三島とポーのファルス作品から思う憲法

三島がポーのファルス作品の魅力として、馬鹿話の影に身を隠しおおせたとき、知性はもっとも美しいものになるという逆説があるといったらしい。

三島も短編「卵」で、それを試したという。

卵のしょうげき。

それでも、あっしゃーけのほうかいがより三島に親しかったようで、貴族的社会の崩壊の中、最後に行き着いた三島の残された庭を思わせ、こちらのほうがより、親和性を持っていると思われるが。

ポーは飲みだおれ行き倒れ、三島は生き急ぎ、二人の過剰さと幼き頃の管理された教育環境の早熟さの共通性を思う。


それはさておき。

日本国憲法の対訳付きには解説があり、マックネリー、メリーランド大学名誉教授が寄稿されていたが、GHQでの勤務もされたらしく、あれだけのアジアの資料を扱い保存している大學であるから、それなりの関わりがあったのは、予想される。

憲法を英文からと日本語からと読み進む内に、やはり、矛盾を無くす必要があるのは、明白である。

そもそも、GHQ草案において、マッカーサーは、極東委員会機能以前に、自身の行動の自由が損なわれる前に、GHQ民政局に、幣原内閣の指針となるようにモデル憲法案を起草させ、SWNCC-228(1946(昭和21)年1月7日、国務・陸・海軍三省調整委員会(SWNCC)が承認した日本の憲法改正に関する米国政府の指針を示す文書)に基づいたものを日本に突きつけ、それを受け入れないかぎり、天皇を戦争犯罪人として裁くとしたことを、鑑みても、日本には選択の余地がない、予め道筋を決められたものであった。



これを、日本国民のものに取り返す時がようやく来たのである。

憲法学者は、その「成り立ち」の過程を考慮に入れることをおこたるべきではない。

そもそも自国のものが物が言えない時に出来たものこそ、憲法違反の状態といえる。



日本国憲法とは、日本国民が決めるべきこと、そのことを、決しておろそかにするなかれ。



なにより、憲法改正を望んだ、三島の意志は、まだこの世につながっているのだと、この時代の精神性を思う。

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by akikomichi | 2015-10-23 10:12 | 日記 | Comments(0)