土曜授業復活と日本の体育会系を揺さぶるもの

自分は基本的に、土曜授業復活には反対ではないのだが。

土曜日授業をなくしてから今までを振り返り考えてみて、いくつかの変化には思いを馳せるべきだとは思う。自省も兼ねて。


校内暴力が吹き荒れていた頃は、土曜日授業もあり、部活動体育会系の教師の中には髪の毛を引きずり回していうことをきかせたり、なぐったりするすさまじい体罰をするものもあった。
子供が激しい分、教師も激しかったといえる。
いじめも今と同じくプロレスに名を借りた遊びながらカモフラージュされ、なぶりものにするようなものもあったが、直接的な殴り合いなども多かったように思える。

中学で朝の読み聞かせをされていて、出入りも頻繁にある方によると、校内暴力の凄まじい学校内部が、きれいになっていくにつれて、学校全体が落ち着いてきたとお話されていたので、スポーツや勉強だけで判断できることではないであろうが。


土曜日授業がなくなって、学校に拘束される時間も少なくなった分、勉強をする時間を運動に持っていく人も増えたのは確かであった。
校内暴力等も土曜日授業がなくなって運動などに振り分けられることにより、受験戦争だけではない道も開かれやすく、競争も分散され、運動をしてストレスも軽減される可能性は否めない。
スポーツをしていなくとも勉強時間に拘束される土曜日がなくなったことで自由時間も増え、何もしていないことでストレスも軽減された子もいたと思われるが、空白時間が虚無となり死に至る病となる子も出てくることにも繋がった可能性は否めない。


クラブチームやサークルなどによる育成に重きをおくことが多くなっていったことで、今日のサッカーなどの劇的な飛躍が起こり、幼い時から培ってきた運動力の底力を支えているともいえる。
そこでは親の目が入りやすく、親も送り迎え当番やサークルの役員をしたりして何かしらの役割を担わければ成り立たないことが多く、子供の実態もよくみえるものであり、コーチとの関係もみえるので、暴走に歯止めもかかりやすいと思われる。
嫌ならやめる。ただそれだけのことでもある。
そこは勉強を取り除いた場、運動にのめり込めるだけで良い場でもあり、そこだけ見ていればいいのであるが。


学校教育の場合、それだけでは済まない、生徒の素行までも面倒を見なければならないので、生徒の公の場を兼ねた集団生活の場ともいえ、より生徒や教師に対する影響が大きく、ほかからは窺い知れない面も大きくなりがちで、責任も甚大なものとなるのは確かであろう。


土曜授業が復活することで、仕事をしていて勉強だけしていればいいと思っている親などには都合がいいとは思うが、運動に割いてきた親などには不満がでるかもしれない。

子どもたちに聞くと、ほぼ全員が土曜日に学校にいくのは嫌だという。
先生方には直接お聞きしていないので、なんとも言えないが、中学校などでは特に部活動顧問として学校には行くことが多く、授業数も更に増えるのは厳しいかもしれないが、仕事として受け入れる準備はあると思われる。

一度自由を知ってしまった子供には袈裟固めされた気分であろうが、安易に復活を喜ぶこともできない親も子もいるのは確かであろう。
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by akikomichi | 2013-01-30 10:07 | 日記 | Comments(0)