「さよならPC」原一男監督作品

脳性麻痺 Cerebral palsy。

wikiより

脳性麻痺(のうせいまひ、英: Cerebral palsy, CP)とは、受精から生後4週までの間に、何らかの原因で受けた脳の損傷によって引き起こされる運動機能の障害をさす症候群である。

さよならPCは、脳性麻痺の人たちにカメラを向けたドキュメンタリー。

横断歩道を渡るのも地を這うように座ったままで渡る。
膝が痛いであろうに、メガネが落ちても、横をバイクが横を通り過ぎても、渡りきるまで渡る。

生きることは横断歩道を渡りきることのようにも思えてきた。

信号がある。歩道がある。

しかし、時間には制限がある。その人に許される許容範囲で渡りきることを条件として。

家庭を持つことの条件。
脳性麻痺の仲間とのやりとりをドキュメントしていく。
家の中にも入り込んできたカメラを持ったものへ。
障害を持った男性の連れ合いの女性の帰ってくださいという嫌悪。
幼子はお母さんを庇い、お父さんを軽く叩く。

食の欲望、生の欲望、子供を持つ欲望が満たせたとしても。
結婚ができたとしても、そこから待ち受ける条件との格闘と苦悩。

多かれ少なかれ、人の持つ格闘と苦悩。

私の中にも、ある格闘と苦悩。


詩の朗読を勧める原一男?の声。

詩でも読めばいい。

道に座りながら、何かを語ることによって、募金が行われていくように。

道すがら、人々の声をもひろう。

なぜ投げ銭箱にお金をあげたのですか。と。

ある人は、気の毒だからと。

ある人は、自分にも脳性麻痺の子がいるからと。

人は通り過ぎていく。

脳性麻痺の詩を朗読したらと提案された男性は無言でそこに座っていた。

この方は詩人ですので詩の朗読を聞いてやってください。

と女性が言う。

男性は、道路にチョークで自分の名前を書いて丸で囲んだ。

私の私の詩を聴いてください。

大勢の人たちの・・・・・

あなた方 あなた方は何を持って私が歩く事??を思っているのか?(聞きづらいが私にはそう聞こえた)


責任者は?と係りの人がくる。見世物的になっている。保護しますから。


どこかの路上に裸で座っている男性。

ついには、男性を裸にしてしまったカメラ。

何がしたかったのか。

これが詩だと。路上で裸でのたうちまわるのが、無言で語るのが詩だとでもいうように。

同じ目線ではある苦悩は、首を振って、路上でのたうちまわっていた。
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by akikomichi | 2016-06-25 09:31 | 日記 | Comments(0)