「うなぎの骨」

うなぎの骨をもらった。

ぽりぽりと噛み砕くと、足元の脆い踏みしだかれた枯れ葉の中の、一本だけ紛れ込んだ茶色の枯れ枝のように、喉元を崩れ落ちていった。


うなぎが食べたい。


という僕のおじさんの言う通り、柳川くんだりまで、川下りをしにくるでもなく、白秋の生まれ育った醤油か酒の作られた家に立ち寄るでもなく、まな板の上で、骨を抜かれ、頭の一部を切り落とされ、内臓を抜き取られた、その身、そのままのうなぎを下ろしている店に直接買いに行ったのだ。


桶の中をうねうねと泳ぐうなぎをその場ですぐにさばくお兄さんとおじさんたち。

炭火で白焼きにしたものを、秤にかけて、売ってくれるのだ。


僕のおじさんの誕生日だった。

おじさんは、いくつまで生きるのか知らないけれど、食べたい時に食べたいものを食べていたほうがいいと、じいちゃんも言ってたし、僕は、なけなしの金でおじさんにうなぎを買って食わしてやろうと思った。

じいちゃんは、脳梗塞で倒れる前に、うなぎを食べたというから、その言葉には、じいちゃんの実感がこもっているようであったが、じいちゃんは、やりたい放題の人だったので、うなぎを食べてから、女とことに及ぼうとしたところで、腹上死ならぬ、車の中で、泡を吹き出して、意識が朦朧となったツワモノである。

じいさんなんだから、大人しくしとけばいいのに、うなぎなどめっそうもないもの食って、泡食って死にそこなうなんて、情けないもんはなか。

と、かあさんは吐き捨てるように言ったけど、じいちゃんは、いつも楽しそうだった。

やりたいことをやる。

ただそれだけのようなものだった。

本当は、役所の仕事でやりたくないことも、やっていたのだろうけど。

じいちゃんはもしかして、うなぎのせいで死にそうになったかもしれないが、うなぎのせいで死なずに生き延びたのかも知れなかった。

良くも悪くも、欲のある人生。

今でも、半身不随になりながら、生きていた。

なんで生きていなくてはいけないのかといわれようが、生きていた。

おじさんも、なんで生きているのかわからないのかもしれないが、楽しそうに生きていた。

好きなラジオを聞いて、野球が好きで、アイドルが好きで、ヒーローものが好きで、懸賞に応募するのが好きだった。

今日は何の日か、すぐに言える特技を持っていた。

今日は特別な日で、うなぎの日でもあり、誕生日でもあった。

僕はおじさんが好きだった。影も日向もどうでもいいくらい好きだった。

おじさんは掃除の仕事が大好きで、みんなと植物園や動物園の落ち葉を掃除して体を動かしている時が好きだった。


僕には、二人おじさんがいた。

一人は、うなぎを食べたがったちょっと知的障がいがあると言われているおじさん。

もう一人のおじさんは身体に障害を持つようになったと言われているおじさん。

仕事は残業時間を100時間は優に超えている生活をし、30年越しの、おじさんは廃人となった。

石の上にも三年も経たずに、最近、自殺してしまった女の子もいると言っていたが、僕のおじさんは、廃人になったまま、30年経つ。

銀行で、金を数える夢を見るという。

一枚、二枚、三枚、三円足りない。

もう一度、一から、数え直す。

一枚、二枚、三枚。どうしても足りない。

新しい開拓を迫られ、ノルマと暮らす毎日。

永遠につじつまが合わない、税収と金の印刷と、富めるものが貰うだけもらえる偏りと、再分配などあることのない、見せかけの収支報告。

バブルとは、見せかけの収支報告。

あるところにはもっとあるように仕向けられたロールプレイ、あるいはくだらない悪役と正義の味方の役目を見せつけるプロレス。

金を払わされるのは、いつも観客であったが、それを喜んでいたりもする。

世のため、人のため、慈善と偽善のため。

そして、僕は心なし老人になり、おじさんは、廃人になった。

掃いて捨てるほど人はいると言われている、老人と廃人。


僕は、老人と廃人の影を追う。

見なくてもいいものを、見てしまうのではなく、見ているのに見ようとしないのが、嫌なのだ。

平たい世界にも隠しようもない影があるのは知っているが、書き足さないとわからないものだから。

僕は、いつも影を追う。

うなぎの影は、丸い木の桶の中を泳いでいるが、いつか、骨になる。


うなぎやのおじさんたちが車座になってうなぎを掴みながら話していた。


桶の底から泡が立つ。うなぎは影ではなく、そこにいる。泡を吐きながら。



バブルのツケってやつかね。

あの頃、公務員になったやつは、もうけだねえ。

あの頃、見向きもされなかったけど。今じゃ、年金も、もらえない奴ばっかなのにね。

バブルの最中に借金したように見せかけて、別のところに保管してやがったものだけが、裕福になっててさ。

そこいらとは関係のないやつらは、安くこき使われるだけでさ。

しまいには、タダ働きさせられるぜ。足元見られて。

年食ってくだけでさ。別に、使えないから、いらないからってさ。

派遣だの何だの言って。俺らみたいにさ。

結局は、上のものが、うわっぱねをはねているだけでさ。

税制だとか、抜け穴ばかりの、バカらしい世の中でさ。

補助金がなければ、貧乏人は食扶持もないのさ。


うなぎやのおじさんが、うなぎを一匹つかんで、うなぎをさばくまな板の上に持って行った。

うなぎは、声もなく、頭を抑えられ、ジタバタともがいていた。


あと、五つ、持ってきて。お願い。


追加を、会計のおばさんが頼んでいた。

おばさんは、電話で注文を受けていたらしく、十匹は並んでいた白焼きを数えながら、注文されたりない分だけ追加を頼んだらしく、お兄さんとおじさんたちが、次々にうなぎをさばいていった。


僕は、首根っこをつかまれたと言うよりも、景気のいいところはいいのだと、串刺しにされたような気持ちになりながら、支払いを済ませた。


よかったら、これもどうぞ。


おばさんが釣り銭と一緒に、うなぎの骨を揚げたやつを、僕にくれた。

白焼きうなぎとうなぎの骨を手に入れて、僕は家に帰った。


僕は、かろうじて生きてウロウロうろつくことはできても、もう直ぐ、桶の中からすくいあげられ、一気に杭を頭に打ち付けられ、裁かれるうなぎにさえなれない。

かち割られたって、血もドロドロに濁って、すぐ乾くことだろうが、食えない代物なのだから。


うなぎの骨をぽりぽりと嚙み砕き、飲み込みながら、そう思った。
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by akikomichi | 2016-10-15 19:42 | 詩小説 | Comments(0)