「茅葺への道」

茅葺屋根を作りたい一心で、阿蘇の茅葺工房さんともお付き合いのあり、福岡の自宅からもより近い奥日田美建の三苫社長さんと市役所の中島さんを通じて茅葺に携わることができるようお話をさせていただくために、日田に来ていた。

その前に、茅葺に住むということはどういうことかを体で確かめるために、日田にある茅葺の古民家に泊まりに来ていた。

その夜から、雪が積もると予想されていたので、少しでも近くにいた方が足元を気にせずに済むという目論見もあって、友達もおいでと言ってくれたので、お邪魔させてもらった。

アマヤマ草庵さんという茅葺の屋根の古民家農家さんのご一家が、去年田植えのお手伝いをした時に、赤米や自分で作った野菜の漬物などを一緒に頂いたこともあったのだが、今年の自然農法の田植えの時期には帰ってくるので、その間、草庵の風通しなどをして留守番をしてもいいと言われた友達は、この生活にすっかり魅せられているようであった。

茅葺との長い付き合いをしてきた古民家は、その作りも、その家に住まう人の眼差しに沿って作ったとしかいいようのないものだと友達は言った。

居間の硝子戸からみる山の稜線。庭の柔らかい物腰の老松。杉さま?と名付けた古杉。赤い実をなす南天。何が祀ってあるかわからないというここに移り住む前からあるという、謎の古い祠。

全てが、馴染むように寄り添いながら井戸端で語り合う老婆たちのように、静かにゆうるりと騒ぐことなく和やかに、そこにあった。

そうして、この茅葺の古民家との語らいが始まっていくのだった。

今から、葺き替えたりする時のことを思いながら、そこにすでにあった茅葺の屋根を内側から見上げた。

煤に煙られた屋根。

茅葺は雨や雪の湿気を内から乾かしてもいるようであった。


雨の日や雪の日は、煙の流れが違うんよ。


二ヶ月ほどここで暮らしている友達は言った。


雨も、晴れている時に比べて、雨風が煙を通す時の遮断物になる可能性は考えられるが、そうであるならば、なおさら雪は積もるので、煙の出る隙間を閉ざすであろうが、雪自体に煙が染み込んでいく作用も考えられた。

いずれにせよ、風は、四六時中、この家の中を流れていたので、屋根からでなくとも、いろいろな隙間を通って、この家の湿気や煙を逃していく方法はいくらでもあるようであった。


などと思いながら、留守番をしている友達と、囲炉裏端に座って、火を眺めていた。

薪を小さく割って、新聞紙を細長くよりよりして先っぽに火をつけ、井の字に組んだ小さな薪に火が映り、煙と煤と火花を巻き上げながら、鉄なべは火の波の上に宙吊りになりながら浮かんでいた。

それから、持ってきた芋と米と庭から取ってきたばかりの人参と大根と日田の美味しいきんと冴えた水を入れてご飯を炊いた。

庭の畑の人参と大根に食べてもいいか、人参と大根に伺いたてながら土からほろうっと出てきてくれたものたちに感謝して、そのまま、ほっそりとしているが、根を張っていたそのものの姿で、柔らかくなっていた。

一口いただくごとに、土の香りがして、人参の種からここまで大きくなるのに、肥料がなくとも、土と太陽と水の味を根に貯めてきた証の味。

大根も、人参も同じ土の風味。

煤のついた手が板についてきたとともはいった。

燻された私たちは、同じ鍋の飯を思う存分、喰らった。

雪が降り始めた寒い夜の中、茅葺の家の中から、息をするように、狼煙を上げるように、立ち上っていくさまを思った。

空から見たら、生き物にしか見えないであろう、こんもりと暖かそうな茅葺の姿を。

私たちは、みかんのお酒というものを飲みながら椿油?で大根と人参の葉っぱの炒め物をした。

大根の葉っぱは、寒さに耐えた草の手強い青々とした歯触りがした。

人参の葉っぱは殊の外、柔らかく、甘かった。

人参の身も甘いから、葉っぱも甘いのだろうか。

私たちは、とめどもなく、その全てを、いただいていた。


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by akikomichi | 2017-02-12 14:18 | 詩小説 | Comments(0)