『吸収合併と命名権について』

銀行が吸収合併するという。

地方銀行はより小さな銀行を吸収し、小惑星を吸い込みながら、巨大化していく。

命名権は、金のある方へ。金のなる方へ。


どうでもいいが、小惑星の名前をまったく小惑星に関係のない個人名にするのはどうかと思う。

国民の税金で研究している国立大学のものが命名権があるというなら、せめてみつけたものたちの名前にでもすればよかった。

それは、まぎれもなく、みつけたものの権利だと思われるから。

それを、しんから望んでいるかいないかわからないような、金でも出してもらったような命名では、ろうまんもなにもない。

肉眼では、どこにあるかも、わからない小惑星であろうとも。

金目に目がくらんでばかりで、ろうまんもなにもない。


何に配慮しているのか。

よくわからない。

コノ世の中。


過去に犯した失態をごまかしながら、小さな党を吸収合併しながら、政党名を変えて誰がどこの政党だったかよくわからないようにしながら、政党ロンダリングしながら、政党助成金が無くならないように、マネーを増やしていく、昨今の政党のような、命名権。

吸収合併と命名権は、陰と陽のように、転がっている。

吸収合併は陰の面だとすると、命名権によって陽の目を見ることができ、また一つになって、転がっていくということ。

家族もまた、同じことかもしれず。

国もまた。

EUの場合は、命名の問題のない例である。

そこに参加しているすべてのものが、ある程度、行き渡った意識を持てるほどの、納得できるほどの、むかしからある土地の名を、そのものの名を付け直したということにおいて。


さて、これから。

中国がやろうとしていることを、アジア諸外国がどうしていくかが、問題である。

日本は、日本のままでいられるか。

吸収合併と命名権の鬩ぎ合いのなか。

日本は、今が瀬戸際であるのは間違いない。


日本であり、かつアジアである意識があるならば。

そして何より日本語を残したいのであるならば、アジア連合国になっていくのが、自然かもしれないが、より大きいという点で中国語が第一となるのは、昔から、日本はよしとしてはいないので、その流れは組むべきである。


ユーロ圏のように、第一、第二、第三、第四と使いこなせないと生きづらくなる世の中になってくるのであろうか。






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by akikomichi | 2016-02-27 01:09 | 詩小説 | Comments(0)