「極私的エロス・恋歌1974 」原一男監督作品

ある女のドキュメント。

本土に帰って、沖縄で出会って一緒に暮らした米兵?との間の子供(と思われる)をやはり一人で産むという女。

ここで生きるのに疲れてしまったという女。

沖縄の何がわかるということを言われた女。

沖縄のAサインで働く女たちへの最後の手紙のようなビラを配りつつ路上に座り込むが、男たちに追い払われる女。

Aサインで働く女たちはビラをもらうが、反応はない。

沖縄の一部の限られた現実では有るが、それも女にとっての沖縄でもあった。

そこしか知らずに沖縄を切り取ることへの無反応と言えるのかもしれない。


原の私的映像とも取れるドキュメントは、その後の、こみゅーん的展開をはらんでいた。


私をもって私を超える試み。のような。


圧巻なのが、出産の場面。

二人目の赤ん坊の頭がにじり出てくる様を見せつける。

三週間一緒に暮らしたという黒人の海兵隊だろうか、の子供を一人で産む女。

それを見続けるカメラの中の眼差し。

子供たちを皆で面倒見ながら暮らす場を作る女。

これが女たちの育ての場であるように。

男は種でしかないように。

女がすべて引き受けて子を産み育てる。

子供を皆で育て、夜は裸でクラブのようなところで踊り狂い。


目指すものが何なのか、よくわからないままだが、それも女の選んだものであるかのように見えた。

女は、家族という一括りの均一の試みを超えたかっただけなのかもしれない。

エロスとは何か。

恋歌とは何か。

産み育てることとは何か。

家族とは何か。

女の映像の記録には、そのすべてにおいて、一般的な「形」を越えようとする争い・戦いがあるように見えた。

責任は、すべて自ら引き受けて。
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by akikomichi | 2016-06-26 11:00 | 日記 | Comments(0)