平城宮にペルシャ人の役人が働いていた!! 765年木簡が証明 「国際的知識で登用か」と専門家

 奈良市の平城宮跡で出土した「天平神護元年」(765年)と記された木簡に、ペルシャ人の役人とみられる「破斯清通」という名前があったことが5日、奈良文化財研究所の調査で分かった。「破斯」はペルシャを意味する中国語の「波斯」と同義で、国内の出土品でペルシャ人を示す文字が確認されたのは初めて。外国人が来日した平城宮の国際性を示す史料となりそうだ。

 同研究所によると、木簡は1966年、平城宮跡東南隅の発掘で出土した、役人を養成する「大学寮」での宿直勤務に関する記録。当時は文字が薄いため名前の一部が読めなかったが、今年、赤外線撮影したところ、「破斯」の文字を判読できた。

 「大学寮解 申宿直官人事」のほか、下部に、特別枠で任じられた役人を意味する「員外大属」という役職名もあった。

 続日本紀には736年、遣唐使が連れ帰った「唐の人三人、波斯一人」が聖武天皇に会ったと記されている。その後、この「波斯人李密翳」に位を授けたとあるが、以降の動向は分からないという。

 研究所の渡辺晃宏史料研究室長は「国際的な知識があり、役人として登用された可能性がある。破斯清通が、李密翳やその関係者と考えても年代的におかしくはない」と話している。

 来日した外国人には、唐招提寺(奈良市)を開いた唐の高僧・鑑真や、東大寺の大仏開眼供養(752年)を行ったインド僧・菩提僊那がいる。また朝廷に仕えた唐の皇甫東朝の名前が墨書された土器も奈良市の西大寺旧境内から出土している。

 木簡は同研究所平城宮跡資料館(奈良市)で開かれる「地下の正倉院展」(月曜休館)で11月1~13日まで展示される。

産経〜〜〜〜〜〜〜
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by akikomichi | 2016-10-05 22:42 | 日記 | Comments(0)