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「歯のない母のように」

入れ歯がないのよ。

夫の母が言った。

齢80になる夫の母は、いつも、綺麗な人であった。

肌が美しいだけではなく、眼の中の潤いと濁りのない、正直な魂のようなものが凝視するように、そこにあった。

心のうちにあるもののように、部屋の中も、いつも美しく保たれていた。

なくしてしまった入れ歯は、手術の前に、食事などをする台の上に置いてあったというのだが、手術の後の初めての食事の時には、どこにあるのかわからなくなっていた。

ピンク色の歯茎でさえ、可愛く見えるのは、お年のせいではない。彼女の持っているすべてのむき出しのところ。

正常値の血圧と薬の服用。足の動きの確認。まだ動く。半月板も擦り切れてはいるが。歩くリハビリも、年末年始にかけて始まる。

願わくば、一片のパインアップルを口にして。一口の幸いを飲み込んで。



by akikomichi | 2016-12-21 22:43 | 詩小説 | Comments(0)