『6月4日』

今日は、6月4日。

虫の日。

6(む)月4(し)日であるという。

昨日、天神で、蜘蛛の巣のはってある本を読んだのを思い出した。

誰も手に取らないから蜘蛛の巣が張っているのではなく、様々な蜘蛛の張った巣の映像を集めた本であった。

蜘蛛はお尻から糸を出し、自らの重さでY字型に木の枝などに巻きつけながら蜘蛛の糸を作っていくが、縦糸がねばつかず、粘ついた横糸で獲物を捕獲するということは聞いたことがあった。

様々な蜘蛛の糸が織りなす蜘蛛の巣の美しさ。

一筆書きの究極の形のように、空間に立ちはだかる白い線たち。

そこに行けば、必ず、巻き込まれるというのに、糸に気づかない昆虫たち。

夜の闇に紛れて、待っている雌の蜘蛛。

その雌の蜘蛛に、贈り物をそっと届ける雄の蜘蛛がいるという。

どうやら、雌に贈り物をする雄の事情があるらしい。

雌に贈り物をしないと贈り物をしていない雄が捕食される確率が六倍も上がるのだという。

雌に食い物にされないための贈り物が、雄の糸に包まれた別の昆虫という、命の代替物の贈り物。

雄は己が雌の糸に包み込まれないための代替物で生き延びているのである。


梅雨入りを高らかに宣言された今日もまた。

雨に濡れる蜘蛛の巣は美しい。

雨だれを垂らし、露の玉の緑に滲んだ様がまた、透明な命の一粒が鈴なりに、捕獲され、最後の時を待っているように、固唾を飲んで、今か今かと、落ちていくのを、そっと待っているのだ。

命に降った雨だれの一時捉えた蜘蛛の巣の雨の墓標を探すのだ。

最後の最後に送られた命をめぐる雨なのだ。

それを止める蜘蛛の巣の、一粒だけの贈り物。




今日は、6月4日。

第二次天安門事件の日。でもある。

1989年。中国解放軍第27集団の兵士らが非武装の市民に無差別に実弾を発射し、武力弾圧を行った。

市民と直接関係性のない、北京語のわからない兵士を派遣したのは、隣近所の人を攻撃することをためらう北京語を話す兵士ではできない、虐殺を遂行させるためであった。

蜘蛛の子を散らすように、学生たちが逃げていった。

笑いながら銃を撃つ兵隊もいたという、アメリカの公文書が残っていた。

血の雨が降ったその日。

今日も雨が降っている。

自転車に轢かれたセアカゴケグモのように戦車に轢かれ背中が赤い血に染められた人の圧死。

足がもぎ取られたように轢かれ骨が見えている青年の死。

死の雨が降る。

情報統制された、無視の日。
[PR]
by akikomichi | 2016-06-04 13:39 | 詩小説 | Comments(0)