『幻の国』一

「女の戦争」

女から見た「戦争」というものがまるでわかっていない男どもがいる。

戦時売春婦について、共感できないとは同じ女としてどうかと思うと、ある良心的と己だけで思っているジャーナリストに言われたことがある。

正直に言えば、どう共感しろというのだ。

売春をするな。

ただそれだけである。

身体とともに、良心をも売るな、くらいしか言えない。

そもそも売春をするものは、売春をしないものにとっては敵ともいえなくもない。

手ぐすね引いて待っているもの。待たしているもの。

おぞましい。

当然のように金のやりとりをするものたち。

己の父親がそういうことをしているとしたら、憎しみはなお激しかろうが、そういうことはお構いなしに売春婦は売春をする。
生きるために仕方がなかったのだと、時に泣きながら、時にぎらぎらと目を見開きながら、男の先にある金を見続けながら。

男は残した家族に汚いつばを吐くように、あの女は可哀相だなどといいながら、慰みものにして、いい気になっている。


戦時中ではないが、戦争を引きずった男がいた。みっともない男。

白衣の天使でもあった売春婦は言った。

私にだって幸せになる権利はある。

相手に家族がいるのがわかっていて、売春婦は平然とそういった。

男はいい気になっている。

幸せとは、ここにはないどこかにあると思わされている「幻の国」のようなものである。

男は、行くのはやめろとも言わずに呆れている奥方を尻目に、行くなという娘の髪を引きずり、娘につばを吐きかけながら、目を血走らせて出ていった。

俺は好きなように生きる。

好きなように生きるのは勝手だが、目障りなのだ、何もかもが。


何より嫌悪を抱くのは、かつて「淫売婦」という物語を書いた、ある作家の、あの哀れみに酔いしれた女への眼差しである。

己は、ただ、女に飢えているだけであるにも関わらず。

女が食べるものもなく飢えているのと同じように舐め回すように見続けて。

等価交換をしている、生と性の幸せな等価交換。

割にあわないしわ寄せの等価交換。

生きるための死の代償の等価交換。

掘っ立て小屋に横たわる体を売る女を見て、何もせず、ただ話をしたという情けない男の物語。

それは単に性と語りの等価交換。嫌悪。嫌悪。の果ての憎悪の物語。



では、戦場にいないはずの大方の身体を売らない女はどうであったか。

本土決戦などしなくとも、爆撃の嵐にさらされ、逃げ惑っていたのではなかったか。

売り買いされることなく、焼かれていたのではなかったか。

あるいは、飢えて、食うや食わずやで、身ぐるみ剥がされながら、死んでいったものもあったのではなかったか。

生を間近に感じることなく爆撃することと、生の生々しさに麻痺しないと撃つことさえままならない兵士のそれとなんの違いがあろうか。

人を大量に殺すことと向き合って殺しあうことに、慈悲も無慈悲も何もない。

人はゴミなどではなく、れっきとした人なのであるが。

ただ、大雑把なあるかないかわかりもしない憎しみの対象として、狙いを定められるものなのである。





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by akikomichi | 2014-12-01 23:05 | 詩小説 | Comments(0)