山口に亡命政府打診の李承晩 竹島以前に危なかった過去

山口に李承晩が亡命政府の拠点を作ろうとしていたということも問題だが、それを受け入れようとしていた当時の田中龍夫・山口県知事はもっと問題である。

米国に計画書を提出という下りが、GHQに占領されて、朝鮮人の批判を禁止されていたという、今に続く、戦後日本の言論の自由を奪われ続けた汚点を垣間見た。

今後、半島で有事がある際も、このようなことが無いようにしないと、竹島のような事態に陥る。

人のものは己のもののように振る舞い出すのは目に見えている。

軒先貸して母屋取られるようなことがないように、日本政府は心して対処するべきである。


受け入れなどは言語道断、朝鮮戦争以前に、竹島を不法に分捕ろうとし漁師を殺戮した行為の謝罪と日本への全面的返還もしていない韓国を、絶対拒否するべきである。


http://www.focus-asia.com/socioeconomy/photonews/421671/


25日の韓国メディア・ポリニュースなどによると、1950年の朝鮮戦争勃発直後に韓国の李承晩政府が、日本に6万人が亡命して山口県に亡命政権を樹立したいと打診していた事実が報道され、韓国で注目を集めている。

李承晩政府は朝鮮戦争の勃発(6月25日)の2日後、日本の外務省に「6万人規模の亡命政権を山口県に樹立したい」と打診した。これに対し、当時の田中龍夫・山口県知事は「日本の住民も配給が不足している状況」と難色を示しつつ、韓国人5万人を収容する「緊急措置計画書」を作成した。

計画によると、山口県阿武郡など4地域に20か所の避難キャンプを設置し、臨時兵舎1棟に200人ずつ、計250棟の兵舎を建設して5万人を収容する予定だった。計画書は米軍に提出され、田中知事は予算支援も要請していた。ただ、釜山が陥落を免れたことで亡命計画は実行されなかった。

この李承晩政権の亡命要請は、日本では知られていたが、韓国ではこれまで“日本亡命政府要請説”としてウワサ扱いをされていたという。今回は、韓国メディア・KBSが山口県の図書館で計画書を“発見”し、“亡命要請説”を裏付ける日本側の文書が「初めて確認された」と24日に報じた。




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by akikomichi | 2015-07-02 07:04 | 日記 | Comments(0)