三島の生首がすっ飛んで将門にあったり、首のない体だけが暴れて動き回るような荒唐無稽の物語ではあったが、生前、関わりのあった人を訪ねたりするところが妙に人間臭く、彼の中にある三島像として、迷いのある三島の混沌とした状態を思い描いていたものと思われる。

武智氏はエロステキ映画を作ったり歌舞伎にも通じているところがあったようで、そこいらも存分に描いていたが。

それにしても、やはり、偶像としての三島のようで、彼の内なるもの、彼の言葉やその言葉と血肉とも通じたものから発するものとはどこか質が違うようにも感じられた。


そういえば、今度、三島の「白蟻の巣」が舞台であるという。

彼の作った白亜の家の中にも、彼自身の中にも、白蟻がすくっていたのだろうか。

などと、漠然と思い描きながら、昔、見た夢を、三島の首のない体が、彼の西洋風な家の階段を、この野郎と怒りながら降りてきた、奇妙な夢を思い出していた。

彼は何をそんなに怒っているのか、と何も知らずに、ただ訝しく思っていたのだが、その当時の自分は、世の中のことを、それから起こることをあまりに知らなさ過ぎたことに気付かされるきっかけとなった夢であったのだった。

それからというもの、腹を割ってでも、首をかき切ろうとも、彼の思い描いた「国」を守る。ということは、どういうことなのかを、ずっとどこかで考え続けているのだが。

偶然、あの夢の続きのような、三島の首が目の前で見つかったような、怒りの顔から発する表情の本意を少しでも読み取れるような気がして、思わず手に入れた古本であったのだ。


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by akikomichi | 2017-02-18 22:48 | 詩小説 | Comments(0)