ワシントン.D.Cの日本人

「ワシントン.D.Cの日本人」


ワシントン.D.Cの日本人の方にお話を聞く機会があった。

彼ら彼女らは、米のそれぞれに生きている社会が気楽で生きやすい一方で、米内日本人社会は一度壊れると生きづらそうでは在る一面を語られていたが。

一番の懸念であった、現地の日本人の方に降りかかっているのではないかと思われた、慰安婦問題などでの日本人に迫害が及んでいないか実情をお聞きしたところ。

今のところ、ワシントン.D.Cにおいては、日本人に対する被害らしい被害はないということであったが、歴史認識については、あなたは違うけれど、日本は悪いことをしたというところになると、韓国系の人は頑なになるという。

実際、慰安婦問題についてもそうだが(事実を語ることに、周回遅れも先を行くことも許されないことを知らない、己は別物とたかをくくっている訳知り顔の物書きにはなりたくないので)何度でもできることなら具体的に言うが、半島、大陸において、現地のものが7,8割もしめていた実状を踏まえても、実行していたのは現地のもので、彼らが多くを占めていたことを、なぜ認めようとしないのかということである。

初代朴大統領の娘でも在る、現大統領の妹も認めているのは、実情を知っているからであるが、もっと、勇気を持って、現実を知らしめてほしい。

当時の、7,8割の当時日本人、現韓国人のものの実情を。

韓国でも実情を語ることに勇気を持ってほしい。


ワシントン.D.Cの日本人に、もし、その話になったとして、彼ら彼女らの友人の韓国系の人に、そのことを伝えることができるかは海外に住んでおられる、ご本人たちの自由であるので、差し出がましいことはしないが、いたずらに争いはしたくないであろう、彼ら彼女たちにも、一方的な言説に対処する術は持っていただきたいと思う。

それが一方的ではない対話となることを強く望む。

そこから、相互理解が生まれることを強く望む。




「表と裏」

それにしても、現地においては、日本の食材なども、韓国系が大きなマーケットを握っており、そこから、日本ディスカウント資金が流れているふしもあり、この不可思議な構造は、そこにおいてもなされているのは、文化人類学的にも、興味深い問題である。

フランスにおいても、日本のブースにおいて、韓流が日本のものの片隅におかれている不可思議さ。

区別をつけるべきなのかは、さておき、なぜ、海外において、日本の「何か」を被ることで、己を防衛するのか。という問題である。

メリーランド大学近くで、寿司を全面に押し出した店があったが、横に回るとコリアンバーベキューと書いてある「融合店」があった。

表と裏の一面、二面。


日本に棲んでいる在日の人にも、共通する問題である。

日本語を語りながら、日本を否定し、日本のあらを探すことをなりあいとするものの多いことには、正直、嫌悪感を持つ。

本国のことを語ろうにも知らないから、いたしかたのないことかもしれないが。

日本を取り込み生きながら、日本人ではないということを強化することとは、自己矛盾に陥り、いずれ破綻する個となりうるが。

外国に住む、ということは、そういうことであるのかもしれない。




「永遠の外国人」

在日の人に言いたいことは、普通の日本人が同じ仕打ちを受けても、それは気にもならず、それは己が悪いからという自己責任となるが、己が責められると己は日本人ではないから責められると、個人であるにも関わらず国単位に拡大解釈し、己の責任を回避し、レキシを呪う精神。は改めてほしい。ということである。

日本を擁護する言説は全て「右翼」と決めつける狭い了見には、毎回うんざりするが、何より、己は、別物として、扱われる特別なものとして、もう通用しないということを、今後も、そのような甘えには否を突きつけていく。

日本に永遠にいる外国人なだけなのだから。

特別ではない。

ほかの外国の方々と同じである。


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by akikomichi | 2015-09-01 09:41 | 日記 | Comments(0)