朝鮮の妓生(kiisen)制度の 歴史 こそ 従軍慰安婦の歴史の始まり 

日本を貶めるつもりはないと仰るならば、なおさらであるが、「世界」遺産に登録したいなら、当然のことであるが、軍相手の売春の起源としてのごまかしようのない歴史認識を、ここから韓国の軍相手の売春制度、伝統文化が始まっていると世界中に知らしめ、認知される必要がある。

また、公平に世界中の、各国の軍事、戦時売春婦の資料を集めてこそ、人類の歴史と言え、全人類の課題として、踏まえていると言えるであろう。

日本を貶めるのが目的でないのならば、それをしないと、何の意味もない遺産になる。

口先だけの偽善はもう結構である。

しっかりと、世界中の戦時売春に向き合うには、尽きることがない戦時外売春にも目を向けなくてはいけない。

それが歴史というものである。戦時、戦時外の括りを外しても、同じ仕事をしているものがいる限り、それは地繋がりであるばかりか、戦時中よりも、もっと問題が深い。

それほどまでに、世界遺産にしたいというならば、世界中の過酷な現状までも、追求する義務がある。

売春婦と向き合いたいなら、偽善者でないならば、そうせざるをえない。










(以下コピペ) のコピペ〜〜〜〜〜〜〜〜

軍相手の慰安婦は韓国の伝統文化だから、しっかり保存するのは当然。


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いわゆる「朝鮮人従軍慰安婦(性奴隷)」を語るには、朝鮮の妓生(kiisen)制度の
歴史を知らなければなりません。

李朝時代の身分には、 両班  中人  奴婢   があり、妓生は奴婢に属しました。
妓生は、奴婢随母法で規定された身分「妓籍」に属する女性達を指しました。
妓生は、妓生庁という役所で所有・管理されていました。
妓生は、三階級に分けられており、一牌、ニ牌、三牌という分類がありました。
一牌は官位を与えられる者もいたようですが、三牌にいたっては単なる売春婦でした。
要するに朝鮮は社会制度として世襲の性奴隷制度を実施していたのです。

妓生には次の4つの区分がありました。
   「軍妓」= 軍に付属する売春婦
   「辺妓」= 国境などの辺境に駐在する軍隊の為の売春婦
   「女妓」= 支那使臣の接待専用の売春婦
   「官妓」= 官吏専属の売春婦

「軍妓」「辺妓」 が国策による 「従軍慰安婦」 です。
つまり、朝鮮では「従軍慰安婦」は公的な存在として歴史に長く存在したのです。

1886年に奴婢身分世襲が禁止されましたが、社会制度及び経済制度としての
妓籍制度の根は深く、実質的には日本統治時代も残っていました。

朝鮮戦争時には30万人に上る軍相手の娼婦が存在したと言われています。
ベトナム戦争時には特殊慰安隊という名称で韓国軍直轄の従軍慰安婦が
組織されたのが確認されており、公的記録として存在しています。

韓国で売買春が完全に禁止されたのは、2004年の法改正以後のことです。
この結果、売春婦の海外遠征が増え、新たな問題を生じています。
 
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by akikomichi | 2016-06-02 16:12 | 日記 | Comments(0)