しばき隊リンチ事件を知っていた北田暁大 - 岸政彦にも関与の疑惑が浮上

よくこれで、見て見ぬ振り、知らぬ振りができたものである。

人の尊厳はもちろん生死に関わるような、身体的精神的暴力が行われていても、見て見ぬ振りをし、しかも何もなかったように放置するのは、一番してはいけないことではなかろうか。

悪法を通すがために飼い慣らされていた精神の腐りきった悪徳偽善政治家、教育関係者、報道関係者は、その責任を取って、即刻やめてもらいたい。

子どもたちに、悪影響を与える。

これでは、希望はない。





http://critic20.exblog.jp/25655070/ より以下抜粋〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

しばき隊リンチ事件を知っていた北田暁大 - 岸政彦にも関与の疑惑が浮上



昨日(5/29)深夜、高島弁護士が被害者のリンチ事件直後の顔写真を公開、ネット空間に激震が走っている。高島弁護士のツイートには「画像の公表については、被害者本人の承諾を得ています」と付されており、また「被害者本人は、拡散を希望しています」ともある。事件の何よりの物的証拠であり、最も第三者に分かりやすいものだ。最早、リンチはなかっただの、ただの喧嘩だっただのという言い逃れは通用しない。どのような正当化も許されない。開示された画像は、5月27日に在日の医師がそれを見て上げた診断を裏づけていて、実に凄惨なものだ。所見はこうある。「(1)外傷が右顔面に集中していることなどから、加害者は左利きと推測される。腫れの程度や右上顎部の裂傷の状況からみて、受傷から数時間程度経過したものと思われる。右眼瞼の腫れが特に酷く開眼できない状況で皮下血腫もあり」。「(2)鼻梁は左方向に偏倚し鼻骨骨折を示唆する。眉間にまで腫れが及んでいることから鼻骨が砕けているかもしれない。拳による数十発の殴打でこれで済んだのは、腕で防御姿勢を取った可能性と、加害者が左拳を痛めた可能性を考える(完全無防備だったら、それこそ生死の問題になっただろう)」。



c0315619_12122699.jpg昨夜(5/29)は日曜の夜だったが、もう一つ、しばき隊リンチ事件に関連して重要な出来事が起きた。社会学者の北田暁大が証言を始めたのである。きわめて意外な方角から新しい証言者が出現した。東のアカデミーから暴露が出た。北田暁大はリンチ事件を知っていた。こう書いている。「最初に私の状況認識について記します。私が事件のことを聞いたのは事件が起こったのち、裁判事務局の岸さんから『ひどい暴力事件があった』と聞いたときでした。内容的には、かなり凄惨な暴力であったこと、裁判支援の継続を検討しているということ、今いろんな人たちが事態の対応に追われていると。」「岸さんは当日現場にはおらず、その時点では章さう(ママ:『詳細』の誤記?)は把握されていないようでしたが、示談で済むかというとそうでもないだろうと。私は関西カウンターについては岸さんのご友人数名としか面識がなく、お名前を聞いても分からず、メモをして改めてSNS等を確認しておりました。」「2015年の9月のことです。いまメールを確認したところ、それほど詳細な話を聞いたのはだいぶ後のようです。別人を加害当事者が殴ったらしい、との誤った認識を自分のメモに残しています。ということはそれ以降に徐々にお話を聞き、事態について把握するようになったということになります」。

c0315619_1212376.jpg「被害者と加害者のお名前を把握したのは、9月16日。以降、割くほど(ママ:『先ほど』?)に記しましたように『刑事告訴も免れない』との認識から、事態の推移を注視しておりました。そして、刑事処分が降りたと知ったのは確定しないのですが、おそらく2016年4月に入ってからかと思われます」。ここまでの記述を読んで、私は不審に思い、「北田暁大の話は辻褄が合わないな。説明が時間的に矛盾している」と深夜にツイートを発信した。ここで北田暁大が「岸さん」と呼んでいるのは、龍谷大学教授で「李信恵さんの裁判を支援する会」の事務局を務めている岸政彦のことだ。何を不審に感じたかというと、時系列の不具合で、岸政彦から事件発生を聞き、示談交渉を含めた収拾に追われている状況を岸政彦から伝え聞いた時期が昨年9月というのは、経緯から鑑みてあまりに遅すぎる。不自然だ。事件が起きたのが一昨年の12月17日未明。辛淑玉文書が昨年の1月27日。李信恵の謝罪文が昨年2月3日。そして、李信恵らが活動自粛の禁を破って再開するのが昨年4月である。昨年9月は、李信恵の活動再開から半年近くも経った後だ。この時期に、岸政彦からリンチ事件の発生とその対応への腐心を聞いたという説明は腑に落ちない。

c0315619_12124934.jpgこの時点ではとっくに「対応」は終わり、謝罪文で表明した反省や自粛や謹慎を踏み捨てて、一方的に活動を再開していた頃だった。被害者に対する懐柔(言いくるめ)が巧く運んだのか、首尾よく李信恵を不起訴処分に持ち込むことができ、リンチ事件については隠蔽工作が奏功し、誰も事件を知らず、表沙汰になることなく、ひそかに2chの隅っこで都市伝説が囁かれ始めたという程度の時期が昨年9月である。無論、私は北田暁大がウソを言っているとは思わない。9月16日の日付も何か根拠となるメモが手元にあるのだろう。そのメモの物理的存在によって、逆に事実の前後関係の整理を混乱させているのだ。私は北田暁大の欺瞞を疑う意図は毛頭ない。単なる勘違いだ。すると、北田暁大の方からリプライが届き、「申し訳ありません、メモの時系列が??となつていて、あした改めて時系列を確認いたします」と言ってきた。無名の私ごときに、東大の教授様がこんなに丁寧に謝っていただく必要はない。それよりも、北田暁大の今回のツイートは、大物の岸政彦が事件の隠蔽工作に関与していたことを示唆する発言であり、また社会学のアカデミーで広範にしばき隊リンチ事件が周知の事実であったことを証明するもので、意義はきわめて大きいと評価させていただく。

c0315619_12125982.jpg特に、北田暁大の口から岸政彦の名前が出たことは決定的だ。今回の北田暁大のツイートは、意味が分かりづらい表現と内容だが、要するに社会学アカデミーの内部にいる事件関係者に対する告発の動機のものと考えてよく、隠蔽工作への批判が意図された議論だ。そして、凄惨なリンチ事件を知りながら知らないフリをし、結果的にしばき隊を支援する側に付いていた自身に対する悔悟の念が察せられる。こうして北田暁大が自ら、昨年からの事件の既知を告白したことで、しばき隊リンチ事件は新たな次元へ移行したと言えよう。推測されていたことではあったが、社会学アカデミーの有力者たちの間でリンチ事件が関心として共有されていて、ビッグネームズが隠蔽工作の積極的な加担者か消極的な幇助者となっている。アカデミーは狭い世界だ。せまっくるしい人脈と権力関係で動いている小宇宙である。そして、社会学アカデミーは昨年のSEALDs運動を支援する「学者の会」の一つの中軸部隊だった。北田暁大がここまで事件を知り及んでいたとすれば、他の者たちも例外ではないだろう。外から見れば、社会学アカデミーが総ぐるみで事件を隠蔽していた疑惑になる。北田暁大には、ぜひ事件を整理検討して真相を明らかにして欲しい。社会学アカデミーの膿を出してもらいたいと願う。

c0315619_13354272.jpg生島マリカから、「彼(注:岸政彦)はオロオロしてないでしょ。12月の末に酒飲みながら楽しくぼんどどラジオ放送に出演してましたよ。しかも岸どんは事件発生してから約10日後には加害者らとある団体の幹部らと会って事件の対策の根回し済ませてますから。」というリプライも入った。気になって岸政彦のTwログを探索すると、なぜか、2015年1月31日から2015年4月2日の間が空白となっている。何も更新されておらず、RTもされていない。Twの活動が休止されている。これは李信恵がTwほかの活動を休止していた期間に重なるが、果たして偶然の一致だろうか。岸政彦はリンチの現場にもおらず、暴行傷害事件とは直接には無関係だが、隠蔽工作への関与が疑われていて、主導的役割を果たした一人だったのではないかと噂されている。こうして北田暁大から名前が漏れたことで、かかる疑惑は一層深まったと言えよう。リンチ事件が起きたとき、関西しばき隊では対応をめぐって二つの立場に分かれていた。なるべく穏便に被害者を宥めて、被害者が要求する刑事司法での処理を認め、被害者の要求に沿うフリで示談決着させて事件を闇から闇へ封殺しようという動き(文治派)と、被害者の要求なんてどうでもよく、圧力をかけて刑事告訴を阻止しようという動き(武断派)の二つの流れである。
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by akikomichi | 2016-05-31 13:12 | 日記 | Comments(0)