自ら独立を勝ち取った国家

自ら独立を勝ち取った国家と、外国に解放してもらった国家では《品格の差》が滲(にじ)み出る。歴史を正視できる《矜恃(きょうじ)の差》と言い換えても良い。

 矜恃あるインドネシアは、防衛省に2011年、大日本帝國(ていこく)の軍人・官吏から不屈の「セイシン(精神)」を学び、対オランダ独立戦争を戦い抜いたスディルマン陸軍大将(1916~50年)の銅像を寄贈した。独立戦争指導者より初代国軍総司令官となった将軍は、教科書や士官学校の戦史教育で登場。目抜き通り名にまでなった。

 片や韓国。日本の敗戦後、米国が解放した。帝國陸軍の教育を受け聯合(れんごう)軍と戦い、朝鮮戦争(50~53年休戦)で韓国を救った朝鮮人の英雄は皆、売国奴・悪人として歴史上抹殺され、将軍のような誇れる英傑がほとんどいない。結果、朝鮮併合に反対した初代朝鮮統監・伊藤博文(1841~1909年)を暗殺してしまう頓珍漢な朝鮮人テロリスト安重根(1879~1910年)の像を暗殺現場に建立したいと、中国に泣きついた。

 叩き込まれた「三訓」

 インドネシアは17世紀以降350年にわたりオランダの過酷な植民地支配に苦しめられた。徹底した愚民政策で、利用価値のある一部を除き教育・医療を受けさせず、私有財産も認めない。集会やイスラム教の信仰も禁止した。

 ところが1942年、帝國陸軍はわずか9日間でジャワ島の聯合軍を降伏させ、圧政より解放した。現地の人々は日本の将兵が自分たちと同じ小柄で、同じ肌の色であることに驚く。12世紀以来の言い伝えを噛み締めた者も数多(あまた)いた。

 《外部より侵入した白い人間に支配される時代が続く。その後、北から黄色い人間が来て、白い人間を追い払う》

 《黄色い人》は善政を実行に移す。《蘭領東インド》を《インドネシア》に改称。公用語を蘭語からインドネシア語に改めた。国旗掲揚・国歌斉唱を復活させた。独立を見据え、インドネシア人を官庁・企業の次席級を含む高職位に就け、各種の学校を開校。逮捕・監禁された独立運動家も釈放した。

 ただ小欄は、インドネシア独立に最も強く直接影響したのは郷土防衛義勇軍=PETA(ペタ)創設だと思っている。終戦時には3万8000人まで膨れたインドネシア人による義勇軍は、後の独立戦争(1945~49年)→国軍創設の核となる。《帝國陸海軍の傀儡(かいらい)》との指摘は少し違う。確かに、帝國陸軍の兵力不足を補う側面は認められる。ただし、インドネシア指導層にも、完全な独立達成に国軍創設は不可欠という深刻な危機感があった。

 帝國陸軍はペタ幹部候補生に直接軍事教育を行った。「正直であれ/勇気を持て/常に前進せよ」の三訓が叩(たた)き込まれた。今尚(なお)、国軍退役将軍は「ソッセンスイハン(率先垂範)」を諳(そらん)ずる。日本人教官は完全武装しヒルだらけの川を渡るなど、身を以て手本を示した。触れたこともない祖国の歴史や世界情勢の座学もあった。斯くして、訓練は厳しかったが優柔不断・小心臆病だったインドネシア人は次第に死への恐怖を克服し、愛国心を覚醒させていった。

 真理を見極められる姿勢

 スディルマン将軍や第2代大統領スハルト(1921~2008年)もその一人だった。日本の敗戦後、反攻してきた蘭軍12万と英・豪軍相手に80万ともいわれる犠牲者を出す4年5カ月の死闘を制したのは、国際世論の変化にも助けられたが、日本の軍人・官吏らの熱き指導あったればこそ、と断じたい。

 指導だけではない。残存の3万丁の各種銃器や手榴弾(しゅりゅうだん)9500発、数百の野砲・トラックを敗戦後、密(ひそ)かに供与した。

 兵器だけではない。教え子に請われ、また途中で挫(くじ)かれた東亜新秩序樹立を完結させんと、終戦後もインドネシア軍とともに戦った帝國軍人も多い。残留将兵2000~3000の内400~1000人が独立戦争で散華。国営英雄墓地などに埋葬された。一部は独立名誉勲章を受けた。

もっとも終戦4カ月後、独立を焦る余り、一部組織が日本の陸軍将兵・国民を一方的に虐殺し武器・食料を略奪した。帝國陸軍は抑止のため、極めて抑制的な報復攻撃を加えた。この時、多数の無辜(むこ)のインドネシア人が巻き添えになったが、インドネシア側は後に複数の検証により自らの非を認めている。

 片や嫉妬に狂う国

 歴史・真理を冷静に見極められる姿勢は今も変わらぬ。1990年代に突如浮上した“インドネシア人慰安婦”問題では、日本の左翼系弁護士らに焚きつけられた策動だと看破し、政府もメディアも弁護士らに不快感を持った。2007年の防衛庁省昇格では、国防相が歓迎し「日本国憲法第9条改正」にまで賛同。「自国防衛を強化して、米国に委ねる度合いを減らしつつ…」などと、独立を自ら掌中に収めた誇りさえ垣間(かいま)見せた。

 集団的自衛権行使や憲法改正による国防軍保有にも13年、安倍晋三首相(59)と会談したスシロ・バンバン・ユドヨノ大統領(64)がこう言い切った。

 「完全に合理的な考え。防衛力を持った日本は地域安定のプラスになる。全く賛成だ。何の問題もない」

 靖国神社参拝でも大統領は「国のために参拝を行うのは当然」と明言する。韓国との違いはどこから来るのだろう。インドネシアの閣僚が1957年、岸信介(きし・のぶすけ)首相(1896~1987年)に伝えた言葉に答えを見付けた。

 「日本が米・英・蘭・仏を面前で徹底的に打ちのめしてくれた。白人の弱体と醜態ぶりをみて、アジア人全部が自信を持ち独立は近いと知った。一度持った自信は決して崩壊しない。日本が敗北したとき、これからの独立は自力で遂行しなければならないと思った」

 なるほど。「アジア」ではない南米スリナムは、インドネシアの独立宣言後30年もたってオランダから独立した。しかし「アジア」には「独立に関し、一度も自信を持てない」国、「独立を自力で遂行できなかった」国も在る。

 韓国。

 《歴史の不完全燃焼》は嫉妬に狂う炎となり、国家の品格・矜恃まで焦がしている。(政治部専門委員 野口裕之/SANKEI EXPRESS


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by akikomichi | 2014-01-21 21:48 | 日記 | Comments(0)