『プール』

プールに入ったのはいつが最後だろうか。

去年のことだったか。

あるいは、子どもたちと一緒に入ったあれはいつだったか、日蝕のあった昼に、そうだ、ともだち親子とも一緒に入った博多市民プールか。

目を守る半遮光的眼鏡がなくて、薄曇りであったのが、せめてもの救いであったが、日蝕が完遂する前に、自分の目が低温やけどのように知らず知らずに火傷していくように、後で、眼の奥に太陽が棲みついたように、じくじくと痛んだのであった。

それとも、海の中道の流れるプールか。
大きなシャチの浮き輪を連れて、交代しながら、太陽の下を、延々と流れていったのだった。

海の中道には、フィッシュドクターがいる。

足を足湯のような浅そうなプールにつけると、魚が寄ってきて、足に張り付いているらしい「何か」をぱくぱくと食べながら、おそらく、毒気を抜き去ってくれるのだという。

生きていると魔除けの効果があると言われたり縁起がいいとされる金魚だが、世話を疎かにしたばかりに死んでしまった金魚を娘に食わせてしまった親がいると、どこかで、だれかが、怒りの声を上げていたのを聞いて、なんともいえない、貝が泥を吐き出すような死ぬ前のジゴを思うような匂い、あるいは、下水道に流す金魚の泳いだ後の濁りきった水のように、えぐい生々しさばかりが鼻につくのだが。

魚に自分の足に張り付いた毒気か見えにくい寄生虫のようなものを食わせているものには、到底言い逃れできない、何も言えないことであった。

残念ながら、フィッシュドクターは、薬を出すことに精を出す精神科医のようにべらぼうに高い診察料を取るので、私は遠慮したが、草場の影から出てきた蟻の行列に、足を這いずり回られ、ちょっとした巨人か蟻地獄にでもなった気がしていた。

もしも、ここで、巨人か、蟻地獄の歌が聞こえてきたとしたら、それは、おそらく、蟻の這いまわる幽かな音か、魚の水の中からはねあがった音靈。


プールに入る=水に入るということは、無意識領域を泳ぐようなものであると、ユング派の精神分析ならば、そう解釈するかもしれないが、プールに入らず、水の中に他のものが蠢くのを見続けるものと、プールにどっぷり浸かって、鮭が命の最期を遂げながら命を再生させようとする儀式のようにぽちゃんと水と同化し果ててしまうのは、やはり、どこか違う、死に方/生き方をするには違いない。


そういう自分はと言えば、プールに入ったり、入らなかったりしていた。

両性具有というよりも、いつも、両生類であった。


上の子がプールに入って泳ぎを覚えているのを見ながら、下の子を水に潜らせたり、一緒におもちゃを探すために潜ったりしていた。

息をしながら、息を止めながら。


3月11日の東日本大震災からこのかた、プールと言ったら、使用済み核燃料プールを思ってしまうのは、日本人の悪い癖かもしれないが、あの日から、我々は、確実に違う日常を生きるようになった。


言ってみれば、日本人は津々浦々、意識的にしろ、無意識的にしろ、使用済み燃料プールのゆらゆらゆれる水面を眺めるだけでなく、その水の中を、いやがおうにも、泳ぎだしたようなものなのだ。

酸素が少ないわけではないが。

水素が爆発しちまったのだ。

屋根をふっとばすくらい。


我々は、いまだに、その無/意識のプールの中を泳いでいたのだった。







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by akikomichi | 2016-02-20 00:16 | 詩小説 | Comments(0)