『駆ける少年』

 アミール・ナデリ監督のイラン映画「駆ける少年」を見た。
 アミール・ナデリの少年の日の面影を追った作品でもあるらしい。

 少年は古錆びた難破船のような廃船に一人暮らしている。
 自分だけで生きている。
 正確に言うと、サメもいる海に浮かぶ空き瓶を拾う仲間、駆けっこして何かをつかみとる遊びをする仲間、遊びも屑拾いも氷水売りも靴磨きも生活できることに直結した仲間、同じ境遇の少年達とは、ゆるく繋がっている。
 大人は生きる為の商売相手として、時々、「世間」のようににょっと出てくるが、どうして少年たちが、そこにいるのか、そうしているのか、聞くものは誰ひとりとしていない。

 みな、生きることに脇目も振らないようでもあった。

 少年たちは駆ける。
 とにかく駆ける。
 遊びでも仕事でも駆ける。
 走り去るがたごと列車に一番に追いつくために駆ける。
 氷水を作り売り歩くために手に入れた氷の奪い合いがおこり持ち去られても駆けて追いつき氷を奪い返す。
 それから小さくなっても手がかじかんでも持ち続けて駆ける。
 火のある場所でも駆ける。
 おそらくは石油関係の施設から漏れ出る火であろうが、火の燃え盛る所で氷の塊を一番に掴んだものが勝利する遊びでも駆ける。
 少年は駆ける。
 氷はとけて、どんどん小さくなっていく喜びのようであろうとも。
 燃えたぎる中、ちいさくとも、それをつかんだ少年は、錆びたドラム缶を激しく叩く。
 太古に立ち現れた、あふらまずだの冴えて燃えたぎる音。
 火に魅入られたものの音。
 叫び声は聞こえない。
 火の燃ゆる音だけが少年を恍惚としゆらめかしていた。
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by akikomichi | 2013-02-27 17:59 | 日記 | Comments(0)