『悲しみのミルク』

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母の胎内にいる時、集団の暴力により目の前で殺された父と侵された母の悲しい歌が生まれたように。
母の乳をすするたびに悲しみは娘を形作り、その内を満たしていったようであった。

母は老婆となっても死の間際にたっても、その悲しみを歌う。
母親のミルクは枯れ果てているが、いつまでもミルクで育つわけではない娘は、家族の悲しみにふたをするように、小さなじゃがいもを生の入り口と出口に芽吹かせまでして、いつおこるかわからない暴力に抗うように、怯えながらも無表情に、見えないものをも、守り続けてもいた。

そのじゃがいもは切り刻まれる度にミルクのような白汁が出るであろうが、卵を温めるように、娘はじゃがいもを生の入り口と出口に持っていた。なぜか鼻血を度々流しながら。

恐乳病。と人々はいった。

娘の従姉妹の結婚式の直前に、母親はついになくなり、悲しみの歌は、娘に歌い継がれることとなる。
娘は母親の棺桶を買う金がないので、音楽家の女の家に働きに出る。

音楽家の女のピアノは壊れていた。音も出ない。窓も壊れていた。音を突き落として殺したのかもしれない。

音楽家の女は、娘の歌を偶然きき、もっと歌うように促す。

一つ歌えば、一粒の真珠をあげるといいながら。

娘は悲しみのようなものが体に沸き上がる時には、か細い穴からミルクをたらすように歌を歌った。

魂のようなものをしぼりだすようでもあった。


あるとき、ヒナギクが好きという娘は庭師の男に聞く。

花ばかりの庭には、どうしてじゃがいもを植えないのか。と。

庭師は、じゃがいもをうえようとおもったことはない。と答えた。


音楽家の女は新しいピアノを手に入れて、音楽会で音楽を再び奏でられるようになった。
真珠を手渡しすることもなく、帰り際、車から娘を下ろす。約束は反故にされた。

従姉妹の結婚式当日。娘はいてもたってもいられぬように途中で抜け出した。
約束を叶えるように、音楽家の女の家に入り込み、床の上に転がった真珠を一つづつ拾った。
ミルクのように生温かくもない、貝の中で固まっていった真珠の粒達。

庭師がいつものように門のところにやってきた。
娘は恐乳病の元でもあるような、体の中のものを取り出したい。と。庭師に言った。
娘はいきつけの病院で奇妙なものを取り出す間も、ずっと手の中に真珠を持ち続けていた。

弔いのため移動していた道すがら海を母親に見せることができた娘。
母はいま娘の中で真珠となった。ようでもあり。

庭師は、それから、しばらくして、白いヒナギクの植えられた土の中でじゃがいもとともにある鉢を娘の家の前にそっとおく。

悲しみのミルクのような切れ切れの歌は、娘の手の中の真珠と庭師の土に育まれるヒナギクとじゃがいもとなった。ようでもあり。
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by akikomichi | 2013-03-21 13:12 | Comments(0)