『蛍日記』

5月30日土曜日 小雨のちくもり。
21時。

布団に寝転び、めまいがした気がした。
ほんのすこしの地震の揺れを畳の上で感じていた。

めまいではないことを、地震情報で確認してから、ふらりと家を出た。
蛍に会いにいくために。

一匹の蛍が苗を植えたばかりの田んぼの横の土手にいた。
ほの青くほうほうと光っていた。

ゲンジの雌であった。
雌はあまり飛び回らない。

草場でのんびりと光っている。
ここにいると光っている。

雄は雌をさがすように、飛び回る。
そこを目指して、飛び回る。

しかし、今日は、雌だけが、光り続ける。
ここにいると光っている。

土地の方とよく出会う。
声がしたから蛍を見にやって来た。と笑う。

蛍のお母さんと言われる上司と蛍談義をしていたものだから。
囂しい声が人に届いていたのだろう。

昔は、この辺りには、たくさん蛍がいたんよ。
麦で編んだ籠にいれて遊んだんよ。ほんの80年前のことやけど。

麦が育つ時に、蛍も飛ぶ。
その時にあったものが形作られ、使い込まれて、後に繋がっていくのだ。


蛍のうたを思い出していた。

ほたるこい やまみちこい
あんどのひかりをちょいとみてこい

ほたるこい やまみちこい
あんどのひかりをちょいとみてこい


麦の穂の間をちろちろと光る蛍が漂うのをたよりに
山道を歩いているような

ほんとうはあぜ道にもならない
ちょっとした草道ではあるが

話の間、しばらく光らなかった蛍の雌が、横で静かに光りだした。




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by akikomichi | 2015-05-30 23:06 | 詩小説 | Comments(0)