『戦争ノート』 マルグリット・デュラス

何度か、読もうとして、途中でやめてしまっていた。

この「戦争ノート」と「ラ・マン」。

特にラ・マンと聞くだけで、なにか胡散臭さを感じていた。

どこかに、嘘があると。

デュラスの「戦争ノート」はもともと「戦争日記」となっていたという。

訳者によってノートとなったようだが、幾つかの下地となる書き残しがあったので、その理由がわかった気がした。

単刀直入に言えば、「ラ・マン」に出てくる男の容姿について。

どちらかと言うと醜いといえる(このノートの中では、胎児のようだとせせら笑ってさえいる!)アバタの残った、パリ帰りの実家が資産持ちの40前後の男。

一方、少女時代のデュラスは、美しく、殖民地の白人社会において最下層の部類に入る貧困をひた隠しにしなければならない境遇であった。

お互いに足りないものを埋め合わせて、凸凹したものを合わせて、ふんころがしのように、ごとごつした「せいかつ」を回していくための力技の数々は狂気を孕んだ、潮に浸かってダメになる作物そのものである。

根を張らない。

押し流されてしまう、もともと、そこにあってはならないものなのだった。




ところで、デュラスの少女時代の私小説的物語の後のものが、この戦争ノートの主要なものであると思われたが、何より、彼女が、暴力の中で育ったことが、その後のヨーロッパを舞台にした大戦の大いなる暴力の渦の中でも、受け継がれていくようで、彼女のそこにある暴力性とどこか似通ったものを感じている自分がいたことに、愕然とした。

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夫が強制収容所から帰った後、ひとすくいのスプーンすら受付なかった生命が垂れ流す、泡立つ緑色のねっとりとした汚物は、「胎児」が生まれてしばらく流すそれに、よく似ていると思った。

夫が還ってくるのを半ば狂い死にそうに待ったデュラスの見たままの記述であろうが、この「胎児」といういめいじを、かのラ・マンの男にも持っていたのであろうデュラスは、死から帰還した夫も、見知らぬパリから帰還したラ・マンも、同じく、泥のようなものを孕んでいる「胎児」であったのかもしれない。

のちに、彼女は、生まれてくるはずであった子を失ったようで、そこへとも繋がる「胎児」の記憶なのであろうか。


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この暴力性に関して、戦争を体験したという限りにおいての共通性が主な共感の芯ではあろうが、小さな暴力、大きな暴力は、多かれ少なかれ、自分にも降りかかっていたのだから、どうしようもないものが、何度も立ちはだかるのはいたしかたのないことなのかもしれない。

小さな家族の中の暴力があることを鑑みても、村社会のヒエラルキーしかり、学校のヒエラルキーしかり、職場のヒエラルキーしかり、政党のヒエラルキーしかり、国家間のヒエラルキーしかりで、戦争反対などという大いなる国家間の階級闘争を踏まえた暴力には到底抗えないように思えた。

逃げ出したくなるような、暴力は、そこかしこにあるのだと。


この戦争日記的戦争ノートに因って、はじめて、彼女を飲み込めたのだった。


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by akikomichi | 2015-10-16 15:18 | 詩小説 | Comments(0)