「私は広島長崎に原爆を投下した」チャールズ・Wスウィーニー〜続きメモ〜



沖縄で日本軍がアメリカ軍に打撃を与えたのが、広島、長崎への原爆投下の引き金となったという。
これ以上、アメリカ兵の犠牲を出したくないという意志のもと。

広島に原爆を落とした操縦士の母の名前が由来だというエノラゲイ。
リトルボーイはエノラゲイの息子によって産み落とされた。

長崎に原爆を落としたスウィーニーはカトリック教徒。
爆撃前夜、カトリックの従軍神父と争いにおけるトマスアクィナスの苦悩を語り合い、原爆で長崎の教会の黒こげのマリアと犠牲者を生む皮肉。

さらには、カトリックのお妃とご成婚された当時の皇太子。
日本の神道の大本は、果敢にも神々の融合を、人種の融合をも試みているようにも見える。



スウィーニーは長崎のキノコ雲が1万4千キロもの大きさになるのを尻目に、占領したての沖縄に燃料補給をしに立ち寄った。
キノコ雲の下で、何が起こったのか確かめに行くのは、占領後の事であった。

ぺしゃんこになった消防車を見つけた。
ご遺体は日本人によって荼毘に付されていた。


もし原爆投下後も、戦争が続いていたら、九州への侵略の名は「オリンピック」作戦であったという。
東京への侵略もまた別の名前が付けられていた。



今現在においても言えることとして。

沖縄ばかりが負担を強いられているということではなく、死闘が繰り広げられた硫黄島はもちろん沖縄は占領されたのち、ガソリンスタンドとして、日本の各地への攻撃の拠点として、抑えられていたという事実。

もし仮に、中国が沖縄を抑えようとした場合、同じような戦いが繰り広げられるということであるのが理解できることで、沖縄は今もなお決定的に重要な場所であることに変わりはないということ。

ここで日本軍が見放したという言説は成り立たないのは言うまでもないが、日本軍はアメリカにとって大打撃を繰り広げていたにもかかわらず、アメリカの軍事力によって、徐々に追い詰められていったというのが事実であるということ。




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by akikomichi | 2017-01-21 02:42 | 日記 | Comments(0)